30
「お察しの通り、マダム・ルーシーのもとへ行ったのは、公爵夫人が手配したものです。どのようにマリー様が行動するか、反応を確かめるように……と。怒るどころか、ルーシーから契約をもぎ取ったことに、公爵夫人は驚かれていました。」
ソフィアは、粛々と語り始めた。公爵が公爵夫人に代わっただけで、私の予想は、概ね間違ってはいないらしい。
ルーシーのところで、勢いと、出たとこ勝負でやってしまった記憶が甦り、いたたまれなさに顔が熱くなる。あの時は、後先考えず、服を作る契約をとることだけが優先で、周りが見えていなかった。
「私も、よくあんなにうまく事が運んだと今更ながらに思うけどね。結局は、公爵家の名前を利用してしまったし。」
公爵家を嫌悪する癖に、公爵家の後ろ盾を利用しているのだから、矛盾してる。今の私は、公爵家の力がなければ、生きることができない。その力の使い方を間違えた結果、一周目のマリーは、幽閉へと繋がった。
幽閉を逃れたい私からしたら、公爵家の名前は、諸刃の剣だ。
苦笑しながら言うと、ソフィアは首を左右に振った。
「いえ、公爵家の名前は最後の後押しとなっただけで、ほとんどは、マリー様のお力によるものですよ。まさか、ルーシーを丸め込んでしまうとは、思いませんでした。」
これは、ほめられているんだろうか。
ソフィアの瞳はキラキラしていて、真剣にそう思っているのが窺える。
なんだか、余計に恥ずかしくなった。後先考えずに行動した結果なだけに、ほめられると更にいたたまれない。下手したら、思い出すたびに恥ずかしい黒歴史になってしまいそうだ。
実力があっての結果ではないとわかっているので、それを驕るほど愚かでもない。
「でも、その話の流れでいくと……夫人には、私が本当のマリーではないってことは、報告してないの?」
あくまでも、夫人のしたことは、本当にマリーが心を入れ換えたのかを確かめる行為をしているだけに思える。マリーの中身が新垣真理になっていると報告したら、頭がおかしくなったと考えて、医者でも呼んで調べそうな気がするのだ。
「報告するかは、迷いました。少し様子を見ようと。夫人は、公爵家のことを第一にお考えになられるお方ですから。」
直接的には言わず、濁すような言葉遣いが言わんとすることを察して、熱くなっていた温度が急降下した。
マリーの存在は、私生児ということもあって、公爵家にとってかなり危うい存在だ。何らかの思惑があって利用できるから生かしているけれど、公爵家にとって邪魔となる可能性があるなら………。
「公爵家の邪魔になるなら消されてしまうかもしれないから、守ってくれていたってこと?」
そのものズバリ。ソフィアとは逆に直接的に問いただすと、ソフィアは黙って頷いた。
早急に味方を見つけたくてソフィアにだけ真実を伝えたけど、私の生死が、首の皮一枚で繋がっていたことに気づいて、青くなった。
ただ、マリーの記憶上でも、ソフィアを見る目が間違っていなかったこともわかった。
ソフィアは真面目で実直で、秘密をペラペラ話す人物ではない。
「ありがとうございます。ソフィアさん。」
ソフィアは、さん付けはするなと言ったけど、マリーとしてではなく、新垣真理として、感謝を述べたかった。
頭を下げると、ソフィアは慌てたように、握っていた手を引いた。
「頭をあげてください。それと、私にそのような話し方をなされるのはお止めください。私の名前に『さん』をつける必要もございません。以前のように、ソフィアと。」
どこかで聞いたことのある台詞。
「わかったわ、ソフィア。」
私がそう返すと、ソフィアはくすっと笑った。
いつの間にか、外の雨はあがっていた。




