27
よく考えたら、当たり前だ。
公爵家に雇われているのだから、私の行動を報告ぐらいするだろう。
そのことに、1周目のマリーが気づいてなかった。ただ、それだけのこと。
マリーは、『ソフィアは真面目で実直で、秘密をペラペラ話す人物ではない』と思っていたのだから。
ソフィアに問いただそうと思ったその日は、朝から生憎の雨で、打ち付ける雨が窓をけたたましく鳴らしていた。
今日は家庭教師も来ない休日。
いつもはソフィアが、朝の支度の為に部屋に来るのだけど、今日は珍しくグレッタが訪れた。
問い詰めようと意気込んでいただけに、肩透かしをくらってしまった。
「おはようございます、マリー様。」
「おはよう、グレッタ。」
グレッタが陶器の器に水差しから水を注ぐと、長い髪を後ろで持ってもらい、洗面する。洗面が終わると、ドレッサーの前に座り、グレッタに髪を結って貰った。
「今日、ソフィアは?」
「ソフィアは、教会の奉仕活動に行っております。」
「教会の奉仕活動?」
建国王を導いたとされるその神様を、この国では信仰として祀り、国教としている。私自身は教会に行ったことは勿論ない(軽い軟禁状態だし)けれど、1周目では、公爵家に引き取られた後に、何度か礼拝に参加したことはある。
けど、奉仕活動というのは記憶がない。
「奉仕活動というのは、月に一度の礼拝の時に、手伝いをすることです。教会の人たちだけでは手が足りないので、手伝いを頼まれるんです。いつもなら私が行くのですが、今日は、年に1度の建国祭の準備もあるんです。重いものを運ぶこともあるから、私では手が回らなくて。歳って嫌だわ。」
そう言って、グレッタは、頬に手を当てて困ったように笑う。その笑顔に、思わずクスッと笑ってしまった。
建国祭は、ゲームの中でもイベントとしてあった物だ。読んで字のごとく、この国が建国した日を祝うお祭り。この国は王と神が共に手を取り合って興した国なので、王宮と教会が一緒になって盛大に行われる祭だ。
ゲーム中では、建国祭で出店をだし、売り上げを競うミニゲームなんてものが存在した。ゲームをしていたのが、遠い昔のことのようで、懐かしさすらある。
どうせ、その建国祭にも、今は参加することはできないのだろうと思うと、憂鬱だ。
「なら、ソフィアは帰りは遅いの?」
「そうですね、おそらく夕方になるかと。」
「そう。帰ったら、部屋に来るように伝えてくれる?話があるの。」
「ええ、わかりました。伝えておきますね。」
私の言伝てを、グレッタは二つ返事で承知した。
鏡越しにグレッタを見ると、私の視線に気づき笑顔を浮かべてくれる。
グレッタは優しくて、マリーにとって、もう一人の母親のような人。ただ、ソフィアと同様に公爵家に雇われている人だ。可能性としてありえなくもなくて、グレッタに問いかけた。
「グレッタ、私のお父様……オーランド公爵と、何度か会ったことはある……?」
私の唐突な質問に、グレッタは目を白黒させたけれど、すぐにその返事が返ってきた。
「私は2回だけお会いしました。1度目は、この家に雇われたとき。2度目は………この家の奥様が亡くなられた時に。」
最後の部分は少し言葉をいいよどんではいたが、はっきりと目を見て答えたそれは、真実味を帯びていた。眼に曇りがなく、嘘をついているようには思えない。グレッタの言葉で、可能性が、限りなくグレーから黒に近づいてしまった。
「そう……答えてくれてありがとう。ちょっと、気になっただけ。」
私の予想が確定に限りなく近づいてしまい、なんとなく心がもやもやとする。
私の気落ちしたような表情に気づいたようで、何を思ったのか、グレッタは励ましてくれた。
「公爵様は、お忙しい方ですから。ですが、公爵様も、きっと、マリー様を気にかけてらっしゃいますよ。私の言葉で気に病ませてしまったようで、申し訳ありません。」
どうやら盛大に勘違いされているようだ。
グレッタの謝罪に、私の慌てて首を振った。
「いいの、気にしないで。」
別に公爵に会いたくて質問したわけではない。けど、別段、訂正する必要も感じられなかったので、勘違いさせたままにした。




