26
言葉尻が震えてはいないだろうか。いままでこれほど、口角をあげる頬が緊張したのは、今だかつて無い。
「聞いたのは……お父様に……でしょうか。」
私が振り絞って問いかけた声に、エイダンは、まるで私が明日の天気を聞いたかのごとく、普通の日常会話の一部のように、さらりと答えた。
「ええ、貴方のお父様、オーランド公爵から。先だって行われたパーティーで。病弱な為に、別宅で療養させていたけれど、最近、とみに元気になったようだとも。」
私に笑顔を向けるエイダンには、私の心情などわかるはずもないだろう。
買い物に馬車も寄越さない、一度も会いに来ない、いないものとして扱う。妹の娘を飼い殺しにしているような輩が、誰に何を聞き、何を知った振りをして、他人に私のことを語るというのか。
飼い殺しにするくらいなら、いっそのこと羽虫のごとく処分してしまえばいいのに。
そこまでして、いらぬ子を引き取る理由はなに?
世間には知られていないのだから、生まれてなどいなかったと、処分するのは簡単でしょう。
結局はいらなくなったから、卒業パーティーで切り捨てたでしょうに。
胸の奥で黒い物がフツフツと沸いて止まらない。
エイダンは、他人の評価を指標にして、それと比較して私を評価した。
1周目のマリーは、他人の評価で陥れられ、公爵家に切り捨てられ、表舞台から姿を消した。
他人からの評価に、もう振り回されたくなんてない。
褒められて舞い上がった気持ちが、あっという間に萎んでいく。
膝の上で握りこぶしを作り意気込むと、エイダンを見上げた。私のその沈痛な面持ちに、相手の表情も固くなったのがわかった。
「先生、他の誰かの評価を通さず、私自身を見てもらえませんか?」
「他の誰かの評価ではなく………?」
「はい。他の誰かの評価というのは、時に誰かを貶める為に、ネジ曲がって伝わることがあります。私は、そんな目にあいたくありません。」
私の言葉に、エイダンは眉を八の字に曲げ、椅子に座った私の目線の高さまで屈んだ。私が固く握りしめた手の甲に、上から手を添えられた。
私の言葉は、まるで実際に体験したことを、話しているように聞こえただろう。5歳で、私がエイダンに話したような体験をしている子どもは、実際にはどれくらいいるだろうか。
どれ程、私の気持ちが伝わっているのかは、わからない。
褒められて喜んでいたはずの私の様子が急におかしくなったことを、エイダンは不思議に思っているだろう。けれど、エイダンは詳しくは何も聞かないでくれた。
「わかりました。」
エイダンはただそれだけ言うと、私のかたい心を解きほぐすように、手の甲を撫でた。
エイダンに、ちゃんと私の気持ちが伝わっていることを願った。
「素晴らしい!貴方は大変、優秀です。」
礼儀作法の先生に褒められ、私は笑みを浮かべた。
「恐縮です。」
「聞いていた通り、優秀ですね。」
「恐れ入ります。」
私の家庭教師は、エイダンだけではない。エイダンは主に歴史や言語、数学などの勉学中心。女性には女性の作法があるので、礼儀作法は男性からは学べないのだ。他にももう1人、ダンスの家庭教師がおり、3人の先生が代わる代わる私の指導をしていた。
もともとのマリーの身体のポテンシャルが高いのか、頭で覚えている何かがあるのか、授業にも難なくついていけた。
ただ、どの先生も共通して同じことを言った。
『聞いていた通り、優秀です』
それを家庭教師に話したという公爵は、私には実際には会っていない。ならば、他の誰かに私のことを、聞くしかない。
私は、直接、それを話したであろう本人に、問いただすことに決めた。
当の本人、ソフィアに。




