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 キスされた手を慌てて引っ込めると、エイダンは私を驚かせたと気づいたのか、己の胸に手を当てて頭を下げた。



「すみません、小さなレディ。驚かせたようですね。」



 すまなそうな顔をするエイダン。小さなレディという、その呼び方が恥ずかしい。謝ってくる相手に、私はぶんぶんと顔を左右に振った。



「いえ、大丈夫です。改めてよろしくお願いします、先生。私のことは……その……マリーと呼んでください。」



 小さなレディは恥ずかしいので、やめてくださいというのを暗にほのめかすように答えると、エイダンは理解したように頷いた。



「ええ、では、マリー様と。」



 流石に、私の家格の方が高いから呼び捨ては難しいようだ。私は呼び捨てでもかまわないんだけど、その辺は貴族の慣習があるから、習うより馴れろの精神で受け止めるしかないと思った。



 エイダンの授業は、まず簡単な文字の読み書きから始まった。



「文字がわからなければ、文章も読めません。文章の読解力がなければ、正しく問題を読み込む力もつかず、答えを間違えることになります。」



 と言われ、ひたすらエイダンがもってきた教材の文字を紙に書き写す。時々、書いた文字を覗き込まれ、形がおかしいとやり直しされる。その繰り返し。

 文字の形と、読み方をなんとか頭に叩き込むと、今度は簡単な単語が書かれた教材を渡され、その単語の意味を口にしながら、ひたすら紙に書き写していく。



 集中しすぎて眉根を寄せ、つい前のめりになると、背骨に沿ってスッと指で縦になぞられた。ゾワッとする感触に声をあげて背筋を伸ばすと、エイダンは笑顔で指摘した。



「レディは猫背はいけませんよ。」



 有無を言わせぬ笑顔。



「はい………。」



 怖い笑顔に、逆らうことは許されない圧迫を感じる。美形の凄みのある笑顔は、怖さ3割り増しだ。

 必死で背筋を伸ばし、机にかじりついた。1日目が終わる頃には、ある程度の単語が書けるようにまでなった。

 最初こそ、1周目のこともあってエイダンに対する危惧する気持ちもあったけれど、何の片鱗もなく勉強を教えてもらえたので、杞憂だったと悟った。



「素晴らしい!この歳でこの集中力……マリー様は大変優秀な生徒です。」



 エイダンは私を、大きな声で笑顔で褒め称えると、頭を撫でた。前世でもここまで褒められたことはないので、なんだかむず痒い。頬が熱くなるのを感じながらエイダンを見上げると、エイダンは更に私の頭を撫で、いとおしむような優しい笑顔になった。

 まるでペットを可愛がるようなソレに更にはずかしくなって、俯いた。

 普通の5歳児なら、かなり前に勉強に嫌気がさして、その辺を走り回っていると思うので、エイダンが褒める理由もわかる気はする。



 まぁ、私の中身はもっと年上だからね。



 なんてこと言えるわけがなく、気まずいのをごまかすように、褒められたのを喜ぶふりとして、顔を上げて笑みを浮かべた。



「ありがとうございます。次も頑張ります。」



 私の言葉に、エイダンはそれを何度も反芻するように頷いた。



「聞いていた通り、頭の良い方ですね、マリー様は。」



 感心したように呟く言葉を、私は聞き逃さなかった。



 聞いていた?誰に?何を?

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