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今日は午後から、家庭教師の先生が来るとのことで、家の中はいささか落ち着かない様子だった。
この国の貴族は、13歳から通う学校に入学するまで、家で家庭教師に勉強を学ぶのが普通だ。歴史、数学、言語、礼儀作法、ダンスなど、学ぶことは多岐にわたる。
迎え入れる為に失礼の無いよう準備に追われているようで、ソフィアもグレッタも、何かとバタバタしている。
けど私の心はここにあらずで、ベッドルームの隣の部屋に、勉強のために用意された長机に頬杖をついて、呆けたように天井を見ていた。
ソフィアの答えが気になって仕方がないのだ。
ソフィアは、見たことがあるかという質問に、存じ上げないと答えた。普通に考えれば見たことがないのだと判断すればいい。だけど、何か奥歯に物が挟まったような、ひっかかりのある答えに感じて、思いを巡らせてしまっていた。
知っているけど言いたくない、もしくは言えないのだろうか。
本人に聞けばいいのだけど、何か秘密を探るようで、何となく聞けないでいた。
「失礼します。」
ノック音はしたが、返事を聞く間も惜しいのか、答える前にソフィアがドアを開け、花瓶を抱えたグレッタが部屋に入ってくる。ソフィアが、カートに乗せていた大きな束の花を抱いて続いて入ってきて、2人してああでもないこうでもないといいながら、長机の端で花を活けていた。
まるで私が見えていないかのように、私の存在を気にかけもしない。
この部屋はただの物置だったのだけど、綺麗に清められ、私の勉強部屋へと変貌していった。
花瓶を窓際のチェストの上に置けば完璧だ。
「マリー様、昼食の後に一度お召しかえを。服が汚れる可能性がありますから。」
「うん、わかった。」
「 あと、ご挨拶の仕方は、間違いなく覚えておられますよね。」
「覚えてるわよ、こうでしょ。」
ソフィアが何度も、勉強をせっつく母親のようにいってくるので、めんどくさい。
私はちゃんと覚えているのを見せつけるように、実演として、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて背筋を伸ばし、そのまま軽くお辞儀をした。挨拶の作法の1つだ。
私の体が固いのか、慣れない動きにバランスを崩したので、何度も練習したのだ。
ちなみに1周目のマリーは、ソフィアに何度請われても練習をせずにおり、公爵家にて初めて伯父夫婦とリアムの前に立った時、ぶっつけ本番でやろうとして転んで、恥ずかしい思いをしている。
実演してうまく礼をしたのを見届けると、グレッタが小さく拍手してくれた。なんだか気恥ずかしくて顔が熱い。ソフィアも一緒に拍手してくれたので、まぁ、合格なのだろう。
昼食の後、服を着替えながら、今日来る先生についてソフィアが説明してくれた。
「公爵家からの手紙によりますと、先生はキースウッド学院を首席で卒業され、後に大学にて医学の勉強をされていた方だそうです。マリー様の家庭教師になってほしいと請うと、快く引き受けてくださったとか。」
キースウッド学院とは、ゲームの舞台である学校の名前だ。6年間の全寮制の学園で、13歳から通うことになる。まさかここで学院の名前を聞くことになるとは思わなかった。
少し気になったのは、先生の経歴に既視感があったことだ。
その既視感の正体が判明するのは、隠れ家に訪れた先生が、案内されて私の勉強部屋に来てからだった。
「先生をお連れしました。」
ソフィアがそう言って、部屋のドアを開けると、ソフィアの向こうに誰かが立っているのが見えた。ろくに顔もみず、その人物が部屋に入るや否や、練習した挨拶をしてお辞儀をし、先生を迎え入れた。
貴族は、位が高い者から挨拶しなくてはならない。まだ公爵家の一員と正式になってはいないけど、対外的には私の位が一番高い。
「マリーと申します。」
頭を下げたまま名前を名乗り、顔をあげて相手の顔を見た途端、固まった。ゲームの時の年齢よりかなり若いけれど、見てすぐにわかった。
「丁寧な挨拶をありがとうございます。私の名前はエイダン・キースウッドと申します。」
同様に丁寧な挨拶で返してくれたのは、キースウッド学院の学院長子息で、ゲームの6人の攻略キャラの1人。ゲーム中では、学院の数学の教師をしているキャラだった。
笑顔で挨拶されたが、私はうまく笑顔を浮かべていられているのか不安になるほど、緊張していた。
家庭教師が攻略キャラとか、あり!?