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 いくら濃い化粧をしていても、うっすらと目元にクマがあり、完全には隠せていない。隠そうとしているものを指摘したら相手がどう反応するか、それは、もはや賭けだった。

 私の言葉に虚を突かれたのか、相手の笑みが固まったのが見えた。



「お疲れのところ悪いのだけど、私の服を作っていただきたいのよ。どうぞ、座って。」



 そう言って私の向かいのソファーの方に手を差し向ければ、紅茶を置いたルーシーは固まった笑顔のまま向かいの席に腰をおろした。

 私はルーシーが腰を下ろすや否や、畳み掛けた。



「クマができるほどなんて、よほど仕事の納期が迫っているのかしら。1着作るのに大変な時間がかかるんでしょうね。」



 私が頬に手をあて心底同情するように、相手を気遣う素振りをみせると、ルーシーはその言葉に相づちを打つように頷いた。



「そ、そうですわね。顧客によっては、早い完成を求められますわ。でも、私も、雇っている縫い子も、丁寧な仕事をするには時間が必要です。あとで出来が悪いと言われて、悪い評判が立つのはごめんですもの。」



 話しているうちに落ち着いてきたのか、こちらを断る雰囲気に持っていこうとしているのがなんとなくわかった。けれど、そうは問屋がおろさない。ここまで来たら、ドレスを作る気にさせてみせましょう。

 私は勢いに任せて、単刀直入に本題をぶつけてみせた。



「いくら時間がかかってもいい。貴女のドレスは、顧客にとても似合う物を作ると評判だからこそ、それを見込んで言うわ。貴女を専属契約で雇いたいのだけど、どう?」


「マリー様、それは無茶です!」



 私の言葉に、驚いたソフィアがぐっと後ろから肩を掴んだ。顔を振り向かせれば、焦った様子でこちらを見下ろすソフィアと目が合う。



「仕立屋マダム・ルーシーは、人気の仕立屋です。何件もの顧客を扱うと共に、それだけ縫い子の数も多いはずです。マリー様のドレスを縫うだけで、全員の給金を賄えるはずがありません。」



 必死に考え直せとソフィアの目が訴えている。ソフィアのその反応に、私はニィと口角をあげてみせた。その反応こそ、私の待っていた物だったからだ。私の怪しい笑みに、ソフィアがたじろぐのがわかった。



 無論、ソフィアの言いたいことはわかっていた。マリーの記憶の中にもある貴族のドレスや衣装は、びっしりと細かな刺繍が施されていて、それは見事なものだった。多くの縫い子の仕事によって、成り立っているだろう。

 マダム・ルーシーも、貴族間で評判が高いということは、それほどよい仕事をしているのが想像できる。たとえ、仕事の選り好みをする仕立屋だとしても、貴族が使いたいと思うくらいには。

 専属で雇うなんて、いくらマリーが五大公爵家の令嬢だとしても、無理な話。

 無謀な話、それが肝心なのだ。



「流石に、それは無理ですわ。」



 ルーシーも焦った様子で、ソフィアの意見にのった。さいは投げられた。



 病院に入院していたとき、いろんな入院患者と話す機会があった。その中に有能な営業マンと名乗る人がいた。その人が教えてくれた。



 ドアイントゥーザフェイスという、営業技法。

 最初に『無茶な要求』をして相手に断らせる。

 その後に、『小さな別の要求』をする。

 人は要求を拒否すると、断ってしまったことに後ろめたさを感じて、そのままでは気持ちが悪いので、お返しをしなくてはならないと考えることがある。

 無茶な要求をして断らせ、小さな要求をすれば受け入れられやすい。それをドアイントゥーザフェイスという。



「なら、5年契約ならどうかしら。」



 小さな要求は、段階を置いて少しづつ小さくしていくのがよいらしい。

 私は手を開いて、5本の指を見せた。

出典:コトバンク 『ドアイントゥーザフェイステクニック』

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