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ソフィアに促され、背中を軽く押されて中に入る。中には布を巻き付けたトルソーが数体、部屋の隅に置かれていた。カウンターであるはずの長机の上には大量の、様々な材質のカラフルな布が、木の板のようなものに巻き付けて置かれていた。
一応、客を迎えるためなのか、向い合わせにラブソファーが2脚、ローテーブルを挟んで置かれている。ただ残念なことに、そのラブソファーの片割れである1脚は、カウンター同様に布が積まれており、1人分くらいしか座るスペースはない。
玄関扉の横に小さな窓があるけれど、レースのカーテンがつけてあり外の様子を伺い知ることはできない。
天井は吹き抜けになっていて、天井の一部が斜めになっている部分に明かりとりの窓があり、曇りガラスがはめ込まれていた。そこからのぞく光が室内を照らし、天井が高いので、窓が少なくても閉塞感がない。
「どうぞ、こちらへ。」
ルーシーに、布がのっていない方のソファーに案内された。
私がソファーの端に座ると、てっきり私の隣に座ると思ったソフィアは、私の背後、私が座ったソファーの後ろに立った。
「いまお茶をお持ちするわ。少し待っていてくださる?」
部屋の中には玄関扉とは別に、ドアが1つあった。ルーシーは、こちらが返事するよりも前に、そのドアの向こうに消えてしまった。
「ねぇ、マダム・ルーシーって、あのマダム・ルーシーよね?」
「あの……とは?」
私が後ろのソフィアの方に振り返って尋ねると、何のことか全く検討がつかないといった顔をされた。
「ネルソンの一人娘の、デビュタントのドレスを作った、あのルーシーでしょう?」
「……ネルソンというのがネルソン公爵のことでしたら、そのお嬢様は、マリー様と同じ年齢のはずですが?」
「え?」
ソフィアと話がまったく噛み合わない。確かにマリーの記憶の中では、ルーシーはネルソン公爵家の令嬢、ルビィのドレスを作った筈。パーティーで話題になり、ルビィに自慢されて気分を害している記憶が、マリーの中にある。デビュタントでドレスを…………あれ。
その時、記憶の齟齬に気づいた。
ネルソン公爵家の令嬢、ルビィ・ネルソンはマリー・オーランドと同じ年齢。
デビュタントのドレスを自慢されたのは、デビュタントパーティー。
つまり、まだマリーと同じ5歳であるルビィは、マダム・ルーシーでデビュタントのドレスを、まだ作っているはずがない!
下手に記憶があると、厄介だと、このときばかりは思った。
「ごめんなさい。仕立屋マダム・ルーシーについて、知っていることを教えてくれる?」
現時点での情報がほしい。
「マダム・ルーシーは新進気鋭の仕立屋で、口コミで少しづつ人気がでてきています。注文した人にぴったりのドレスを誂えてくれるとのことで。ただ………噂では貴族嫌いとも言われ、紹介状を持って訪ねても、気に入られないとドレスを作ってくれないとか。」
そんな情報、マリーの中にない。
オーランド家ほどの家柄なら、紹介状を手に入れることも容易のはず。さっきソフィアがルーシーに見せていたのも、多分、その紹介状だろう。
仮に、前に私がVRしていたマリーを、ゲームにおける1周目のマリーと仮定しよう。
そのマリーが、オーランド家の斡旋で紹介状を貰えないなんてことは、ないように思う。
私の知っている小さな頃のマリー像は、わがままで尊大。ソフィアやグレッタの手を焼くほどの。
1周目のマリーは屋敷から出れなかったから、ソフィアやグレッタと住んでいた屋敷に仕立屋を呼んで、衣服を誂えていた。
もしやその呼んだ仕立屋の中にマダム・ルーシーもいて、気に入られずにドレスを作ってもらえなかった可能性も………あったりする?
なら、もし気に入られたら、ルビィではなく私のデビュタントのドレスを、作ってくれる可能性も……………あったりする?
1周目のマリーと違う運命を歩く可能性の欠片が見えて、胸がドキドキした。
少しいつもより長くなりました。




