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「ところで、もう身体の方は……大丈夫?」
「大丈夫、ありがとう。もう動けるわ。」
相変わらず、私への敬語なしのしゃべり方は堅い。ついつい笑ってしまうと、ソフィアもつられたように笑った。
ソフィアに手を差し出され、私も自然に手を繋ぐ。そのまま目を合わせて頷くと、歩き出した。
石畳の敷き詰められた通りには、青や黄土色、赤みがかった茶色など、さまざまな色に壁が塗られた建物が建ち並んでいる。並んでいる家々の扉には数字がかかれていた。番地だろうか?
その壁の色もよく見ればくすんでいて、歴史を感じさせる。
気分が悪くて周囲を見る余裕がなかったけれど、落ち着いて見ると、そのカラフルな建物が面白くてついキョロキョロと視線を巡らせてしまう。
グレッタやソフィアと暮らしていた辺りは焦げ茶色の町並みが続いていて、こんなに色とりどりじゃなかった。
「綺麗な建物が多いわね。」
「これはオーク街の特徴で、観光客もこれを見るためだけに足を運ぶ…のよ。」
堅さがとれないながらも、私の質問にソフィアが答えてくれる。ソフィアの答えにふんふんと頷くが、そこで疑問がわいた。
マリーは、本来なら7歳で公爵家に引き取られるまで、家から出ることは許されなかった。
けれど、公爵家に行ってからは自由に出掛けることもできていた。オーク街はアンテレード王国の貴族街だから、マリーはいくらでも見たことがあるだろう。なのに馬車の車窓からも、この街並みを見た記憶がない。
ただ、覚えていないだけなのだろうか。
私が首を傾げながら連れてこられたのは、建ち並んでいた中の1つ、薄い青色の建物。重厚な焦げ茶色の扉がついており、一見するとただの民家に見える。
「ここは?」
「ドレスの仕立屋です。」
そう私の質問に答えたソフィアは、扉についていたドアノッカーを鳴らした。コンコンと軽い金属音が響き、中から一人の女性が顔をだす。ゆったりとしたドレープのついたドレスを身にまとった女性は、ソフィアを見て、次にその傍に立つ私の姿を確認すると、作ったような、いかにもよそ行きといった笑みを浮かべた。
「どのようなご用件で。」
「これを。」
ソフィアがコートの内ポケットから何かを取り出してみせると、女性は殊更に笑みを深め、扉を内側に大きく開き、私とソフィアを招き入れた。
「ようこそ、マダム・ルーシーの仕立屋へ。」
マダム・ルーシー。
マリーの遠い記憶の中で覚えがある。
確か、オーランド公爵とは別の5大公爵家の1つ、ネルソン公爵家の一人娘のデビュタントのドレスを仕立てた事で有名になった仕立屋だ。
デビュタントとは、貴族の子女が10歳の時に、貴族の一員となったことをお披露目するパーティーのことだ。
パーティーは紹介制で、貴族として認められた者や王の覚えがめでたい者、またはそれらの人と繋がりの深い貴族の一員だけが参加を許される。
マリーのデビュタントの時、同じ年齢のエマがそのパーティーに参加をしていないのは、そういうことなのだろう。