14
ライアンはゲームの1周目では隣国の学校に通っていて、存在すらしない。第1王子なのに自国の学校に通わないのは、ライアンが第2妃から産まれた王子なことに起因する。
この国の王には、王妃、第2妃、第3妃の3人の妃がいて、ライアンは第2妃が産んだ第1王子。アクセルは王妃が産んだ第2王子。
アクセルを王にしたい王妃が、ライアンの存在を疎ましく思い、第2妃ともども亡きものにしようとした。そこで第2妃は故郷である隣国に、ライアンともども亡命した。
2周目では、ゲームの舞台となる、学校がはじまる13歳くらいに隣国から戻ってくるのだ。
2周目…………何か忘れているような。
私が考え事して固まっていると、私のことを案じたソフィアに肩を揺すられた。
思案している最中から急に意識を現実に戻され、頭の中がごちゃごちゃだ。
「マリー様、どうされました?」
また気分でも悪くなったのかと、慌てたのか敬語になっているソフィアを制した。
「大丈夫よ、お・ね・え・さ・ん。」
わざと強調して答えれば、ソフィアはハッとして口許に手をやった。周囲に視線をやったけど、こちらに気をやっている者などいない。
通りすぎる人が、たまに私の容姿を気にして目が合うけど、すぐにその視線も外れていなくなる。
ただ…………。
私はソフィアに、ライアンのことを話そうか悩んだ。ここは、乗り合い馬車の乗降場から程近くて、人通りも多い。
ライアンは、王妃と王妃の手の者から身を隠しているはず。ここで下手にライアンのことを話して、もし誰かに知られたら騒ぎになる。
そうなれば、ライアンの身を危険に晒すだけじゃない、私とソフィアの身も危険に晒す。
敵は王妃だけじゃない。
ライアンの身を守る者が、ライアンのことを知っている私のことを知れば、ライアンを守るために命を狙うかもしれない。事実を知っている人間は、危険でしかないから。
ただでさえ、私は世間的にはいないことにされている存在。消すことなんて、容易だ。
羽虫を握り潰すように。
考えただけで身震いがした。ここでソフィアに話すのは、得策じゃない。
その時、通りの向こうからライアンが走ってくるのが見えたので、私は気を引き締めた。
緊張で青ざめた顔を、馬車に酔ったせいにして。
「待たせてごめん。これ、家の人に水が欲しいって言って、棚から適当な器を選んで、いれてもらったんだ。」
ライアンはよほど急いでいたのか、息を荒らしながら器を差し出した。小さな手のひらサイズくらいのボゥルは陶器でできていて、草が伝ったような綺麗な模様が描かれていた。金色の縁取りまである豪華なもの。
「ありがとう。」
受けとる手が震えそうになるのを押さえ、口元に持っていく。その様子を、ソフィアが何か言いたげに口をモゴモゴさせながら見ていた。
どうしたんだろう。
ソフィアを気にしながらも受け取った器から水を飲むと、ほんのり酸味がした。レモンのような柑橘類の臭いがする。
「少し酸っぱい……。」
「相手が馬車に酔ったっていったら、レモン水にしてくれたんだ。」
得意そうに話すライアンの顔をまじまじと見つめる。幼い顔をしているけど、ライアン・アンテレードに間違いない。