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「では、離ればなれにならないように、手を握っていてください。」


「うん。わかった。」



 小さな子どものようでなんだか気恥ずかしい。でも、見た目は5歳で小さな子どもだし、住んでいる家の外観がわからないから、ソフィアと離ればなれになったら一大事だ。

 ソフィアが差し出す手をぎゅっと握る。 それを見てソフィアは目配せすると、私の手を引いて路地を出ようとした。だが、そこで立ち止まり、振り返った。



「いい忘れました。今回はやむなく乗り合い馬車を使用しますが、本来、貴族は家紋のついた自家用の馬車を使用します。ですが、乗り合い馬車は貴族ではない庶民が使うものです。つまり………。」


「ソフィアが私に敬語を使ったり『様』を使ったらおかしく思われるって訳ね。」


「そうなります。」



 店には話は通しておくけれど、あくまでまだ私は公爵家の人間ではないから、自家用の馬車を用意することはできないと言われたのだろう。

 そこまでして、私生児を隠したいのか。

 卒業パーティーで公爵家に見放されたときのことを思い出して、また胸がムカムカしてきた。



「じゃあ今から私のことは、マリーと呼んで。ソフィアのことは、お姉さんと呼ぶわ。敬語もなし!」


「わかりま……わかったわ。それでいきま……いきましょうか。」



 なんだかロボットのようでぎこちない。

 いつぞやとは逆の立場になったのが、なんだかおかしかった。

 ただ私にも、知っていることと知らないことがある。マリーの知識にもない疑問を、ソフィアにぶつけた。



「ところで、乗り合い馬車って何?」



 私の質問は想定外だったのか、ソフィアは苦笑した。



「それは知らないんですね。」



 ソウイウコトがあることも、ソフィアは慣れて欲しい。






「ダラス港行きはこっちだーー!!」


「オーク街行きはこっちだよー!!」



 余所見をしながらソフィアに引っ張られて着いたのは、たくさんの馬車が馬蹄形ばていけいに並んでいる広場だった。

 バスターミナルみたいな場所らしい。

 馬車の御者らしき人が手を振り、大声を張り上げており、人混みでごった返している。



「マリー………こっち……よ。」



 ソフィアは、なんとか敬語になりそうなのを飲み込んでいるらしい。おかしくてクスクスと笑うと、ソフィアは恥ずかしそうに肩をすくめた。

 ほんと演技が下手くそだ。



「私たち、乗ります。大人1人、子ども1人です。」



 ソフィアが声をかけたのは、オーク街行きだと声を張り上げていた男性だった。

 男性は私とソフィアを見た後、馬車の中に視線をやった。


 馬車の中は大きな窓が向かい合わせにあり、窓を背にして座るように椅子が据えられていた。電車みたいな感じだと思えばいい。

 出入り口は御者が馬を操る台の側、馬車の前方に1つある。

 中にはすでに6人ほどの人が座っており、込み合っていた。



「悪いが詰めてくれるか?子どもは膝に乗せてくれ。」



 御者は、なるべくたくさん人を乗せたいらしい。

 ソフィアがこちらを伺うので、大きく頷く。

 状況が状況だから仕方がない。

 ソフィアがお金を御者に払ったのを見届けると、私は一足先に馬車に乗り込んだ。

 客が私のことを物珍しそうな目で見てくる。


 お金を払ったソフィアが私に追い付くと、私を人目から隠すように追い立て、空いていた一番奥の席に座った。

 ソフィアの膝にちょこんと座るが、なんだかいたたまれない。




 ソフィアはコートのボタンを外すと、私が落ちないように両腕で抱えると同時に、コートで私を包んだ。

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