第九話
本日二本目です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「……いったい何故、服を脱いでいるのだ? アリアよ?」
「……」
そう問われたハルピア族の少女、アリア。
彼女はゴクリと唾を呑み込むと、覚悟を決めた表情でもって魔王コージュに向かって口を開く。
「……コージュ様、ウチは亜人。ハルピア族」
「おう、さっき聞いたな」
「……見ての通り、ウチの二本の腕は、“翼”なの」
「おう、そのようだな。最初から見て分かっていたが……」
その話の通り、アリアの腕は二本ともが鳥の翼のようになっており、その先端にカギ爪のような指が四本だけ付いていた。
羽毛に覆われた美しい翼は、まさにファンタジーの「ハーピー」を連想させるのだが、それ以外は胴体も足も人間と変わらないという、少し特殊なタイプの「ハーピー」である。
「……有翼人とか翼人ともいう。この翼の腕は、あまり器用なことはできない。だから、手作業も苦手。食事も、二人は器用に千切ったりつまんで食べてたよね?」
「ああ。だが、お前はつまんで持てないという話か?」
「……そう。掴むことはできるけど、鷲掴みか握るのが精いっぱい。だから……」
そんな何気無い会話の中にも、妙な緊張感が漂う。
そして、少女はもう一度唾をゴクリと飲み込んだ。
魔王コージュにも、彼女がどういう話をしたいのかは察しが付いていた。
だから唾を飲み込んだのが、彼女が話を切り出す覚悟を決めた兆しだとも察していたのだ。
「なあアリア、ちょっと待っ……」
「二人のように器用なことができないウチは、色々と迷惑かけちゃうと思う。仲間だけど、二人ほど役に立てないことは最初から分かり切ってる。だから――――その分、ウチはコージュ様にこの体を……捧げ、ます……」
だが、待ったをかけようとした魔王コージュの言葉を遮って、アリアは自分の言いたいことを言い切ってしまう。
その内容は魔王コージュの予想通りであり、彼は小さく溜息を漏らした。
「……はぁ」
「と、鳥女の貧相な体が魔王様の好みかは分からない。でも、ウチが払える対価はこれくらいしか無いの」
顔を赤らめながらも、決死の表情でそう口にしたアリア。
そして、彼女は真っ直ぐに魔王コージュを見つめて嘆願する。
「だから、どうかウチを――――」
「ふんっ!!」
「――――あ痛ぁーーッ!?」
そんな重大発言をした少女アリアに、魔王コージュのチョップが炸裂する。
覚悟を決めて告白した直後に頭を打たれ、ショックと痛みでアリアは驚きに目を丸くする。
そしてそのまま、魔王コージュの顔を見つめて固まってしまった。
「……な、なぁーーッ!?」
「なあー、じゃねーわ。お前、何を子どもらしからぬことを言っておるのだ?」
「こ、子どもだけど、ウチはもう10歳だもん!」
「ガッツリ子どもじゃねーか! 立派な小学生だろ!?」
「しょ、しょうがく……? で、でも、ハルピア族だとほとんど大人だもん! 成人は十二歳だから!」
「どうやっても子どもです、ありがとうございました! どこを取っても完全なる子ども! 子ども以外の何者でもないね!?」
「こ、子ども子どもって――――女の子が覚悟を決めて脱いだのに! コージュ様の、ア、アホォ!! ヘタレ!! ピイィーーッ!!」
「ヘタレとか言ったか、ガキンチョ!? もういい、イエノロ! そのマセガキに服を着せてやれ!」
「かしこまりました。完了しました」
「早ッ!?」
そんな混沌とも言える言い合いの中でも、人形は至って冷静であった。
子ども相手では全裸でも取り乱さないあたり、魔王コージュも冷静と言えば冷静なのだが。
「と、とにかく落ち着け、アリア。お前は大きな勘違いをしている」
「何が勘違い!? だって、こうでもしないとウチはただ飯食らいになっちゃうもん!」
「それを言ったら、俺も含めて全員がただ飯食らいだ。俺もスキルに食わせてもらっているだけで自力じゃ何もできんぞ? だが、それの何が悪い?」
「だって、だって……それじゃあ、ウチは仲間じゃなくなっちゃうもん……」
そう言って泣き出したアリアを見て、魔王コージュも頭ごなしに怒ったことを少し反省する。
彼女は彼女なりに、真剣に悩んでのことだったのだろう。
「美味しいごはんもらって、それ食べながら考えてたんだもん。魔王様が仲間って言ってくれたから、どうすればこの先も仲間でいられるかって。自分の役割は何かって……」
「役割?」
「ウチが魔王様に返せるものなんて、考えるまでも無かったよ? だって、ウチにはこの体ひとつしかないから」
そう語るアリアの想いは魔王コージュにも重く突き刺さる。だから彼は一層怒鳴ったことを申し訳なく思った。
だが、それでも彼は言わなければならなかった。言葉で上手く伝わるかは分からないが、彼女の中にある仲間の形が、間違ったものであると。
「なあ、聞いてくれ、アリ……」
「コージュ様ぁーー!! アリアを虐めないでーーッ!!」
「おっと!?」
そんな時、もの凄い勢いでユイが二人の下へと駆け付け、泣いているアリアを庇うように彼の前に立ちはだかる。泣いている彼女を見て何か勘違いしたのだろう。
その後ろからは、タマも必死に駆け寄って来ていた。
「コージュ様、見そこなったよ!? なんでアリアを虐めるの!?」
「いや、そういうわけでは……」
だが次の瞬間、魔王コージュの頭に妙案が浮かぶ。
妙案と言うにはかなり乱暴ではあるのだが、それにかけてみる価値はあると判断して。
何より、魔王コージュは彼女たち三人が良い子だと知っていたから。
だからきっと上手くいくはずだと確信めいたものを抱いて、それを実行に移す。
「ハア、ハア、ま、待って、ユイちゃん。コージュ様が理由もなく泣かせるわけ無いよ。きっと何か理由が……」
「――――フハハハハ! だってそのガキ、役立たずじゃないか! 翼人だから手先不器用で、お前たちのように色々とできんだろ!?」
「うえっ!? コ、コージュ様!?」
そんな貶し文句を並べて、突然アリアを罵倒し始めた魔王コージュ。
二人はその姿に心底驚く……が、実は彼は慎重に言葉を選んでいた。アリア自身が言った言葉以外をなるべく使わないように、細心の注意を払って。
「お前たちも本音ではそう思わんか? 役立たずのそいつは、お前たちにもきっと迷惑をかけるぞ?」
「酷っ!? そんなことないよ! アリアは大切な仲間だよ!」
「そうよ! 迷惑になんてならないもん!」
「……ピィ? コージュ様……?」
「だが、そいつは本当に何もできないかもしれんのだぞ? ただ飯食らいになって、お前たちが食えるはずの分の食料も無駄に平らげることになってもいいというのか?」
「いいよ、そんなの! 仲間なんだから、足りないんなら僕の分をあげるよ!」
「私だって! 手先が器用だとか、何ができるできないとか、そんなのどうでもいいでしょ!? そんなの関係無いじゃん、大切な仲間なんだから! アリアを虐めるなら、コージュ様だろうと許さないッ!!」
魔王コージュの言葉に反論するタマとユイに、アリアは驚いて二人を見つめた。
「……タマ、ユイ……」
「……ならば、そいつが何もできなくても、お前たちに迷惑をかけてばかりでも、お前たちはそいつを……アリアを仲間として支えるというのだな?」
「そうだよ! そんなの当たり前じゃないか!」
「ア、アリアを守るためなら……最強の魔王だって、私が殴り飛ばしてやるんだからッ!!」
そう言って、震える体でファイティングポーズを取ったユイの姿に、その後ろでアリアを庇おうと立ち塞がるタマの姿に、アリアは涙を流して座り込んでしまう。
「ユイ……ッ、タマ……ッ!」
「……だそうだが? アリア、もう分かったであろう?」
そんな魔王の言葉に、アリアはブンブンと頭を縦に振る。
「……ッ! ありがと、コージュ様ッ! ウチ、ウチ……ッ!」
「……へっ? あ、ありがと?」
「……あ、あれぇ? この雰囲気、何……? もしかして……虐めてたんじゃないの?」
何故か魔王コージュに対して礼を言ったアリアに、今度は一変して混乱してしまった二人。
そんな二人に対し、魔王コージュは顎でもってアリアの方を指し示す。
それがアリアを指すのだと理解した二人は、よく分からないままではあったが、促されるように彼女を抱き締めてやった。
「……なあ、アリア? 仲間というのは互いを削って差し出し合う関係では無い。何かを出さねば非難され、責められるのは仲間とは呼ばん。ただの利害関係だ」
「……うん、ごめんなさい……ッ!」
仲間の形は様々あれど、魔王コージュには今自分が伝えるべき形が何なのかは分かっていた。
迫害されてきた子どもたちも、きっと心の奥底でそれを求めてやまなかっただろうから。
「俺個人の考えでしかないが、仲間とは……互いを必要として支え合い、助け合う関係のことだ。一方だけが貢ぐのは違うと思うが、だからといってできないことを強制するのも違う。互いのことを想い合い、互いに補い合えばいいのだぞ? 今のお前たちのようにな」
「……よ、よく分かんないけど、そうよアリア」
「そ、そうだよアリアちゃん。よく分かんないけど、僕も大したことできないと思うよ? だから助けてよ、ね?」
状況もまだ分からない中で、必死に場の空気を読もうとする二人に、魔王コージュはフッと笑みをこぼした。
皆を信じてやってみたが、思惑通りになってくれたことが嬉しかったのだ。
「それにお前は自分を役立たずと言ったが、今の時点でも明確に、お前はできて二人にはできないことだってある。例えば……」
そう話すと、魔王コージュは二人の間からまだ泣いているアリアを抱き上げ、そのまま力任せに空へ向かって放り投げてみせた。
「ちょっ!? 何やって……」
当然、投げられたアリアは落下して地面に叩きつけられる……はずだったのだが、そんな二人の予想は外れ、アリアはゆっくりと滑空して降りて来る。
「ほれ、お前にしかできんこともあるだろ? この二人は空を飛べんから、同じように投げられたら落ちてケガするぞ? 空を飛べないこと、それは役立たずか?」
「……そんなことない」
「だろ? 同じようにお前の手先が器用でないことは、役立たずということにはならん。ただの個性だ。ならば、その個性の分の対価を払うなんて考えも不要だろ? 空を飛べん二人に、お前は何か寄越せとは言わんだろ?」
「……うん」
そんな魔王の言葉を聞き入れながらも、自分の翼を確認してから再びアリアが口を開く。
「でも、これが何かに役立つわけじゃ……」
「それが何の役に立つかは俺にも分からん。お前が他に何ができるのかもまだ分からん。だが、それを一緒に探して行くのも仲間というものだ。焦らずゆっくりやっていけばいいのだよ、アリア」
「……そんなで、いいの……?」
「いいとも。初めから完成された仲間なんてどこにもいないのだ。どうしてもただ飯食らいに納得がいかないなら、食事の準備を手伝ってもいい。食い終わった後の後片付けの時に何かできないか探すのも手だ。自分にできる範囲でな。そうやって小さなことからでもゆっくり一つ一つ積み重ねていくうちに、仲間としての確かな絆ができていくのだ……と俺は思う」
「なに? アリアは自分が役立たずだとでも思ってたの? そんなわけないでしょ?」
すると、その会話にユイが横入りをしてくる。
「アリアのその暖かい羽毛が無かったら、そもそも私とタマは凍えて海の上で死んでたかもしれないのよ? この三人の中で一番の功労者がいるとしたら、それは間違いなくアリアよ?」
「そうだね。二人と出会ってからは僕も、冷たい海の上でも暖かかったよ。アリアにはいつか恩を返さなきゃね?」
「ほらな? お前がしてくれたことに感謝していても、この二人は負い目や引け目など感じておらんだろ? 仲間とはそういうものだと、俺も思うぞ」
「……うん、分かった」
そんな二人の言葉で胸が熱くなったのか、アリアは俯いてまた涙を零す。
すると、今度は魔王コージュも少し照れくさそうに口を開いた。
「それにな、偉そうなことを言ってしまったが、俺もお前には返し切れんほどに感謝しているのだぞ? 分かるか?」
「えっ!? ウチ、魔王様になんて貰ってばかりだよ? まだ何も……」
「お前が――――お前たちがいてくれるだろう? それは俺にとって何よりありがたいことなのだ」
その意味が分からなかったのか、アリアだけでなくタマもユイも首を傾げてしまう。
だから魔王コージュは続けて言った。
「こうして俺が笑い、怒り、感情を……喜びを感じられているのは、お前たちがいてくれるからだ。もし俺独りだけだったら、どんなに万能の力があってもこんなに笑うことはできなかった。だから、俺はお前たちに感謝している。お前たちと出会えたことを、何より嬉しく思っているのだ」
そう話し、魔王コージュはアリアを寄り添う二人ごと腕で包み込む。
そうやって三人ともを抱き寄せ、抱き締めたのであった。
「アリア、お前は役立たずなどでは無い。お前たちはこうして存在しているだけで、何にも代えがたい素晴らしい存在なのだ。だから難しく考えずとも、お前たちはただ自由に、思うがままに生きてくれ。俺もそうするつもりだ」
「「「コージュ様……」」」
「――――タマ、ユイ、アリア。俺の仲間になってくれて、本当にありがとう」
その言葉に、アリアが、タマが、ユイが、三人ともが驚きを露にしてしまう。
万能でなんでもできて、誰の助けも必要の無さそうだと思っていた魔王が、自分たちを必要だと言ってくれて、あまつさえ感謝を伝えたのだから。
思ってもみなかった彼の言葉に、三人とも感動するのも忘れ、ただただ驚いてしまっていた。
その反応にハッと我に返り、魔王コージュは慌てて三人から離れる。
「おっと、少し熱過ぎたな! ま、まあそういうわけだから、お前たちは余計なことは考えずに子どもらしく無邪気に過ごしていればいいのだ! 俺の言いたいことは以上!」
照れくさくなったのか、慌てて魔王としての振る舞いを取り戻そうと腕を組んで偉そうにする魔王コージュであったが、三人の子どもたちは目に涙を浮かべて魔王の熱い言葉に心を奪われてしまっていた。
その空気に耐えられなくなったのか、魔王は思わず――――
「あっ!? 俺はもう一度採取に行ってこなければならないんだった! では、また次の食事の時にな! イエノロ、ここを頼む!」
「あッ、待って魔王さ――――」
――――逃げ出した。
そんな姿にポカンとするも、三人はすぐに互いに顔を見合わせて再び手を取り合うと、改めて想いを確認し合った。
そして……照れ隠しで飛び去った魔王コージュの姿を思い出し、言葉を交わし合いながら声を上げて笑うのであった。
できたばかりの仲間としての絆を、ゆっくりゆっくり紡ぎ合わせるようにして。
……
……
『――――いやあ、君の口からあの言葉が聞けたのなんて、何年ぶりのことだろうねえ?』
「うるさいな! 俺もビックリしたよ、自分で――――って、何故お前がここにいる、イエノロ!? 子どもたちを任せると言っただろ!?」
照れくささで逃げ出すように宙を舞い、昨夜に続いて他国へと向かって飛ぶ魔王コージュ。
そんな彼の隣には、何故か置いて来たはずの人形の姿があった。
『ああ、大丈夫だよ。あの子たちに何も起きないって分かってるからねー?』
「……イエノロではないな? 善神様か、神出鬼没だな? と……いうか、さては全部見てやがったな?」
『神だからね。いやあ、それにしてもどうだった? 久々に感謝の言葉を素直に口にしてみて?』
「……まったく、どの目線での質問なんだか……」
そう言って呆れる魔王コージュではあったが、その表情はどこか嬉しそうにもみえた。
自分の口から思わず出たその言葉が、未だに自分でも嘘のようだというのに。
「……まあ、感謝しているよ、善神様にもな。俺をこの世界に送ってくれて、あいつらと出会わせてくれたことには」
『あれえ? 俺にはさっきの言葉は言ってくれないのかい? 子どもたちにしか素直になれないのかい? この天邪鬼さんは?』
「黙れ! あんたには絶対に言わん! 感謝はしたと言ったのだから、それで我慢しろ!」
『フフフッ、素直じゃないなあ? でも、君が楽しそうで俺も嬉しいよ。それじゃあ、これからも頑張ってねー? またそのうちにー』
そうして言いたいことだけを言うと、その気配は再び人形のそれへと変わってしまう。
「おい、待て……って、もういないのか? まったく、本当に神出鬼没な神様だな」
「……このまま同行いたしますか?」
「おう、イエノロか。すまんが島に戻って子どもたちを見てやってくれ。何かあれば連絡を」
「了解しました」
また淡々とした口調に戻った人形は、魔王の言葉に従って島の子どもたちの下へとUターンして戻る。
突然現れた善神は、いったい何をしたかったのやら。
「……本当に何しに来たんだか、あの神様は。それにしても……ありがとう、とはな……」
理解不能な行動をする善神に呆れながらも、魔王コージュは自分の口から出たその言葉に未だ余韻を感じていた。
彼が前世で言わなくなったそれを、再び自然に言えたことが嬉しかったのか。
彼は自分でも気付かないうちに顔をニヤけさせ、再び子どもたちのことを想いながら飛び続けるのであった。