第八十二話
長らく休んでしまい、すみませんでした。
本日より再開いたします。
「コージュ様、新たに三名が加わりました。説明と案内は担当の者が」
「うむ、分かった。俺も後で挨拶するとしよう」
以前と変わらず、魔王コージュと仲間たちが暮らすイシュディア国に、島流しなどから救われた者たちがやって来る毎日。
そんな中で、島に暮らす者たちの役割に少しずつ変化が見られていた。
新しく島にやって来た者に事情を説明する係や、今後の暮らしについて当事者と相談する係。
島の案内をする係。やって来た当日に身の回りの世話をする係に、健康状態を調べる係、最初の食事を準備する係。
あるいは、それらをテレパシーで魔王に報告・連絡し、相談する係。プロフィールをまとめて、魔王や必要な関係者に回す係。種族に合わせて居住区域を仮決定し、魔王の承認を得る係。決定した居住区の住人たちを訪れ、すんなりと受け入れてもらえるよう根回しをしておく係。
その他にも、他国からの来賓に備えて様々な準備をする係や、魔王から教わって来賓の出身国に合わせた食事メニューを考える係、各国の文化に合わせた出迎えを行う係や、希望者には国内を案内を担当する係などなど。
または、常に島の見回りをする係や、島の植物を管理する係も。
これまで通りの者もいれば、自分の適性に合った役割に乗り換える者もいる。
そうして徐々にではあるが、コージュが説明したように本格的な国家運営と呼べるものに向かって歩み始めていた。
「それと、フラーナたちが手伝いの人手を欲しておりました。そろそろ彼女たちだけでは限界かと」
「ふむ……そうか。では、希望者を募ってそちらに回すとしよう」
もちろん、中枢を担うアクア、フラーナ、ディーナら王妃候補者たちの業務はさらなる多忙を極めることに。
それは仕方のないことで、彼女たちも最初から覚悟の上であった。まあ約一名、同じ王妃候補にもかかわらずサボり魔な石の体の持ち主がいることが、そこに拍車をかけているのだが。
「頃合いを見て、皆に無理しないようにと一声かけねばならんか。段々と張り切りすぎる者が現れ始めたようだからな」
「……そうですね」
そんな中でも、コージュとアクアが気配りをしているおかげか、大きなトラブルは起こっていなかった。
他国からの来賓の中には、事前に情報を得ていたせいか、五種混血がいると知って島民たちを怪訝な目で見つめ冷ややかな目線を浴びせる者も。
だが、そういった者には魔王の容赦無い威圧が火をふくため、島民に実害が及ぶ事態にはならないのだ。
「メロウのやつはどうだ?」
「ベルさんやアリアさんと一緒に、真面目に見回りをしてくれております。それに、彼のコアが結界上空に流れてくる属性マナを変換してくれるおかげで島の植生や陽の気の具合が以前より好調だと、シュロさんたちが喜んでおります」
「うむ。あの心臓の元となったのは、この島で長年にわたって属性マナを集め続けた殺生石だったからな。メロウのやつにその役割を与えたのは正解だったようだ」
「あの子のマナコントロールの訓練にもなりますし、まさに一石二鳥ですね」
今日もいつも通り、日課である件の墓参りに来ていた魔王コージュ。
天に昇った魂たちに安らかな眠りが与えられるようにと、彼は今でも欠かすことなくそれを行っていた。
そして、その墓前でメロウのことを話すコージュとアクアは、完全に父と母の顔をしていた。彼らにとってメロウは、既に本当の子ども同然なのだろう。
だがそんな話の最中、不意にアクアの表情が曇る。
「……コージュ様、あの……」
「うん? どうした?」
「私……そろそろ自分の血統のこと、皆に打ち明けようかと考えておりまして。コージュ様はどう思われますか?」
そうアクアから問われ、コージュはゆっくりと目を閉じて考え込む。
彼女が先祖返りで純血種と同等の力を持っていることは、彼女が水の国の影の支配者であることと併せて魔王とアルティナしか知らないトップシークレットである。
だからそれを公表するということは、自国にとどまらず世界中に混乱を招く可能性さえある、非常に重大な事項なのだ。
相談を持ち掛けたアクアも、魔王がそれを加味して慎重になっていると察し、長考する彼を静かに待っていた。
「……」
だが、実際のところは少し違っていた。
確かに魔王は真剣に悩んでいたのだが、それは彼女が公表した後の世の流れなどではないのだ。実は彼には、その前にアクアに打ち明けなければいけない大きな秘密があったのだから。
「……あのな、アクア」
「は、はい」
「アクアが初めて島に来た時に、俺が「血統に拘りはないか」と尋ねたのを覚えているか?」
唐突にそんな質問をされ、アクアは魔王の意図を探りながら返事をする。
「ええ、覚えております。私の失った腕を再生してくださった時ですよね」
「俺はこうも言った。社交辞令ではなく本音で「七種混血ならばどうだ?」という問いにも答えてほしい、と」
「それも覚えております。……あの時は何の冗談かと思いましたが、今なら分かります。コージュ様は、冗談でも嘘偽りでもなく、本当に七種混血という特殊で特別な存在なのですね?」
魔王の問いかけに、アクアは自分なりの察しをつけて返答した。
あの時もそうだったが、彼女の優秀な頭脳をもってすれば、おおよその見当はつけられる。今の脈絡のない問いかけも、彼女の純血を打ち明けたところで何種混血だろうが島の仲間たちは受け入れてくれると諭すつもりだったのだろう。
きっと彼は、血統を打ち明けるも秘めたままにするも自由だと、さらには彼女がアクアという名のままでもスプライトという本名を明かそうとも、それだって自分の好きな方を選べばいいと言いたかったのだ。そういうことを言うために、彼女がこの島に来たばかりの時の、彼女自身の言葉を思い出させて引用しようとしたのであろう。
そう察しを付けて、彼女は魔王の優しさへ密かに惚れ直す。
「ああ、そうだ」
だから彼女は、魔王がそんなことを説明し始めたら「みなまで言うな」と優しく口を塞ぐつもりでフフッと笑う。
まだ、恋仲となってから長く深い時間が経ったとは言い難いものの、なんだか通じ合えたように思えて嬉しくもあったのだ。
……だが、彼女は忘れていた。
この男が、彼女の予想の範疇に収まるはずがないということを。
この男が、常軌を逸したなんて言葉すら生易しく感じるほどの、とんでもない存在だということを。
なにせ、この男は神の使いなのだから。
彼女の秘めた秘密などささやかにすら思えるほどの怪物なのだから。
「……すまん。言い出そうとはしていたのだが、なかなかタイミングが掴めなくてな。打ち明けるのがこんなに遅くなってしまったこと、まずは詫びよう」
「いいえ、仰らなくとも私は分かっており……うん?」
「俺が説明しておけば、おま……アクアに余計な気苦労をさせずともよかったのにな。自分自身のことなのだから、真っ先に話しておくべきだった」
「…………はい? いったい、何の話です?」
自分の予想していた内容と彼の話が噛み合わず、首を傾げるアクア。
そんな彼女に、コージュは頭を下げて謝罪の意を示した。
「本当にすまん! 怒らずに聞いてほしい」
「……な、何をです? 怒る? 私が?」
「実は……アクアは既に、純血種などではないのだ」
「…………え? う……はぁ?」
想像の斜め上……ですらない、あまりに意味不明な内容に、聡明な彼女ですらキョトンとするしかなくなる。
すると魔王は、彼女にこう説明し始めた。
「おま……アクアに腕を再生させる秘術を施した時な?」
「は、はぁ。あと、もういい加減に「お前」でもいいですよ、呼び方」
「そ、そうか? ええと……それでその秘術なのだが、実は一つ大きな欠点というのがあってな」
「…………なんです? とても嫌な予感がしますが……」
暗雲が立ち込めたような重苦しい空気が、二人の間に流れ込む。
ここまでの説明と彼の気まずそうな表情で、アクアにも段々と状況が掴めつつあった。きっと彼が言えなかった理由は、神の使徒だという事情を前提としているからなのだろう。
だから、今なら全てを打ち明けられるというわけだ。そうに違いない。
「実は……な」
「…………はい」
「……………………あの秘術、俺の血肉を媒体とするのだが、その結果として施術された者も俺と同じ血統に変化してしまうのだ」
「…………なんですって?」
アクアは、引き攣った笑顔を浮かべてそう答える。
だがしかし、それは当然ながら嬉しいとか面白いから笑っているわけではない。あまりに理解不能で、脳と表情筋が混乱を起こしたからだ。
というか、普段冷静な彼女がここまで取り乱したのは初めてかもしれない。
顔もなのだが、混乱して取った体勢も、両腕を前に出して腰を少し屈めるという珍妙なものになっていた。それはまるで、某ダチョウな芸人の「ヤー!」の如し。
「……すると、どういうことなのでしょう? なにがどうなるので?」
「ええと……つまり、お前も俺と同じ七種混血になるというわけだ」
「……すると、どういうこょとなのでしょー? かにがきょうなるNoで?」
「落ち着け、言語を取り戻せ。本当にすまん、謝るから」
噛み噛みで目に見えて狼狽える彼女の姿は可愛くもあったが、今はそんなことを言っていられる状況ではない。そもそも彼女に声が届いているかすら怪しい。
だから魔王も彼女が落ち着くまでは余計なことを言わず、黙って待つ。流石の彼でもこれ以上混乱させては彼女が可哀想と思ったのか。
「……で、で、ですが、わ、私、別に力は衰えてなどおりませんことよ? し、しっかりと純血種に値する力が……」
「それなんだが、俺と同じ血統というだけでは済まず、力も俺に近しいものになっているのだ。五種混血なら純血種より弱いが、七種混血はコントロールできるようになりさえすれば、むしろ純血種より強い」
「……は?」
「その証拠にお前が苦手なはずの他属性の力も制限なく扱えるはずだぞ。それと、俺と同じく不老不死にもなってるから」
「……一旦、すとっぺ。えっと……? と、とりあえず検証してみますので、そこでそのまま一歩も動かず待っていてくださいます?」
畳みかけるように、次々ととんでもない情報を浴びせるコージュ。
やはり、魔王には他者に配慮する才能が欠落していたようだ。
困惑しながらも必死に自分を落ち着かせ、アクアは彼に言われた通り力を試してみることに。
彼女は隔世遺伝、先祖返りのため、単なる純血種とは違って水以外の属性が全く扱えないわけではない。だがしかし、それは水属性に比べれば大したことのないものではあったが。
そんな彼女が軽く風の渦をイメージすると、本来ならば微風が生まれるはずなのにもかかわらず、彼女の頭上では巨大な竜巻が吹き荒れていた。
「ちょっと強過ぎるな。少し抑えた方がいい」
「…………少し黙っていてもらえますか? できれば呼吸もしないでください。あと心臓も止めて」
「死ぬわ! まあ分かった、黙ってる」
徐々にいつもの調子を取り戻し始めたのか、それとも突き抜けすぎてどうでもよくなったのか。アクアは魔王に毒を吐きながらも、目の前の光景に意強く意識を向ける。
その竜巻を消し去ると、次に彼女は土を盛り上がらせ、光を明滅させ、闇の球体を出現させた。そして最後に最も苦手とする火属性にも挑戦する。
水属性寄りの彼女なら、反する属性の火では、これまでならば火が点きさえすれば奇跡だった。だから加減もよく分からずに、グッと力を籠めてしまう。
「……島、壊すなよ?」
すると彼女の前では、土の山がいくつも出現し、光が太陽のように眩しく輝き、闇が全てを呑み込まんと暴走しかけていた。
火属性に至っては、咄嗟に魔王が結界で防がなければ島全体を火の海にしかねない勢いで燃え盛る。彼女が絶望的なまでに適さない、相反する属性だったというのに。
「…………うふ、うふふふふふふふ」
「待て待て、さらに力を籠めるんじゃない」
「あら、あらあらあら。魔王様、動くなと言ったのに動きましたね? お仕置きでーす♪ 燃え尽きろォ‼」
狂気を感じさせる笑顔で、アクアは両の腕を掲げて自棄を起こす。
「初めての火属性魔法成功に混乱するあまり、テンションがぶっ壊れるのは分かる……が、一旦落ち着こうか? そのままだと流石に魔力切れでお前が倒れるから」
「お前って言ったから、さらにお仕置きィ♪」
「そう呼べってさっき自分から言ったよな⁉」
混沌とする状況の中、まるで魔王よりもラスボスのように振舞う悪亞。もといアクア。
折角ホロウによる滅亡を回避した島に、再び滅びの危機が迫っていた。
そうして最終的に、暴走する彼女のマナ操作に介入して事なきを得た魔王は、彼女の背をさすって落ち着かせてやる。
離れた場所で先ほどまでの超常現象を目にしたであろう島民たちには、テレパシーで問題無いことを伝えておく。
「…………申し訳ございません。心の底から取り乱しました」
「いや、仕方のないことだ。むしろあの程度で済んで凄いよ」
「……お恥ずかしいところを。ちなみに不老不死というのは?」
「俺と同じで老いることはないし、まず死なん。俺の写しのようなものだから、不死の方は絶対とは言い切れんがな」
「…………さようでございますか。わ、わーい、永遠の若さだー」
これまで、不老をここまで喜びあぐねた女性が存在しただろうか。
アクアはどう反応していいか分からず、それでも必死に受け止めて呑み込むべく心を鎮めようと努めていた。
「もしかして、最も得意としていた水属性の力と、他の属性がほとんど横並びになってしまうのが勿体ないと感じるか? だが、扱い自体はやはり水属性が一番得意だろうし、なら……」
「ほんと黙ってて? 次に口を開いたら、そこに燃える泥団子を強風圧でねじ込みますからね?」
「……早速、火水土風の四属性を的確に扱っているな。うん、黙ってます」
そんなこんなで、結局彼女は血統の秘密を皆に打ち明けることを諦めることに。
とりあえず、まずは自分で呑み込めないことには打ち明ける以前の話である。
それに、こんな秘密が他に知れたりしたら、魔王の血肉を求めて不埒な者がやって来ないとも限らないのだから。
改めて自分がとんでもない存在の妻となったのだと自覚し、彼女はまた大きな大きな溜め息を吐くことになる。
だが同時に、そんな彼と同じ不死の存在になったことに嬉しさと戸惑いを覚え、遠い未来の自分たちの姿を想像して思わず笑ってしまう。
「うん? 何がおかしいのだ? というかお前の心の中、なんだか不自然に分かりづらいのだが……?」
「コージュ様から頂戴した力を応用して、読まれにくくしてみました。でも本気で覗こうと思えば覗けますよね? 本当にコージュ様ったらエッチですわ」
「……全知も無しに、既にその力を自由に扱い始めたのか? まったく、末恐ろしい才能だな……」
彼はアクアの才能に呆れながらも、いつもの調子で話す彼女にホッと胸を撫でおろすのであった。
――――だが、その波紋は彼が無意識に世界に放った布石。
彼が撒いた種――――血統を書き換え、能力の限界をも上書きできる可能性は、果たしてこの世界に何を齎すのか。
それは混沌か、それとも進化か。
その行く末も、これからも。
その全容は、神のみぞ知るところである。
残り二話+番外編で完結となります。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




