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第七十七話

前話の一部を改稿してあります。話の筋は変わっていませんので、ご了承ください。


今話はほとんど全てが地の文で、会話文は一割もありません。

それに伴い全体も短めとなっております。


それでは、本日もよろしくお願いします。




 ()()


 この地に生まれ出た悪夢の顕現。

 世界を滅ぼすことのできる、この世に望まれざる絶望。



 ソレが生まれ出て最初に目にしたものは、二つの生命体であった。

 その一方は自分より弱々しく感じられ、興味も抱けない無価値なもの。


 もう一方も自分よりは弱々しく感じられたが、なにか不思議なものを秘めているように感じたので少しだけ興味を持った。

 だから、ソレはもっと近くで観察してみたくなり、その生命体へと接近した。何か(こえ)を発していたので、試しにその生命体に触れてみる。


 すると少し強く触れ過ぎたのか、生命体は一気に向こうへと飛んで行ってしまった。けれど、すぐに戻って来てソレに合図を送ったので、ソレは生命体の動きに合わせて空の上まで飛んで行く。

 そこでソレは、とりあえず生命体を壊してみようと思い、色々とやってみることにした。けれどその生命体が器用に()を逸らしてしまうので、なかなか壊れない。


 そのうち壊れずにいることが面白くなって、どんどん激しく()を伸ばしてみる。それでも目の前で跳ねる生命体は壊れることなく()をいなし続け、さらに激しくソレの興味を惹いていった。

 生まれたばかりのソレが見境なくエネルギーの波動を振り撒いて世界を滅ぼさなかったのは、紛れも無く生命体(コージュ)のおかげである。


 生まれ出たばかりのソレに感情を表出させる(すべ)など無かったが、内から湧き出ていたものは間違いなく喜びと快感に類するものだろう。

 何故ならソレは、どこか楽しそうにはしゃぐ子どものようにも見えたから。


 まるで自分の全てを受け止めてくれる相手に出会い、ただただ無邪気に全力でじゃれ付いているが如く。





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 スプライトが用意した魔法陣には、様々な設計図が組み込まれていた。


 大地から吸い上げた負の念を受け入れるための器には、魔法で作られた仮の魂も内蔵され。

 それも、下界の人族が到達可能な中で最高峰の出来のもので、不備など全く見当たらない優れもの。もしも生まれ出た者を何らかの理由で殺さねばならなくなったとしても、そこを急所とするには無理があるほどの完璧な仕上がりだ。


 魔法陣が起動し、大地に眠る負の感情を吸い上げ始めたならば……その種類に応じた色を纏わせながら、徐々に体が形作られていくことになる。

 あり得ないだろうが、喜びの感情に満ちた念が集まれば明るく華やかな黄や橙かもしれない。鬱屈として沈んでいれば青や紺かもしれない。

 純粋で真っ白なら、召喚主は驚き感極まる可能性さえある。まあ現実的には恨みつらみが大半だろうから、紫混じりの禍々しい色だろうけど。


 ただ、黒くなることだけはあり得ない。黒というのは全ての色が混じり合ったものだからだ。

 多種多様な感情が、それも原形色を留めないほどに濃縮されでもしなければ、黒くなどならないはずである。少なくともこの小さな島の規模で集めた念であれば、いくら禍々しい怨念であったとしても何かしらの色合いは判別できるだろう。


 ともかく、そうして生まれ出でた人造生命体を仮に「虚ろな者(ホロウ)」とでも呼ぶならば、そのホロウは間もなく世界に満ちた風の感触を知り、踏みしめた大地の強さを感じ、陽の暖かさに包まれながら瞳を宿すことになる。

 魔法陣が消え去った後も、その体に移行した設計図(プログラム)に沿って聴覚や触覚、視覚などの感覚を得て、世界の素晴らしさを知るのだ。



 設計者は思い浮かべていた。

 そうして新鮮な刺激に触れる我が子を、自分が優しく抱き留め、愛と慈しみの心で包み込み、その身に眠る負の感情の全てが癒える日まで寄り添い続けるのだと。


 そうして笑顔で生を謳歌できるようになったなら、その経験と自信を胸に抱いて次なるホロウを生み出すのだ。

 これまで様々な事情から出産など夢のまた夢だった召喚者にも、そうして子と呼べる存在が何人も誕生する。


 願わくば、多くの子を抱き締められますように。

 願わくば、その子らが全て幸せな生を歩めますように。


 生まれ出た最初の子が、初めて興味を抱くものは何だろう?

 それが召喚者(じぶん)なら最高に嬉しいが、そうでなくとも何でもいい。


 最初に取る行動は何だろう?

 赤子と違って歩くことも跳ねることもできるのだから、元気で活発な子になってくれたらなおのこと嬉しい。


 最初に触れるものは何だろう?

 召喚者(わたくし)の肌だろうか、それとも踏みしめる土だろうか。あるいは自分自身の、生まれたばかりの体を撫で回すのかもしれない。


 最初に笑うのは、どんな瞬間だろう?

 召喚者(わたくし)が微笑みかけた時に、笑い返してくれるのか。はたまた数日も経った頃に、初めての遊び相手を見つけた時だろうか。


 なんにせよ、決してその表情を曇らせるようなことだけはしたくない。

 どんな状況になったとしても、きっと召喚者(じぶん)が抱き締めてあげるから。何も怖がらなくていいんだよと語りかけ、笑顔を向けてあげるから。


 そうして母子となり、召喚者(かのじょ)は長年抱き続けた夢を、目標を達成するために歩み始めるのだ。

 傍らに在る子どもたちと共に、世界を少しでも善くしようと願いながら。


 それが、召喚者たるスプライトの描く未来予想図であった。

 彼女には揺るぎない自信と、強い意志があったから。それを叶えるためならば、その他の全てを捨ててもいいと思えるほどに。


 自分自身の強い力と、崇高なる血統まで犠牲にしても構わないと。

 彼女は本気でそう思い続けていた。



 ――――まさか、その全てが覆されようとは夢にも思わず。

 この世で唯一の純血種たる自分がただの足手纏いになる日が来るなど、想像できるはずもない。最愛の相手に助けられ、惨めに逃げるのが精一杯になろうとは。


 生まれ出でた可愛い我が子が、世界を滅ぼす存在になろうとは。

 その子を愛し、慈しみ、優しく抱き締める……どころか、興味を向けられることにすら怯える羽目になろうとは。


 我が身がどうなろうと構わないと決意していたにもかかわらず、その気配(オーラ)だけで腰を抜かすなど微塵も思い描いていなかったのだ。



 今、自分が生み出した存在は――――生み出してしまった()()は、最愛のひとのおかげで遠く離れた場所に行ってくれた。

 今はもう、この手で抱き締めてあげたいなどとは思わない。思えない。


 今はただ、最愛のひとが無事に帰って来てくれることだけを願っている。

 今はただ、世界が滅びずに存続し続けることだけを祈っている。


 どうか、神様。

 愚かな私の仕出かした罪を、お許しください。


 どうか、神様。

 あのひとを無事に皆の下へと返してあげてください。


 そのためにこの身が必要だというのなら、喜んで生贄になりましょう。

 愚かで無価値なこの身でよければ、いくらでも差し出しましょう。


 だから、どうか……。




 そうして自分の無力さを痛感しながら、スプライトは地上でただただ祈り続けていた。

 本当に神というものが存在しているのなら、自分とホロウの存在を相殺する形で消滅させてはくれないだろうかと妄想して。


 彼女が最も恐れていたのは、自分のせいで世界や魔王(コージュ)が犠牲になることだ。彼が今まで成し遂げてきた功績も、折角救ってきた仲間たちや国々のことも、全てが自分の愚行のせいで水の泡になってしまうのだから。


 思い描いていた未来は、自分の手で世界の闇を晴らす栄光。

 だが現実に訪れたのは、自分の手で世界が闇に沈む絶望。


 そんな彼女に優しい言葉をかけてくれる者などいようはずがない。

 彼女たちの仲間は避難し、世界が滅びずに済むことをただ願って。唯一彼女の傍にいてくれそうな彼も、今は尻拭いのために遠い空の彼方で救世の闘いを繰り広げているのだから。


 いっそ、全ての責任を取って潔く自決してしまった方が、世界のためになるのではないか――――





『まあまあ、落ち着いてよ。そんなことしても世界は救われないし、誰も喜びはしない。何の意味も無い上に、世界が救われた後で皆が悲しむだけだからさ。彼だって、命がけで世界を救ったのに最愛の女性が自殺してたりしたら頑張った甲斐が無いってもんだよ?』





 ――――暗い感情に支配され悶々と思い悩む彼女に、声がかかる。


 そっと寄り添い、優しく慰めてくれるその者は……以前にも感じたことのある神々しい()()()

 凍てつき闇に支配されそうな心を緩やかに解きほぐし、至上の安息を齎してくれる不思議な声。何故かその言葉はスッと理解でき、その通りだと納得もしてしまう。


 彼女は背後で語りかけるその者を心の底から信頼し、今すぐに跪いて慈悲に感謝しようと誓った。

 そうして振り向いた彼女の目の前には――――



「……あれ?」



 ――――誰の姿も存在してはいなかった。


 それもそのはず、この結界の傍にいたのは最初から自分と魔王コージュの二人だけなのだ。

 他の者たちはベルたちが避難させていて、万が一近付いて来ようものならすぐさま気配察知に引っ掛かることだろう。


 そんなおかしな状況に首を傾げた彼女だったが……どういうわけか、不思議と心は穏やかになっていた。

 先ほどまでの絶望感と不安は薄れ、ネガティブな感情はきれいさっぱり消え去っているではないか。


「……なんだったのでしょう?」


 誰かに声をかけられた気もするが、その記憶も何故だか朧気で。

 そんなことよりも今は闘いを見届けねばならないと、再び視線を上空へと向ける。


「……今の私にできるのは、貴方を信じて待ち続けることだけです。どうか、ご無事でお戻りくださいませ。コージュ様……」


 彼女はそう呟きながら、両手を合わせて天に祈る。

 澄み切った静かな心で、ただ強く願い続けた。自身が自決するなんて馬鹿げたことは考えることもなく、ただ彼のことを想いながら。



 その背後には、気配を感じさせない不思議な存在が今も立っているのだが、彼女には知る由もない。


 神々しい気配(オーラ)を纏いながら存在感の無いその者は、優しい笑顔のままで彼女を見つめながら、上空で繰り広げられる闘いも同時に見守り続けるのであった。




コロナもやっと落ち着いてきましたね。まだ油断禁物ですが。

最近は執筆・投稿も順調にペースが戻りつつありますが、こちらも油断せずに最後まで頑張りたいと思います!

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