第七話
「……よし、眠ったようだな」
「そのようです。魔法も正常に機能しております。三個体とも安定した生体反応です」
魔王コージュの宣言によって安堵し、そこに加えてここまでの肉体的・精神的疲労が出たのだろう。
三人は三人とも、スヤスヤと寝息を立てて眠ってしまっていた。
そんな三人を結界で作った揺り籠に寝かせると、魔王コージュは三人に眠りの魔法をかけて、より確実に熟睡できるようにしてやる。
「今は疲れを取る必要がある。また目覚めてからゆっくりと話すとしよう」
「三個体が目覚める確率は99%以上であると推測されます。ご安心ください」
「怖いことを言うな、その言い方だと逆に安心できんだろ。100%目覚めるわ。それにしても……」
人形を相手にそんな掛け合いをしてから、魔王コージュは改めて自分が立っている場所をまじまじと観察して溜め息を吐く。
「……本気でこんな場所に子どもを島流しにするとは、文化なんだか宗教なんだか知らんが残酷なものだな」
本来ならば不死の魔王コージュ以外、誰も生き残れない呪われた土地。
そこは“死の大地”と呼ばれ、草木も生えぬ不毛の地なのだ。結界によって生存は可能になったものの、現状のままでは未だ食料の確保すら絶望的な希望の無い世界。
そんな大地を理想の国にしてみせると高らかに宣言してしまったのだから、魔王コージュも流石に早まったかと頭を抱える。
「……マジで早まったかもな。まあよい、なんとかなるだろ」
「流罪を実行した者たちは、特定して殲滅しますか?」
「いや、今は必要無い。文化や迫害の実体についてもスキルで色々と追加調査したからな。こんな酷い人種差別であっても唯一の救いは、殺すのがタブーというところだ。差別や迫害は日常的に行われているようだが、殺される心配が無いのならやりようはある。この島が人でいっぱいになる日もそう遠くはないだろう」
もしも今この瞬間にも、世界中で五種混血の子どもたちが殺されているというのなら、魔王コージュは冷静ではいられなかったかもしれない。
だが、生きてさえいるならば万能のスキルで癒すことも可能なのだ。迫害されている子どもたちに申し訳ない気持ちもありはしたが、その者たちを救う前にやらねばならないことがある。
「では、殲滅は中止します。それでは早速人員確保に向かいますか?」
「待て、まずはこの島の環境をどうにかせんとな。今すぐに世界中を巡って“五種混血”の者たちを救出してくるという手もあるが、そういった子らが今回のように島流しにされ、危険な状態に陥るまではまだいくらかの猶予がある。状況は常に千里眼と探知で把握可能であるからして、子どもたちには我慢を強いてしまうようで申し訳無いが、その間に環境整備を行ってしまうとしよう」
「了解しました」
そんな会話ののち、彼がまず最初に目を付けたのは島の土壌であった。
結界は確かに便利であり、この島に再び属性マナの奔流が悪さをすることはなくなった。
だがしかし、長年に渡ってそれに汚染された土はそのまま残されていたのだ。今のままでは植物の育たない“死の大地”であることに差異は無い。
かといって、土に染み込んだ属性マナを結界でどうにかするのは難しかった。何故なら結界で除去を試みた場合、汚染された土は土ごと押し退けられてしまうから。
傘を差せば水滴は弾けるが、濡れたタオルから水だけを絞り取ることは難しい。そうしようと思えば傘ではなく手などを使うしかないのだ。
それに、もし無理矢理に大量の汚染土を島から押し出して海に流れ込ませてしまえば、今度は海の環境が汚染されてしまう。
そこに暮らす生物が汚染されてしまえば、周囲の生態系も大きく破壊されることだろう。
だから、魔王コージュは工事を計画する。
「汚染された土は二メートルほどか。結構な深さだな」
「長年の蓄積により、浸透したものと推測されます」
「さっき子どもたちを寝かせようとした時も、土の状態に気付いて結界製の揺り籠に急遽変更したくらいだ。体を覆う結界でいくら大丈夫だからといって、気分的にちょっとな」
そう言いながら、魔王コージュは地面を睨む。
「放射性物質の除染のように数センチ取り除くのをイメージしていたが、そもそもの桁が違っていたのだな」
「一切の生命体が存在しないこの地であれば、二メートルの除去でも影響は少ないと予想されます。いかがなさいますか?」
そのイエノロの言葉に、魔王コージュは確信をもってニヤリと笑ってみせた。
島全体の土を二メートル掘り起こすともなると、普通なら不可能なことで諦めるしか他に無かっただろう。
だが魔王コージュはただの保父兼、洗濯乾燥機代わりではないのだ。《全知全能スキル》の力は伊達ではない。
「まずは俺がスキルと魔法で汚染された土を取り除き、あっちの小高い丘の辺りに運ぼう。イエノロ、お前はその土から属性マナを分離してくれないか?」
「かしこまりました。属性マナは、さらに属性ごとに分離することも可能ですが、いかがいたしますか?」
「それは色々と使い道がありそうだな。それでは属性ごとに分けて保管しておいてくれ。手間をかけてすまんな?」
「気遣いは不要です。島の中央部には危険物もございますが、そちらはいかがなさいますか?」
続いてイエノロの口から出たのは、耳を疑うような言葉であった。
この島に危険物なるものが存在するというのだから、驚きである。
「ああ、アレのことか。そっちは俺が処理するから任せろ。子どもたちも俺が探知の練習がてら、スキルで見ておく」
だが魔王コージュは、それに全く動じることなくイエノロに指示を送る。
どうやら、それはスキルによってすでに把握済みだったようだ。
「かしこまりました。それでは作業に入ります」
そうして淡々と話を進めるイエノロであったが、魔王コージュは頼もしさを感じると同時に少し物足りなさを覚えていた。
相手が人形だと分かってはいても、時々どうしても考えてしまうのだ。
「……おっと、いかんいかん。それよりこちらも作業に入らねば。まずは……」
それでも目の前のことを優先するため、魔王コージュは思考を切り替える。
メインの土壌改善に取りかかる前に片付けてしまおうと、彼はまず島の中央部へ向かって飛ぶことにした。
探知のスキルは常に子どもたちに向けたままなので、離れていても何かあればすぐに分かるのだ。
「……あったあった、これだな?」
そんな彼が一瞬で移動すると、目の前に現れたのは直径一メートルにも満たないサイズの“岩”。
「どれ、空間魔法で――――」
魔王コージュはそれを、あっという間に異空間へと収納してしまった。
空間魔法で生み出された異空間を利用するその技術は、所謂アイテムボックスやインベントリと呼ばれるもの。
普通の岩ならば、そんな高等な技術を使用する必要は無い。
だが、そこにあったのは普通の岩ではなく、イエノロが言った通りの危険物だったのだ。
「――――よし、これでもう危険は無いな。それにしても条件が合致したのだろうが、属性マナを吸収して宿す岩とはな。どこぞの逸話のように孫悟空でも生まれてくれればいいが、これは花果山の仙石というよりどちらかというと“殺生石”だ……って、誰もいないんだった」
イエノロと過ごすうちに癖になり始めていたのか、魔王コージュはイエノロと離れているというのに巨大な独り言を呟いてしまっていた。
彼はそのことに気付くと、照れ隠しをするように慌ててその場から飛び去り、土壌改善の作業に取り掛かる。
そんな彼がたった今異空間に封印した岩は、その呼び名通りの危険物。
触れたら死ぬ岩……“殺生石”そのものであった。
彼の前世にあった同名の岩の真偽はさておき、こちらのそれは紛れもなく本物。
属性マナの奔流の中心にたまたま存在したからか、元々そういう特殊な岩だったのかは定かでは無いが。
長きに渡って危険な属性マナを吸収し続けた結果、それは今や属性マナを内に濃縮した最恐の危険物となっていた。
ただでさえ恐ろしい環境のこの島でも、触れた瞬間に絶命するレベルなのだからモノが違う。
「……イエノロにこれ投げつけたら、ショックで自我が芽生えたりせんかな? いや、そもそも無反応で終わるか。人形だから当たったところで死なんのだし?」
当のイエノロがいないのをいいことに、ボソリとブラックジョークを呟いてみる魔王コージュ。
――――とその時、彼の頭に唐突に声が届く。
「“魔王コージュ様、テレパシーにて失礼いたします”」
「のわっ!? “ごめんなさい! 嘘です!” じゃなくて、“どうした!? 何か問題でも発生したか!?”」
急なテレパシーに驚き、魔王コージュは咄嗟に謝ってしまう……が、すぐにそれを取り繕うように通信の理由を問いかける。
それは、子どもたちが眠る地点から別々の方向へと飛んだため、今は一キロ強ほど離れた地点にいるはずのイエノロのからの通信魔法であった。
「“質問の内容にお答えします。人形に死は存在せず、修復不可能な損傷や神の手による消滅以外では活動を停止することはありません。それでも余計な損傷を避けるため、該当する殺生石なる危険物を投げつけた場合、事前に避けるなと命令されていない限りは回避行動を取ると想定されます”」
「“いや、今の呟き聞こえてたのかよ!? 耳、良すぎじゃね!? もしかして常時スキルで聞き耳立ててる!?”」
「“現在のこの島では遮蔽物が存在しないため、この程度の距離ならばスキル無しでも聞き取ることが可能です。姿も視認できております。スキルは常時オンにした方がよろしいですか?”」
「“やめて、要らないから! 悪かった、もう黒い冗談は言わないから! と……いうか、地でハイスペック過ぎんだろ!”」
ただの人形であるイエノロは、別に自らの陰口を咎めるために声をかけたわけではないのだが。
それでも結局、離れていながらにしてまるで漫才のような掛け合いをすることになり、魔王コージュは陰口を反省して真面目に作業に集中するのであった。
……
……
「――――ふう、こんなもんだろ。“イエノロ、そっちはどうだ?”」
「“終了予定時間は約六十分後です。土壌からの属性マナの分離は98%が完了しております。間も無く、一時保管した属性マナを各属性ごとに再分離する作業に入ります”」
「“分かった。では最後の汚染土を持って一旦戻るとしよう。一応子どもたちも途中で拾ってから行く。合流したら俺も手伝うぞ”」
「“了解しました。お待ちしております”」
そうして数時間が経過し、作業もひと段落した頃。
魔王コージュは子どもたちの揺り籠とともにイエノロに合流し、土壌改善の工事の締めに入ることに。
島全体の土を二メートル掘り起こすのだから、大部分の海抜は変わってしまうのが当然だろう。
だが、同時に分離の完了した土を戻していったことで、結局は元々の地形とそれほど変わらない状態にまで修復することに成功していた。
そのため、見た目は全く変わらない。
だというのに、そこは最早“死の大地”ではなくなっているのだから驚きである。
「……おーい、戻ったぞ? 最後の土は量が少なかったから、飛んで来る間についでで分離しておいたからな。分離した属性マナを預けてもいいか?」
「かしこまりました。一時保管分に加えます。作業終了の予定時間は五十七分後です」
「俺も手伝おう。半分こちらにくれ」
「かしこまりました。魔王コージュ様のスキルを加味して再計算した場合の終了予定時間は、二十九分……いえ、二十五分後となります」
「俺を過大評価し過ぎだと思うがな? まあ、期待に応えられるように頑張ろう」
そう言って次の作業に移った魔王であったが、結局それが終わったのは三十三分後のことであった。
予定より遅くなった理由は、その作業の単調さである。
「……お前、よくこんなチマチマしたのを延々とやれたな? 俺はあっという間に飽きてしまったぞ?」
「魔王コージュ様は、作業途中から集中力が欠如していた様子が観察されました。作業の種類にかかわらず一定の速度以上で処理できることは、人形の強みと言えます」
「……正直、飽きんか?」
「飽きるという感情は持ち合わせておりません」
「なら、次からこういう作業があったら優先的に回してもいいか?」
「了解しました」
そんな淡々とした受け答えの反動か、魔王コージュはついつい子どもたちの寝顔が見たくなってそちらに目を向けてしまう。
まるで子煩悩なバカ親みたいだなと思いながらも、その寝顔に癒されてから再びイエノロの方を向く。
「さて、お疲れ様……もといご苦労であった。何かお礼をしなきゃ……いや、褒美は要るか?」
「不要です。続けて何かいたしますか?」
「もーえーわ。疲れてしまって魔王っぽい口調も怪しくなってきたし、俺も少し休みたい」
「身体的疲労はスキルで回復可能です」
「気疲れじゃ。島中の土を掘り返してから戻し、続けて単純作業を三十分以上だもん……であるからして、スキルが如何に万能でも精神的に疲れてしまうわ」
「精神的疲労もスキルで回復が――――」
「とにかく!! 休憩がてら、ちょっと出かけてくるから! 子どもたちの見張りを頼むぞ!」
「かしこまりました」
空気を読むこともなく、人間の気分的なものや感情も分かってくれないイエノロに、魔王コージュも少し呆れてしまった。
同時に今後の課題として、イエノロが子どもたちと接する時のことも苦慮せねばと思い浮かんだが、今はそれより次の目的が先だと自分に言い聞かせ、彼は再びふわりと舞う。
「分離した各属性のマナは俺が異空間に預かったし、殺生石も収容してあるから他に問題は無いよな?」
「はい。現在の島の環境下ならば、こちらの三個体が徘徊したとしても飢餓や脱水以外の要因で死ぬ可能性はかなり低いものと推測されます」
「だから怖いって。絶対死にませんくらい言……いやなんでもないわ。とにかく、何かあれば連絡してくれ。少しの間離れるぞ」
「了解しました。お気を付けて」
呆れながらも、そうして見送られた魔王コージュが続いて向かったのは――――島を覆う結界の外である。
土壌の改善が済んだのはいいとして、今のままではいくら“死の大地”でなくなっても意味が無い。
何故なら、結界の外には未だ属性マナが渦巻いていて、植物の種などが自然に飛来する可能性は皆無だからだ。
だから、彼は次なる目的のために、結界の外を目指したのである。
「……さて、どの国から巡るとするかな?」
太陽もだいぶ傾いてきた頃合いで、遂に異世界からやって来た〈魔王〉による他国蹂躙イベントが――――ではなく、素材採取イベントが始まろうとしていた。
もし矛盾を発見したら、感想やメッセージで教えていただけると助かります。