第六十九話
本日もどうぞよろしくお願いします。
「さて、本題にもどるとしよう」
そうして暫くし、魔王島の警備班へとエレナを引き渡した光の国の面々が戻って来たところで首脳会議は再開されることに。
するとすぐに、光の国の一団が頭を下げて謝罪し始める。
「……私どもの国のいざこざで重ね重ね皆様にご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした」
「なに、構わんさ。俺としては色々と助かった面もあるからな」
そう言って笑顔を見せる魔王コージュ。
その言い分は本当のことで、彼と彼の国のとんでもなさを参加者たちに満遍なく理解してもらうには、エレナの件は実に好都合だったのだ。
「で、ですが……」
「いいよな、お前たちも」
「「ええ、構いません」」
「「気にするな。その程度のこと」」
「……メイリーン様? コージュ様の前ではその程度、些細なことです。わたくしたちもそれが分かっていますから、本当に気にしていないのですよ? というかこの方の下では気にしても無駄だと諦めております」
「流石は偉大な水の国の代表者様ですね。状況判断に優れ、我が国の問題児であるこんな魔王コージュ様の扱いにも長けていらっしゃる」
「……勿体無きお言葉です。過分な評価、痛み入りますわ。アクア様」
「おいおい、揃って俺を何だと思ってるのだ? 扱いが酷過ぎやしないか?」
ここぞとばかりに息を合わせて魔王を弄るアクアとアルティナ。
互いに面識は無い者同士という体でありながら、しっかり心が繋がっている雰囲気には魔王もどこか嬉しそうである。自身の扱いを除けば。
「まあ、とにかくそういうことだ。今回は光の国の出来事だったが、もしかしたらこの先、他の国でも何かしらあって迷惑がかかることもあるかもしれん。その時は今回の分、大目にみてやるということでどうだ?」
「……かしこまりました。インカ王、アルティナ様、ダード王、シル女王、アード王。心より感謝を」
「おう!」
「うふふ」
「うむ」
「キシシッ」
「ええ」
「よし、これにて一件落着! では解散‼」
「まだ会議の本題が解決しておりません。勝手に終わらせないでください」
ノリで閉会宣言をしてアクアの鋭いツッコミを受けた魔王は、シュンとなってその場に着席する。さっきまでの堂々とした姿から一変した魔王の様子に、会場内も微妙な空気が広がった。
それを感じ取ったのか、流石の魔王も流れを変えようと大きく咳込んでみせる。
「ゴホン! と、ともかく、先ほどの件はこれで終わりとする。ここからは再び五種混血の者に対する島流しを如何にして止めさせるかについてだ」
そう高らかに宣言した魔王だったが、流れは変わるどころかさらに微妙なものになる。
その瞬間、会場内に溢れていた心の声は「まだやるの?」「いくら話し合っても解決しないんじゃない?」「あれだけ能力が高いなら、自分でなんとかできるんじゃない? 知らないけど」「五種混血なんてどこにいるかも分からないし、自分には関係無いよね」などと消極的なものばかりであった。
やはり自分たちの身近にいない五種混血という異端の存在のことを、心の底から親身になって考えてくれる者は少なかった。
特にこの場に集まっている者たちは国の中枢を担う二種混血や三種混血である。一層、自分たちとは違う世界の話に思えるのだろう。
そうして会場には重苦しい空気が流れ、静まり返る。
傍から見ればシンキングタイムのようでも、実情は暗い展開でしかない。
「あー……ならば五種混血の者たち自身に啓発活動のようなものを始めてもらい、それを我々が後押しするというのはどうでしょう? 最初こそ大変でしょうが、国として認めると宣言できれば……」
「……ああ、いい案だな。感謝するぞアード王」
「……いえ、自分で言っていても駄目だと分かります。考えも浮かばないのに軽率すぎましたね」
「だ、だが発言自体は本当にありがたいのだ。どうだ、他の者たちもアード王のようにまずは気軽に発言を……」
そうやって上手く流れを作り出そうとした闇の国のアード王やコージュの行いも虚しく、再び場には静寂が流れてしまう。
アード王は必死にきっかけを作り出そうと努めてくれたのだが、そんな活動ができるほど五種混血の者たちの生活には余裕など無い。貴族階級とは違うのだ。
「で、では、五種混血の者たちにしかできぬ、特別な仕事を国の方で用意してみるというのはどうかの? それに従事してもらう代わりに、国でそやつらに新たな特権階級を設け……る……」
「……」
「すまぬ、忘れてくれていい。我も軽率過ぎたわ」
「……いや、本当にありがたいよ。感謝するぞシル王女」
ならばと奮起した風の国のシルフィリアス女王も、同様に撃沈する。
途中まではいい案だと確信していたのだろうが、そこから連想されたのは「四種混血の平民でも嫌がる仕事」や「命の危険がある仕事」というネガティブなものだったからだ。それにそんな酷い仕事を与えてしまっては、いくら特権階級にしたところで「不潔だ」などと陰で除け者にされる光景しか浮かばない。
早々に察したシルフィリアス女王は黙り、同時に魔王もコメントを差し控える。
それがまた一層会場の空気を重くするのだった。
「「「……」」」
「……なにか、アイディアだけでもいいんだ。この会議が終わってからそれを精査することでいい案に繋がる可能性もあるのだから」
「「「……」」」
「……本当に何でもいいのだ。何か――――これだけの人数が集まっていれば、何か……浮かばんだろうか? 何か……」
「「「……」」」
そんな雰囲気が続く中、魔王コージュが無理矢理にでも変えてくれないかと周囲の者たちは彼を見つめていた。
いつもならばそろそろ喝を入れるなどして、魔王が先導し始める頃なのだ。彼をよく知る者たちもそれを待っていたからこそ、この重苦しい空気にも耐えて続けていたのである。
だが……悲しいかな、この場の誰も知らない事実がある。
それは、魔王の中身が正真正銘「十七歳の樹少年」であるということだ。
いくら万能の力があっても、それを使う彼の経験値は十七年の前世だけ。未だコントロールし切れていなければ万能の力も宝の持ち腐れなのだ。
それに、彼は前世で順風満帆な人生を送っていたわけではなかった。そのことが今、魔王の器の内側で彼を苦しめていた。
「……」
遂には完全に黙り込んでしまった魔王に、周囲の者たちが真剣な眼差しを向ける。それは彼の次の行動を予想しようと考えてのことだ。
彼と近しい者たちは、彼ならば場の雰囲気を変える何かをするはずだと信じて。それ以外の参加者たちは、どうなるのかと行く末を見守って。
……だが、今の彼は本当に追い詰められていた。それに気付ける者は神を除けば誰もいなかった。
何故なら、彼には心の声も聞こえていたから。
(((コージュ様は、ここからどうするおつもりなのでしょう?)))
(((さて、今後の展開は我が国にどう影響するのかな?)))
(((さっさと終わらせてくれないかな? 我々も暇じゃないのに)))
――――そこに、五種混血の者について考える声は一つも無かった。
ただの一つも無かったのだ。
もし心の中に素晴らしいアイディアを浮かべる者がいれば、魔王とてそれを拾い上げる方法を考えていたことだろう。
だがしかし、それが一つたりとも無いとなれば話は別だ。万能の魔王とてどうすることもできない。
彼の前世で、彼が他人を信用できなくなった経緯があるなどと、善神以外の誰が知っていようか。
そんな事情を知っていたなら仲間たちもフォローに動けただろうが、今の彼らの頭の中には魔王を信じるという純粋な思いしか存在していなかったのだ。魔王が自分のことを詳しく話さなかったツケが、今ここで……こんな形で現れようとは。
会場の参加者たちは自分に関係無いからと関係の無いことを考えてばかり。頼みの綱である各国の王たちこそ真剣に考えてくれてはいたが、それもアイディアが浮かんでいなければ残念ながら魔王の助けにはならない。
そして彼の背後にいるイシュディア魔王国の者たちは彼に全幅の信頼を寄せ、彼の次なる行動を待つばかり。
「……そ、そうだな。では……ええと……」
なんとか場を繋ごうと声を出す魔王だったが、無関心と信頼という巨大な感情の集合体に板挟みにされたことで追い詰められていた。
起死回生の妙案に繋がる流れを必死に探るが、焦る気持ちと絶望感が彼の万能の力へのアクセスを妨げる。参加者たちの本心が分かる彼だからこそ、その無関心さは堪えたのであろう。
まるで、その場に味方が誰もいなくなったかのような錯覚。
そんなことは無いと頭で分かっているというのに、自分自身の力以外が信じられなくなってしまう魔の時間。
精神面でも無敵の強さを誇る魔王であっても、中身の十七歳の少年はそこから切り離されてしまったかのように、憔悴に似た状態を体感していた。まるで追い詰められて鬱になりかけた新社会人のごとく。
彼が冷静さを取り戻しさえすれば一瞬で回復する心の強さが、彼の手の届くところにあるというのに。彼は自らそこに手を伸ばすことを止め、ただ沈黙していたのであった。
「……コージュ様?」
そんな奈落の底に落とされたかの心境に魔王が陥ってしまった刹那。
その一瞬は数秒にすら満たない僅かな時間ではあったが、会場内でたった一人だけ、そこに違和感を持った者がいた。
恐らく彼が何十秒も黙っていたのなら、仲間たちも気付けるに決まっている。
だが、彼女だけは咄嗟に勘付いたのだ。彼が何か考えあって黙っているわけではなく、出会ってから初めて、本当に追い詰められて途方に暮れているのだということに。
今、魔王コージュ――――樹少年の心には前世の嫌な記憶がフラッシュバックしつつあった。それは彼が少年時代に経験した人間の醜い姿に関する記憶。
誰もが経験するような人間の一面性ではあるのだが、変に純粋過ぎた彼はそこから人間を真っ当に信じられなくなる。彼が天邪鬼な性格になるきっかけとなった最悪の思い出。
ただの記憶、思い出。
過ぎ去った過去の遺物。
だが、それは過去に彼の心を確かに蝕んだ悪夢のような現実。
彼以外にはただの出来事にしか映らなくとも、それは彼から大切な「言葉」を奪うほどの深く巨大な傷だったのだから。
前世の世界で、彼の辞書から「ありがとう」という言葉が失われたその出来事。
それが、魔王になって救われたはずの彼の心に再び――――
「――――ぃやっほーーっ‼ みんなー‼ 元気ぃー⁉」
――――再び影を落としそうになった瞬間、彼の背後で大きな声が響く。
その女性の声は、彼を現実へと引き戻す。
ハッとなって振り向いた彼の目に、動く彼女の姿がハッキリと映る。
そうして魔王と目が合っても、彼女は既に動き始めていたその足を止めることなく前に出ようとしていた。
魔王と合った目を再び会場の参加者たちの方へと向け、カタカタと震える膝を押さえ込み、力強く一歩ずつ前に足を進めながら。
「……な……なんだかシーンとしちゃって、元気ないなー! みんな疲れちゃってるのかな! 私ってば元気が有り余ってるから、そんなみんなに私の元気を分け与えちゃおっかなー‼」
「……な、何を……?」
「コージュ様、黙って見ててよ? たまには私もコージュ様の力になってあげたいもん。一番付き合いの長い、私だからこそ……」
そんな呟きをコージュにだけ聞こえるように言うと、彼女は大きく息を吸って大声を出す準備に入る。
呆気に取られたのは魔王だけでは無かったが、少なくとも会場の空気は一変していた。先ほどまでの暗い雰囲気は彼女の大声で吹き飛んでしまったようだ。
「改めてはじめましてー! 私の名前はユイって言うのー‼ よろしくね! きゅぴッ♪」
そうやってアイドルを連想させるような可愛らしい仕草をみせた少女。
それは、魔王がこの世界にやって来て初めて出会った子どもの一人。タマ、アリアとともに魔王によって救出された三人の中の一人、ユイであった。
その口調も大きな叫びも、到底彼女らしくは無かったのだが。
ただ、その時点では誰も彼女を止めるべきだとは思い付けずにいた。
「今日は、こんな大きな会議に集まってくれてありがとー‼ きっと魔王コージュ様に味方してくれる人たちが集まってくれたのかなって思うけど、子どもの私にはよく分からないかな! でも、きっと敵ではないよね⁉」
ユイがひと言叫ぶごとに、会場内には小さなどよめきが生まれ始めていた。
先ほどまでシンと静まり返っていたというのに、そんな光景などいつの間にか消え去っていたのだ。
「だから……私、みなさんのこと信用してます‼ もし何かあってもコージュ様が守ってくれるって信じてるけど、それを抜きにしても今だけはみなさんのこと本気で信じてもいいですよねー⁉」
そんな掛け声とも問いかけとも判断の付かない叫びに、会場内ではつい流されてウンウンと頷く者の姿があった。
この世界のこの時代に樹少年の前世にいたようなアイドルなどいるはずもないのだが、可憐な少女が元気に声をあげる姿には、時代も世界も関係無く同調する大人が少人数は出てしまうものなのか。
そんな頷きを見て、ユイは高鳴る鼓動を抑え込み、続けざまに大きく息を吸う。
仲間たちは、魔王も含め誰も彼もが彼女に魅入るばかりであった。
「頷いてくれる人たちもいたので、みなさんを信じて私のとっておきの秘密を教えちゃいます‼ 実は私――――」
……そこが、ラストチャンスだった。
彼女を止めることのできる最後のチャンス。
だというのに、イシュディア魔王国の者たちも魔王コージュでさえも、気付いて彼女に手を伸ばすことは叶わなかった。
彼女の小さく震える腕も、揺れる足も、泣きそうになるのを必死に我慢する顔も、精一杯の強さを絞り出して懸命に頑張る心も。どれも魔王なら……魔王でなくとも、仲間たちなら誰であっても気付けたはずなのだ。
こんな状況下であっても気付けてさえいたら、そこに目を向けられてさえいたら……後悔することは無かっただろう。
「――――こう見えて、“五種混血”なんですよーーッ‼」
そんな叫びに、再び会場の空気が一変する。
それまで子どもの悪戯でも見守るような温かい眼差しをしていた大人たちが、唐突なカミングアウトに目の色を変える。
同時に、ユイの背後にいたイシュディア魔王国の者たちの間に緊張が走った。
そして誰よりも青褪めたのは魔王コージュである。その状況に呆気に取られるあまり、聞こえていたはずのユイの心の声が意味するところを理解するのが遅れてしまったのだ。
それはあってはならない思考停止であり、彼が我に返った時には既に遅かった。
咄嗟にユイ以外の者の記憶を消そうかと考えるが、フラッシュバックしかけた記憶を忘却し直すのに一瞬の隙ができてしまう。その一瞬で、ユイは再び大きく息を吸っていた。
「驚きましたかーーッ⁉ 貴族のみなさんには信じられないでしょうけど、現実にいるんですよーーッ‼ 私、島流しにされたところをコージュ様に助けてもらったんですぅ‼ だからぁ……」
その頃には、会場内の視線は二種類に分かれていた。
彼女を汚らわしい存在として見下し、周囲とヒソヒソ声を交わしながら彼女を見つめる者たちの視線。
そして彼女の叫びに驚愕しながらも、彼女の勇気に敬意をもって慈しみの視線を向ける者たちの視線。
前者の視線はユイの心に強く突き刺さることになる。それは慈愛に満ち溢れているはずの後者の視線を、彼女の意識から遠ざけてしまうほどのダメージになった。
だがそれでもユイは口を閉じようとはせず、再び大きく息を吸う。
「だ……だから、私はーーッ‼ 五種混血の、わ、私……は……」
「すまなかった、ユイ。もういいから」
「……私、は……」
「ありがとう、俺のためにここまでしてくれて。あとは俺が話すから、もういいよ。俺を助けてくれて本当にありがとう」
魔王コージュはユイに心からの感謝の言葉を贈りながら、声を震わせる彼女をグイッと自分の方へ引き寄せ、強く抱き締める。
彼女を止められなかった自らを恥じ、だが彼女の偉大な決意に感謝を抱きながら、小さなその恩人の顔を包み込んで覆い隠すようにして。
彼女が流そうとしていた涙が、誰にも見られることのないようにと。
「……う……うわああぁぁぁぁーーーーん‼」
見た目通りの子どもらしい声で泣きじゃくるユイ。
そんな彼女を守るかのように背中に手を添え、魔王は静かに目を閉じる。
ざわつく会場の声に耳を澄ませ、ゴクリと一度だけ唾を飲み込む。
そして魔王はゆっくりと瞼を開き、輝く両の目で全ての参加者たちを見つめた。
そこには、途方に暮れた少年など既にいなかった。
冷静さを取り戻した彼の瞳には、魔王本来の眼光が宿っていたのであった。
投稿が遅れても読んでくださる読者様には、PV二万の達成も併せまして心より感謝申し上げます。前作には遠く満たない数値ながらも、こんな拙い作品でも読んでいただけていることは励みになっております。いつも、本当にありがとうございます。




