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第五十九話

本日もよろしくお願いします。




「――――というわけで、無事に終わったぞ」


「「「どこが無事なの⁉」」」



 久々に愛しの魔王島へと帰還を果たした、魔王コージュとベル、それにイエノロの三者。とは言っても、まだ丸一日経っていないのだが。

 ともかく、事情を説明してドヤ顔する魔王に、仲間たちから総ツッコミが入ったのは当然と言えよう。


 一日で六か国を巡った結果、まあ国を認めてもらえたのはいいとしても、弟子が何人も増えたという説明などは到底納得のいくものでは無い。しかも、そのうち四人は各国の王だというのだから。

 そうして皆が呆れ返る中、アクアをはじめとした魔王の妃候補の四人が一歩前に進み出た。


「……本当にあなたという人は。何をどうすれば、そんな予想の斜め上の成果を持って帰って来るのです?」


「うむ、頑張った。万能の力、これでもかと見せつけてやったわ」


「……まあ、ひとまずお疲れ様でした。それでは、あとは光の国と水の国のお返事待ちということでよろしいのですね?」


「ああ、そのことなのだが……」


 すると、魔王は集まった全員の顔を一度見渡してから、再び口を開く。


「光の国と水の国だがな、裏で手を組んで戦争を仕掛けてくるようだぞ」


「「「…………はい?」」」


「まあ、当然といえば当然なのだが。今まで捨て置いた地が、ある日突然理想の環境になりました。そこを治めると宣言したのは、名も知れぬ自称最強の魔王です。実際に現地も見たから、虚言でないことは確認済みです……となればな? 返事を保留した上で準備を整え、攻め入って我がものにするのが普通の流れだろ?」


「普通って、何なんでしょうね……」


 島への帰還途中に先んじて聞かされていたベルだけが、冷静にそんな呟きを漏らしていた。

 だが、他の皆がすぐにそれを呑み込めるはずもなく、シーンと苦しいほどの静寂だけがその場を支配していた。


「……戦……争?」

「水……と、光の……国が……?」


「ああ、戦争だ」


「「「……」」」


「動き出すのは数日後だな。十日もしないうちに、ここまで到……」


「「「はああああぁぁーーッ⁉」」」


 漸く感情が追い付いて来たのか、皆から島全体に響き渡るほどの絶叫が放たれた。その場にいない者や海のモンスターたちは、それに(さぞ)かし驚いたことだろう。

 そんな大絶叫を耳にしても、魔王はあっけらかんと話を続ける。


「驚かせて悪かったな。だが、新国設立の宣言をするとなった時から予想済みの事態だ。きちんと対処もするから、安心してくれ」


「「「そ、そ、そういう問題じゃありません‼」」」


「俺一人で充分に対処できるのだぞ? 落ち着け、何が問題だ?」


「「「だって、戦争ですよ!? 戦争なんでしょ⁉」」」


「だ、だが……」


「コージュ様はお黙りください。皆さんも落ち着いて?」


 混沌(カオス)じみてきた空気を察してか、アクアが魔王と仲間たち両方へとストップをかける。妃候補とはいえ、アクア以外の三人は皆と同じく動揺しているというのに、彼女は流石であった。

 いや、話の内容に興味が無くてボケーッとしているガーゴイルクイーンのアロエルも、ある意味では動じていないのだが。


「ハァ……あなたの悪癖、いつになったら改善されるのでしょうね?」


「うん? 俺の悪癖?」


「その、混乱を振りまくサプライズなやり方と、自覚の無さのことです」


「……あっ、はい。すみませんでした」


 だが魔王は反省していない。また同じことを繰り返す目をしている。


 それはともかく、場の混乱を鎮めようとアクアが手を叩いて大きな音を出し、そこに皆の注目が集まったところで強めに声を張り上げた。


「皆さん、落ち着きなさい! 動揺する気持ちはとてもよく分かりますが、たとえ戦争になったとしてもこの場所は絶対安全です! それに、攻めてくるのはまだ先の話です! 安心して、今はまず、このお馬鹿……いえ、魔王国初代国王様のお話を聞きましょう! これからは公の場で国王様を立てるという常識を確立していかねばならないのですから、今日から毎回意識してやるようにしましょうね!」


「……今、お馬鹿って言った?」


「言ってません。フラーナさん、ディーナさんも。彼が現実に国王になった今、彼を慕う以上は私たちが率先して皆を纏める役目を担わなければなりません。あなたたちも動揺するのは分かりますが、それを抑えて立ち回れるように今日から練習していきましょう。……ね?」


「「は、はい……」」


「あと、アロエルさんはきちんと話を聞きなさい。モンスターとはいえ、コージュ様の側室(パートナー)になりたいのでしょう?」


「えぇ~? わらわはイチャつければそれでいいのだがのう?」


「駄目です! 少しずつでも頑張りなさい」


 あっという間に場の雰囲気を支配し、的確な指示を出したアクア。そんな彼女にフラーナもディーナも背筋を伸ばして向き合い、渋々ながらアロエルも従った。

 これが、彼女こそがこの国の正妃に相応しいと誰もが確信し、心に刻んだ瞬間でもあった。イシュディア魔王国としては、建国後初となる歴史的瞬間である。


「……流石、経験者は違うな」


「誰が経験者ですか。私だってこんな経験ありませんよ。それより、ほら」


「う、うむ……」


 少したじろぎながら、魔王はアクアに促されるままに皆の方を向き、話の続きを始める。


「えー……混乱させて悪かったな。そういうわけで、水と光の二国は裏で手を組んで攻めてくるつもりのようだ。その対処は俺に一任してくれていい」


「……はい、コージュ様。質問してもいいですか?」


「ああ、いいとも。なんだ、タマ?」


「どういう風に対処するつもりなんですか?」


「ああ、それはな……」


 まだ戸惑いながらも恐る恐る問いかけたタマに、魔王はいつも通りの感じで接する。話の内容は国家間の戦争というとんでもない事態だというのに、のんきなものである。

 だが、それが功を奏してか、皆も魔王の姿に影響を受けて徐々に冷静さを取り戻し始めていた。彼が狙ってやったわけではなくとも、代表者が堂々としていることはそれだけで不安を払拭するのだ。


 これが戦時下ならば、彼によって自軍の機運も盛り上がったことだろう。


「というか、負けようが無いし、どうとでもなるのだがな」


「そ、それはそうでしょうけど……」

「え⁉ そうなの⁉」


「そりゃそうだろ。結界に守られたこの島にはどんな攻撃も通じないのだから。上陸さえ不可能と知れば、いずれ連中も諦めて帰っていくさ」


「じゃ、じゃあ、黙って見てるんですか?」


 そう不安そうな声に、魔王はニヤリと笑ってみせた。

 それは、その問いかけに否定の意を表すものでもあった。


「折角、うちには最強戦力が揃い踏みなのだ。この機会に、少しばかり有効活用しようかと思っていてな」


「それって、コージュ様のこと?」

「あと、アロエルさんかな?」

「ベルさんとか、あとはルシアさんとか?」

「わ、我はそんな大層なものでは……」


 すると、魔王コージュはそれらは否定しないままで、海の方角を指差す。

 皆がそちらに目を向けるが、当然()()()()()に何もありはしない。


「……ま、まさか……?」


「そのまさかさ。俺が不在の間、()()()()だろう?」


「……ええ、来てましたね。最初は何事かと慌てましたよ。アロエルさんやギルさんたちが間に入ってくれていなかったら、下手をすれば先制攻撃しかねないくらいには驚かされましたとも」


「すまんすまん。だがまあ、()()()()がいることもお披露目しておいて損は無い。盛大にかましてこようではないか」


 それは、魔王コージュが六か国を巡る中で遭遇し、引き入れた者たち。

 つまりは海を渡って、魔王たちより先に島へとやって来ていた者たちのことだ。


 彼がそれを()()戦力と呼んだのには理由がある。

 なにせ、それらはただの怪物(モンスター)などでは無いのだから。


「金輪際、うちの国に手出ししようなどと考える愚か者はいなくなるであろう。あいつらが――――海の名持ち(ネームド)モンスターの中でも()()()に位置する存在が、しかも複数体いると知れば……な」


「……なんだか、相手の国が憐れに思えてきましたよ……」

「僕も」

「私も」

「わらわもじゃ」


「さて、それでは安心したところで、本格的に作戦会議でも開くとするか? 四か国と国交を結んだ件も話す必要があるのだし、また皆に集まってもらってな」


 一人のんきにそんなことを口走った魔王は、皆から強烈な視線で睨まれることとなった。懲りない初代国王様である。

 しかしながら、かつて自分たちを我が物顔で抑圧し、迫害し、捨て去った母国をも現実に変革しようとしてくれている魔王には、みんな心のどこかで深い感謝と頼もしさを感じているのだった。


 それも、復讐という形ではない、親和という穏やか方法でもって。内側から、徐々に、ゆっくりと。


 あと二か国残ってはいるが、彼ならば……いずれ叶えられよう。





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「……皆さん、大広間に集まったようですよ」


「おお、早いな。協力的でありがたい限りだ」



 そうして暫くの後、島民たちは開国宣言の時と同じように大広間に集っていた。

 魔王コージュから国交を結んだ経緯や弟子入りした他国の王たちの話を聞くとともに、これから訪れる戦争という非常事態についての説明を受けるためとあって、開国宣言の時より些か賑やかである。


 だというのに魔王は「ちょっと準備がある」と言って、アクアを従えて別室に向かってしまい、皆はそれぞれに歓談の暇を過ごしていた。

 最早誰も魔王とアクアの別行動など気にもせず、まさに公認の夫婦のようである。フラーナやディーナ、アロエルたちは幾分か複雑だろうが、それでも大人しく待っていることが全てを表している。


「……それで? 私だけ連れてきたのは、何か理由でも? まさかとは思いますが……遂に押し倒しますか?」


「遂にって何だ? 押し倒さんわ」


「あら、残念。私はいつでも構わないのですが?」


「……アルティナに会ってきたぞ」


 すると突然魔王が言い放ったセリフで、珍しくアクアが動揺をみせてビクリと体を震わせる。

 そんな顕著な反応をしてしまったことを後悔してか、ポーカーフェイスが巧みな彼女らしくもない、下手な笑顔で顔を引き攣らせた。


「……はて? アルティナとはいったい誰のことでしょう? ……などと言っても、手遅れなのでしょうけどね」


「そんなことを言うと、あいつが泣くぞ。腹心じゃないのか?」


「……ちなみに、いつ頃から気付いてました? 教えてもらっても?」


「最初からだ。お前と初めて出会った時から、既にな」


 そう言われて、アクアは目を丸くして驚愕する。

 だが、心のどこかで察しが付いていたのか、すぐに諦めたような表情で溜め息を吐き、今度はハッキリと苦笑いを浮かべた。


「……どうして追求しなかったんです? 謂わば、敵国の()()()ですよ? 私は」


 アクアは自らの立場を、ハッキリとそう表現してみせる。

 だが、そんなアクアにも魔王はいつも通りの落ち着いた声で返答する。


「純粋に、お前がどういう企みで来ているのか気になったのだ。お前自身のことも面白いと感じたしな。だから興味本位で()()()()()みた」


「私が……面白い?」


「アレだろ? 俺に向けて遠見の術を何度も使ったの、お前だったんだろ?」


 かつて、魔王がまだこの世界に来て間もない頃のこと。


 この島に、魔王に向けて何者かが遠見の術を仕掛けた事件があった。結局その犯人は分からないままだったが、それはアクアが来た後も幾度となく行われており、彼女ではあり得ない……と、普通なら思うところである。


「……えっと、私が来た後も何度かありませんでしたか、それ?」


「察するに、お前が予め指示してアルティナにやらせたんだろ? 自分が犯人だとバレないよう、カモフラージュのために」


「……アハハハハ、少し浅慮過ぎましたかね? アルティナならしくじったりせず、いい目くらましになると思ったのですが……」


「技の練度が違い過ぎてな。俺ほどになると、術者が分からずともそれが別人によるものだということくらいはすぐに分かってしまうのだ。というか、最初の遠視は俺の力をもってしても逆探知できなかったからな。アルティナのは俺に察知させるためだけに行われた意味を為さないモーションで、リスクを恐れるあまりお前の術ほど美しくはなかったからな」


「……お褒めいただいたと受け取っておきますわ。私たち、とんでもない化け物に興味を示してしまったのですね」


 そう言いながら再び大きな溜め息を吐いたアクアだったが、次の瞬間にはどこか吹っ切れたように魔王の目をジッと見つめ、彼に頭を下げる。


「では、当然私の正体にもお気付きだったのですよね? イシュディア魔王国初代国王、コージュ様」


「ああ、もちろんだとも。水の国の()()()()、アクア殿……とでも呼べばいいかな? それとも――」


「私の本当の名前も、血統のことも全てお見通しというわけですか。まさかそこまで知られているとは、もう完全にお手上げですね。ですが……許されるなら、今しばらくはアクアと、そうお呼びいただけると嬉しいです」


「――そうか。ならば、アクア殿。改めて、俺の国との国交樹立を申し込むことにでもしようかな?」


 魔王の言葉に、アクアはフルフルと首を横に振った。

 少し悲しそうに、だが何処か嬉しそうに微笑みを浮かべながら。


「いえ、彼の国のことは全てアルティナに一任してきましたから。代理とはいえ、今は彼女が国家の代表で相違ありません。それに、議会制のあの国では、私は元から名ばかりの国家元首でしたからね」


「……そうか。アルティナのやつは元気そうにしていたが、やはりお前がいないと辛いのではないか? 現に、あいつの意志とは反する形で共同戦線の締結が進められていたぞ?」


「あら、随分とアルティナに優しいのですね? もしかして、彼女も王妃候補に入る日が近いのかしら?」


「おいおい、茶化すなよ。というか、お前は帰りたいとは思わないのか?」


 その問いかけにも、アクアは首を横に振って応える。


「この地に現れた未知の存在を察知し、この身をかけて真相を突き止めようと考えた時から……私はもう、この国に骨を埋める覚悟をしておりました。ですから、この件についての制裁はどんなものでも甘んじてお受けします。最悪、死罪だというなら、それでも……」


「そうか。ならば俺も、何の憂いも無く妻として迎え入れられるというものだ。今後ともよろしく頼むぞ、アクア」


「ええ、分かりまし……はへ?」


 すると、そんなことを言った魔王にキョトンとし、アクアは彼の服の袖をクイクイと引っ張ってから自分を指差した。


「うん? なんだ?」


「……スパイ、スパイ。私、スパイ」


「何故、急に語彙を失ったのだ? スパイなのは知ってるぞ?」


「い、いえ、他国のスパイだとバレたのですから、それなりの……」


 そう言って珍しく阿保面を晒してみせたアクアに、魔王は声を上げて笑ってみせた。そして、そんな彼女を愛おしそうに見つめ、ハッキリと宣言をする。


「おいおい、最初から分かっていて受け入れたと言っただろう? 俺は、()()()()()と言ったのだ。俺が俺の責任でそうしたのだから、お前がこの国に入った時点でお前の罪など全て不問に決まっている」


「……正気ですか? たとえあなたが分かっていたにしても、私はずっとあなたを裏切り続けていたも同然なのですよ? それに、あなたが良くても皆は……」


「俺がそんなに器の小さい人間に見えるか? 国王になったのだし、ならば国王らしく民を説得して、お前のことも認めさせてみせるさ。俺が()()()(ひと)を、お前たちもどうか受け入れてくれ……とな」


「愛……⁉ くッ、あ……ば、馬鹿ですか⁉ こんな時に何を……」


 突然の告白めいた言葉に、アクアは赤くなって狼狽えてしまう。

 意表を突かれたことで、少し素が出てしまったのか。


 そんな彼女を見て笑っていた魔王だが、彼は不意にその笑いを止めると、少し真剣な顔をして口を開いた。


「……それと、実は俺の方こそお前に謝らないといけないのだ」


「……え?」


「お前の全てを知っていて黙っていたことももちろんなのだが……これまで言いそびれていたが、実はお前の血――――」




 ――――コン、コン。



 するとその時、彼らのいた部屋のドアをノックする音が聞こえてきて、その直後にゆっくりとドアが開かれた。


「……あの、コージュ様? みんな、そろそろ待つのに飽きてきてるんですが? お話、まだかかりますか?」


 ドアを開いて顔を覗かせたのは、ベルとディーナという珍しい組み合わせの二人であった。長く話し込んでしまっていたようで、痺れを切らした仲間たちを代表して二人が魔王を呼びに来たのである。

 そんな二人の姿に、魔王もアクアも現実に引き戻されることになった。二人とも自分で気付かないうちに、完全に自分たちの世界を作ってしまっていたようだ。


「おっと、すまんすまん。すぐに行くよ」


「……私たちともあろう者が、つい時間を忘れて集中してしまいましたね。申し訳ありません」


「いえ、大事なお話しだったのでしょう? お邪魔してすみません」


「なに、いつでもできる話だ。俺たちはもう、夫婦なのだからな」

「……え、ええ、そうです……わね」


 モゴモゴとアクアが()()()ない相槌を打ったことに、ベルもディーナも気付いてはいた。だが二人とも、敢えてそれをスルーして足早に広間へと戻って行く。

 何をしていたのかは分からなくとも、()()アクアが照れるような何かがあったのは察しが付いたのだろう。それを追及すれば、本当にお邪魔虫になってしまう。


 そうして逃げるように去った二人の後を追って、魔王とアクアもまた広間へと向けて移動を開始する。

 少し気恥ずかしそうにするアクアに対し、魔王は平常心……に見えてはいたが、彼もまた内心では恥ずかしさで堪らなく悶えていた。



「……は、話の続きはまた今度な。戦争が終わってからでも、ゆっくりと」


「そうですね。その……二人きりの時にでも……」


「あ、う、うむ……」



 そんな、どこか初々しくも見える国王同士というビッグカップルは、互いに不器用に平静を装い、たどたどしく言葉を交わしながら大広間へと急ぐのであった。




戦争とか物騒なので、次話からは暫くの間、少しコメディタッチで描きたいと思います。

次回更新もよろしくお願いいたします。


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