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第五十六話

本日もよろしくお願いします。




「お次は、土の国……なのだが……」


「ここが、土の国……」



 闇、光、風と、三つの国を巡った魔王コージュとベルは、四番目となる土の国の上空へやって来ていた。


 一時的に姿を消して国王のいるエリアに降り立った二人は、土の国という国名には似つかわしくない光景を目の当たりにすることになり、暫しその様子に魅入ってしまう。


「どちらかというと、火の国といった感じですね」


「ああ、そうだな。実際の火の国はこんな感じでは無いのだが、知らぬ者が見たら彼の国かと錯覚しそうではあるな」


 そう話す二人の眼前では、鮮烈な火の粉が舞い踊り、金属を打ち付ける甲高い音が空まで鳴り響いていた。この一帯は王の居住地であるはずにもかかわらず。


 見ての通り、この国の特色は鍛冶。国中のあちらこちらで絶え間なく炉が焚かれ、日夜腕利きの鍛冶師たちが高みを目指して試行錯誤を繰り返していた。

 そんな熱気に溢れた空間の一角を眺め、魔王コージュは大きな溜め息を吐く。


「……この国の王は少し無防備が過ぎるな。まさか護衛も付けずに、一心不乱に鍛冶に勤しんでいるとは……」


「えッ⁉」


 そんなことを言ったコージュに驚き、隣にいたベルは彼の視線の先を追う。するとそこには、抜きん出てオーラのある屈強な男の姿が見て取れた。

 その男こそ、目的の人物でもある土の国の王、ダードゥノム・ハビス二世その人であった。


「……あん? なんだか、嗅ぎ慣れねぇ匂いと気配がすんぜ?」


 すると次の瞬間、王の口から不穏な言葉が放たれ、それに反応するように鍛冶場に屯っていた者たちもピタリと動きを止めて辺りを警戒し始める。

 どうやら王を取り巻く他の鍛冶師たち全員が、いざという時には王の護衛としての働きも担うことになっているようだ。その屈強な体付きなら、下手な身辺警護員よりも役立ちそうである。


 そんな彼ら彼女らの間をスルリと潜り抜けると、魔王は王の目の前で透明化を解き、ベルとイエノロと共に姿を現してみせた。


「クックックッ。なかなか鋭い感覚をお持ちのようだな、土の国の王よ」


「――ッ⁉ 誰だ、てめえは⁉ 何者だ⁉」


「お初にお目にかかる、王よ。俺の名はコージュ、魔王コージュである」


「全員、王をお守りしろォ‼」

「「「おおォ‼」」」


 突然姿を現した不審者(コージュ)に、場の者たちが一気に殺気立って獲物を振りかざす。だが、その中に在って王だけは冷静に立ち上がり、周囲の者たちに待ったをかける。


「まあ、待て。こいつが誰かは知らんが……このオレに害意を持つ者だったら、オレはとっくに殺されていただろうよ」


「ほう? この状況でも冷静さを失わんか」


「どうやら暗殺者ってわけじゃ無さそうだ。魔王とか言ったか? 王を名乗るってこたぁ、どっかの国の頂点(トップ)が入れ替わりでもしたってのかい?」


「無作法に侵入したこと、謝罪しよう。確かに王だが、俺は既存の六国とは無関係だ。実はかくかくしかじかで、新たにイシュディア魔王国という国を――――」


 そんな突拍子もない与太話らしきものにも、ダードゥノム王は真剣に耳を貸してくれていた。その内容が真であれ偽であれ、無下に追い返さなかったあたりに彼の人間性と器の大きさが垣間見えると言えよう。

 そして話を聞き終えたダードゥノム王は、魔王の目をジッと見て思案に耽る。


「――というわけなのだが、話しておいてアレだが……俺の言っていることを馬鹿げているとは思わんのか?」


「あん? いいや、てめえの目は嘘を吐いてる奴のもんじゃねえからな。それに、このオレの勘が真実だと告げてやがる」


「一国の王が直感頼りとは、呆れてモノも言えんぞ。だが、そういうのは嫌いじゃない。それに、実際真実しか語って無いから問題無いしな」


 そうして言葉を交わしていると、不意にダードゥノム王がベルへと視線を移し、今度は彼のことをジーッと観察し始めた。


「……あの、ボクに何か?」


「……魔王コージュとやら。そいつは、てめえの弟子か何かか?」


「ああ、その通りだ。俺の自慢の一番弟子でな」


「そ、そんなぁ、コージュ様ったらぁ……♪」


 魔王に甚く褒められたことで上機嫌なベルではあったが、次の瞬間ダードゥノム王の口から飛び出したセリフで地に墜とされることになる。


「随分と未熟な弟子のようだな。正直言って、てめえの気配なんぞは全く察知できやしなかったけどよ? 俺が僅かでも事前に気付けたのは、その未熟な弟子がてめえの傍にいたからだぜ?」


「なッ⁉ ぐッ……!」


「クックックッ。随分と手厳しいな」


 自分が魔王の足を引っ張ったかのような事実に、ベルは大いに憔悴する。

 だが、魔王はそんな彼の頭にポンと手を乗せ、優しく微笑んでダードゥノム王に言い返す。


「だが、この者は俺の弟子になってからまだ日が浅いのだ。あと十年も鍛えれば、俺を除けばこの世界で唯一無二の強者にもなり得る逸材だぞ?」


「コ、コージュ様……!」


「……そうかい、そりゃ失礼した。まあ、てめえみてえなのに鍛えられりゃ、凡人ですら怪物になりそうだがな」


 そんなことを皮肉めかして言ってのけたダードゥノム王は、スッと手を差し出して握手を求めてくる。魔王もそれに応じ、彼と固く手を握り合う。

 ベルはイマイチ面白くなさそうだが、それでも魔王から褒められた嬉しさを糧に、グッと我慢して控えていた。


「遅くなっちまったが、オレぁダードゥノム・ハビス二世ってもんだ。一応、この土の国で王様なんてもんをやらしてもらってる。てめえは最初から知ってて近付いて来たんだろうけどよ」


「改めて、俺は魔王コージュだ。よろしく頼む、ダードゥノム王」


「ダードでいい。それより、てめえんとこの国を認めろって話だったか? オレぁそんなんに興味はねえよ。勝手に名乗りゃいいだろ?」


「それでは国としてあまり宜しくないのでな。というか、これを機にダード王のところとも国交を結べれば幸いだ」


 そう言って了承を求めるコージュに対し、ダード王は無言のまま何やら考え始める。こういったケースは初のことだから、判断に迷っているのだろう。

 だが、彼は思い立ったようにパッと表情を明るくし、続いて周囲の者たちに耳打ちをしてから再びコージュに向き合った。


「……うちの国じゃ、見ての通り何を差し置いても鍛冶が重要視されててな」


「そのようだな」


「昔っからうちの国を支えてんのは、鍛冶の火と、そこで作られた良質な武器、防具の類いなのさ。このオレが親父殿の後を継いで王の座にいられんのも、前提にこの鍛冶の腕があってのもんでな。だから、てめえがどうしても認めてほしいってんなら、最低限……剣でも盾でもいいから何か持って来てみろ。鍛冶の基本くらいは理解してからじゃねーと、オレらは対話に応じる気はねぇよ」


 そんな王の言葉に、周囲の者たちもウンウンと頷いてみせる。この国の民の多くは、根っからの鍛冶馬鹿らしい。

 なればこそ、少しでも自分たちと同じものを共有している相手でないと認められないということなのだろう。


「ならば、そこの鍛冶場を少し借りてもいいか?」


「……は?」


「信用を得るなら、目の前で腕前を披露するのが一番手っ取り早いだろ?」


「……なんだと?」


 耳を疑うその言葉に、ダードは酷く呆気に取られてしまう。確かに目の前の人物は只者では無さそうだが、まさか鍛冶の覚えまであろうとは予想外だったのだ。

 だがザワザワと取り乱す周囲の者たちに、ダードは王である自分が何か発言せねばと、我に返って頭を回転させ始める。


「ま、まあ、いいぜ? 手伝いは必要か?」


「要らん。もし必要になっても、俺には最高にして最愛の一番弟子がいるのでな」


「コ、コージュ……! ボク、コージュ様になら、もうどれだけ滅茶苦茶にされても構いません♪」


「俺が構うわ。と、とりあえず助手は不要だから、そこで控えていてくれ」


「はいッ♪」


 いったい、自分たちは何を見せられているのだろう。

 二人の事情を知らない土の国の者たちは首を傾げていたが、ともかく彼ら彼女らの前で、異国の王を名乗る人物が灼熱の炉を見据えている。


 今から始まるのは、果たして自分たちの御眼鏡に適う程度のものなのかと、場の皆は各々に期待や嘲笑を携えて見守っていた。





 ――――そして暫くの後。


「……ば、馬鹿な! あり得ん……!」

「な、なんなの、あれ……」

「あれじゃあ、まるで……」


「……魔王、コージュとか言ったか?」


「ああ、どうだったかな? 俺の腕前は」


 試練を終え、ひと振りの刃を仕上げてみせたコージュの下に、ダードがつかつかと歩み寄って彼の肩をがっしりと掴む。

 その光景に、傍に控えていたベルがハァーと溜め息を吐いていた。


「お、お願いします! どうか、このオレを弟子に‼」


「願わくばアタシも!」

「お、おいどんも!」

「ワシも頼みます!」

「あたくしも是非に‼」


「わ、分かったから、みんな落ち着け。一旦離れてくれ」


 ああ、またこのパターンか……と、ベルは慣れを通り越して呆れ返っていた。

 しかも今回は、王だけでなく他国の民までもが弟子入りを希望したのだから。


「それでは、認めてもらったということでいいのかな?」


「み、認めるも何も! こりゃあオレらの数段……いや、それ以上に高度な技術だぜ! 出来上がったその剣は、神剣と呼ぶに値する逸品だ! しかもこの短時間でここまで仕上げるたぁ、人間技じゃねえ!」


「そんな大袈裟な。ただの()なのだが……」


「オレらの目は節穴じゃねーよ! その技法が一般化したら、世界が変わっちまうほどの神器だぞ、そりゃあ⁉」


 興奮してそう叫ぶ彼の言葉に、周りの者たちもウンウンと激しく同意する。


 魔王が作ってみせたのは、技術をふんだんに盛り込んだひと振りの日本刀。

 それが日本刀だから凄いというわけではなく、万能の魔王ゆえに辿り着ける究極の刀鍛冶の技法、そこに関連する小スキルを全部乗せし、その上魔法まで活用し尽くして仕上げたのだから。完成品は次元が違っていて当然だ。

 これまた全知全能スキル頼りの、人知を超えたズルであった。


「た、頼む師父、このオレに技を授けてくれ! ただとは言わん! 師父の国も正式に認めるし、なんなら……し、師父にこの国をくれてやってもいい!」


「だから、大袈裟で……」


「是非もらってください! その代わり、アタシらも弟子に!」

「おいどん、アンタに惚れたとです!」

「国なんかより、ワシは弟子入りを取るですじゃ!」

「あたくしも付いていきます!」


「誰も止める奴がいないのかよ⁉ どうなってんだ、この国は!」


 毎度のパターンに、ベルは呆れてウンザリした顔でコージュに群がる弟子入り希望者たちを眺めていた。自分が一番弟子で、しかも彼ら彼女らは鍛冶限定の弟子だと頭では分かっていても、ベルにとっては非常に面白くない展開なのだから。


 だがここまで四か国を巡り、ゲームに鍛冶にとそれなりに時間を使ってしまっている。あまり長居をしていては、残り二か国を巡る暇が無くなってしまう。

 そう思ったベルは、魔王を差し置いて彼ら彼女らの間に割って入る。


「はいはい、全員弟子入りOKですので、詳細は後日でいいですか? あなたたちの師父様はお忙しい身ですので、今日のところはその辺にしてください?」


「ベル⁉ お前、何を勝手に⁉」


「一番弟子のボクが許可しましたから、今日はこれで終了です。コージュ様、さっさと次に行きますよ? どうせ最終的に弟子入りさせるなら、問答するだけ時間の無駄です」


「そ、そうかもしれんが、俺にも都合というものが……」


「あと二か国巡るんでしょ? ここはもういいですから、次に行きましょ、次」


 そう言って、ベルは魔王の腕を掴んで飛び立ってしまう。

 弟子入りOKと言われた土の国の者たちは歓喜に沸き、お待ちしてますと手を振って二人と一体の姿を見送るのだった。


 今の彼ら彼女らにはもう、新たな技術の到来と輝かしい新時代の幕開けしか見えていないのだろう。魔王たちが普通に空を飛んで行ったことになど、最早動揺を見せる者すらいない。

 そんな土の国の弟子たちを見届けながら、魔王は逞しくなっていく一番弟子の姿に何とも言えない感慨深さを感じるのであった。


「ベル、いつの間にか成長して。お父さん、感動して涙が出て来るよ……」


「誰がお父さんですか。せめて婚約者ぐらいにしてくださいよ。それより、だいぶ日も傾いてきましたからサクサク行きましょう。次の国では、どうやって王族貴族たちを弟子入りさせるつもりなんです?」


「いや、まだそうなると決まっては……というか、せめて婚約者ってのはおかしくないか? お前……」


 そんな戯れを続けながら、二人と一体は次の国へと向けて飛んで行く。


 この二人に同行しているのがもしイエノロ以外の者だったら、お邪魔な雰囲気に居た堪れなくなっていたことだろう。ベルも魔王も男同士ではあるのだが。

 そんな二人のいちゃつく姿は、天上で見守る神のみが見ているのであった。





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「……うむ、暑いな」


「ここが本物の、火の国……」


 そうして二人は、休む間もなく次なる火の国へと到着する。


 先ほどまで土の国で感じていた鍛冶の熱気を上回る大地の温度に、ベルは額の汗を拭ってハァハァと息を荒くしていた。今回はコージュに対して興奮しているわけではなく、マジである。


「火山と火の属性マナの影響で、国中が暑いのが特色だからな。ほれ、あちらこちらに温泉の湯気が見て取れるだろ? あれも火山活動が生み出す副産物で、この国の名物だ。そこに入れるのは、うちの国と違って有力者だけではあるが……」


「ハァ、ハァ……コージュ様と。この火照った体で、温泉に……? ウフ、ウフフフフ……」


「お前、大丈夫か? いつも通りといえばいつも通りだが……」


 違った。ベルはやっぱりベルなのだ。


 それはともかく、かなりタフなベルでも流石に耐え難いほどの暑さらしく、その様子を見た魔王が心配して声をかける。


「この一帯は、この国でも特に暑いらしいからな。どれ、いい機会だから一番弟子に便利な技を教えてやろうではないか」


「え? やったー♪ ウフ、ウフフフフ……」


「だいぶヤバそうだな。では、水属性の魔法から風属性の魔法で、このように熱を奪え。そして、それを身に纏えば……」


 魔王の説明に合わせてキラキラと細かい粒子が目の前を舞い、急激に冷やされた空気が周囲を取り囲んでいく。それがベルの体を包み込むと、彼は一気に暑さを忘れて正常に戻ることができた。


「――わぁ⁉ これは、冷気……? うーわ、涼しい~♪」


 言うなればそれは氷属性魔法とでも呼ぶべき特殊な技術だが、万能の魔王にとっては造作も無いこと。その理屈が分かれば誰にでもできるからと、魔王は早速一番弟子のベルに授業を開始する。


「ほれ、やってみろ。まずはこうして、それから風属性でこうして、あとはコントロールしてバリアのようにこう……」


「えっと、こうですか……?」


「まあ、簡単にはいかんよな。それだと、あらゆるものから熱を奪おうとしている感じだろ? そうではなく、もっと水属性魔法に限定してだな……」


「あ! 分かった、こうか!」


「……う、うむ。そうだな、それで……」


「――こうか! やった、できました! 分かれば簡単ですね、コージュ様♪」


「……チッ。これだから天才というやつは……」


 新しい技術に夢中のベルには聞こえていなかったようだが、あっさりと修得してみせたベルに魔王が(ひが)み文句をたれる。

 今は万能の魔王ではあっても、元は凡人の樹少年だからこその羨望である。本物の天才を目の当たりにすれば、そうなるのも仕方がない。


「ほれ、できたなら行くぞ? 移動しながら練習してろ」


「これ、扱い方次第では……視覚的に相手に覚らせないように工夫できそうですね? キラキラの粒を小さくするか……それとも目に見える形まで発達する前に消して、冷気だけを取り込む形にした方が……?」


「……相変わらず末恐ろしい一番弟子だな。どうせ見られても大して支障は無いから、好きなだけ試行錯誤すればいいさ。まったく……」


 既に応用技術にまで気付くというあまりの天才っぷりに、魔王は僻みを通り越して呆れ始め、ベルを放置して火の国の王を目指してスタスタと歩き出す。

 そんな彼に、ベルは冷気のカーテンを操作しながら付き従う。その後ろからは、存在感の無いイエノロも共に。



 次に向かうは、苛烈な火の国を統べる者が鎮座する一角。

 果たして、そこではどんな人物が待ち受けるのか。


 魔王はそれを楽しみにして、足取りを早めていくのであった……。




今のペースだと、たぶん百話まで行かずに終わると思います。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


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