第五十三話
本日二本目です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「改めて、ご挨拶申し上げる。俺の名はコージュ、魔王コージュという。お前たちが死の大地と呼ぶ地を改良し、この度ひとつの国として名乗りを上げることにしたのでな。今回はその初代国王として、建国の宣言と挨拶に出向いた次第である」
「…………知っていただけているか分かりませんが、闇の国の王、アーダット・ヴェルシェイディアでございます。どうぞ、お見知りおきを」
そんな挨拶を交わした両国の王だったが、闇の国の王であるアーダットの表情は当然浮かないままであった。
「……申しわけないのですが、今のお話の九割ほどは理解不可能だったのですが?」
「ほう? 逆に、理解できた残りの一割は何だったのだ?」
「……あなたが、コージュという名の御仁だということです」
「ふはははは! それもそうか、ならば一つずつ説明していくしかないな」
とんでもない傍若無人っぷりにドン引きしていたアーダット王ではあったが、魔王コージュと名乗った目の前の人物が予想外に理性的であることに、段々と驚きの感情の方が上回り始めていた。
彼ならば、要求など幾らでも力尽くで通せそうなものだというに、今のところは冷静に話をしているだけなのだ。
それでも、次の瞬間には何か飛び出して来るのではないかと、アーダットは戦々恐々として身構えるしかできない。目の前にいるのが人知を超えた化け物であることだけは、間違いの無い事実なのだから。
「――――というわけでな? すぐには信じられんかもしれんが、国を興すまでに至ったのだ」
「……流石に、それを鵜呑みにして信じるのは無理があり過ぎますね。調査のために、暫くの間お時間をいただきたいのですが?」
「その必要は無い。今すぐに見せてやるとも」
「……は?」
魔王がそう言い放った次の瞬間、応接間からアーダット王と魔王の姿が掻き消えてしまう。
その事態に、ドアの前に立っていた隊長のゲルカが狼狽して殺気立ち始める。
だが、魔王コージュの座っていた椅子の後方に控えていたベルはその場に残されており、ゲルカに対して「心配要りませんので、そのままお待ちください」と落ち着くよう声をかけた。
何が起こったかは分からないまでも、ベルにとっては想定内の出来事だったのだろう。信頼を超えた妄信にも近い態度で、ベルは魔王が戻るのを穏やかに待つ。
――――すると間もなく、再び応接間の同じ位置に二人の姿が出現し、魔王は「ふう」と小さく息を吐く。
一方のアーダット王はというと、酷く狼狽えた様子で呼吸を荒くしており、ゲルカが心配して駆け寄ろうと動いたのだが、それに気付いたアーダットは彼を片手で制止してみせた。
「……王よ、いったい何が?」
「……ハァ、ハァ。今のが夢や幻でなければ……彼のいう死の大地だった場所を、今の最中で目に焼き付けてきた……」
「……は?」
「なかなか骨が折れたが、予め魔王島と空間を繋げておいたのさ。それを通って、アーダット殿を俺の国まで招待していたのだ」
またも、あっけらかんと言い放った魔王コージュ。
だが、そんなことはアーダットの理解の範疇を超えており、当然ゲルカなど想像も及ばなかった。
「……僭越ながら申し上げます。コージュ様、そういったことは相手に許可を取ってからの方がよろしいかと」
「む? それもそうか、失礼した。許せ、アーダット殿」
「……フ、フフフ、既に手遅れですよ、コージュ王。私の心臓が止まらなかったこと、神に感謝してくださいませんと」
そんなことを言われ、ふとイエノロの方に視線を向けたコージュ。
その意味が理解できる者は、この場には魔王以外一人もいなかったが。
「すまんすまん。だが、アレで信じてもらえただろう?」
「……信じますとも。信じますから、もう二度と同じことはしないでくださいませんか?」
「ああ、すまなかった。アーダット殿が望まぬ限り、二度とやらんよ」
先ほど起きた現象は、繋がった空間を通って二人が魔王島の上空に移動しただけの話ではあった。
だが、突然説明もなく遥か上空に連れて来られ、そこから「島をざっと案内しよう」と急下降ののちに島内を飛び回ることになったのだ。
たとえ魔王の仲間であっても、訴訟に至れば全員がアーダットの味方をすることは間違いないだろう。百対一で、それは魔王の方が悪いと言われるに決まっている。
場合によっては力尽くの脅迫と見做されても仕方ないだろう。
学習能力の向上しない万能の魔王とは、厄介なことこの上ない存在である。
「…………ハァ。とりあえずは分かりました。ざっと目にした感じ、あそこが何処であれ、あなたはあの場所を自国として宣言するというわけですね?」
「アーダット殿は本当に話が分かるな。やはり、ここを最初にして正解だった」
「……つまり、他の五か国にも出向くというわけですね?」
「遠視と探知で探った限り、ここが最もまともそうだったのでな。失礼だろうが、塩梅を探る意味でも最初にさせてもらったのだ」
その言葉に、アーダット王もゲルカもゾッと背筋を凍らせることになる。
今の話が本当ならば、目の前の男は遠方にいながらにして闇の国の実態を把握したということになるのだ。普通なら間者に調査させた可能性の方を疑うところだが、神にも思えてしまうほどに理解を超えた存在を目の当たりにしては、それも本当の話にしか思えなくなるというものだ。
だが、アーダット王は畏怖の念を振り払い、一国の王としての振る舞いを取り戻すべく口を開いた。
「……今日は、その知らせのためだけに、私の下へ?」
「いや、正確には建国宣言と挨拶……と、俺の国に手出ししないでくれと頼むために来たのだ」
「……そ、それは――――」
アーダット王はその刹那、大きく逡巡することになった。
もしも彼が迂闊に「ただで、見返りも無しにですか?」と口にすれば、これまで穏やかだった魔王から殺気が放たれる事態に陥るかもしれないのだ。最悪、自分は次の瞬間には死んでいるかもしれない。
だが、ここで恐怖に屈して条件を呑んでしまえば、彼は王としての資質を問われることもなりかねない。王である以上、ここで交渉をしないわけにはいかず、彼はその刹那で必死に自分の中に生まれた迷いと葛藤し続けることに。
「それは……ただで、でしょうか?」
だが、彼は迷いを振り切り、王としてのプライドを守り抜く。
恐怖に屈することなく、対等な関係を築くための、交渉のテーブルを用意する第一歩を踏み出せたのだ。
「まさか、ただでとは言わんさ」
だが、魔王は拍子抜けするほどあっさりと、その先へと進み始める。
アーダット王は決死の覚悟の上だったというのに、魔王にとっては対等な交換条件が最初から当然の確定事項だったのだ。
内心でホッと安堵したアーダット王は、改めて気を引き締めて魔王の言葉に耳を傾けることした。
当然、彼の心情も葛藤も魔王は分かった上で、あっさりと流したわけだが。
「では、何を?」
「まあ、うちの国には交易品などはまだ無いのでな。俺の持つ技術や知識を提供させてもらおうかと考えている」
「……技術、知識ですか?」
「ああ。見ての通り、俺は大抵なんでもできるからな。知りたいことがあれば、可能な範囲で教えようではないか」
そのあまりにざっくりとした交換条件には、アーダット王も呆れてしまう。
どうも目の前の人物は、完全に自分たちを舐めているようなのだ。自分たちが無知な子どもであるかのような物言いには、いくらなんでも不快さを覚えずにはいられない。
かくいう闇の国は、六国の中で最も発展していると言っても過言ではないのだ。魔王が一番マシというのも、文化や人々の思想以外に技術的な発展度合の意味合いも込められていた。
そんな国に対して、交換条件が知識や技術とは馬鹿にされたものである。アーダット王はそう思い、魔王に向けて初めて厳しい視線を送る。
「……随分と舐められたものですね。技術力や文明レベルに自信のある我が国に対し、何か教えようとは傲りが過ぎると思いますが?」
魔王に対して睨みを利かせたアーダットに、ベルがピクリと反応を示す。
不遜な態度に警戒態勢を取ろうとしたのだろうが、それはすぐさま魔王によって制止されることとなった。
「ベル、待て。アーダット王よ、俺の持つ知識や技術は並大抵では無いぞ? 流石に千年先の技術などは教えられんが、今ある問題を解決する程度のならば惜しみなく教えられると思うのだが?」
「ハッ! まだ言いますか! いくらあなたが常軌を逸した存在だとしても、我が国の技術力を……舐めるなよ! 例えば、魔力を糧にモーターを回す動力回路が存在するなど、あなたは信じられるか⁉ そう遠くない未来で、我が国は人力を必要としない船舶の開発を成功させられるのだ! 私が技術屋齧りの王だからこそ、苦労してここまで来られたという自負がある! それを、一介の王でしかないあなたに理解できるとでも⁉」
「ああ、動力船の開発途中なのだな。だが、モーターの出力をスクリューに繋げる段階で躓いてるのか」
「……は? いや、そ、それは……」
「ふむ、どれどれ? ……ああ、それは単純な出力不足だよ。魔力を運用する魔導回路に欠陥があるのだ」
「なんだと⁉」
まるで見て来たかのように、スラスラと話し始めたコージュ。
アーダット王は知識も技術もある王だからこそ、魔王の言っている意味がしっかりと理解できていた。
「ば、馬鹿な! あの回路は……」
「いや、だって……魔力を双流方式で流しているのに、こっちのエリアだけ単流の仕組みで組まれているのがおかしいだろ?」
「だ、だが、こっちは転換して甲の魔導システムから乙に……」
「だから、乙に移す時に単流から双流方式にも転換する必要があるだろうが。それが充分にできてないから、魔力の三割もがロスして無駄になっているのだぞ?」
「な、なるほど‼ で、ですが、それだとやはりオーバーヒートして……」
「それは、ラインの本数を増やすだけで解決できる。撚り合わせてある導線を、さらに二つセットにして、こうしてだな……」
即席の図面を描き、指差しで説明を始めたコージュ。
そこに、アーダットも徐々に前のめりになり、マニアックな会話がどんどん深まっていく。その様子にはゲルカも口を挟むことができず、魔王と意気投合して鼻息を荒くする自国の王をただただ眺めることしかできなくなっていた。
その姿は、完全に魔王の掌の上で踊らされているようで、ゲルカは頭を抱えて大きな溜め息を吐く。
だが、そんなものには気付く余裕も無いまま、アーダットは目を輝かせて魔王の説明にのめり込んでいった。
「な、なんと⁉ 三年かかって漸く形になった魔導回路の出力を、今この瞬間だけで数倍に押し上げただと⁉」
「さらに、なんとこの回路にブースターを組み込んで、ここをこうこうこうするとだな……」
「まさか⁉ そんなことが⁉」
「どうだ? こういうのをまだまだ教えてやれるぞ? いい取引になると思わんか?」
「師匠と呼ばせてください‼ 喜んでお受けしますとも‼」
王の口から飛び出した戯言に、ゲルカは本格的に頭を抱えてしまう。
彼が最高権力者の国王とはいえ、誰にも相談無しに即決で他国の王へ回答したのである。しかも、その相手をあろうことか師と仰いで。
彼が重度の技術オタクであることは、ゲルカももちろん把握してはいた。だが、普段の知性的な姿からは想像も付かない彼の素を知る者は少なく、ゲルカも聞いてはいたが見るのは今回が初めてであった。
頭を抱えて遂には蹲り始めたゲルカを余所に、アーダット独断での交渉はさらに加速して取り返しがつかない域にまで達してしまっていた。
唯一の救いは、魔王の出した条件が闇の国にとって不利益を被るものでは無かったことである。彼にとっては対等な交換条件など形式的なものでしかなく、実際は「イシュディア魔王国」を認めてそっとしておいてくれるだけでよかったのだ。
その後も続いた魔王講座は、アーダットの容量の限界に達したところで終止符を打つことに。
さっきまでの張り詰めた空気とは一転して、アーダットは子どものように興奮したまま部屋を飛び出して行く。
「師匠! これがあれば魔動力船もすぐに実現可能です! ちょっとひとっ走り行って、作って来ます!」
「おう、頑張れよ、アーダット王。こっちの条件も忘れず……」
「私のことは気さくにアードと読んでください、師匠! またいつでも遊びに来てくださいね!」
「……ああ、それじゃあまたな」
その挨拶は果たして、走り去る技術馬鹿の耳には届いたのか。
開け放たれたドアの前で、複雑な表情をしたゲルカが固まっていた。
「…………うちの王が、とんだ失礼を」
「いや、純粋でいいやつじゃないか。王の振舞いとしてはアレだが、うちとしては知り合えてよかったと思えるぞ」
「広き心に感謝いたします。それで、あの……」
「ああ、あの様子じゃ暫くは返って来なそうだな。とりあえず国交は無事に結べたようだし、そのうちまた顔を出すさ。もしそちらから俺に連絡したい場合、この建物の北側に印でも掲げてくれるよう伝えてもらえるか? 俺が遠視でそれを感知できるからな」
「か、かしこまりました。確かに申し伝えるとお約束いたします」
「……ゲルカ殿。あんたも苦労していそうだな」
そんな憐みを魔王から受け、ゲルカはフイッと顔を逸らす。
そのことこそが、魔王の問いに対する返答となっていた。
ともかく、こうして最初となる闇の国への建国通達と、図らずも友好的な国交樹立を果たした魔王は、続く二つ目となる国に向けて飛び立つのであった。
出身国の王が晒した真の姿に微妙な表情を浮かべていたベルと、相変わらず無表情のままのイエノロを伴って。
なお、我に返ったアーダット王が応接室に戻って来たのは、この数時間も後のことだったそうな……。
途中の魔導回路の専門的な会話は、それっぽくしただけで特に中身の意味はありませんので、スルーしてください。
最近漸く元通りの執筆環境に戻りつつあり、ホッとしております。コロナもいずれ日常の一部になる日が来そうで、ひと安心?なのかな?
とにかく、体調など皆様ご自愛くださいませ。




