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第五十一話

本日もよろしくお願いします。




「どうした? 誰もいないのか?」


「……いやぁ……流石に私たちじゃ、無理かな~って」



 魔王コージュから国の仕事を手伝わないかと言われ、思わず固まってしまった仲間たち。

 それもそのはず、そんな大それたこととは無縁……どころか、元の国では真っ当な市民権すら与えられずに生きてきたような者が、場の大半を占めるのだから。


 だが、そんな仲間たちの心情を察してもなお、魔王はフッと笑みを零す。


「何故だ? 無理ではないだろう?」


「……だってさ、私たちじゃ、そんなのとは無縁過ぎるもの」

「そうそう。コージュ様は気にせずいてくれるけど、僕たち大体が島流しにされるような平民以下なんですよ? そんなのとは、かけ離れ過ぎてるっていうか……」


「そうは言うが、この中には既にそういった仕事を担って()()者もいるだろ?」


「「「えッ⁉」」」


 その言葉に、仲間たちから驚愕の声が上がる。

 ざわざわとどよめく中、やがて思い当たる幾人かの名が挙がり始めた。


「あ! もしかしてルシアさん?」

「……ああ、騎士さんだっけ?」


「わ、我か⁉ 我はそのような大層なものでは……」


「アクアさんとか?」

「確かに、何でもできそうだもんね。ケーリ?とかガイコー?とか、実は既に人知れずやってても不思議じゃないかも」


「……お褒めいただいたと受け取っておきましょう。まあ、今はまだ何もやってませんがね」


「じゃあ、あとは……ユクちゃんとか?」

「ナラトさん? それとも、ワドルさんかな?」

「あ! 実はクロエさんたちが、こっそり荒事の処理してるんでしょ!」


「……いや、もっと身近な者だ」


 そんな回答も、魔王の言う人物では無かったようで、一同は再び頭を悩ませることに。


 確かに名前が挙がったのは素質ある者たちばかりだったが、魔王は「担って()()」ではなく「担って()()」と表現したのだ。それはつまり、この島に来てから日常的に何かを成し遂げている者という意味なのである。

 そういった意味で、ルシアたち名前の挙がった者は元々才を持ちはしていたが、島に来てから常に何かを成しているというわけではないので当てはまらない。ナラトやワドルたちはその限りでは無いにしても、どちらかというと個人事業であり、国の仕事という魔王の表現からすればやはり条件に合っていなかった。


 国の一端を担うような仕事――――公務という括りとなると、ほとんどの者は想像が及ばなかったらしい。

 一部、分かった上で敢えて口を閉ざしている者もいるようではあったが。


「……むぅ? コージュ様、ウチみたいなお馬鹿には分かんないよ。国のことなんて、どういうのがあるかすら……」


「……アリア、本当に分からんのか?」


「うん、全く分かんない! 誰なの? 誰なの?」


 考え込み過ぎたのか、頭から煙を上げてギブアップ宣言をしたアリア。

 彼女だけではなく、幾人もが同じリアクションを取り、魔王の口から挙げられる名前に注目していた。


「それはだな……クククッ、お前だよ。アリア」


「…………ふぇッ?」


 だがしかし、魔王は笑いながらそのアリアの名を挙げたではないか。

 青天の霹靂に、アリアは間抜けな声を出して茫然としてしまう。


「……ウチ、生まれてから一度もそんなんやったこと無いよ?」


「いや、毎日欠かさず真面目にやってくれているではないか? この島の、()()()の仕事を」


「……はへ? それはやってる……けど、それのどこが国のお仕事なの?」


「立派に国の仕事だとも。国の防衛という分類をするなら、国の領土・領空の見回り……哨戒業務だからな」


「ほぇ? そう……なの?」


 哨戒といえば、通常なら軍事下などで敵などを探索することであり、島の仲間たちや環境に異常が無いかを見回るアリアに当てはまるかは疑問だが。

 魔王はここで、見回りという身近なことと国防という日常からかけ離れたことに差をつけて言い表すために、わざとそのような言い回しを選んだのだろう。空を舞って警戒するアリアは、実質的に航空機と近い部分があるからなのか。


「そうだとも。だから、難しく考えんでもいいと言ったのだ。国の運営と聞くと小難しいイメージがあると思うが、ここはどこぞの大国などではない。今から国を興そうというのに、いきなり経理だの外交を担当しろと命じるわけがないだろ?」


「……じゃあ、アリアちゃん以外は何をすればいいんですか?」


「自分にできることさ。つまりは、()()()()だ。普段だって、お前たちは食事の準備や掃除に片付け、その他にも色々とやってくれているだろう?」


「ええぇ……?」


 誰にでも分かりやすいようにと、敢えて子ども向けの言葉選びをした魔王。


 だが、流石にそれは暴論だと言わんばかりに、アクアたち一部の者からは呆れ顔で溜め息を吐かれてしまう。それでも、彼はなるべくハードルを下げるような表現でもって、全員に理解させようと試みる。


「国とは、人々の集まりだ。家族や仲間が手を取り合い、協力しながら日々の暮らしを続ける上で、ある範囲で一つの形を成したものに過ぎん。人が一人なら国は要らんし、ひと家族だけでも不要だ。だが一定以上の数になった人々が、自分たちの集団を他の集団と区別するために試行錯誤を重ねてできたのが国なのだ。もし世界が一つの集団なら、国なんて括りは要らんさ」


「……そうなんですか?」


「実際、この島の中で考えてみれば不要だろ? 皆が一つの仲間だから、例えば陸にいる者たちと海に住まう者たちが別々の集団として存在してはいないよな?」


「うん、そんなの全然無いね」

「住む場所が違うだけで、別々って意識は無いかな」


「五種混血の者たちと四種(へいみん)三種(きぞく)の者たちも同じさ。あるいはモンスターと亜人、獣人も。皆が混ざりあって一つの集団だから、区別する必要が無い」


 そう話しながら、魔王コージュは皆が差別や偏見なく仲間たちを見てくれていることに嬉しさを覚えていた。

 刹那、世界がこうであったなら真に平和なのだろうな……と夢想してしまったほどに。


 だが、今はそれを頭の片隅に追いやると、彼は再び話を続ける。


「それでも俺が国を興そうとする理由は、この世界にはすでに六つの国家が存在しているからだ。それらと交流を始めるにあたって、「この島は国とかそんなんじゃないです。差別の無い平和な楽園です。望むのは明るく楽しい交流です」などと言っても通らんのだよ」


「なんで?」


「あそこの人間たちは元々、誰のモノでもなかった土地に線引きをして国を成したのだ。そういう奴らが、ここが人の住める土地になったと知れば……国じゃないなら自分の国の一部にしようと動き出すのが道理というものでな」


 現在の魔王島――――死の大地だったこの島が、これまでどこの国にも属さなかったのは何故か。

 それは、単に価値が無かったからに過ぎない。自国の領土だと主張しても、メリットよりデメリットの方が遥かに大きかったからなのだ。


 死の大地と呼ばれていた頃は、周囲の海まで属性マナの奔流によって支配され、そもそも近付くことすら困難だったのだから。そんな土地のために他国と競り合ったところで、百害あって一利なしである。


「だからこそ、それを防ぐために国として名乗りを上げようというわけだ。ここが一つの国だと他の六国に認めさせることができれば、それだけで無用な争いやちょっかいを避けられるからな」


「……思うんですが、この島は今のままでも攻め入れませんよね? コージュ様の結界もあるし、そもそもここが死の大地じゃなくなってることだって、まだ誰にも知られていないのでは?」


「今はそうだが、この先もずっとそうとは限らんだろ? 例えばだが、後々この島の実態に気付いた他国が「あそこは何年も前からうちの国が実質管理していたのに、なにを勝手に住んでいるのだ」とか「あの島が住めるようになったのは、長年うちの国がコツコツと手入れをして来たからなのに、あいつらは無断で勝手に住みついてしまった」とか言い出すかもしれん」


「そ、そんなの横暴だ! 勝手過ぎるよ!」


「だが、人というのは往々にしてそういうことを言い出すものだ。それは、お前たち自身が一番身をもって知っているのではないか?」


 そんな魔王の言葉に、五種混血という理由で迫害されてきた者たちが暗い表情で肩を落とす。

 確かに魔王の言う通り、血の種数に本来なら意味は無いのだ。そこに意味付けをして、格差や立場を付随させたのは人であり、それを痛いほど知っている者たちにとって魔王の話は嫌気が差すほどに理解できてしまった。


「だから、ここを国として立ち上げてしまい、他の六国に正式に国と認めさせるところまで持っていくのが最も安心なのだ。いくら俺の結界があるからといって、経緯はどうあれ世界を敵に回すのは得策じゃないだろ? それにそこまで達成できれば、あとは俺が後任に引き継いだとしても、外交次第で普通の人間だけでも上手くやっていけるだろうからな」


「……どうやって認めてもらうの?」


「そこは俺が頑張るさ。たぶん、ずっと六国でバランスを保ち続けてきたこの世界では、七か国目となるうちが六国全てに認めてもらうなんてのは、普通ならどうやったって無理だろう。相手が……魔王の俺じゃなければ、だがな」


 黒い笑顔でそう言い放った魔王に、仲間たちは苦笑いするしかなかった。

 彼ならば不可能も可能になると、誰もが当然のことのように思ってしまう。


「まあそんなわけだからして、ここが国として旗揚げするところまでは何も心配要らん。俺に任せておけ。だいぶ話は逸れてしまったが、手伝ってもらおうというのはそこから先の話だ」


 軌道修正して振り出しに戻った話に、再びアリアが首を傾げながら問いかける。


「……ピィ? アリア、ずっと見回りしてればいいってこと?」


「もちろんそれでもいいし、なんなら他の可能性を探っても一向に構わん。なにも、すぐに一人前になれという話じゃないからな。例えばお前なら、哨戒業務をしながら自分に何ができるか探っていって、他に向いた仕事があればそっちに移ってもらっても構わんのだ。飽きたのなら、何の仕事もしない生活を選ぶのだってアリだ」


「……いや、それは流石にナシじゃありませんかね?」


「お前たちを勝手にこの島まで連れてきたのは俺なのだぞ? そうしたい者がいるなら、それを支えるために能力を振るうのも俺の役目だろ? お前たちが自分の可能性を探ったり、何もせず人生を謳歌したり、適性に目覚めて仕事に励んだり、ただ愛に生きたり……そういうあらゆる自由を選べるよう、この世界を変えたいというのが俺の願いだったのだからな」


 そんな大それたことを躊躇なく言い切ってしまった魔王に、仲間たちは戸惑いと敬愛の視線を向ける。

 自分たちと彼は何の所縁も無い赤の他人だったというのに、それほどまでに尽くしてくれるのは何のためなのか。それを改めて考え、そしてそれをいくら考えても意味がないのだと再認識する。


 彼は――魔王コージュは、最初から今までずっとそういう人だったのだから。

 ただただ独善的で身勝手で、やりたい放題のどうしようもないお人好し。自分たちの愛すべき親代わりであり、友人であり、仲間であり、家族である存在。


 そして、皆が等しく崇拝し、何の疑いも無く信じて付き従う希望の星。

 だからこそ彼が王だろうとただの人だろうと関係無く、その在り方こそがこの国の在り方として皆に受け入れられるのだ。過去でも、今も、そして未来でも。


 そんな皆の心のうちを感じ取ったのか、それとも流石に自分自身のセリフが恥ずかしくなってしまったのか。魔王はコホンと咳払いをして顔を逸らし、それから再び皆の方に顔を向けて口を開いた。


「さて、改めて聞くぞ? ここまでのことを踏まえて、俺を()()()()してもいいと思ってくれる者は……誰かいるか?」



 その問いかけに――――集まった人数と同じ数の手が挙げられる。


 彼の傍で彼を見上げていたアクアも、さっきまで首を傾げていたアリアも、彼に熱い視線を送っていたベルも。


 タマも、ユイも、セピアも、シトラも、シュラも、モーラも、ルシアも。

 獣人も、亜人も、樹人も、混血(ハーフ)も。大人も、子どもも。

 ガーゴイルたちも、陸のモンスターも、海のモンスターも。

 そして……名持ち(ネームド)のアロエルも。

 

 想定を超える圧巻の光景に、魔王は目に涙を滲ませ、大声で笑い出してしまう。


「クク……アハハハハハハッ! お前たち、そんなに場の雰囲気に合わせて行動しなくてもいいんだぞ?」


「そんなんじゃないですよ」

「自分の意志さ。しっかり考えてのことだぜ?」

「そうそう。みんな……コージュ様と一緒に何かしたいんです」

「何もできないかもしれないから、色々教えてくださいね?」


「……そうか。ならば――――()()()()()、みんな」


 なんだかんだ天邪鬼なところのある魔王から、素直に送られた「ありがとう」の言葉に場が沸き立ち、歓喜のどよめきが方々で飛び交う。

 彼自身も自分の口から素直に出たそれに驚きはしたが、今は照れ隠しやツンデレな態度を見せたりはしなかった。ただ今は、皆と共に温かな場の空気に包まれ、それを感じていたかったのだ。



 この瞬間、魔王島の住民たちは一斉に同じ未来を向いていた。

 この場所が一つの国として、始まりの時を迎えるその未来を。



「……では、早速国名でも考えねばなりませんかね?」


「コージュ魔王国!」

「偉大なるコージュ様大帝国!」

「魔王コージュ最強国!」

「魔王&仲間・愛ノ国!」


「いや、ま、待て待て待て! そういうのだけは本当にやめろ! ずっと残っていく国名なのだから、もっと真面目に考えてくれ!」


「じゃあ、コージュ様が決めて?」

「そうだね、コージュ様が決めた国名なら皆、納得すると思う」


「……なに?」


 さっきまでの雰囲気から一転して、突然の無茶ぶりをされてしまったコージュ。

 流石の彼もまだそこまでは考えが及んでいなかったようで、一心に注がれる期待の視線にダラダラと冷や汗を流すことになる。


「……魔王国では、駄目か?」


「もっと、しっかりしたのがいい!」

「御伽噺に出て来るような、マール帝国とかアトランティッシュ魔法国みたいなカッコイイやつとか!」

「あ、それいいね! なんとか魔王国みたいな?」


「……ちょっと待て。真面目に……本気で考えてみるから」


 そう言うと、魔王は目を閉じて頭をフル回転させ始める。

 万能の力を持つ魔王が本気になれば、常人の数千倍や数万倍の速度で思考することも可能なのだ。


 暫しの沈黙の後、魔王がゆっくりと目を開いてニヤリと微笑む。


「……アクア、フラーナ、ディーナ、アロエル。ちょっと」


「……コショコショ、ふむふむ……」

「……わたしはいいと思いますよ?」

「……ヒソヒソ、あたしもォ」

「……というか、もっと堂々と自信を持って発表したらいいじゃないですか。駄目なら駄目でブーイングの嵐になるだけなんですから」


「それが嫌だから相談したんだろ⁉ ま、まあいい、概ね好評のようだし、それでは発表するとしよう……」


 いざ皆に告げるとなって不安が過ったのか、魔王は情けなくも傍にいた王妃候補者たちに話をし、彼女らの反応を見ようとする。

 そんな彼の意外にも小心な一面を垣間見た仲間たちは、苦笑いを浮かべながら彼と彼女らを微笑ましく見守っていた。


 すると間もなく、覚悟を決めたのか魔王コージュが皆の方に向き直り、大きく咳払いをしてから考え抜いたその候補名を口にする。



「……イ、イシュディアだ。国の名前は、イシュディア魔王国……でどうだろうか?」


「「「……」」」



 その発表に、誰からも返事は返って来なかった。

 全員が無言のまま、口を開かず自分を見つめる光景に、魔王は一瞬だけ不安を覚えてしまう。


 だが――――最初はパラパラと、そしてあっという間に煩く感じるほどの盛大さで、多くの者たちから彼に拍手が送られることとなった。

 それは言葉よりも明確な意思表示であり、どうやら彼の出した国名の初案は、皆に快く受け入れてもらえたらしい。


 その由来や彼の考えを問いただしたい者はいただろうが、今はひとまず賛成大多数でもって国の名が決定することに。

 その反応を見た魔王は、安堵したと言わんばかりにホッと胸を撫でおろす。




 ――――こうして、かつての死の大地は大勢が暮らす祝福された地となり、魔王コージュを最初の王に据えた「イシュディア魔王国」が遂に建国されたのであった。





上手く纏まっているのだろうか……不安です。


ともあれ、こんなんですがやっと建国デビューでございます。

途中を巻きで書いたので、既に折り返し地点を過ぎてしまいました。前作とは反対に、当初の予定よりも早く完結しそうです。


※投稿翌日に、国名をイスディア→イシュディアに変更しました。作者のスペル読解(ISHUDIA)のミスでした、すみませんでした。


次回もまた、よろしくお願いいたします。


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