第四十六話
遅くなってしまい、申し訳ございません。
本日もよろしくお願いします。
「……調子はどうだ? ディーナ、ターシャ?」
「あ、ああ。とても良いさ」
「おかげさまで、素晴らしく良好だよ」
「……そうか」
ディーナとターシャが島に来て二日が過ぎ、仲間たちも彼女らに慣れた頃。
魔王に声をかけられた二人は、相も変わらず差し障りの無い返事をしていた。
魔王コージュをはじめとした数人にのみ分かっていた彼女たちへの違和感は日に日に強まっており、もう間もなく他のメンバーたちにも伝わり始めることだろう。
できればそうなる前に問題を解決したいと、魔王たちは頭を悩ませていた。
「これは、どうしたものかな?」
「……一度、しっかりと話し合ってみるしか無さそうですね」
「だが、二人が正直に本音を打ち明けてくれるだろうか? こちらに気を遣って、余計に隠そうとしてしまっては本末転倒だぞ?」
「ですが、そろそろ限界でしょう? 皆の前で爆発したりする前に対応しないと、下手をすればこの先ずっと消えない心の傷を皆に残すことにもなりかねません」
「……そうだな。特に、子どもたちにとっては……な」
そう話しながら人の少ない場所に移動したコージュとアクアは、腰を据えて話し合いを始めることに。
すると初手に、コージュからある案が出される。
「そういえば、以前もこういうケースがあってな? おま……アクアはまだいなかったが、ベルが来た時で……」
「そういえば、そんなこともありましたね。あの時からボクは、身も心もコージュ様のものになったんです」
「……いたのか、ベル」
「もう、分かってたくせに。コージュ様の意地悪♪」
「いや、それは分かってたでしょう? なんですか、その小芝居は?」
「と、とにかく、かくかくしかじかで……」
そうして件の出来事についての詳細を聞いたアクアは、暫し考え込んでから声を発した。
説明中ずっと頬を赤く染め、その時を回顧していたベルのことはスルーして。
「……なるほど。つまりベルさんの時は、痛みを伴うイベントによる荒療治で皆の意識を変えたわけですね?」
「ああ。上手くいくかは賭けの部分もあったが、俺は皆を信じていたからな」
「ああ……コージュ様から罵倒され、蹴り飛ばされたあの痛み……たいへん愛おしゅうございました……」
「人聞き悪いわ! 確かにやったけども!」
「……その結果、彼は新たな性癖に目覚めたわけですね。それはともかく、今回はそういったやり方はオススメできませんわ」
クネクネと身を捩って恍惚の表情をするベルを傍目に、アクアはあっさりとその案を却下する。
だが魔王もなんとなくその答えが分かっていたのか、動揺もせず彼女に理由を問いかけた。
「何故か、一応聞いてもいいか?」
「だって、彼ら彼女らは既にそういった偏見や差別を乗り越え、成長しているじゃないですか。同じことをしても、皆との間に軋轢を生むリスクが高まるだけで、今回のケースでは問題解決には至らないかと」
「……やはりそうか。スキルのサポートを受けてもあくまで想像することしかできんから、ディーナやターシャと同性のアクアがいてくれて本当に良かったよ」
「……いえ、お役に立てて何よりです」
純粋に褒められて少し照れをみせたアクアだったが、すぐさま表情を取り繕って彼を見遣る。
いくら嬉しかろうとも、根本的な部分は何も解決に向かっていないのだから。
「やはり、彼女たちが本心を打ち明けてくれるのが一番かと。その上で意識改革を施すしか」
「となれば……やはり皆のいない場所に呼び出して、直接話をするしかないか。だが、そこからどうするか……」
「これはもう、それこそ私たちで揺さぶりをかけて荒療治によって本音を引き出してあげるしかないでのでは?」
「……うむ、あいつら自身も今のままでは精神的に辛いだろうから、早めに楽にしてやるにはそれが一番か」
そう言いながらアクアとベルにアイコンタクトを取った魔王に、彼女たちもコクリと頷いて同意を示した。
「では、折を見て彼女たちを呼び出しましょう」
「ならば、その役目はボクが引き受けます。お二人は所定の場所で、最終的な打ち合わせをして待っていてください」
「おお、すまんなベル。助かるぞ」
そうして話し合いを進めた魔王コージュたちは、真っ向勝負でディーナとターシャが抱える問題にぶつかることを決定する。
何度も繰り返し相談に乗る形を取れればいいのだろうが、そんな時間的余裕も双方には残されていなかった。
それ以前に、二人の信用を勝ち取って相談してもらえるようになる前に、事態は取り返しのつかない段階まで進んでしまう可能性が高いのだ。
今回の件は、二人が爆発してしまっては手遅れである。
それで皆からの二人の印象が固まってしまうと、彼女たちも皆も、その後長きに渡って関係性にしこりを残すことになるのだから。
「では、決行の地はあの丘の向こう側としよう。そこなら誰も来ないだろ? ベルは二人を呼び出した後は、他の者たちが近付かないように丘のこちら側で見張りを頼む」
「コージュ様の頼みとあらば、たとえ我が生涯の友であろうと一歩も通しはしません! その結果として決別し、命を奪う悲しき結果になろうとも!」
「そこまで頼んどらんわ」
「冗談ですよ、クスクスクス……」
「……罪な御方ですわね、コージュ様は」
そんなお巫山戯があったものの、間もなく各自が役割を全うするために行動開始する。
魔王とアクアは予定地へと移動を開始し、ベルは屋敷の中へと向かう。今日も微妙に表情を引き攣らせているであろう、ディーナとターシャに会うために。
そしてその想像通り、彼女たちは屋敷の中で他の仲間たちと交流しており、ベルがそこに辿り着いた頃には、その場だと彼にしか分からない歪みをその身に纏わせていたのだった。
「……ディーナさん、ターシャさん」
「あ、はい! えっと……」
「たしか、ベルさん……でしたか?」
「ええ、そうです。こんにちは。今、少しお時間よろしいですか?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「……コージュ様からの言伝です。今から――――」
そうして魔王からの呼び出しを受けた二人の少女は、大きな転機を迎えることになる。
この島に来てからずっと心に溜め込んできた歪みを背負い、自分たちでも気付かないうちに自らの本当の気持ちを見失った状態で。
彼女たちは丘を越えた場所で待つ魔王たちの下へと向かうのであった。
「――――僭越ながら、ボクから一つだけアドバイスを」
「「……え?」」
「ボクもそうでしたから言えるのですが……お二人は、何にも縛られる必要なんてありません。自由でいいのです」
「「……はぁ?」」
「フフッ。今に分かりますよ、その意味が」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから間もなく、島の西側にて。
ベルに導かれたディーナとターシャは、彼に言われるがままに丘を越えて歩みを進めていた。
「……おお、すまんな二人とも。来てくれたか」
「どうしたんだい……じゃなかった、どうしたんですか?」
「その堅苦しい言葉遣い、やめていいですよ? 何度も言っておりますが」
「はい、なるべく堅苦しくならないように気を付けます。お気遣いありがとうございます、アクアさん」
屋敷から西にある丘を越えた場所で、魔王とアクアが二人を待っていた。
屋敷の中で皆から囲まれていた時に比べれば、二人とも幾分かは肩の力が抜けているようではあった。
だが、それでもやはりコージュたちに対する固さは抜けていない。
「それで? あたしらに何か話でもあん……ありましたか?」
「ああ、それなんだがな?」
「お二人はここに来て、皆と上手くやれていると思いますか?」
「……そう、思ってたけどね? いや、思ってます。でも……そうじゃなかったのか、いえ、そうじゃなかったですか?」
「……二人とも、問題無くやれていると思うぞ。皆も段々と打ち解けてきているし、今のままなら大丈夫だろう」
「そ、そうかい。そりゃよか……それは良かったです」
魔王の言葉にホッと息を吐くディーナとターシャ。
だが、そんな二人を見つめる彼とアクアの表情は芳しくなかった。
「いやぁ……良くないんですよねぇ、それが」
「へ?」
「ああ、良くないな。問題無いことが問題でな。今のままでは……お前たちが持たんだろ?」
「な、何の話だい? いえ、何の話ですか?」
「とりあえず、今だけでもいいからその無理をした敬語を止めろ。まずはそこからだ」
ハッキリとそう告げられ、ディーナとターシャは互いに顔を見合わせて驚きを露にする。
明らかに不自然ではあっただろうが、無理をしていると断言されるとは思っていなかったのだろう。
「……わかりま……いや、分かったよ」
「飾ってんのが気に入らねぇってんなら、こうして普通に話せば文句ないかい? どうせあたしらは品が無いだろうよ。分かっちゃいたけどねぇ?」
「いや、そういう意味では無い。飾ってるとか品が無いとかでは……」
「気ぃ遣ってくれなくてもいいよ? あんたには店であたしらの素を見られてんだから、こんな取り繕った姿は……そりゃあ気味悪かっただろうねぇ?」
その物言いに魔王は一瞬たじろぎ、アクアはムッと不機嫌そうな顔をした。
魔王の言葉を遮り自らを卑下する言い方をしたディーナは、どこか拗ねているようでもあった。
そんな二人に、今度は魔王とアクアが互いに顔を見合わせてアイコンタクトを取り、それから再び口を開く。
「取り繕ってる自覚はあるようで、まずはひと安心だ。気味悪くはないが、まあ確かに違和感はあったぞ」
「……そうかい、そうかい。それで結局、今日は何の用なんだい? こんな場所に呼び出したってことは、他のやつらには聞かれたくない話っつーことか?」
「ああ、その通りだ。では、単刀直入に聞くが……」
その言葉に、ディーナとターシャはゴクリと息を呑み、瞬時に身構える。
恐らく二人は、魔王から「この島から出ていけ」とでも言われる最悪の未来でも想定したのだろう。
「お前たち、いつまでそうしているつもりなんだ?」
「…………そりゃ、どういう意味なんだい?」
「その話し方や態度のことだ。何故、ずっと素を出さずに演技をし続けている?」
そんな魔王の言葉に、再度顔を見合わせるディーナとターシャ。
想定と違う流れに、二人とも困惑してしまっていた。
「そんな不自然に取り繕った態度を続けていては、あなたたちの心が持たないでしょう? いつストレスで爆発するかと、見ていてヒヤヒヤしてましたよ?」
「……いや、別にあたしらは……」
「そのままの話し方でいいだろ? 取り繕う必要なんて無いぞ?」
「…………チッ! 簡単に言ってくれるぜ、この人は」
すると、魔王の言葉が癇に障ったのか、ターシャが表情を曇らせ舌打ちをする。
その態度に驚いたのは魔王たちだけでなくディーナも同じだったようだが、そんな彼女に「コラッ!」と叱られても、ターシャは魔王を睨み付けてそのまま話を続けた。
「あんさぁ? あんな純朴そうな子どもらの前で、あたしらが素で喋ったらどうなるか……想像できねぇか?」
「どうなるというのだ?」
「いや、絶対引かれるだろ! 育ちの悪さとか品の無さでさ!」
「そんなことは無いだろ。今から変えたらそりゃ驚くかもしれんが、あいつらならすぐに受け入れてくれると思うがな?」
「無理無理! 軽く考えすぎだぜ?」
「お言葉だけどさ、そりゃ楽観視し過ぎじゃねーか? フォローは嬉しいけどよ、悪ぃがあたしもターシャと同じ意見だね」
二人の会話を傍観していたディーナだったが、彼の安易な考えに呆れたのか、割り込んで口を開く。
「あんたもサゾリのとこで垣間見たんなら分かるだろうが、あたしらは育った世界が普通と違い過ぎんだよ。あの子らと違ってこれまでずっと汚れた世界で生きてきたんだから」
「そうさ、ディーナ姐さんの言う通りだ。そんなあたしらが素を出しちまったら、あの子らだって穢れちまいかねないだろ?」
「……それこそ悪く考えすぎだろ。お前たちとあの子どもたちでは、大した差など無いぞ?」
「そんなわけねーだろぅが! 綺麗な世界で育ってきたやつらだぞ!? 全然ちげーだろ!」
そんなセリフに、アクアがピクリと反応を見せる。
だが、それには気付いていないのかそれともお構い無しなのか、ターシャは続けて口を開く。
「いいか? あたしらは子どもん時からサゾリの下で閉じ込められて育ってきたんだ。常識とか外の世界のことは姐さんたちから教えてもらったが、真っ当な生活なんて送ったこたぁ一度もねーんだよ。毎日目にすんのは欲に塗れた男どもの姿か、そいつらの欲求の捌け口に使われる姐さんたちの姿だ。そうでなきゃ、金のことしか頭に無いサゾリか、それに加担して甘い汁を吸おうってやつらだ」
「……ふむ」
「そうだよ、コージュ様。あんたが庇おうとしてくれんのはありがたいが、あたしらはずっとそんな場所で生きてきたんだ。穢れを知らないやつらと、肩を並べて楽しく生きていきましょう……ってわけにはいかないんだよ。だからなるべく普通の人らしく演じてたのさ」
「……そうか」
そこまで聞いて、魔王は小さく溜息を吐いた。
二人の溜め込んでいた想いを引き出すことにはとりあえず成功したのだが、予想以上に彼女たちは自らの境遇を悲観的に捉えていたようであった。
ここから先は、当たり障りのない言動で茶を濁すことに意味は無い。だが、かと言ってあまりズバズバと切り込み過ぎても反感を買うだけだろう。
どうしたものかと思案する魔王の耳に、不意にアクアの声が聞こえてきた。
「……汚れた世界に穢れ、綺麗な世界、普通の人……ですか」
「あん?」
「失礼ですが、お二人もその店とやらで体を売っていたのですか?」
「お、おい!? アクア!?」
すると唐突に、アクアの口からストレート過ぎる質問が投げかけられた。
それにギョッとするアクア以外の三人だったが、ゆっくりとディーナの口が開く。
「……いや、あたしらはまだだったよ。つーか、危うく変態に売られそうになったところをコージュ様に助けてもらったからね」
「なら店以外で、男の方とは?」
「……は? いや、それも無いけど……」
その回答に、アクアは不思議そうな顔をする。
「……よく分かりませんね? なら、いったいあなたたちの何が穢れているというんです?」
「え? いや、だって……店が、その……」
「店はともかく、それだとあなたたちは、穢れどころか……純潔な乙女ってことになるのでは?」
「「んなッ!?」」
思わず赤面してしまうような表現に、ディーナもターシャも石化してしまう。
だが、確かにアクアの言っていることは正しかった。
「い、いや、そりゃそうだろうけどさ! み、見てきたものとか、接してきた世界が……」
「あら? 見てきた……とは、男女の交わりを盗み見でも? それとも、経験と呼べないだけで、その一歩手前までは何度もヤッてきました?」
「そ、そんなん無いよッ! 他人のなんて見るわけないだろッ!」
「「えっ!? 無いの!?」」
「……えッ?」
そんなディーナの言葉に、何故か魔王とターシャが声を揃えて驚く。
魔王はディーナの口ぶりから、見たり手伝ったりする程度はあったと思い込んでいたのだろう。一方のターシャは、今まで知らなかったディーナの真実に目を丸くする。
「……ディーナ姐さん、見たことなかったんッスか?」
「……え? ターシャは……あんの?」
「そ、そりゃあ何度かは。だって、ああいう店ですし」
二人の間に、微妙な空気が流れ始める。
それを気の毒に思ったのか、魔王がフォローのために言葉をかけた。
「ちょ、ちょっと意外ではあったな。まあ、それはともかく……ならば尚更、皆と大差ないのではないか?」
魔王からそう言われ、ディーナは面目を保とうとするかのように、慌てて言い訳を始める。
種族的にも最も経験豊富そうに見える彼女が、実は一番遠いところにいました……では流石にプライドが許さないのだろう。
「そ、そ、それとこれとは別さ! そ、それでも、場の空気とか、音とか気配とか! い、色々とそういうのが普通と違うってのは事実だろ!? あ、あの子らの中には、成人した男女がどういうことするのかとか、大人がどういう醜い考えて生きてるかとか、そういうのを微塵も知らないやつだっていんだろ?」
「……まあ、言いたいことは分かります」
「……ああ、その通りだな」
憐れなほど取り乱す淫魔族の少女に、魔王もアクアも一旦話に同意して落ち着かせてあげようと、大人な対応を見せるのであった。
この頃、一週間に一本というペースを守れないことが多く、申し訳ありませんでした。
九月からは再び週に1~2本のペースに戻ると思いますので、またよろしくお願いいたします。




