第三十二話
本日もよろしくお願いします。
「おはよー、ノーマ」
「ガガ♪」
「ルガも~、お疲れ様~」
「グガ♪」
モンスターであるガーゴイルたちが島のメンバーに加わって数日後。
彼らはすっかり島の一員としてとけ込んでいた。
この数日で、彼ら個々をモンスターやガーゴイルと呼ぶ者はいなくなり、誰もがその名を愛着を込めて呼ぶようになっていた。
「おう、今日も見守りご苦労、ノーマ、ルガ」
「魔王殿コソ、オ疲レ様デス」
「コノ場所、気ニ入ッテマス。シックリキマス」
「それはよかった。皆も守護像が置かれたことでより安心できて、まさにウィンウィンというやつになったようだな」
ノーマとルガの定位置は、屋敷の玄関を入ってすぐ、左右セットで置かれた台座の上であった。
魔王が呟いた「ガーゴイルといえば……」の話を、ノーマとルガが参考にした形である。
彼の話した「ガーゴイルといえば……」は、どちらかというと前世で彼がやっていたゲームのモンスターであり、西洋に伝わる元々の雨どいや装飾のガーゴイルとは微妙に違ってはいたのだが。
「侵入者ハ許シマセン」
「まあ、そんなん来ないがな? どちらかというと帰宅した仲間たちへの挨拶と、そのうち来客があれば、その対応じゃないか?」
「ナラ、ソノ役目ヲ全ウシマス」
「ほどほどに休憩もしろよー? ガーゴイル族は休まずとも疲れないとは言うが、役目以外にしたいことがあれば、いつでも抜けてもいいからなー?」
そんなことを告げながら、屋敷を出た魔王コージュ。
するとそこで、上空からも彼に声をかける者がいた。
「オハヨウゴザイマス、魔王閣下」
「おお、スカイか。おはよう」
そして間もなく、足下からも。
「オハヨウゴザイマス、コージュ殿」
「ラビ、おはよう」
そうして魔王は、何度も挨拶を繰り返す。
屋敷の周囲を固めるように位置取る、複数のガーゴイルたちに向かって。
「この数日で、随分賑やかになったな」
『だね。俺も一気に大忙しだよ』
「……神の時間は無限だから、別にいいだろ? というか、またも神出鬼没だな」
『こっちにいる他の子たちも元気だよ、って伝えに来ただけさ。気にかけてる、君の心の声が聞こえたからね』
「また、ナチュラルに人の心を読むなよ。とか言っても無駄なのは知ってるが……」
「善神様でしたら、すでにお戻りになられたようです」
「……おのれ、あいつめ」
段々と魔王口調が板についてきて、彼は善神の悪戯にもその口調で怒っていた。
それは素が魔王口調に染まって来た可能性も孕んでいたが、大きな支障はないので問題にはならなかった。
それはともかく、島に来たガーゴイルはノーマとルガ以外にも。
この数日の間、世界各地で他の生物を襲おうとしていた個体を中心に、様々なタイプのガーゴイルが善神の力によって封印されていた。
悪魔の姿で背に翼を生やしたノーマルタイプ以外にも、嘴と翼があって飛行可能な鳥タイプ、地を這う蜥蜴タイプ、野を跳ね回る兎タイプ、二本脚の奇形タイプなど、その形態は千差万別である。
中でも、特に人間を襲ったガーゴイルは特殊な魔法で滅ぼされるか、ガチガチに縛りあげて動けなくしてから湖底などに沈められるのが主な対処法であるため、ガーゴイル自身のためにも急ぐ必要があった。
呼吸をしないガーゴイルは水中でも生き続けられるものの、そうやって過去に沈められたガーゴイルは現在もそのままなのだから。人間も仕方なくそうしているのだろうが、見ている方が辛くなるというものだ。
ともかく、それらは善神によって封印され、魂を保護されるに至っていた。
「……そうか、他のやつらも元気か。まあ、最初から心配などしていなかったがな?」
そんな強がりとも取れるセリフを吐き、彼が思いを寄せたのは、すでにこの世界にはいない怪物たちである。
とはいっても死んだわけでは無く、そもそも封印された全てのモンスターは、無条件に魔王コージュの下へ再召喚されるというわけではないのだ。
封印時に、希望者はそのまま天上にいる封印元の善神の使い魔となるため、どちらかというと魔王コージュに協力してもいいという一部の個体だけが、下界に再召喚される形になるのであった。
そうでなければ、この魔王島に世界中の全怪物が集まってしまうことになり、いずれは島がパンクしてしまう。
なので、今現在島にいるのはそういうガーゴイルだけで、実際に封印した個体数とは異なっていた。彼が思いを寄せたのは、天上にいる個体に向けてである。
それでも、魔王に湖底から救出されるなどして恩を感じたためか、かなりの数が下界残留を望みはしたのだが。
そんな彼らの島での居場所は、やはり魔王のゲーム知識が原因で、屋敷の周囲や屋根の縁などになっていた。ダンジョンの守護者というイメージから、屋敷を守護するように取り囲むその配置が恰も正しいように認識されてしまったのだろう。
眠りも疲れもしないガーゴイルたちにとっては、実にちょうどいい役目ではあるのだが。
「……さてそれよりも、今は目の前の問題をどうにかせねばならんな」
「どちらに先に向かわれますか?」
「……申し訳ないが、島流しの方はまだまだ猶予がありそうだ。よって、今回は先に海の方に行くぞ」
「かしこまりました」
そうして、魔王コージュは今日もイエノロを引き連れて、島の外へと飛んで行く。
ガーゴイルたちが島を守ってくれているおかげで、魔王は気持ちの面で以前よりもずっと楽になっていた。
島の結界があるから実際のところは何も変わらないのだが、魔王にとっては安心の度合が全く違うのである。
だから、今回も迷いなくイエノロを引き連れて島を離れられる。
どちらにせよ、必要にはなるのだが。
「……さて、海のモンスターは初めてだな」
飛行して辿り着いた先で、彼は海沿いの浜辺の一角を見下ろしていた。
もちろん、イエノロとともにその姿は透明化済みだ。
「魚類に酷似した形態の怪物のようです」
「浜辺にいた人族を襲おうとして、近くにいた魔法使いの力で陸に引きずり上げられてしまったのか。運の無いことだ。万事休すだが、さてどうしたものか……」
そう言って見下ろす先では、陸上で息も絶え絶えになっている細長い体の怪物が、多くの人族たちから取り囲まれて最期を迎えようとしていた。
ガーゴイルと違い、その魚類に似た海の怪物は、そのままエラ呼吸ができないだけでも確実に死を迎える運命にある。
海中では人族相手にほぼ無敵であっても、こうして迂闊にも打ち上げられてしまえば為す術など無い。それが海の怪物というものなのであった。
死しても、怪物である以上は再誕することにはなるのだが。
「……カ、ヒュー、カ、ヒュー……」
「よし、今夜はこいつの肉で宴会だ! 皮も素材にできそうだな!」
「魔法使い様のおかげで、予想外の御馳走ですぜ! 助けていただいたことといい、感謝してもし切れませんな!」
「せめてものお礼に、魔法使い様も是非食べて行ってくだされ!」
「い、いや、私は……」
「まあまあ、遠慮なさらず! さあさあ、それじゃあトドメをさすとしますかな?」
そんな会話をしていた人族の者たちが視線を戻すと、そこには何ら変わりのない怪物の姿があった。
だが、その魔法使い様と呼ばれた者だけは、そこに微細な違和感を覚えて首を傾げることになる。
「……?」
だが、それが何なのかまでは判明せず。
間もなく巨大な刃を振り下ろされ、絶命して息をしなくなるまでそれをただ眺めていることしかできないのであった。
「……今、やけに不自然なくらいピタリと呼吸が止まりませんでした?」
「え? そうですかい?」
「まあまあ、そんなことより新鮮なうちにさっさと解体しちまいましょう?」
「あまり時間が経つと、味も素材価値も下がっちまいますからね」
「……そうですね。では、私もお手伝いいたします」
そうして、その場では何らおかしなことは起きないまま、戦利品となる怪物の魚体が人族たちによって運ばれて行くこととなる。
――――その上空で、姿を消してその光景を眺めている視線が三つあることには、最後まで気付かないまま。
「……上手くいったようだな? あの魔法使いの女、危うく気付きそうになっていたが……」
『まあ、結果オーライさ。あの人族たちは予定通り食料を得られて、俺たちはこうして目的を果たせたんだし? ウィンウィンだねー』
「ああ、そうだな。何はともあれ、こうして無事にモンスターを救い出せたわけだしな」
「……貴方タチハ、イッタイ……?」
それは、実に単純な方法であった。
魔王は万能の力を駆使して、ただ人族に幻覚を見せ、その隙に怪物を救出しただけである。
あとは複製の能力を応用して、そっくりそのまま複製した怪物の体を幻覚と重なるように置き、その人族たちがトドメをさそうとするタイミングで怪物が絶命する幻覚を見せてやればいいだけのこと。
ただ幻覚を見せただけでは素体が忽然と消えたことになるが、この方法ならば結果は同じになるというわけだ。
怪物本人から複製の許可を取る必要があるためタイミングがギリギリになり、そこに手間取ったせいで危うく、感覚が他の者より鋭い魔法使いに違和感を覚えられてしまったが、幸いにもその内容までは察知されずに済んだようで。
そうなれば、この後は透明化している二人と一匹はどうとでもなるというもの。
「とりあえず傷は治しておいたぞ。善神様、封印を頼む」
『あいあいさ。封印スキルー』
そして、ガーゴイルのときと変わらず、善神は慣れた手つきで封印を施した。
呪文のお巫山戯はもう無いが、光に包まれるエフェクトは同じである。
『はい、これで良ーし』
「……魔王様、感謝イタシマス。今後ハ魔王様ノ道具トシテ役立テテクダサイ」
「今回も説明不要なようだな。まったく楽なものだ。それでは、すまんが暫し付き合ってくれ。今から二名ほど、人族も救出せねばならんのでな」
封印時は、一時的にこの世界とは時間の流れの違う場所へと送られることになる。それは、謂わば善神の本体がある神の国だ。
ゆえにそこで、善神に簡単な説明を受けてから意思確認をされるため、この世界の者から見れば一瞬だけ姿が消えたように見えていても、実際は時間をかけて事情を把握した上に意思も固めて戻って来ているというわけである。
今回仲間に加わったのは海の魚類型怪物なので、その体は魔王の作り出した結界製の箱に海水を溜めた……所謂「水槽」に収まっていた。
海の怪物なのだからそのまま海に戻して泳いでもらってもいいのだが、それだと他の海の怪物とのトラブルが無いとも限らないし、そもそも自力で泳がせると魔王の移動スピードには付いて来れないのだ。
だから今回は、魔王とイエノロの横を海水入りの水槽が並走する形である。
いくら透明でも、その光景は奇怪極まりないものになっていた。
「では、このまま救出に向かうとするか。善神様、またいずれ頼む」
『はーい、それじゃあまたねー』
「では、お前はそこで見ていてくれ。因みに名前はあるのか?」
「名持チデハアリマセン。デスガ、仲間内デハ「ギル」ト呼ビ名ガ存在シテハオリマシタ」
「では、今後も「ギル」と呼ばせてもらおう。呼び名といえど名前があるのは珍しいな」
怪物の場合、名前を持つのは通常ボス級だけであった。
名持ち=ボス級とは一般モンスターを支配する支配階級でもあり、その力量差には隔絶したものがある。
だが、稀に通り名やシンプルな呼び名を持つ者もいないわけではない。
その呼び名が広く知れ渡ると名持ちの仲間入りを果たす場合もあるが、今回の場合はそこまでではなかったようで。
ともかく、今回新しく加入することになった海の怪物は、そのまま「ギル」と呼ばれることに。
「……さて、島流しの方に向かうとするか。今回は二人追加のようだ」
「運よく場所もすぐ近くのようです。先ほどの人族たちが戻って行った町に、目的の人物たちも存在しております」
「そのようだな。だが同じ町で、一方はモンスターの肉を食ってお祭り騒ぎ、もう一方では祈りを捧げながら同じ人族を島流しにするとは……やはり理解できん狂った文化だな。どういう気持ちで同じ人族を死地に送っているんだか」
「同じ人族と思っていない節があります。なお、魔王コージュ様の治める地はすでに死地ではなく、素晴らしい土地であると進言いたします」
「……お前でもお世辞を言ったりするのだな。いや、世辞ではなく事実だが」
そんなことを言いながら、若干の照れを見せた魔王。
その隣では、いつも通りのイエノロと二人を訝し気に眺めるギルの姿があった。
三者とも透明なので、誰にも見ることは叶わないのだが。
「……さあ、無駄話はここまでにしよう。今度こそ本当に行くぞ?」
「かしこまりました」
「オ供イタシマス」
そうして、透明なままの二人と一匹は、ゆっくりと町の方へと移動を開始する。
島流しが行われようとしている、狂気の現場へと向けて。
次回は何本か投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




