第三話
初日はここまでです。
早速お付き合いいただけた方は、ありがとうございました。
「……な、なんじゃこりゃあーーーーっ!?」
自分の体が全くの別物になっているという未知の恐怖に、樹少年は悲鳴に似た叫びを上げる。
突然自分が自分じゃないと気付いたのだから、彼が思わず昭和の某有名ドラマのような叫びを上げてしまったのも無理はない。
そんな状況でも、善神はいつも通り落ち着いた雰囲気で声をかける。
『どう? 魔王っぽいでしょ?』
「魔お……!? そんなこと言ってる場合かあ!? お、俺の体は!? さっきまで自分の体だったよねえ!?」
『あー……いやあ? 君は気付いていないみたいだったけど、さっきも言った通り“天上界”では君は魂の状態だったから。手足どころか目も口も無い、光の球みたいな感じだったんだよ?』
「そ……!? な……!? えっ、じゃあこの体は!? 誰の!?」
『君の君の。それが君の新しい肉体ってやつさ? どう、気に入ってくれた? 魔王っぽくていいでしょ?』
「くぁwせdrftgyふじこlp……ッ!?」
……状況は混沌である。
それはまさに混沌と呼ぶに相応しい状況であり、樹少年は言葉にならない叫びを上げざるを得なくなっていた。それも致し方無いのだが。
善神はリラックスさせようと敢えて軽い空気感を演出したようなのだが、今は完全に逆効果であった。
『……なんかゴメンね? 良かれと思ったんだけど、もっとしっかり説明してから教えた方が良かったかな?』
「……ゼエ、ゼエ、ハア、ハア…………わ、分かりました、異世界転生の定番、です……ものね? 分かりましたから、気持ちの整理をする時間をください。少しシャラップ、できればその天上界とやらに一世紀ほど帰省しててもらえません?」
『辛辣ゥ! それって消えろってこと!? 遠回しに消えろって言ってるよねえ!?』
フィクションの異世界転生ならば、転生後は違う体になっていてもすんなりと受け入れられるのかもしれない。
だが現実に、説明されないまま突如自分の体が別物になってしまっていたとしたら、どうだろうか。
それは脱出不能の個室に同性の他人と二人きりで、背後に立ったその人から突然「やらないか?」と言われる恐怖が如し。
……いや、そちらの方がある意味で恐怖ではあるのだが。そんな状況に陥ることがまず無いし。
「……ハア、フゥ…………ああ、ビックリした。この体、どうして俺の元の体じゃないんです? と……いうか、流石にそれは前もって教えておいてくださいよ? 驚き過ぎて、心臓が止まるかと思いましたよ?」
『……相変わらず切り替えが早いね? まあ、不老不死だから心臓が止まったりはしないんだけど、その件はごめんなさい。これから説明するつもりだったんだけど、この世界……特にこの場所は過酷な環境だから、元の君の体では生きていられなくて――――』
「ちょっと待って!? 今、不老不死とかとんでもないことをサラッと…………いえ、もういいです。なんでもいいです。話の……続きを、お願いします……」
『……あの、今でも君の心は読めるんだけど……? 今、心の中で俺への評価が二段階くらい下がってたような……?』
「……大丈夫です、減点方式なのでまだ点数は残ってます」
『安心できないね!? 減る一方じゃん! 加点もお願いします!』
そんな冗談を言えるくらいには――――あるいは呆れ過ぎて自暴自棄になってきたのか、少し落ち着きを取り戻し始めた樹少年は呼吸を整えながら、善神の次の説明を待つ。
その呼吸に伴う胸部の動きの感覚さえも、すでに彼の知るものではないのだが。
『まあ、色々と不備があって悪かったけど、とにかくこの場所は過酷すぎて、そういう強い体じゃないと耐えられなくてね。一応ベースには君の遺伝子を使わせてもらったけど、顔以外はほとんど別人のようになってるのは否定しないよ』
「……鏡が無いから顔なんかは見れませんけど、体は細マッチョって感じで確かに強そうですね。ちょっとだけ慣れて来ましたけど、この短時間でも以前の体より力強くてエネルギーに満ち溢れてるって感じは分かります」
そう話しながら、樹少年は腕に力こぶを作り、その場で両足を上げ下げしてランニングの真似事のような動作をしてみる。
すると、映画ならば「ギチギチ」と効果音が尽きそうなほど隆々とした力こぶができ、上げた両脚が風圧を作って下ろす際にも大地に震動を与えるほどであった。
『そうでしょ? でも肉体的にだけじゃなくて、中身も重要でさ。君の知る異世界転生モノってやつにも、「スキル」はよく出て来るでしょ?』
「……ああ、ありますね。この体にも……《身体強化》とか《毒耐性》みたいなスキルでも付けてあるんですか?」
過酷な環境に耐えるというヒントを基に、樹少年はそれらしいスキル名を予想して善神に告げてみる。
それは、説明不足から意図的では無いにしても彼に大きな混乱を与えた善神に対する、僅かばかりの意趣返しの様相も含んでいた。
だがそんな予想に対しても善神は驚くことなく、「チッチッチッ」と立てた人差し指を左右に振ってみせた。若干表現が古臭い気もしないでもないが。
『そんな面倒臭いことはしないよ? 今回はドーン!と大サービスしちゃったからね』
「……というと? 全部の状態異常に耐性があるとかですか?」
『いや、君には《全知全能スキル》というスキルを授けておいたよ。なんとそのスキルと、《全知全能なる者》という称号を持って一定の条件を満たすと、俺と同じ神になれるという最強のスキルなんだよ! 凄いでしょ!』
「……あ、あああ……!?」
樹少年の意趣返しの目論見は外れ、それどころか彼は更なる衝撃を受けて膝から崩れ落ちることになった。
善神はさらりと言ってのけたが、それはつまり今の彼には神にも等しい能力が備わっているという意味なのだ。
ここでもし彼が下手な動きをすれば、そのスキルが暴発して大地を破壊しかねない。そう思うと彼はもう、ふざけてツッコミをすることすらできなくなってしまっていた。
『ああ、大丈夫だよ? 流石にスキルそのままじゃなくて劣化版に調整はしてあるし、最初だけは意識しないと発動しないようにリミッターをかけておいたから、普通にしててOK!』
「……い、いい加減にしてくださいよ? それもこれも全部、向こう側で説明してくれれ…………あ、れ……?」
……と、その時であった。
善神の説明に怒りを露にしかけた樹少年――――ではあったが、その直後に急な立ち眩みを覚え、さっき崩れ落ちたままの体勢から立ち上がれなくなってしまう。
急激に増した不快感と、大きな眩暈、そして腹の底から上がって来る吐き気。それに耐えかね、樹少年は転生したてで空っぽの胃から胃液を吐き出し、目に涙を浮かべることに。
「……なっ!? なに……が……!?」
『……とりま、意識して《全知全能スキル》を使って、自分を“バリア”で包んでみてごらん? 周囲の空気から、必要なもの以外を押し退ける感じで』
「……バ、バリア……? えっと……?」
ワケも分からないまま、樹少年は言われた通りに頭の中でスキルをイメージし、自分を中心に“結界”を生み出そうとしてみる。
すると何か巨大なものと意識が繋がった感覚に襲われ、彼はすぐに必要な知識を思い出した。まるで以前から知っていたかのように。
それは十年前に読んだ本をもう一度読み直し、記憶の底に沈んでいたものを思い出したが如き感覚であった。
「…………あ? 楽に……なった? これが、結界……?」
『君の体……というより魂には《全知全能スキル》の劣化版がセットしてある。けどリミッターの関係もあって、馴染むまでは自由に使えないんだ。使う方法は今みたいに意識すること。下界――――地上で扱えるスキルの全てを内包した最上位のスキルだから、この星限定でなら君にできないことはほぼ無いよ?』
そんな説明を聞きながら、樹少年は自分の周囲に張られた結界に目を向ける。
そこには目に見えないエネルギー波のように膜が張っており、その向こう側で淀んだ空気が渦を巻いていた。
今得た知識の範疇で彼に分かるのは、それが「魔法」と呼ばれる技術の類いだということぐらいだった。
「……分かりました、スキルのことについては。でも、さっきの気持ち悪さはいったい……?」
『ああ、それはこの場所を取り巻く“属性マナ”の奔流のせいだよ。てゆーか、今の君ならもう分かるはずさ。後でゆっくり勉強してみてよ?』
「あ、そっか。このスキルがあれば何でも分かるのか……」
『まあ、そういうことだね。俺がゆっくりとレクチャーしてあげるのも楽しそうだけど、下界の時間は有限だから』
そう言うと、善神は未だ膝を付いている彼に手を差し伸べる。
あらゆる不快感から解放された樹少年は、反射的にその手を取るとスッと立ち上がり、先ほどまでの不調やイライラが無くなったことを確認してから、改めて善神を見遣った。
『そういうことだから、その体で、この場所で、君は〈魔王〉として第二の人生を送ってちょうだい。君を救えなかったせめてものお詫びとしての、最強で万能の力を携えて、君の思うがままに、心のままに……ね』
「……そういえば、どうして〈魔王〉なんです? 最後にそれだけは、神様の口から聞いておきたいんですけど」
その質問に、善神は初めて一瞬キョトンとした表情をしてみせた。
『え? ああ、それは……ゴメン、最初から《全知全能スキル》を持たせようと思ってたから。そうなると地上最強なのは間違い無いから、単純に最強の存在をイメージしたら、俺の中では〈魔王〉だったってだけ。正直、最強なら〈勇者〉とか〈賢者〉とか、〈大魔法使い〉とか〈竜王〉とかでもよかったんだけど。ただ、何も偏りが無くて直感でいいなって思ったのが〈魔王〉でさ?』
「……あー、それは確かにそうかも。〈勇者〉だと使命を帯びてそうだし、〈賢者〉だと知識に特化して偏りがあるイメージですね。その点〈魔王〉なら、悪いイメージ以外は特に何の偏りも無い……のかな?」
『でしょでしょ!』
ここに来て、漸く樹少年の素直な共感を得られたことが嬉しかったのか、善神は満面の笑みを浮かべて彼の両手を握った。
一方の樹少年も、なんだかなあ……とは思いつつも、自分を死の運命から救ってくれたという善神のことが少しだけ気に入り始めていた。
本来なら報われないはずだった彼の死も、あるいは報われるよう改変されても記憶を失ってただ転生するだけだった彼を、こうして救ってくれた恩人。いや、恩神か。
まるでボーナスステージのような異世界転生によって、第二の人生とやらをプレゼントしてくれたのだから、ここまで振り回されたことも許せる気になるというものだ。
……善神が実は邪神で、色々と企んだ上で嘘の説明をしているなら別だが。しかしながら目の前のお人好しの塊のような神には、樹少年でなくともそんな可能性は微塵も感じないことだろう。
実際に、そんな予想外の可能性は無い、ただのお人好しの神なのだが。
『さて、それじゃあ説明はこの辺でいいかな? あとは自分で色々と試行錯誤してみてよ』
「……もう戻られるんですか? 鬱陶しく思ってはいても、こうして居なくなると分かると寂しいものですね」
『最後に酷くねっ!? で、でもこの体は置いて行くから、これに向かって「善神に用があります」って呼びかけてもらえればまた話せるよ? まあ、なるべくなら神である俺には呼びかけずに自力で頑張ってほしいけど』
「分かりました、絶対に何があっても呼びかけません! さようなら、本当にお世話になりました!!」
『いい笑顔だなっ!? 神だけど傷付くよ!?』
そんなやり取りも最後となるからか、樹少年はクスリと笑って善神を見遣った。
「……冗談です。でも、本当に感謝しています。振り回されたから素直にお礼は言い難いですけど」
『……まあ、君の場合はそれでいいよ。そこまで言ってもらえただけで快挙だし? それじゃあ、異世界ライフを楽しんでね! バイバイ!!』
最後にそんな賑やかな会話をすると、急に力が抜けたように、善神はだらりと俯いた。
それは、まるで操り人形の糸が緩んだかのように。
「……これは……? えっと、聞こえ……ますか?」
その異変に気付いた樹少年は、目の前にいるのがもう善神では無いと察し、確認のために声をかけてみる。
「……はい、何か御用ですか、〈魔王〉樹様?」
「……あなたは、善神様では無いの?」
「人形でございます。善神様がお使いでない時は、〈魔王〉樹様からの命令を実行するようプログラムされております。何なりとお申し付けください」
そんな声掛けに次の瞬間応じたのは、無機質に返答するだけの何かであった。
決められたことを返すだけなのか、そこに意思は感じられない。
それが自ら言った通り、今はただの抜け殻。
言葉通りの人形なのだろう。
「……そうなんだ? じゃあ、君のことは何と呼べばい……」
『――――ああ、言い忘れてたよ! 因みにこの体は「イエノロ」っていうんだ! オンリーワンのアナグラムなんだけどね! 命令すれば何でも手伝えるから、俺に用事が無い時でも便利に使ってよ! これもお詫びとお礼のつもり!』
「わあ、ビックリした!? 急に戻って来ないでくださいっ!!」
『あ、ゴメン!? え、えっと……そんなわけで、今度こそバイバイッ!』
「荒らすだけ荒らして逃げるなっ!! ……ハア、まったくもう……」
そんな風に最後まで賑やかにして、善神は下界から去って行った。
締まらない感じにはなってしまったが、こうして善神と別れを果たした樹少年は、改めて自分と目の前に広がる世界へと思いを寄せるのであった。
彼の〈魔王〉としての新たな人生を、ここから始めるために。
いかがだったでしょうか?
本格的な異世界での活動は次話からになります。
混乱して「くぁwせdrftgyふじこlp」を言うのとか、やってみたかったので満足です(笑)
今後は週に最低一~二話ずつの投稿となる予定です。前作だと一日に七本投稿できた日があったので、そこまでは無理でも三~四本の日があったりするかもです。
活動報告でも少し語って今日は終了となりますが、明日以降もお付き合いいただけたなら幸いです。暇つぶしで大いに活用していただければと思います。
それでは、またよろしくお願いします。
次回投稿は明日の夕方~明後日を予定しております。