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第二十八話

本日もよろしくお願いします。


所謂一つの温泉回です。

サービス回……足り得るかは保証し兼ねますが、お楽しみいただければ幸いです。

不足分はどうか、無限の想像力で補填いただけるようお願いいたします。




「……で、ここが温泉だ。これで大体の場所は案内し終えたわけだが……アクア?」


「プイッ」


「いや、プイッて。しかも口で言ってるし……」


 新たに加わったアクアに、島の主要な場所を案内し終えた魔王コージュではあったが、彼女は先ほどの件でご機嫌ななめであった。

 どうにも彼女は今までのメンバーよりちょっとだけプライドが高めらしく、「お前もしつこいな」のひと言は彼女の機嫌を損ねるのに充分過ぎたようだ。


「なあ、悪かったって。機嫌直してくれよ?」


「…………フフッ」


 だが、焦った様子の彼を見て、アクアは一転してクスクスと笑い始める。


「冗談ですよ、ほんとは別に怒ってません。腕も治してもらったことですし、怒るだなんて筋違いですものね」


「いや、ガッツリ怒ってたよな?」


「……何か?」


「……なんでもないです」


 珍しく、万能の魔王がタジタジである。

 海上であんた呼ばわりした時のことといい、彼女にはこれから気を付けて発言しようと決めたコージュであった。


「……ともかく、改めて紹介するぞ。これがうちの島の温泉だ」


「まあ、素敵ですね。私は入れないですけど、贅沢ですわ」


「だろ? 皆も気に入ってくれて……入れないだと?」


「ええ」


 気を取り直して温泉の紹介に戻った魔王であったが、いきなり躓くことに。

 そんなアクアの発言の意味が分からず、目を丸くしてキョトンとしてしまう。


「何故だ?」


「私、種族的に熱いのが苦手なんです。しかも個人的にもあまり好きではないので、温泉は無理ですね」


「……その口ぶりだと、前に入ったことが?」


「ええ。昔一度だけ機会がありまして」


 この世界の温泉は、火の国の名物である。


 とはいえ他の国でも僅かながら天然の源泉自体は存在するため、運良くそれを見付けらたなら、触れたことがあるというのもあり得ない話ではない。

 だが、基本的には発見されるとすぐ貴族などに独占されるため、滅多にあることでは無い。


「それは水の国でか? いったい、いつ、どこで……」


「出会ったばかりで、あまり女性の過去を根掘り葉掘り詮索するものではありませんよ?」


「……し、失礼した。因みにその時は何度くらいの湯温だったか分かるか?」


「たぶんですが、五十か六十度くらいだったかと」


 先ほどの件も手伝って、魔王コージュはアクアに対し弱腰になっていた。

 それでも平静を保って会話は続けるが、二人の関係性は傍から見れば、姉とそれに逆らえない弟のようにもみえる。


「ああ、それならば大丈夫だろう。源泉自体は確かに熱いが、ここは四十ニ~三度まで冷ましてある。それに温めの湯も用意してあるからな」


(ぬる)めの湯?」


「最近入った幼いメンバーには熱すぎたようでな。人鳥人族のその子らのために用意したものだ。ほら、その脇にあるのが温いやつだ」


 そう言って魔王が指差した先には、もう一つ区切られた小さな温泉があった。

 今いる場所は女湯なのだが、もちろん男湯にも同じものが用意されている。


 因みに現在、女湯は無人である。


「……あら、このくらいの湯温なら快適に入れそうですね」


 その浴槽に手を差し入れて湯温を肌で感じると、アクアはあまりの心地良さにうっとりと微笑む。


「それは良かった。用意した甲斐があったな」


 人鳥人族のリナとクーラ、それにマンドラゴラ族のララのようにまだ幼い者や、アクアのように熱い湯が好みでない者はこの先も現れるだろう。逆に、熱めが好みの者も。

 そういった者たちのためにも湯温を調整した浴槽をいくつか用意したり、水風呂も設置すべきだなと考え始めた魔王コージュは、アクアをそっちのけで無言で惚けてしまっていた。


 そんな彼がハッと我に返ると、目の前のアクアにジーッと視線を向けられていた。


「……うん? どうした?」


「……こちらの温泉、早速入らせていただいても?」


「ああ、もちろんいいとも。案内も終わったことだし、あとは自由にしてくれ」


「……」


「な、なんだ? まだ何かあるのか?」


「いえ、そのまま()()()()いらっしゃるおつもりかと思いまして。私は別に構いませんが……」


「……失礼した。では、俺は屋敷に戻る」


 そんなふうに彼を揶揄って話すアクアに、魔王は顔を逸らして精一杯の返事をする。

 案内のためとはいえ現在彼がいるのは女湯であり、見る人が見ればコージュの方が問題なのは確かだ。


「あらあら、折角ですから一緒に入っていただいてもよろしいのですけど? 片腕では体も上手く洗えませんし、その逞しい腕で私の背中を流していただけませんかしら?」


「俺がよろしくないわ。今は両腕揃っとるんだから自力で洗ってくれ。では、また後でな」


「フフッ、照れちゃってお可愛いですね」


 完全に新入りの彼女に遊ばれている魔王ではあったが、無事に案内を終えたことで漸くお役御免とばかりに、一瞬でその場から姿を消し去る。

 慌てて尻尾を巻いて逃げたかのようではあったが、今は誰にも見られていないのでセーフである。少なくとも彼の中では。


「さてと、それじゃあ脱衣所は……」


 一人ポツンと残されたアクアは、気を取り直して温泉を堪能することにする。


 脱衣所を見付けて着ていたものを脱ぎ捨てると、潮風に晒されてベタベタだった肌を湯で流してから適温の湯へ身を沈めていった。

 そこは彼女が知る熱湯とは違い極楽であり、意図せず深い吐息が漏れ出てしまう。


「ふぅ~、気持ちいい……」


 透き通るような水色の肌を水面と同化させ、ゆっくりと肩まで()かった後、彼女はさらに頬のあたりまでを湯に沈めて快楽に(ひた)った。


「こんなに気持ちいいものだったんですねぇ、温泉とは……」


 再び肩より上を水面から出したアクアがそう呟いていると、温泉の外から誰かの気配が近付いてくる感覚があった。


 一瞬、まさか本当に覗きに来たのかと魔王を疑う彼女だったが、よくよく考えてみれば気配があるのは女湯の脱衣所方向である。

 公共の施設として作られた温泉なのだから、そこに気配が近付いて来ていても何ら不思議は無いと気付いた彼女が目を向けると、脱衣所の扉が音を立てて開く。


「あ、いたいた。アクアさーん、一緒に入ってもいーい?」


「あら、ユイさんたちでしたか。もちろん構いませんが……予め説明はされていても、互いに裸同士というのはやはり少し恥ずかしいですね」


「まあ、分かりますけど。でも女同士だし、そのうち慣れますよ」


 そう言って入って来たのは、先ほど挨拶したばかりのユイやシトラ、セピアにマーチ、それに兎人族のメレイとフィラや人鳥人族の姉弟たちであった。

 一気に賑わった浴場に、初めてのアクアは少し戸惑った様子である。


「私たちも普段はお屋敷の方の温泉に入るんですけどね? 今日はアクアさんがこっちに入ってるみたいだったから、歓迎の意味でお背中でも流そうかと思いまして」


「あら、親切にありがとうございます。ではお言葉に甘えましょうかしら。私もお返しに洗って差し上げますわ」


「うえッ!? そ、そんなつもりじゃ……なんか悪い気もするけど、それじゃあお願いしましゅ……」


 自分もされるとはまだ想定していなかったのか、ユイは照れて少し赤くなる。

 見目麗しい女性であるアクア相手だから、一層恥ずかしく思えてしまったのか。


 一方でそんなのはお構いなしに、人鳥人族の姉弟がアクアの入っている温めの浴槽目がけて一直線にダイブする。

 その姿はまさにペンギンそのものであり、人鳥(ペンギン)人族の名に恥じない見事な飛び込みであった。


「ぷあっ! あったかーい♪」


「コラッ、二人とも! 先に体を洗わないと駄目でしょ!」


「あっ、ごめんなさい。お風呂を見たらつい……」


「クスクス。種族の本能ですかねぇ?」


 ともあれ、マナー通りに掛け湯をした面々は次々と湯に浸り始め、アクアを中心に会話を弾ませていく。


 温めの湯を好む人鳥人族のリナ、クーラ以外は最初は普通の浴槽側に入ってはいたものの、長く会話をするためにか徐々に皆が温めの浴槽へと移動して来ていた。


「へぇ、リナちゃんとクーラ君は七歳と六歳なんですね? 小さいのにしっかりしてますねぇ」


「えへへ、そんなことないよー? アクアお姉ちゃんはいくつ?」


「私は十六歳ですわ。一応成人です」


「えっ!? 十六!? アクアさん、大人っぽーい」


 皆が一様に驚いてみせる中、アクアはどうしてか暗い顔で苦笑いを浮かべてしまった。


「……よく言われるのですが、私ってそんなに老けて見えます?」


「え!? いや、そういう意味じゃないですよ! 大人びて見えるっていうだけで、老けてはいませんって!」


「そうですよ~? とっても大人っぽくて~、成人したばかりとは思えない色気があります~。とてもあたしと同い年とは~、思えませんよ~」


「あら、ありがとうございます、セピアさん。そう言っていただけると少し救われますわ」


 すると、フォローを受けて少し明るくなったアクアに、ジーッと視線を送る者があった。

 この場で唯一性別が違い、最年少でもあるクーラ。その視線の先にあるのは、アクアの胸部に存在する()()()()()()である。


 そして無垢な彼の視線は次々と移っていき、ユイに向いたところで彼女にジロリと睨まれる。

 この時の彼が何を考えているかなど、年齢性別にかかわらず誰でも察することができただろう。


「お、落ち着いて、ユイちゃん。相手は子どもだよぅ?」


「……どうせ私はちっさいですよぉ。シトラ、私の味方はあなただけだわ」


「そ、その同類判定はあんまり嬉しくないなぁ……」


 兎人族のメレイとフィラ、それにリナという幼いメンバーを除けば、この場にいる面々に彼女(ユイ)は太刀打ちできそうになかった。

 クーラに見比べられたショックからか、ユイは思わず同じくらいの()()を備えたシトラに失礼な言動を放ってしまう。


 普通に考えればユイより年上のシトラにとっては余程ショックであろうが、彼女の耳長族という種族は元々全体として()()が薄めであり、彼女があまり気にしていなかったのは幸いであった。


「大丈夫ですよ~? ユイちゃんは~まだ成人前ですし~、これから~大きくなる可能性も~」


「……私、前に大きいひとのを揉むと自分も大きくなるって聞いたことがあるんだけど? ちょっと試しに、セピアさーん?」


「ええぇ~? そ、それはちょっと~、遠慮したいかな~? あの~……ユイちゃ~ん? ちょっ、いやあぁぁ~」



 ……魔王島は、今日も至極平和であった。



 その後、アクアと約束通り背中を流し合ったユイは、その際にアクアのも揉んでみようかと企む。

 だが、魔王コージュとのやり取りからアクア相手には止めておこうと判断し、結局普通に背中を流すだけで終わったのだった。


 それはとても賢明な判断で、もしそんなことをしていたら「私はたくさん揉まれた方が育つと聞きましたわ」とアクアに手痛い仕返しを受ける羽目になっており……知らぬが仏である。

 そうなれば、アクアに弄ばれたユイは新しい世界の扉を開いてしまっていた可能性も、あったとか無かったとか。まさに賢明であったと言えよう。





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 閑話休題。


 そうして女性陣が温泉を堪能していた頃、魔王コージュもまたひと息吐こうと屋敷の温泉に浸かっていた。

 タマは子どもたちと出かけ、シュラはモーラやウェムと手合わせに勤しんでおり、ベルもアリアと飛行練習中とあって屋敷の男湯は貸し切り状態であった。


 今この場には、魔王コージュとイエノロだけが存在していた。

 イエノロは人形だから入浴は嗜まないのだが、彼だけ棒立ちというのもおかしいので、魔王が入るよう勧めて一緒に湯に浸かることに。


 神の依り代となる体でもあるのだから、湯浴みして悪いということは無い。


「……ふぅ。さて、どうしたものかなあ?」


「質問の意図が不明です」


「いやあ、()()()の事情のことさ。本人が話したがらないなら、無理に聞くのもなあ。悪い人間では無いようだし、実害も無いから暫くは様子見するか」


「問題無いと推測されます」


「年長者なのだし、言葉通り色々と助けになってくれるようだから、別に自由にさせておいてもいいか。それより先にやらねばならんこともあるしな」


 その言葉を聞いたイエノロは、一度首を傾げてみせる。


「……つい先ほど、一瞬だけあった()()の反応のことでしょうか?」


「ああ、それも確かに問題ではあるが……さっきのはあまりに一瞬過ぎて、()()()()()を感じられなかったから、放置してもいいだろう。あれはどちらかというと、こちらの反応を窺うためだった可能性が高いだろ?」


「その予想通りであると思われます。逆探知はできませんでしたが、方向だけは判明しました。風の国と水の国の国境付近と思われます」


「……()()()、何が狙いだろうな? どちらにしろ、結界があって覗き見などできないのだが……まあいい。それよりこれからのことだ。さて、どこから手を付けるべきか……」


 そう言うと、魔王は湯に体を沈め天を仰ぎ見て、考察し始める。

 彼が考えているのは、島流しに遭った者や奴隷、性的なものを含めた理不尽な暴力の類いに晒された者など、彼が救うべきだと線引きをしている者たちのことだ。


 検討するべきことは他にもあるのだが、まずはそれらをどう処理していくかをある程度考えておかなければならないのだ。ここまでは行き当たりばったりだったが、この先本格的に国を立ち上げていく上では計画性も必要になってくるのだから。

 もちろん本人が同意することが大前提ではあるのだが、仮にも他国の人間を勝手に連れて来るわけで、いずれは避けて通れないであろう国交の場での言い訳も想定しておく必要がある。


 透明化で姿を見られる心配もないため、表立っては問題も起きにくいのだが。

 それでもリナたちの時のように、この先も奴隷商などの姿を見せる必要がある相手とのやり取りがすんなり行くとも限らない。頭の回る()()()商人相手では、予め己の身分などを含めて準備しておく必要もあるのだ。


 万能の魔王ゆえ、ゴリ押しで行けないことはないのだが……無秩序にそれをやってはこの世界を混乱させかねない。

 必要最小限の干渉で人員救命を成し遂げるためにも、嘘八百を並べるための前準備くらいは済ませておかなければと、彼もここに来て思い立ったのである。



「……温泉、気持ちいいなあ」


「……それは何よりです」



 そんな思考も悩みも、温泉の魔力によって霧散してしまった……と言わんばかりに全力で現実逃避し始める魔王コージュ。


 彼の今後についても、今まで通り行き当たりばったりになる予感しかしないが。

 それは誰よりも、彼自身が一番感じているのであろう。



 すなわち――――魔王島は、今日も至極平和なのであった。





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