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第十九話



「――――よし、完成だ!」


「「「やったー!!」」」



 その日、島にこれまで以上の歓声が轟いた。

 魔王コージュが異世界に転生してから八日目の昼前、遂に念願となる彼の家が完成したのだ。


「はぁ……素晴らしい達成感ね」

「頑張りましたねー」


 仲間たちの力で内装も終わり、温泉完備、トイレも複数整備、家具付きの各個室や各種目的別の部屋も多数用意されたその家は、この世界でも最高峰の豪邸と言えるもの。

 しかも、魔法による便利機能まで備え付けられているとくれば、仲間たちがいくら驚いても足りないくらいだ。


「ふう、結構かかってしまったな」


「いや、この規模の豪邸を数日でってのは……いや、もういいわ。なんでもない」


「ユイちゃん、みんなの心の声を代弁してくれてありがとう。きっと全員が同じ思いだよ。コージュ様本人以外はね」


「段々、俺の扱いがいい加減になってきたな。それは打ち解けて来たということでいいのか?」


「はい~? それより~、入ってみていいですか~?」


「俺の質問を流すなよ。まあ、いいけど……。じゃあ、皆で一緒に入ることにしようか」


「「「わーい!」」」


 賑やかに騒ぐ十五人もの子どもたちが、一気にその家の中に雪崩れ込む。

 するとそこには、目を見張るような洗練された空間が広がっていた。全員で作ったのだから皆何度も目にしていて、今さらであるが。


「「すごーい!」」

「改めて見てもすごいな、これは……」


 とはいえ、正式に完成となった()()()()の住処ともなれば、その感動は一入(ひとしお)である。

 魔王コージュの完成を告げる宣言の後だからこそ、また違った心持ちで皆が目を輝かせて屋内の探検を始めるのも、至極自然なことであった。


「広ーい! 玄関だけでビックリー!!」


「大型の種族でも通れる、ビッグサイズの玄関扉だぞ。その先はアリアみたいに翼のある種族が飛べるよう、吹き抜けのエントランスホールだ」


「ピュイーーッ♪」


「だが、来客時などは飛び回るなよ? いやまあ、来客があるか分からんが」


 そう話しながら先に進むと、目の前には三階まで続く丈夫な階段やいくつかの通路が見えていた。

 そちらを指差すと、魔王コージュは声を張り、皆に届くように意識して解説を始める。


「今さらかもしれんが、中央のが大広間や来賓用施設のあるメイン通路だ。その両脇にあるのが、各個室が並ぶサブ通路。一番両端のが、各種専用ルームに続く外縁通路だな。シュラたちが希望していたトレーニングルームや、温泉、種族別の多目的ルームもそっちにあるぞ。一部の部屋は二階まで吹き抜けだ」


「種族別?」


「例えばだが、砂浴びする種族や砂に入って生活する種族もいるだろう? そういう者が来た時のための特別室だ。希望次第ではそちらを寝室として利用してもらうのもアリだな。他にも水棲や半水棲種族のために大型のプールなんかも複数用意してある。これから加入する種族次第で、さらに追加整備することもあるだろうな」


「……室内に? え? まだ来るかも分からない者たちのために、大貴族でも持てそうにない規模の施設を、しかも複数……だと……?」

「そろそろ慣れましょう? コージュ様にいちいち驚いてたら、心臓がいくつあっても足りないわ」


「素敵なフォローをありがとう、ユイ。それから屋敷の外にも展望台と、海岸の方には入り江を()()()おいたぞ。海に入ると流石に危険だが、近くまで見に行くのは構わんからな。まだ見ていない者は、あとで行ってみるといい」


「わあ! そっちはアタシ、まだ行ってないのよね。楽しみだわー」

「……我は、夢を見ているのか? ここが“死の大地”だった場所……だと?」

「ルシア姉さん、慣れましょう? アタイもシュラから聞いてたけど、こりゃあ深く考えるだけ無駄ってもんだぜ?」


 未だ魔王に慣れない数名がなんとか受け止めようと必死に自らを騙す中、アリアは早速エントランスホールを自由に飛び回り、兎人族の子どもたちやキィ、マーチは自分の興味の向くままにに各通路に駆け出していた。

 そんな子どもたちを追いかけ、面倒見の良いタマ、ユイ、シトラたちも通路へと歩みを進める。


 そしてセピアは、どうやらマイペースに見て回ろうと考えているようで、単独行動でゆっくりと歩き始めていた。シュラとモーラはルシアを伴ってメイン通路から順に進み、ベルはブレることなく魔王コージュの傍に控えている。


「……ベル?」


「ボクは、コージュ様の行く先に行きます」


「……では、順番に見て回るか」


「はい♪」


 どう言っても自分に付いてくるであろうベルのことは半ば諦め、ならばと魔王コージュも開き直って自分の見たいように見て回ることにした。

 とは言っても彼の場合、各室の最終的な確認作業の意味合いが強く、全ての通路や部屋を順に見て回ることになるのだが。


 そうして彼はベルと一緒に、全員で食事をするための大広間、イベント用の大ホール、客間、幼い子どもたちの託児部屋などのメイン通路に沿った部屋から見て回り、それからサブ通路の各個室へ、続いて一番外側の通路にあるトレーニングルーム、プール、厨房や給仕用のスペース、浴室に温泉、特殊な種族用の部屋、さらには音楽や舞踊などのために作ったスタジオなどに足を運んだ。

 前世の大規模な複合型施設にも決して劣らない出来に、魔王も実に満足気な表情で胸を張る。


 そこまでせずとも多目的室一つを使い回してもいいようなものなのだが、広大な土地をいくらでも自由に使い放題とあって彼も少しばかり興が乗り、どうせならとトコトンやってみた結果がこれである。


「……よし、どの部屋も問題無さそうだな。貴族の豪邸とは違って簡素な造りで装飾品や絵画も無いが、誰に見せるわけでも無いのだから別に良しとしよう」


「そうですね。ボクとコージュ様の愛の巣なのですから、やはり実用性が一番重要で……」


「愛の巣では無いが、実用性重視なのはその通りだ。これで子どもたちも、これから来る者たちものびのびと暮らせるであろう」


「……のびのび過ぎやしないか? 家というより町一つを纏めたようなものだぞ、これは? 簡素とは言うが、どんな貴族でもここまで贅沢な暮らしはできんと思うのだが……」


 そう言われて振り返ると、そこには呆れた顔でルシアとモーラ、シュラが立っていた。


「贅沢ではないと思うぞ? 高価な芸術品があるわけでも無いし、食事だって贅沢では無いだろ?」


「は? いや……」

「わー! コージュ様、お部屋の天井がピカって光るよー!」


 そう言って、魔王コージュたちが会話していた目の前の部屋に入ったケンタウロス族のキィが、目を輝かせて魔王コージュに手招きをする。

 招かれるまま彼がその個室を覗くと、キィは楽しそうに何度も繰り返し照明器具のスイッチを切り替えて遊んでいた。


「キィ、それは照明だ。あんまり弄って壊すなよ?」


 それは光属性魔法を応用したこの世界にも存在している照明ではあったが、余程の貴族でもなければ所持していないクラスの性能のものであり、もちろんこの島にいる者たちは生まれてこのかた聞いたことすら無い代物であった。


「ト、トトト、トイレから水が!? コージュ様、ここのトイレ、浸水しちゃってます!?」


「シトラ、それは水洗とウォシュレットだ。用を足したらウォシュレットで綺麗にして、全てを水に流せ」


 極めつけに、彼は前世の利便性を追い求めて、ウォシュレット付き水洗トイレまで完備してしまっていた。


 そこだけはどうしても譲れない部分のようで、この世界の水準など完全に無視しての暴走である。

 しかも懇切丁寧に全員に使い方を指導しているあたり、反省の色など皆無だ。


「……こ、これでも贅沢じゃないと?」


「ははは、単なる一般的な設備だろ? いずれ、俺がそんなのが当たり前の世界にしてやるよ」


 最早呆れ返り、だがどこか嬉しそうに溜め息を吐きながら、魔王コージュたちと別方向へ向かうルシアたち。

 その様子に少しやり過ぎたかとも思う魔王ではあったが、それくらいなら許されるだろうと何事も無かったかのように視察を続けることにした。


 まあ、本当に駄目だったら善神が止めに入るのであろう。

 だから、今はまだセーフということだ。



「ベル、次は展望台に行ってみるか」


「はい、喜んで」


 そして次に彼が向かったのは、屋敷から少し離れた位置に(そび)え立つ立派な塔であった。

 彼は“展望台”と呼んでいたが、それは彼の前世で観光地によく見られた名所の施設を、そのまま再現した建造物である。


 島全体を見渡せるほどの高さではあるが、最上階まで続く二つの螺旋階段は塔の内部を壁に沿って作られており、しかも手摺り付きの上、落下防止用のネットが其処彼処にあるとなれば安全性は充分であろう。

 この世界にも展望台自体はあれど、ここまで安心設計のものは当然皆無。それ以前にそちらを上るのは主に兵士など大人で、そもそも子どもたちが上っても安心なように……などと考えることが無いのだ。


「……お前たち、いつの間にこっちに来てたんだ? しかも最上階までって……」


「ゼェ、ゼェ……だ、だって、この子たちが走って行くから……」

「ハァ、ハァ……追いかけない、わけには、いかない……」


 そんな塔を、ベルと一緒に最上階まで上って行くと、そこにはひと足先に辿り着いたタマとユイ、それにシトラと兎人族の子どもたちの姿があった。

 さきほど屋敷の方で出会ってから間もないというのに、この短時間でそこから塔の最上階まで移動したことには魔王コージュも素直に驚いていた。


 だが、その代償かタマもユイも息は絶え絶えであり、シトラに至っては虫の息で倒れていた。

 それもそのはず、この塔は大人でも一気に上り切るのは辛い高さであり、それを子どもが……となれば納得の結果である。


「あー、コージュ様! ここ凄いねぇ? 島が全部見回せるよー」

「すっごい疲れたー! 階段がいっぱいだったよー!」


「すっごい疲れた……で済む辺りが末恐ろしいな。兎人族は皆こうなのか?」


「……ど、どう考えても、おかしい……でしょ……カハッ」


 一方で、保護者三人が追いかけざるを得なかった当の兎人族の子どもたち四人の方はというと、何故かケロッとした顔で外の景色を楽しんではしゃぎ回っていた。

 魔王コージュとてスキルの強化が無ければ厳しい段数の螺旋階段が、この子どもたちにとってはどうやらいい遊び場になったらしい。


 それは種族特性によるものなのか、彼もただただ驚愕するしか無かった。


「ゼェ、ゼェ……兎人族、は……」


「……疲労回復の魔法をかけてやろう。少し待て」


「……あれ? 凄く楽になりました。ありがとうございます、コージュ様」


 必死に口を開くタマが不憫になり、魔王コージュが三人に回復魔法を使う。

 すると荒かった呼吸も元に戻り、三人ともスッと立ち上がることができた。


「それで……えっと、兎人族ですが。ある程度の距離までであれば、走ったり駆け上がったりするのは生まれつき得意らしいですよ。それに意外と力もあります。けど、耐性とか持久力は然程高くないみたいです」


「詳しいな、タマ」


「数が多いですからね、兎人族は。僕の周りにも結構いました」


 そう言われてみれば、確かにスサやメレイら四人も纏めて島流しに遭っていた。

 それは比率として兎人族の総数が多いことの表れなのかと、魔王コージュもある程度の合点がいく。


 だがしかし、そんな話を悠長にしていられるのもここまでだった。


「次はー? ここ()()()入り江見に行くー?」

「なら、階段二つあるから、別々で競争し……」


「ほらほら子どもたちぃ!? 折角ここまで来たんだから、もう少し色々見てからにしよう!」

「あ! あっちに入り江とか、こ、こっちには川もあるよ! ず、ずっと遠くに見える、あれは何だろうね!?」


「……必死だな」


 必死も必死、休む間もなく塔を下りようと言い出した兎人族の子どもたちに、タマたち三人は大慌てで引き止め工作を始める。


 疲れは消えたとはいえ、いずれは下りねばならないとはいえ、今はまだ心の準備ができていないのだろう。

 いつもは静かなシトラまでもが、四人の興味を逸らそうと周囲を指差して必死の抵抗を示していた。


「では、俺たちはひと足先に下りることにする。スサ、ネモ、メレイ、フィラ、なるべくじっくり堪能してから下りるのだぞ? あと、できればユイお姉さんやシトラお姉さんたちがついて来られるスピードで下りてやってくれ」


「「はーい!」」

「「コージュ様、またねー」」


 ささやかなフォローではあるが、そう告げて塔の階段へと向かう魔王に、タマたち三人は両手を合わせて感謝の意を示す。


 その姿を見て、彼は階段の中腹に休憩所を設けることと、割と真面目に自動昇降機(エレベーター)の設置を検討するのであった。



「では、入り江に向かおう。すまんなベル、俺のペースで」


「いえ、ボクは幸せです。こうしてコージュ様の歩幅で、島をデートできて」


「デートではなく視察だがな? それにしても……」


 そう言ってベルにチラリと視線を向ける魔王コージュ。ベルはその視線に照れて顔を赤くし、モジモジとし始めた。

 傍から見たら、同性の恋人に見えなくもない光景ではある。


 ……だが魔王は気付く。ベルはここまで、決してゆっくりでは無い速度で歩く魔王コージュにピッタリと付いて回り、しかも展望台までノンストップでの上りだったにもかかわらず、まだ息も切れていなかった。

 ただのMっ気のある魔王の恋慕者と思われがちではあるが、そういえばベル少年はインキュバスとヴァンパイアのハーフなのである。それはつまり、淫魔(インキュバス)の豊富な魔力や絶倫を受け継ぎ、超人(ヴァンパイア)の膂力や体力、知力を兼ね備えた逸材ということでもあるのだ。


 捨てられた子どもであろうとも、言い方は悪いかもしれないが彼は間違いなく掘り出し物。

 血統さえ気にならなければ、こんな優秀なサラブレッドは他に存在しないかもしれないというレベルの逸材である。


「……ふむ。意外とお前はこの島……いや、この国にとって貴重な存在なのかもしれんな、ベルよ?」


「ふへっ!? あ、ありがとう、ございます……」


 ストレートに褒められるとは思っていなかったのか、僅かに赤かったベルの顔がさらに真っ赤になる。

 美少年の範疇に入るベルのそんな照れた姿に、魔王も少しばかり可愛らしさを感じずにはいられなかった。


「……さ、さあ、それでは行くぞ、ベルよ。入り江の他にも川や島全体も見て回りたいから、あまりのんびりともしてられん」


「はい、イキます! ボク、コージュ様と一緒にイキたいです! 是非!」


「……」


 本当に、変態でさえなければ。


 魔王コージュは、目を輝かせて別の意味でモジモジし始めたベルを見て溜め息を吐き、死んだ魚の目をして再び歩き始めるのであった。




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