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第十七話



「……ベルや? 何か硬いモノが、俺の背中に当たっているのだが……?」


「ハァ、ハァ。コージュ様の背中、逞しいですね……」


「……男同士、背中を洗ってくれるのはありがたいのだが。もう少し離れてくれんか?」


「……ベル君、楽しそうだねぇ?」

「全くだな。どれ、オレたちも背中の流し合いするか、タマ?」


 魔王島は、今日も平和であった。


 なんだかんだとあったものの、無事に互いを許容し合えたベルと仲間たち。

 まだ心の距離はあるのだが、こうして食後には皆で温泉に浸かる程度には打ち解けつつあった。


「……男湯の方、楽しそうねぇ?」


「楽しいわけあるか! ベルがベッタリでずっと吐息がかかっとるし!」


「え~? いいじゃないですか~? ベル君ってば~、幸せそうなんだし~。それに~、そういうふうに目覚めさせたのは~コージュ様ですし~?」


「ピィ~♪ 温泉、温泉♪」


 そんな若干の混沌(カオス)の中、結界製の仕切り壁の向こう側から女性陣の声が届く。

 すると、いつでもマイペースなアリアがその壁を乗り越えてヒョコッと顔を覗かせ、男湯へと飛び込んで来た。


 最早女性陣は、誰もそれを止めようとしない。


「おわっ!? ア、アリアって女の子だよな!?」


「コラっ!? シュラとベルもいるだろうが、アリア! 約束が違うぞ!?」


「ボクにはコージュ様しか見えないので、大丈夫ですよ? フヘヘヘヘ!」


「大丈夫では無いわ! ユイ、セピア、シトラ! お前たちも止めんか!」


「あー、ごめんなさーい。なんだかホッとしたら気が緩んで、油断してましたー」

「次から~、気を付けます~」


 仕切られてはいるが同じ湯だというのに、どうしてか男湯で泳ぎ始めたアリア。

 そんな彼女はすぐに魔王コージュに抱えられ、女湯へと放り戻されることに。


 いつもなら面倒見のいいはずのユイたちも、今回ばかりは色々と気疲れしてしまったようで。

 温泉の魔力にいつも以上に逆らえず、まだ真っ昼間だというのにすっかり腑抜けてしまっていた。


「まったく。さて、それでは()()()シュラとベルが仲間入りしたことだし、男手も増えたから午後からは家作りを始めるか」


「おう! 任せとけ!」

「コージュ様のご命令なら、どんなことでも……♪」


「僕も、できる限り頑張るよ」


 力強い返事をする男性陣に心強さを感じながら、魔王コージュは漸くいつもの調子を取り戻し始めた。

 性に合わない形でウジウジ悩んでいたのがストレスだったようで、今の彼は実にスッキリとした表情をしている。


 まあ、その結果として自分を強く慕う者が誕生してしまったようだが。


「では、湯上りに集合して、全員で計画を練るとするか」


「「「りょうかーーい!」」」


 男女ともに返事がハモったところで、魔王コージュはいち早く湯から上がり、着替えて皆を待つことにした。

 その背後にペタペタと足音がくっ付いてくるが、それは気にしないようにする。


 夫の三歩後ろを付いてくるのは大和撫子だとしても、三歩後ろを常に付いて回る()()は別物であろう。





 ……

 ……





「……よし、皆揃ったな?」


「はい、先生? ベル君が見当たりませんが?」


「ベルなら、俺の背中に張り付いてハアハア言ってるぞ? と……いうか、ベル? これから真面目な話が始まるから、お前も皆の輪に加わるように」


「はい、分かりました。コージュ様のご命令とあらば」


 すっかり馴染んだベル少年を見て、ユイが溜め息を吐いて呟きを漏らす。


「なんかさ、こういう言い方もアレなんだけど……この魔族にしてこの魔王ありって感じの構図になっちゃったわね?」


「魔族の王って意味の魔王じゃないぞ? あと、一応“魔族”というのは蔑称の類いだからな。これからはベルに使わんでやってくれ」


「あッ!? ご、ごめんなさい、ベル君!? 私ってば配慮が欠け……」


「ウフフフフ、魔王様の(しもべ)って感じでいいですねぇ、()()♪ この呼び方を嬉しく感じる日が来るなんて、思ってもみませんでした。ユイさん、他の皆さんもドンドン呼んじゃっていいですよ? むしろ、皆さんももっとボクを罵ってくれていいんですよ?」


「…………サア、家作りの件を話し合いまショウカー」


「……そうだな。では始めるぞ」


 別の意味合いでベルと目を合わせられなくなってしまった子どもたちを不憫に思いながらも、魔王コージュは皆が住む家の設計を始めることにした。


「では、最初は今のメンバーが余裕をもって住めるくらいの家を一軒建てよう。それから温泉の仕切りと脱衣所も、いつまでも結界製ではなく正式なものを作らねばな。その次は新メンバー用の別宅作りをするか。もちろん、トイレはそれぞれに作ろうと思ってる。何か意見はあるか?」


「はい。その……本宅?は、僕たちも住んでいいんですよね?」


「当り前だろう。お前たちが住むための家なのだ。他に誰がいる?」


「……魔王様専用の家とかじゃなくてか?」


「そんな寂しいことを言うなよ、シュラ。俺だけボッチか?」


 そんな冗談を言った魔王コージュの腕に、スススッと身を寄せるベル。

 魔王の腕に顔を擦り付けると、甘えるように案を述べる。


「ボクの部屋はコージュ様と同室か、隣で構いません」


「構いません、の使い方がおかしいが……部屋割りとかはまた後でな。とりあえずはこういう図面で……」


 そう話すと、魔王コージュは前回同様に、魔法で地面に図面を浮かび上がらせる。

 初めてそれを見るシュラとベルは多少驚いていたものの、他の面々は当たり前のように受け入れ始めていた。


「……ってな感じだ。お前たちも、何か希望があればここにドンドン付け加えよう」


「はいはい! ウチ、飛び回れる部屋が欲しい!」


「部屋は流石に無理だが……それなら吹き抜けの広いエントランスホールを設けるか」


「いや、外で飛べばよくない!? つーか、飛べるって……これってどういうサイズを想定してるの!? 今ある寝床の部屋の何倍よ!?」


「いや、これだけ土地が余ってるのにそんな小さいの作っても仕方ないだろう? 何倍……ではなく、言うなら何百倍……だぞ?」


「マジで!?」


 それもそのはず、結界製の部屋は十畳程度のサイズなのに対して、その図面には少なくともそれと同じかひと回り以上広い部屋が、それだけでも十数か所は描かれているのだから。

 さらに言えば、それは彼ら彼女らの個室なのではなく、そういう用途の部屋はさらに広く設計されていた。


 ならば、全体の大きさはこの世界で言う大豪邸の中でも、頭一つ抜けたものになっていても不思議は無い。


「他に意見や希望はあるか? お前たちにはそれぞれに個室は割り当てるつもりではあるが……」


「……私は別に誰かと同室でもいいんだけど? 仲良い子となら、その方が安心出来るし」


「……シ、シトラも、ユイちゃんとかと一緒の部屋の方が、安心……です」


「ありがとう、シトラ♪」


「ふむ? それだと収容人数も想定より増やせるな。暫くは別宅も不要か、作っても使わずに済むかもしれん」


 そんな話題の陰で「ならボクとコージュ様の同室は確定ですね」と宣うベルは無視され、タマの「広過ぎると落ち着かない」や、シュラの「トレーニングできる部屋も欲しい」といった意見が次々採用されて行く。


 意外にもセピアの「これから来るかもしれない~、幼い子どもたちのために~、大きい共同部屋もあった方が~」という真っ当な意見が採用されたときには、皆が驚いたりもした。

 そのリアクションにセピアは不満そうではあったが、彼女の自業自得である。


「あとは何かあるか?」


「はいはい! 家の中で温泉入れるってどうかな!? 無理ならいいんですけど……」


「おお! それはうっかり忘れるところだった! ナイスだ、タマ!」

「ピィ!? タマ天才!? 素敵♪」


「……できるんですね」


 とりあえず言ってみたのに、難しいとも無理だとも言わず採用されたことに複雑な表情を見せるタマ。

 慣れてはきたものの、何でもアリな魔王には時々「やっぱり夢とかじゃないよね?」と不安にならざるを得ない。

 それは彼に限らず、全員が……である。


「……とりあえずはこんなものか。作り始めてからでも、要望があれば聞くからな」


「じゃあ、オレたちは何を手伝えばいいんだ? やっぱり力仕事か? 木を切り倒すとか、石を運ぶとかか?」


「いや、大体のところは俺が組み上げるさ。お前たちには壁や内装を担当してもらいたい。細かい部分にはセンスも……あと、意外と力も必要だからな」


「分かったぜ。じゃあ、暫くは暇な日が続いちまいそうだな?」


 だが、そんなシュラの意見に同意して頷いたのは、ベル一人であった。

 他の面々はどうしてか、二人を見て溜め息を吐いている。


 まるで、「分かってないなー?」とでも言わんばかりに。

 タマまでもが「さっきの僕の話で、察しが付かなかったかな?」とでも言いたげに、卑屈な目をして彼らを見ていたのであった。




 ……

 ……





「――――というわけで、こんな感じで完成だ」



 それから僅か数時間後。


 まだ日も暮れぬうちに、そこには先ほどの設計図通りのお屋敷が完成していた。

 とはいえ、流石に中身の無いガワだけではあるが。


 その光景に、シュラはもとよりベルまでもが呆気に取られて立ち尽くしていたのは言うまでもあるまい。


「……なあ、タマ?」


「なに? シュラ君?」


「……俺はやっぱり死んじまってんのか? これは夢か? ここはあの世なのか?」


「みんな通る道だし気持ちは滅茶苦茶分かるんだけど、これは現実でコージュ様のやることには早めに慣れた方がいいよ。僕もいい加減、そろそろ分かって来た」


 そんなフォローとも諦めとも取れるセリフを言いながら、タマはシュラとベルの背中をさすってあげていた。

 小さい体の可愛らしい少年が、随分と逞しくなったものである。


 ユイやシトラは顔を引き攣らせてはいるが、彼女たちも然程驚いているようには見えなかった。

 アリアとセピアに至っては拍手をして喜んでいるから、なおさら肝が据わっていると言えよう。


「まあ、今日はこんなものだな。そろそろ暗くなるし、続きは明日だ。今夜はいつもの部屋で我慢してくれ」


「「「はーい」」」


「よし、それでは働いた後はまたゆっくりと温泉に浸かって、それから飯にしよう。今夜のメニューは……」


「……魔王コージュ様。遠方にて条件に一致する二個体が確認されました」


「……は?」


 するとその時、突然イエノロがどこからともなく現れ、魔王コージュにそんな報告をする。


 子どもたちは突然目の前に出現したイエノロに驚くが、それよりも魔王の発した疑問符に伴う只ならぬ気配に、何事かと緊張を走らせた。


「すまん、イエノロ。完全に油断していたから助かった。まさか……昼夜問わずに()()とは、少し予想外だったぞ」


「ど、どうしたの? コージュ様?」


「……残念でもあり、同時に嬉しくもある知らせだ。こんな時間にアレなのだが……」


 その言い方だけで、タマやユイなど古参のメンバーには何が起きているのか察しが付いてしまう。


 漸くベルの問題が解決したばかりだというのに、漸く住居の外観ができたばかりだというのに。

 どうやら各地の外道な行いは、こちらの都合などお構いなしで、一切待ってはくれないようだ。


「今回は二人だ。今から助けに行ってくる」


 そう言って、魔王コージュはすぐさま浮上すると、彼方へと飛び去ってしまう。


 これからひと仕事終えた汗を流し、皆で食事を摂りながら団欒の時を迎えようとしていた矢先に。

 またも()()()が行われたとあっては、魔王コージュを含め全員とも心穏やかではいられまい。


「……複雑、だね」


「ええ。でも、私たちにもできることがあるはずよ。ベル君から学んだ通り、これからも色んな子たちがやって来ると思うの」


「そ、そうですよね。何ができるか考えて、慣れるまでは不安にさせないように接してあげないと」


「なら~、今はまず~魔王様を信じて~、待っててあげないとね~」


「どんなやつが来ても、オレはもう逃げたりしねーぞ。しっかり向かい合って、自分の目で確かめてやるんだ」


「……ボク以外に魔族の子が来ても、ここは大丈夫だよって言ってあげよう。ボクがみんなに受け入れてもらえたように、大丈夫だよって……」


 それでも、未だ見ぬ新たな仲間のために。


 ここにいるメンバーとて、まだ出会ってから僅かしか経っていなくとも。

 その短い間に学んだことを活かし、試練を乗り越えて成長した心を携え、一度は死を覚悟して這い上がって来た強さでもって。


 それぞれが、決して希望を失わず。

 この場所でなら、夢を抱いて未来を切り開いていけると信じて。


 彼ら彼女らなりの信念とともに、並び立つ仲間たちとともに。

 優しき魔王を見送った今、その同志である子どもたちは彼を信じて祈りながら、ただその帰りを待つのであった。





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