第十六話
上手く纏まったか微妙ですが、お楽しみいただければ幸いです。
シュラ少年とベル少年が来て、二日目。
魔王コージュの異世界転生からは四日目のこと。
彼はここに来て、これまでの子どもたちとの信頼関係をも壊しかねない綱渡りの企みに打って出ようとしていた。
「さあ、皆の者。腹いっぱい食うがよい」
「「「……」」」
「……」
それは、今もこうして通夜のような雰囲気のまま食事をする子どもたちとベルの関係性の改善のために。
今後のためにも必要なのだと実行を決意し、魔王コージュはゆっくりと深呼吸をする。
もしもこの食事の席で、子どもたちがベルに心を開くようなら計画の決行は白紙に戻してもよかった。だが、結果は見ての通りの有り様。
この先も加入する“魔族”はいるだろうし、ここで何とかしておかねば未来は明るくならないのだから。
「……それにしても、この果実は美味いな。そう思わんか、タマ? ユイ?」
そして、遂に彼の企てが始まる。
そんな他愛もない会話を皮切りに。
「……そ、そうですね。僕も美味しいと思います」
流石にずっと気まずい空気が続くことに疲れたのか、タマがその流れに乗って会話の糸口を開く。
それが魔王の策略の第一歩目ともしらずに、まんまと……である。
「俺はこの果実が気に入ったぞ。それぞれに一つずつ配ったが……なんだか、もう一つ食いたくなってきたなあ?」
若干芝居じみた魔王の喋りに、ユイが首を傾げて口を開く。
「……なら、複製ってやつで増やしたらいいん……」
「はぁ、誰か俺に譲ってくれる稀有な者はいないものかなあ? ん~?」
だが、魔王はすかさずユイの言葉を遮ってそんな文句を口にする。
どう考えても不自然な言葉に、タマやユイたちは「何が始まったんだ?」と呆然とするしかない。
「誰かいないかなあ? ん~?」
そう言って魔王コージュが視線を向ける先は……明らかにベル少年であった。
何か考えがあってのことなのだろうと、タマやユイたちも黙って事の顛末を見守っていた。
するとベル少年も自分が注目されていると気付いたのか、魔王の言いたいことを察して立ち上がり、件の果実を手にして魔王の方へと歩み寄る。
「……あの、魔王様。ボクのでよければお召し上がりに……」
そう言って、彼に果実を差し出すベル少年――――ではあったが、次の瞬間その場の全員が驚愕することになる。
「はあ? 貴様、“魔族”の分際で馴れ馴れしいぞ? 誰が口を開いていいと言った?」
「……えっ?」
なんと、魔王コージュが差し出された果実ごとベルの手を払い除け、罵声を浴びせたのだ。
場の空気は、さっきまでの通夜のようなものから一変し、凍り付いた修羅場のような最悪のものへと変わる。
それにはタマやユイも理解及ばず、ただ固まることしかできずにいた。
「……も、もうしわけござ……」
「俺は口を開くことを許しておらんぞ!? この魔族風情が!」
「あぅッ!? ごめ……なさ……」
魔王の剣幕に、ベルも怯えを見せて身を縮こまらせて後退り、足を震えさせ顔を青褪めさせる。
そんなベルの姿を見た魔王は、舌打ちをして立ち上がり、彼への罵りを続けた。
「チッ! 大体、何故俺が汗水たらして作り上げたこの島に、お前のようなクズを住まわせねばならんのだ? この島の土も空気も、その食料も子どもたちのために用意したものなのだぞ?」
「……ぁ……」
「それを、魔族如きに与える義務など無いというのに……」
自ら連れて来ておいて、酷い言いようではあるが。
それでも魔王は険しい表情でベルを威圧し、その迫力に押された彼は足が竦んで、遂には尻もちを付いてしまった。
それを見た魔王は、視線を彼から自分の足下へと移す。
「クソッ! 今ので舞った土ぼこりが、俺の足を汚したではないか! 貴様、どうしてくれる!?」
魔王のあまりの豹変ぶりと無茶苦茶な言い分に、残された面々はただポカンとそれを眺めるしかなくなっていた。
そんな中で、ベルが慌てて魔王の足下へと這い寄る。
「も、申し訳ございません! す、すぐに拭き取りますので……」
だが、そんな彼を――――魔王コージュは手加減もせず蹴り飛ばした。
「――――うあッ!?」
それまで彼らの動向を見守っていたタマたちも、これには心臓が凍り付くような恐怖を抱かざるを得なかった。
心のどこかで、魔王コージュなら最終的にはきっと、いつものようにベルを優しく抱き締めたりするとでも思っていたのだろう。
だが、彼は現実として暴力を振るってしまったのである。
だからこそ、目の前の優しかった人が今や本物の魔王になったかと錯覚するほどの恐怖が、彼ら彼女らを例外なく襲っていた。
「魔族如きが俺に触れるな! 下等な分際でっ!!」
その一方で、流石に黙って見ていられなくなったのか。
皆が固まる中でユイだけが、咄嗟に蹴り飛ばされたベル少年の前に飛び出し、魔王の前に立ち塞がる。
「コ、コ、コージュ様。い、いくらなんでも、やりすぎ……です」
だからといって――――飛び出せたからといって、魔王コージュが怖くないわけではない。
いつもと違って震える声で、ユイは精一杯にベルを庇おうとする。
すると、魔王は表情をコロッと変えて笑顔になり、威圧を解いて彼女に語りかけた。
「おお、すまんなユイ。怖がらせてしまったな? それにしても、そんなカスすら庇うとは、お前は本当に優しい子だなあ?」
「……え?」
その態度に拍子抜けしたのか、ユイは目を丸くして彼を見遣った。
そこにいたのはいつも通りの魔王であり、さっきまでの鬼のような気迫を放っていた彼とは別人のようだったのだ。
「いやあ、それにしても……まさかこの俺が、お前たちからこんな大事なことを学ばせてもらうことになるとは思いもしなかったぞ? なんでもできて、なんでも知っていると思っていたが、それは俺の思い上がりだったな」
「……は? え、学ばせ……って、何のこと?」
キョトンとするユイを前に、魔王コージュは腕を組んでウンウンと頷くパフォーマンスを取った。
そして、彼女たちに向かって謝辞とともにとんでもない内容を口にする。
「だってそうだろう? 島流しに遭うほど見下されて迫害されてきたお前たちでさえ目も合わせず碌に口も利かないということは……魔族というのは、それほどまでに汚らわしく無価値な存在なのだろう? それを身をもって教えてくれたお前たちには感謝せねばなるまい?」
「「「――――ッ!?」」」
その言葉は、その場にいる全員の心に刺さるには充分過ぎた。
誰もが言葉を失い、漸く自分たちがしていたことと、そして魔王の言いたいことに気付く。
「……わ、私たちは、そんなつもりじゃ……」
「いやいや、謙遜するな。まさか、迫害されて不条理な扱いを受けたお前たちが、そうされる側の気持ちを知らんわけがあるまい? それを知っていてなお、こうして仲間外れにしていいと思うほどに、こいつは下等なクズなのだろう?」
得体の知れない存在に身構えてしまうのは仕方ないことである。
だが、自分たちを守ることに一生懸命なあまり、彼ら彼女らはそれがどういうことかという本質までは考えが及んでいなかったのだ。
「ち、違ッ! 僕たち、ただ……魔族の目を見ると、病気になるとか呪われるって聞いてて、それで……」
「俺は呪われも死にもせんと、ハッキリ伝えたはずだぞ? だが、それを聞いてもお前たちは不当な扱いを止めなかったではないか? ならやはり、汚物にも劣る存在価値の無いやつなのであろう? だから俺も、お前たちに倣ってこういう扱いをしておるのだ。程度の差はあれど、お前たちのやっていることと本質的には違わんぞ?」
そう言うと、魔王コージュは片手に魔力を集約させて火の球を生み出し、それを持ち上げるように構えてベルの方に視線を移した。
「さて、それではそこを退いてくれ、ユイ。正直その汚物以下の存在に、こうして今も俺の島の空気を吸われ、土を踏まれていることすら不愉快なのだ。すぐに消し去ってやろうではないか」
「だ、駄目……そんな……」
「何故だ? そんなクズならば、消えたところでお前たちには関係無いだろう? 今回の仲間はシュラ一人だけということで、またいつもの日常に戻るだけだ。お前たちと同じ境遇でありながら、お前たちにすら拒まれた憐れな者など最初からいなかったのだ」
魔王コージュから言われて、自分たちがしていたことが客観的にハッキリと分かった子どもたち。
漸くベル少年の目線で自分たち自身を見ることができ、そして彼の気持ちを考え共感することができたからか。
ベル以外の六人全員が無言のまま俯くと、その目に涙を滲ませ、遂にはポロポロと涙を零し始めた。
「ご、ごめん……なさい。私たちが……悪かったです。だから、どうか……」
「何も謝る必要など無いぞ? そいつがいなくなった方が、お前たちも平穏に暮らせるのだ。俺も今後は二度と魔族などという汚らわしい者は連れて来んから、お前がそこを退いてくれれば一件落着で……」
「も、もう、言いたいことは分かりましたから! ごめんなさい、コージュ様。どうか許してください……」
顔を両手で押さえて泣きだしてしまったユイの姿に、魔王コージュも少しやり過ぎたかと心苦しさを感じる。
だからここら辺が潮時かと思い、掌の火球を拡散させて消し、強張っていた顔を緩めた。
「……アリアの時と同じように聞くぞ? お前は、お前たちはその者をどうしたい? 再度言うが、その者は目が黒いだけの亜人のハーフだ。それは俺が鑑定もしたから断言できる。目を合わせても呪われんし、病気にもならなければ死にもせん。お前たちと同じ、ただの人だ」
「……ごめんなさい。僕たちが間違ってました。魔族っていうだけで距離をおいて、自分たちがされてきたようなことをしてしまって……」
素直に謝罪を始めたタマや、俯いたままの子どもたちの姿に、魔王コージュは自分が皆を虐めてるような気分になってしまう。
だが同時に、こういうきっかけさえあれば素直に考えを改められる純粋な子どもたちに、嬉しさも覚えていた。
「すまん、俺もちょっとやり過ぎたな。まあ、いくら俺が保証していようと怖いものは怖い……というのは分かる。お前たちもずっと“魔族”はそういうものだと聞かされていたのだろうからな。だが、何も話し合わぬうちから見た目や肩書きだけで差別するのは善いことでは無い。それでは、お前たちを島流しにした奴らと変わらんのだ」
「「……はい」」
「もし危険な性質を持つ者が来たら、最初に俺が注意する。それに今回は違うが、本当に病気や呪いの力を持つ種族が来たとしても、俺が守るし治療もできる。だからベルのような者にも他の者にも、自分たちと同じ思いはさせんでやってくれ」
その言葉を聞いた六人は、皆くるりと向きを変えてベル少年の方へと視線を移した。
モジモジと、未だ真っ直ぐに彼を見ることはできていないが、今回のことはむしろ彼ら彼女らにとって良い教訓になることだろう。
自らがしてしまった、そして二度としてはいけない蛮行として心に刻まれたのだから。
丹念に言葉で説明し続ける方法でも、いずれ氷解させることはできたかもしれない。だがしかし、こうして苦い記憶として強く刻んだ方がいい場合もあり、今回はそういうケースであった。
ショック療法としての意味合いもあって、彼ら彼女らのベルに対する忌避感も上手く麻痺したことだし。
「……さて?」
それまで座り込んでポカンとしていた当事者のベル少年ではあったが、突然全員から視線が向けられたことでビクッと反応する。
これまでとは一変した自分の評価をまだ受け入れられていない彼に、魔王コージュが歩み寄って手を差し出す。
「ベルよ、すまんかったな。何だかんだと罵倒したり蹴飛ばしたりして」
そう言って、魔王コージュは真っ直ぐに彼の目を見つめる。
ベル少年にとっては家族以外の誰かとこれほどまでに見つめ合う経験など皆無であり、ただただ驚きだけが胸の中を支配していた。
そんな彼が手を引かれて立ち上がると、魔王に続いて言葉をかけたのは、意外にも新参のシュラであった。
「……あー、その……なんだ? 一緒にここに来た仲間だったのに、オレ、男らしくない真似して悪かったな? その……ごめん」
「……あ、いえ。そんな……」
「ベル、だったか? オレも……お前の目、見てもいいか?」
「へっ?」
そう言うと、シュラは真っ直ぐに彼の目を見つめた。
その行動には他の五人も魔王すらも意表を突かれたが、その結果はすぐに明らかとなる。
「……本当になんにも起きねーんだな?」
「だと言っておろう? お前たちの白目が、ベルは黒いだけだからな。ただの外見の違い、個性でしかない」
「な、なら私も!」
「あ! ぼ、僕も!」
「ピュイー、ウチもー」
「……あたしも~」
「シ、シトラも……」
その流れに乗り遅れまいと、まるで珍しい遊びに参加するような気安さで、子どもたちは次々とベルと目を合わせていく。
凝り固まった考えの大人と違って、こうしてあっさりと意識を変えられるのも子どもの強みではある……が、それにしても変わり過ぎな気もするが。
しかしながら、それが嬉しかったのかショックだったのか、ベル少年は涙を滲ませて俯いてへたり込んでしまう。
「「え!?」」
「ご、ごめん。嫌、だった?」
「……ううん。ボク……こんなに誰かの目を見たのって初めてだから、嬉しいのと……なんだかビックリしちゃって」
そんな彼の言葉を聞いて、子どもたちもホッとして表情を緩ませてニコリと笑顔を作る。
魔王コージュがひと芝居初めてから、それ以前にベル少年が目覚めてから、漸くいつも通りの皆の姿が戻った瞬間であった。
「そ、それより……ケガは無い? 君……さっき、コージュ様から蹴飛ばされてたでしょ?」
「あッ!? そうよ、あれはいくら演技でもやり過ぎでしょ!?」
「ああ、あれか? それなら……」
「……ボク、全く痛くありませんでした。ケガどころか、蹴られた痛みも無くて……」
「「え!?」」
かなり強めに蹴られていたはずなのにと、ベル以外の全員が目を丸くする。
すると驚く面々に、魔王が種明かしを始めた。
「簡単なことだ。お前たちの体を覆っている結界、あれを前もって二重にしておいただけのこと。蹴り飛ばして見せたが、実質は蹴ったのも地面を転がったのもノーダメージというわけだ」
あっけらかんと説明してみせた魔王コージュに、全員が呆れるしかない。
さっきは彼が本物の魔王にでもなってしまったかと戦慄を覚えたというのに、そんな前準備までしていたとは。
「それよりも、改めて酷い言葉を言ってしまってすまなかったな、ベル? あれはもちろん嘘で、お前のことをクズだの下等だのとは全く思っておらんからな?」
弁解をしながら、へたり込んだ彼に再び手を差し出す魔王コージュ。
「……はい、それは分かっています。それに……」
そう言って、ベルも魔王コージュの手を取る。
その光景に、今は皆が笑顔になることができていた。
最早ベルに対しての偏見や忌避感も消え、今はそのまま……ありのままの彼の姿を見ているのだから。
子どもたちの温かい目が、そうして手を取り合った魔王とベルに注がれる。
「……それに、本当に罵られていたとしても、それならそれで。ヘヘ……」
「……うん?」
――――だが、次の瞬間。
何やらおかしな空気が漂い始めたことを、その場の全員が感じ取っていた。
どうも不自然に、やけに荒々しい呼吸をし始めたベル少年。
その姿には少し違和感があり、魔王コージュも含めた全員が頭上に“?”を浮かべてしまう。
「……ベル?」
「……ハァ、ハァ。さっき、魔王様に……手を払われて、蹴飛ばされて、ゴミのように罵られて……ボク、ボク……」
「……おやあ? ベ、ベルや? すまんが、お前の言っている意味がよく分から……」
「ボク……なんだか体が熱くなっちゃいました。こんな気持ち初めてです。あの、魔王様って……ボクみたいな見た目でも、全く気にされない方なんですよねェ?」
恍惚の表情で天を仰ぎ見るベル少年に、魔王コージュは思わず後退りたい気持ちであった。
だが、その手は荒い吐息の彼にしっかりと握られており、引こうにも引けない状況である。
助けを求めるように、魔王コージュは咄嗟に子どもたちの方へと視線を移す。
だが皆はすでに距離を取り、その情景に完全に引いていた。
「ベル!? 折角お前に対する偏見が消えたというのに、皆がまた距離を取ってしまっているぞ!? い、一旦手を離して落ち着こうではないか!」
「ハァ、ハァ……魔王様の手、大きいですねェ? ボク、今は魔王様しか見えません……」
「ゆ、指を絡ませるな! 撫で回すな! ちょっ、お前たち!? 助け……」
「……ごはん、美味しいねぇ?」
「あ、ユイちゃん? これも美味しいよ?」
「ありがと、シトラ。お礼に私のも分けてあげるよ」
「ナッハッハ! すげえ所に来ちまったなァ?」
「ほんとですよね~? はい~」
「ピュイ~♪ 食べたら温泉~♪」
「おぅーーい!? 皆さーーん!?」
指をくねらせて魔王の手を這わせ、腕に、体にと撫でまわし始めた荒い吐息の少年に、然しもの魔王コージュもタジタジである。
一方の子どもたちは、呆れ返ったのか関わり合いになりたくないのか、最早誰も二人の方を見ようとはしていない。
その変わり身の早さには、魔王コージュも脱帽であった。
「フゥ、フゥ……ボクも「コージュ様」って呼んでいいですか? ボク、何でもしますよ? ご命令とあらば、頑張ってコージュ様の敵だって呪ってみせますゥ」
「さっきまでの俺の頑張りが無駄じゃねーか! お前にそんな能力無いだろ!? それに、俺は異性愛者でな、悪いんだが……」
「ボクは気にしないですゥ。め、迷惑ならまたさっきみたいに罵倒して、いくらでも蹴飛ばしてください。で、でも、ハァ、ハァ……それだと、ボクにはご褒美になっちゃ……ウー!!」
「ベールー!? その口を閉じようか!? ええい、離せっ!!」
少し風変わりな新入りに、島にはこれまで以上の賑やかな日々が訪れようとしていた。
その性癖はともかくとして、こうして彼ら彼女らの間にあった溝は取り払われ、再び平和な日常が始まるのであった。
また別の何かが……明らかに超えられない壁のようなものが誕生した気は、しないでもないが。
そして、魔王コージュにとっては嵐の日々の始まりかもしれないのだが。
こうして、本作のヒロインは誕生しました(笑)
嘘です。彼はヒロインではありません。
ただの変態っ子です。




