第十一話
ようやく十話を突破しました。
前作に比べてもゆっくりとしたペースですが、段々リズムも出来て来ました。
暇つぶしに活用していただけたら幸いです。
「……ふむ。今回は二人だけか……」
島から出て大海原の上空を飛び、そんなふうに独り言を呟く魔王コージュ。
その瞳には、“千里眼”によって遥か彼方で海に流された二艘の小舟が映し出されていた。
一艘は、北方の光の国から。
もう一艘は、アリアと同じ北東の風の国から。
魔王コージュはその遠見の目に両者を捉えながら、同時に“探知”でもって海中の怪物にも気を配る。
「……よし、今回は隣接する二国だし、まだ海の者たちには気付かれておらんようだな。ならば、早めに回収してしまうとするか」
まだまだ距離はあるものの、彼はそう言って魔法で小舟の周囲の海流に干渉を開始した。
すると徐々にではあるが、両者の流される先に影響が出始める。その結果として、別々の国から出た両者はいずれ海上で合流することになるだろう。
そうなってしまえば、回収するのも簡単で手間も省けるというものだ。
「……よし、こっちは肉眼でも見えて来たな」
あっという間に風の国で島流しにあった者の傍まで移動し終えた魔王は、上空からその動向を観察し始める。
もちろん彼とてすぐに助けてはやりたかったのだが、そこではまだ周りに人の目があったのだ。
「チッ! あいつら邪魔だな。さっさと消えればいいものを……」
そう言って睨み付けた先では、港らしきところから出発した件の小舟とその周囲を取り囲む何艘もの舟が沖を目指して進んでいた。
しっかり海流に乗れるようにと念を押してのことだろうが、やっていることは間接的な人殺しなのだから笑えない。
そんなふうに先の三人も送り出されたのかと思うと、魔王コージュは再びそこにいる者たちを国ごと消し去りたい衝動に襲われる。
「……待て待て、魔王よ。それではいかんのだ。待っている三人のためにも、今は堪えるのだ」
自分に言い聞かせるようにそう独り言を呟くと、彼は気を取り直してジッと二艘の舟に集中する。
もう一方の光の国の舟も状況は似たり寄ったりで、今は黙って見守るしかない。
実はその場の者たちの記憶操作と同時に回収してしまえば、今すぐにでも回収することも可能ではあった。だが今後も同じことを繰り返すと考えれば、その記憶操作で生まれる微かな違和感が危ぶまれた。
それは僅かな可能性ではあるが、積もり積もったその違和感が何かのきっかけで操作された記憶を呼び起こすのは避けたかったのだ。
それが起きれば、会話などのコミュニケーションを通して連鎖的に幾人もの記憶が解放されないとも限らない。
そういったトラブルを避けるため、魔王コージュは焦らず確実な方法を選んでいた。
「……あの者たちの頭がパーになっても良ければ、完全な記憶消去を行ってもいいのだがな。まあ、今は焦ってそうする状況でも無いのだから、記憶操作はいざという時のために取っておこう」
黙って待つのが相当じれったいからか、魔王は段々と独り言を増やしていた。
その辛抱の甲斐あってか、やがて海流に乗った小舟は速度を上げ始め、それに伴って周囲を囲んでいた誘導の舟も徐々に小舟から離れて行く。
完全に小舟が人々の目から見えない距離まで流された頃、彼は遂に行動を開始する。
「よし、ここからは大事を取ってスピードアップさせよう。二艘が無事に合流した時点で回収するか」
それでもなお、魔王は眼下の小舟へ回収に向かってはいなかった。
それは単純に、彼と同じように遠見の術を持つ者や望遠鏡のような道具を使っている存在がいるかもしれなかったからだ。
まだまだ《全知全能スキル》を使いこなせているとは言い難い魔王は、保険をかけて安易な行動を避けるようにしていたのだった。
予感もあって念には念を入れ、今後の島流しに遭う者たちに影響が出るようなことは避けたかったから。
「……あと二キロも無いか。意外と早かったな」
そうして特殊過ぎる船旅も終盤に差し掛かり、大きなトラブルも無く二艘の小舟はどんどんとその距離を詰めていく。
乗っている者たちには気付きようが無いだろうが、その速度は明らかに小舟のものではなかった。
――――そんな不自然な動きが原因となったのかは分からないが……その時、とうとう恐れていたことが起こってしまう。
「……だァーーッ!? もう少しだったのに、あと少しだけ待てんかったのか! ……仕方ない、今回は諦めよう」
誰もいない空中でそう叫んだ魔王コージュは急に小舟のスピードをさらに上げると、あっという間に一キロ強あった距離を縮め、二艘の小舟を互いに視認できるところまで近付ける。
多少強引とも思えるその行動によって出会った二艘の小舟の住人は、すぐに互いに手を振り合って意思疎通を図り、互いの存在を求めて身を乗り出し始める。
……そんな二艘の小舟の真下から、またしても巨大な何かが近付く気配がしていた。
それは、同じ境遇の者と出会えた喜びに沸く住人を、その感情ごと非情に呑み込もうとしているかの如き最悪のタイミングで。
やがて二艘の小舟が接近し、互いの声がハッキリと聞こえるようになった頃。
二人は遂に手を取り合い、一方の小舟へと飛び乗って互いの体を抱き締め合うことができた。
それと同時に――――海面が盛り上がるとすぐ、小舟は二艘同時にバキバキと音を立てて怪物の口の中へと納まることとなる。
「……まったく、無慈悲なことだ」
その光景を見ながら、魔王は溜め息を吐いてその場をあとにする。
三人の子どもたちが待つ“魔王島”へと向けて。
「……ここまでしなくても良かったかな? でも、なんか嫌な予感がしたんだよな……今の、何だったんだろう?」
そう呟いて空を飛ぶ魔王の両腕には、それぞれに一人ずつの子どもの姿があった。
かなりギリギリのタイミングではあったが、二人の救出は当然ながら間に合っていたのだ。
「……もっと“探知”の訓練も頑張らねばならんか。そうすれば、今さっき感じた嫌な予感の正体もそのうち分かるであろう」
前回の件で学習した魔王コージュによって眠らされ、だらりと脱力して抱えられている二人の少女。
その姿は彼のものも含めて誰の目にも映らないように透明になっており、念には念を……過剰なまでに偽装された救出劇は、食事にありつけなかった怪物以外にはバレることなく完了したのだった。
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「…………今の、何? 罪人が……混血の子が、寸前で消えた……?」
――――そのはずであった。
遠い地から覗き見る、その何者かを除いては。
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「――――おーい、戻ったぞ」
そんなことが起こったとは露知らず、魔王コージュは仲間たちの待つ島へと帰還を果たす。
すると待ち構えていたかのように一斉に振り向いた子どもたちが、魔王の名前を呼んで上空へと向けて手を振った。
「コージュ様ぁ! おかえりなさーい!」
「早かったですねー! 無事に終わりましたかー!?」
「待ってたよー! ピィーッ♪」
その背後では、人形のイエノロも静かにお辞儀をして主の帰還を祝福する。
魔王コージュは皆に誇れる成果を胸に、喜び勇んで着地を果たすのだった。
「その子たちが新しい仲間? 二人だけ?」
「ああ、今回は二人だ。国は別々だがな」
「じゃあ、成功したんですね? 良かったぁ……」
「当り前だ。俺、失敗しないので」
そんな前世ネタが通じるわけも無く、スルーされて皆の注目は二人の少女に釘付けとなる。
少し恥ずかしさを覚えながらも、魔王コージュは二人を結界で作り出した揺り籠に横たえて皆に披露した。
もちろん救出してすぐに、二人の体も結界で保護済みである。
「わぁ~♪ モフモフの毛と、長い耳~♪」
「こっちの子は、羊人族みたいね。こっちの子は……」
「エルフだな!」
子どもたちが興味津々に二人を眺めて会話していると、魔王コージュがそこに交ざるようにして興奮を露にする。
当然三人はキョトンとなるが、長い耳の種族とあっては仕方もあるまい。
異世界モノ定番の、あの種族なのだから。
「……は? いや、ちょっと待っ……」
「エルフである! 耳が長いと言えば、お決まりの……」
「訂正します。こちらの個体は“耳長族”という種族になります」
「……エ、ル……フ?」
「耳長族です。鑑定を推奨します」
歓喜と興奮から一転、魔王コージュはイエノロの修正により瞳から急速に熱を失った。
その言葉を受け、錆び付いたロボットのようにギギギと顔を動かした魔王は、二人の子どもに鑑定のスキルを発動する。
「……エルフ、ではない……だとっ!?」
「なんでそんなに驚いてるの? エルフとは特徴が違うから、一目見たら分かるじゃない?」
「……ユイ? お前も気付いていたというのか?」
「だからそう言おうと思ってたのに。何かエルフに思い入れでもあるの?」
「……これからは、まず鑑定するように心がけよう。ユイに後れを取るとは、魔王一生の不覚である」
「ど、どういう意味よ!? つか、耳長族だと駄目なの!?」
そうして出た鑑定結果は、イエノロの言う通り“耳長族”なるものであった。
もう一方もユイが発言した通りに“羊人族”であり、魔王は不満を表すためにユイを睨んで頬を膨らませてみせる。
「……コージュ様、可愛くないわよ? でもさ、耳長族はエルフより耳長いし、丸くて可愛らしい顔だから間違えようが無いでしょ?」
「そうですねー。普通分かりますよねー。コージュ、普通じゃないから分かりませんでしたー」
「拗ねないでよ!? 普通じゃないのは本当だけどさッ!」
「冗談だ。それで、この二人も同じように受け入れるが……よいか?」
「「「もちろん!」」」
「……うむ」
即答でそう答えてくれた子どもたちと目を合わせ、頷き合うと、魔王コージュは早速二人の少女にかけていた眠りの魔法を解除して、二人をゆっくりと目覚めさせる。
だが、その目覚めを待っていると――――
「――――ッ!?」
「魔王コージュ様。この島を遠視しようとした気配を感知しました。結界により、遠視自体は失敗したものと思われます」
「ああ、俺も感じた。何処の誰だか分かるか?」
「いえ、これ以上は神の領分となります。現段階では特定は不可能かと」
――――突然襲って来た感覚に、魔王コージュも険しい表情で結界の外側を睨み付ける。
即座に、彼はそれがさっき感じた“嫌な予感”と結びつくのだと直感したが、他人の遠見の術を終了後に逆探知するほどの性能は、《全知全能スキル》といえども劣化版には無い。見られている最中ならまだしも。
それは過去視や世界の記録にアクセスする権能であり、まさに神のみに許されたことだったからだ。
「……イエノロとレプリカスキルでは無理か。かといって、善神様に頼むほどのことでは無い……か?」
「はい。緊急の危険性は無いものと予想されます」
「……なになに? 急に何の話?」
そんな一人と一体のやり取りに……急に訪れた緊迫感に驚いた子どもたちが魔王コージュを見遣るが、彼はすでに表情を戻して子どもたちに軽く微笑んでいた。
「すまんな、何でも無いのだ。こっちの話で…………それよりも、そろそろ目覚めそうだぞ?」
「……う……ん……?」
「あっ!? ホントだ!」
「耳長の子が先みたいだよ?」
その時、ちょうどタイミング良く声を漏らして目覚めようとしていた子どもに気を取られ、三人は魔王コージュとイエノロからは意識を逸らしてくれた。
魔王コージュも、気になってはいたが実害の無い出来事ゆえ、その件は頭の隅に置いておくことにして一旦忘れることにする。
今はそれよりも、目の前の二人の方が大事だったから。
「……う……あ? あれ……?」
「あッ!? この子が動いたから、もう一人の子も起きそう!」
「おーい、聞こえるー?」
「……ふ……ぁ……?」
「ピィ~♪ 二人とも生きてたね~? 良かった~」
「物騒なこと言うな。生きているに決まってるだろ」
イエノロといいアリアといい、何故不安を駆り立てる言い方をするのか。
……それはともかくとして、目覚めた二人は目を擦りながら周囲を見回して、徐々にしっかりと覚醒して行く。
それと同時に、今の状況に疑問符を浮かべて首を傾げ、必死に頭を回転させて思考を巡らせるのだった。
「……お前たち、大丈夫だったか? 自分の名前は言えるか?」
「……ここは~? あたしは~、セピアです~」
「……えっ? 誰……ですか……? わたし……シトラ……」
「そうか、セピアにシトラ、おはよう。お前たちは俺が助けたから、もう大丈夫だ。どこまで覚えてる?」
「……助けた~? えっと~……?」
「……た、たしか、海に流されて、羊人族の子と出会って……?」
そう話しながらハッとなり、その時出会ったのが目の前にいる人物だと気付いた二人は、互いに視線を合わせてその存在を確認し合い、抱き合った。
海上ではその瞬間に眠らされ、魔王コージュに回収されたからうろ覚えだろうが、今度はしっかりと互いの体を抱き締め合って存在を確認する。
「……すごい偶然ねぇ? 私たちの時ですら奇跡だと思えたのに、今回も広い海の中で他の人と合流できたなんて……」
「いや、今回のは俺がやったのだ。色々と事情があって、二人を出会わせてから回収した方が都合が良さそうだったのでな」
「なーんだ、そうだったの? だよね、二回連続ってのはあり得な……」
「……あの、あなた……たちは……?」
すると、耳長の少女がオドオドと怯えたような口調で魔王コージュたちに質問をした。
それで一斉に向けられた視線に、少女はビクッとして体を強張らせてしまう。
「ああ、すまんな、怯えさせてしまって。俺の名はコージュ、〈魔王〉コージュである」
「私はユイよ。あなたたちと同じように流されて、この島に来たの」
「僕はタマだよ。怖がらなくても、みんな君たちの味方だから」
「ウチ、ハルピアのアリア。よろしく~♪」
「……同じ、ように……?」
「……あたし~、羊人族の~セピアです~。改めて、よろしく~」
未だオドオドしていたシトラとは対照的に、のんびりとした口調のセピアと名乗る少女が挨拶をする。
それに慌てたのか、続いてシトラも改めて挨拶と自己紹介をしてみせた。
「わっ、わたし、耳長族の……シトラ、です……」
「……実はエルフとかじゃないんだよな?」
「……えっ? いえ、あんな……キレイな人たちとじゃ……違い過ぎる、かと……」
「……コージュ様、なんでまだ諦めてないの?」
駄目元でそんなことを聞く魔王に呆れるユイではあったが、事情を知らない耳長族のシトラは余計に混乱するばかりである。
そこに助け舟を出したのは、魔王を除けば唯一の男の子であるタマであった。
「ほらほら、コージュ様? 二人が混乱してるし、もっとしっかり説明してあげた方がいいですよ?」
「おっと、すまんなタマ。お前たちもまだ混乱しているだろうに、すまなんだ」
「……い~え~」
「……ま、おう……?」
ここに来て漸く冷静になり始めたのか、コージュの語った称号に違和感を持ってそう呟いたシトラ。
その呟きに反応するように、彼女と目を合わせた魔王コージュがしゃがみ込んで話し始める。
「お前たち、島流しに遭った五種混血の子どもなのだろ? 実は、ここにいるタマ、ユイ、アリアの三人も同じ境遇でな」
「「……えっ!?」」
「だから、怖がらんでもいいぞ。俺なんて七種混血だから……」
「ちょっとコージュ様? その冗談は余計混乱させちゃうから、今は止めて?」
「……本当なのに。クスン。とにかくそういうことだから、お前たちも俺たちと一緒に、この島で自由に暮らさんか?」
自分の血統を冗談扱いされてしまったが、魔王コージュはめげずにそう説明を続けた。
すると、二人のうちセピアがゆっくりと手を挙げて、何か言いたそうにする。
「なんだ、セピア? 何か質問があれば遠慮無く聞いてくれ」
「……ここって~、どの国なんですか~?」
「ここは“死の大地”と呼ばれていた場所だ。信じられんだろうが……」
「「……へっ!?」」
「……信じられんだろうが、今は俺が改良してこの通りだ。後で詳しく説明するが、ここを独立した国にしようと考えているから、名前も“魔王島”にしていずれ“魔王国”を名乗ろうと思ってる。正式名称はまた考えるとしてな」
魔王コージュの言葉を聞いた二人の少女は、これまでの話と今の説明を聞いて思わず顔を見合わせると、何ともいえない表情をして呟いた。
「…………死んで~、天国に来た~?」
「…………夢? それとも……」
――――そんな既視感のあるコメントを始めた二人ではあったが。
その後、同じ境遇の先輩三人から詳しい説明を受け、自分たちも混乱したし驚いたと共感を交えたコミュニケーションをしてもらったことで、やがて全容を受け入れるまでに至ったのであった。




