第一話
新連載開始!
二作目ですが、当方は素人なのであまり期待せず読んでいただけるとありがたいです。
読者さんの暇な時間のお役に立てる作品を目指して執筆しておりますので、主にそういう目的で活用していただけたら幸いです。
注)本作は最強主人公がチート能力で好き勝手します。魔王ですが、基本的にダークな結果にはなりません。差別や奴隷などの暗い要素はあります。そういう話が好みでない方はご注意ください。
※前作のキャラが少し登場しますが、前作を読んでいなくても全く問題ありませんので、気にせずお楽しみください。
『やあやあ、俺は善神! 神です、男神です! 今後ともよろしく!』
「…………はぁ?」
――――少年が目を覚ますと、どういうわけか、彼は何も無い場所にいた。
何も無いというのは語弊があり、実際にはおかしな空間が目に映ってはいる。
目に映ってはいる……のだが、そこはどう表現していいのか分からない、何とも「不思議な場所」であった。
そんな空間で彼の目の前に立ち、目覚めたばかりの彼にニコニコと微笑みかけながら声をかけてきたのは、年齢不詳のおかしな男性。
一見普通の人に見えるが、彼は自分のことを『善神』という神だと言い放ったではないか。
少年は思った。
嗚呼、変な夢だなぁ……と。
『夢じゃないよ! 現実だよ!』
「……」
色々と思うところはあるのだが、ひとまず少年はその人物の言う通り、これが現実だと仮定して考えてみることにした。
かなり無理があるとは思うのだが、今いる場所が最新のVR技術でも駆使して作り出した謎空間だとして……だ。
そもそもどうやってVRの映像を見せているのか? ゴーグル型だとしたらいつ装着したのか? 寝ている間に誰かが勝手に付けたのか?
あるいはプロジェクションマッピングのように周囲に映像を投影するタイプの先進技術なのか? そんな費用も馬鹿にならなそうな技術を、何の変哲もない一般人である自分に使うメリットは?
そんな疑問ばかりが次々と浮かんでくる中で、ふと彼は目の前の自称神について興味を持つ。
ならば、目の前にいるのはどういう人物なのだろうか?
少年が今現在置かれている状況の生みの親ではあるのだろうが、神を名乗るような人物がマトモとは到底思えない。
ならば神の名を騙る自称「俺、人間じゃないんだぜ!」な人物といえば、その答えはすぐに導き出されよう。
少年は思った。
嗚呼、頭のおかしい人か……と。
『違うよ!? 自称じゃなく本物の神だってば!?』
「ハハハ、そんなわけないでしょう? ここが現実なのだとしたら、あなたは今すぐ精神科の受診に向かうべきです」
『辛辣ゥ!? せめてVRの時みたいに、それの技術者とか、そうじゃないなら宗教関係者とか、頑張ってもう少し他の可能性もプリーズ! 答え出すのが早過ぎじゃないかな!?』
「……」
そこで少年はふと自分の置かれている現状について、思い当たる可能性があると気付く。
何も無い非現実的な空間で、神と名乗る人物の前に立たされる……そんな現実があるのだとしたら、彼に考え付くものはそれしか無かった。
「……ここは、天国かどこかですか? もしかして……俺は死んだってことですかね?」
『き、切り替えが早いなあ。でも、うん、まあそうだよ。お気付きの通り君は死んで、今は魂になって神の下にいるって感じだね。死んだ理由は……そろそろ自分で分かる?』
「……庇いました。咄嗟に、女の子を。その……走ってきた車の前に、よろめいていってしまったので。そんな感じだったと、思います……」
『思い出すのはゆっくりでいいよ。焦らないでいいから』
「……でも、死の瞬間の記憶がありません。痛いとか、苦しいとか。もしかして俺、即死……ってやつでした?」
『いやあ、そうなら良かったんだけどねえ?』
少年は、目の前の存在が神かどうかは一旦保留することにした。
それよりも今考えるべきなのは、自分がどうしてこんな場所にいるのかということ。
落ち着いてみれば、彼にはつい今しがたの出来事のようにそれが思い出せた。
自分が女の子を助けるために咄嗟に身体を動かし、その身代わりになるようにして車に轢かれる寸前までの光景が。
……歩道をあるいていた少年の目の前には女の子が二人、お喋りをしながら横並びで歩いていた。
きっと話の流れで巫山戯たか何かしたのだろう。二人のうち片方が、もう一方に小突かれて少し大袈裟な演出をして車道側へと数歩移動し、その拍子に車道との境目の縁石に躓いてしまう。
本人も意図していなかったのだろうが、それでバランスを崩した少女がよろめいて――――その先にあるのは、交通量もそれなりにある危険な車道。
後ろを振り向く余裕は無かったが、少年の耳には後方から近付いてくる車のエンジン音が聞こえていた。
だから、その先に起こるであろう未来にも瞬時に予想が付いたのだ。
そこからはまるで世界がスローモーションで再生されたようになり、いち早く現状から僅か数秒未来の可能性を予測した彼は走り出し、後先を考える間も無く女の子の体を片手で受け止める。
『……』
……までは良かったのだが、縁石に片足で跳び乗ることで辛うじて間に合った状態では、彼もまた体のバランスを保つことなど不可能であった。
何秒も何十秒も、あるいは何分も経ったようにすら感じる刹那の思考の中で、彼はこのままだと二人とも危ないと結論を下し、持てる全力の力でもって彼女の体を歩道側へと放り投げる選択をする。
その対価として彼に齎されたのは、さらに車道側へと彼の体を押し出す大きな反動。人間の体のボディメカニクスと運動エネルギーを考慮すれば、それは当然の結果と言えた。
あとは、少年にはもうどうすることもできない。人間は空中で一時停止したり、ましてや空を飛ぶことなどできないのだから。
迫る車体の色だけが視界を塗り潰し、けたたましいクラクションの音が――――
――――そこで記憶は一旦途切れ、気付けばこの場所にいたというわけだ。
女性を救って命を落とすなど、男冥利に尽きる最上の名誉の死ともいえるが、まさかそれを死後に振り返ることになろうとは。
『ちなみに、君が轢かれた瞬間から以後の記憶は消去させてもらったよ。辛い記憶だから無い方がいいかと思ってさ』
「……それはありがたいんですけど、今の「そうだったら良かった」ってどういう意味ですか? 俺は即死ではなかったと?」
『えーと、うん、まあ。事故の時もかなり苦しい思いをしたようだし、その後も……所謂“植物状態”ってやつに陥る運命でね』
「……えっ?」
『しかも、助けた女の子も君の死を目にしたことで大きなトラウマを抱えてしまって、君を轢いた運転手も職を失ってその後の人生めちゃくちゃ。君のした行動は間違い無く善行だったのに、その結果もハッピーとはいかないのが下界の世知辛いところだよねえ?』
「そ、そんな……?」
あっけらかんと話す目の前の神とは打って変わって、少年はその話に大きなショックを受けて言葉を失ってしまう。
それもそうだろう。彼が自らの命を投げうってまで行ったはずの人助けが、最善の結果に繋がらなかったというのだから。咄嗟のこととはいえ自分はその結果として死んでしまったのに、まるで不幸しか生み出さなかったかのように言われてしまったのだから。
一瞬、それをわざわざ自分に伝えてきた目の前の神を恨みそうにすらなってしまったほどだ。
だが、彼が続けて聞かされたのは、想定外の内容だった。
『そんなの、あまりに報われないじゃない? だから善行を司る神として、君たちの運命を変えちゃうことにしたんだ。それでハッピーエンド、かな?』
「……へっ?」
『善い行いをした君が報われるように改変した結果、女の子は無事で運転手も平穏な日々を送れる。二人とも……いや、それに関わったあの場にいた人たちやその家族、全ての連なる人たちもそれまで通りの日常を謳歌できる。君の行いは一応、素晴らしい未来を生み出した……という形にさせてもらったよ』
「……」
その説明を聞いて、少年は思わず安堵してしまいそうになる。
だが、すぐに腑に落ちないことがあると気付き、またすぐに目の前の神に意識を向けた。
彼の言う通り運命が変わったというならば、理解できないことが一つだけあったからだ。
「……なら、何故俺はここにいるんですか? 今の説明だと運転手は俺を轢いていないことになったんですよね? なら、俺は……?」
訝しげに自分の方を見る少年に、その神は少し気まずそうな表情を向ける。
その表情だけでも、少年はなんとなく自分の運命を察し始めてはいたが。
『……本当に申し訳無いとは思うんだけど、君の死だけはどうやっても変えられそうになくてさ? もし君が死ななかったことにすると、必ずその女の子が死ぬ。運転手も君の時以上に不幸になる。さらには彼女の隣にいた友人まで責任を感じて自殺する事態になって、君も心に一生モノの傷を負ってしまうんだ。あの時、自分が動けていれば……ってね? かといって運転手の方をどうにかするにしても、今度は別の車が君と女の子を轢いてしまう』
「……えっ?」
『歴史の強制力とでもいうのかな。だから……こっちの勝手な判断で本当に申し訳無いとは思うんだけど、最善の選択肢を選ばせてもらったんだ』
そう答えると、目の前の神は一度間をおいて彼の表情を確かめ、それから再び言葉を続けた。
『それは、よろめいた女の子の運命を変えることで、事故自体が起こらなかったという未来を作り出すこと。まあそんなわけで、そういう改変をしたんだけれども……それでも歴史の都合上、君だけはどうしてもその後の未来には行けなくてさ。しかも下っ端の神の俺じゃ上手いこと調整も付かなくて、結果的に事故の記憶を持った状態の君しかこうして導けなくて……だから、ホントごめん!』
「…………でもそれって、結局俺は何もせず死んだだけになるのでは……?」
人間の理解の範疇を超えるスケールの話に困惑はしつつも、今の話をとりあえず理解できたのか。
冷静にそう結論付けようとした少年に、だが目の前の神は首を横に振った。
『それは違うよ。君がもし彼女を救う意思を持たなければ、そもそもこうして神が選択肢を選ぶ可能性すら無かったわけだから。彼女が生きていられるのは間違い無く君のおかげ。事実だけを見たら君とは無関係に女の子がよろめいただけになるけれど、君の善行は俺が永遠に覚えてるから。あの世界から君が消えても、そこを管理する俺たち神々は、決して君の勇気を忘れたりはしないから』
「……そ、それはどうも。……えっと、その……そ、それで俺は、この後天国行きとかいう話なんですかね?」
目の前の神が放った熱いセリフに少し照れてしまったのか、やや不自然になりながらも少年は無理に話を進めようと、自分の行く末を彼に問いかける。
未だに自分の死へのショックは残っているはずなのだが、とりあえずは自分の行いが少なくとも二人を救い、その関係者たちにも平穏な未来を齎したという誇らしい結果に、漸く彼も安堵できたのだろう。
だが少年が口にした未来予想図は、目の前の神がまたしても首を横に振ったことで、すぐに否定されてしまう。
『いや、そもそも天国とか地獄というのは君たち人間の想像上のものでしかないよ。強いて言うならこの場所が天国であり地獄かな? 死んだ魂は……ごく稀に消滅することもあるけど、基本的にはそれまでの記憶を失って転生するね』
「あ、そうなんですか? なら俺も、この後は記憶を失って転生なんですね?」
『……ただの転生だったら、わざわざこうして記憶を残したままで、神の前にまで来ないよ?』
「え?」
否定を重ねる目の前の神ではあったが、次に否定された意味ばかりはよく理解できず、少年は疑問符を浮かべて彼に視線で問いかける。
今の話では、自分がただの転生ではない特別だと言われたようであったから。
『……えー、コホン。君さ、異世界転生……って聞いたことある? あるよね?』
「…………ま、まさか……の……?」
『あ、うん、テンション上がるよね? でも最後までしっかり聞いて? 君の善行に対してのご褒美と、君だけ救えず死なせてしまったお詫びを兼ねて、かな? そんなわけで――――』
「……まさか、まさかまさか、まさかっ!?」
――――異世界転生。
そんなロマン溢れる話題に少年は目を輝かせ、ここに来て一番の歓喜と興奮の前兆を見せ始める。
最早そう告げられたに等しいが、それでも彼は目の前の神がハッキリと発表するまではと堪えているのか、まだ感情を爆発させてはいなかった。
だがそれも時間の問題であり、神がそう告げると同時に「やったーー!!」と叫ぶ準備は万端であった。
だから全神経を集中して彼の言葉を待ち、そして――――
『――――君には転生して、〈魔王〉になってもらいたいんだ』
「ぃやっっっ――――――――…………え?」
――――意表を突かれた少年は、まるで穴の開いた風船のように溜め込んでいた感情エネルギーを一気に失い、歓喜から一転して唖然し、固まることになったのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……きゃっ!?」
「ちょっと大丈夫!? 勢いよく躓いたから、完全に車道に行くと思ったよ! でも、よく踏ん張って戻ってこれたね?」
「……あれ? なんか今、誰かに助けてもらった気がしたんだけど……?」
「はぇ? いや、近くにあたしたち二人しかいなかったわよ? それは気のせいだと思うけど?」
「……だ、だよねぇ? あっれー、おかしいなぁ? なんでそんな風に思ったんだろ……?」
『……』
そうして、運命を変えられた少女は何も知らずに未来へと一歩を踏み出した。
もう彼女がこの事故で死ぬことは無く、この時の記憶の違和感すら翌日には綺麗に忘れていることだろう。
そんな結果を見届けた天上の存在は、ふと視線を同時点の彼の下へと向ける。
下界の同じ時間軸で、全く別の場所で死を迎えた彼を見届けるようにして。
『……』
そこにいるのは、運命を調整するために置かれた彼の抜け殻。
それに起きたことを無事に見届けると、天上の存在は興味を失ったのかその場から視線を外し、他の世界の方を向く。
次に向ける視線の先には、生まれ変わった彼の姿があるのだろう。
これから少年が紡いでいく物語は、どのようなものになっていくのか。
それはまだ、神々ですら……見守っている最中なのかもしれない。
なんにせよ、彼の新たな人生は――――――――ここから始まる。
とりあえず三話まで投稿します。
どうぞよろしくお願いいたします。