2-36 神々の動向、次への転換①
「きょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーうも平和ね〜……」
人類を見守り世界の均衡を保たんとする、神々の住まう『白磁の宮殿』、その最奥にて。
幼い容姿でありながら、その身から溢れる神気ゆえに管理神のトップに君臨する女神がいた。
というよりこの女神は、神気をダダ漏れにするばかりで、抑える気は一切無いようだ。その威圧感が通りすがりの下級神達をビビらせる羽目になるのだから、いい加減にして欲しいところである。
「人類たちがデカい争いをやめてから、旧神達も大人しいし、地脈も安定しまくってる……下界に降臨しなくなって久しいもんだわ……」
人類の過半数が信仰しているとされる三星教。主神として並ぶのは三姉妹の女神である。
太陽を象徴し、豊穣と繁栄を司る黄金の長女『シャイナムル』。
月光を象徴し、復活と平穏を司る白銀の次女『エメリエンネム』。
夜色を象徴し、進化と闘争を司る黒鉄の三女『イルルヤンジュ』。
彼女達の下に、人類の文化を支える十数柱の下級神が付き従っている。“遊戯神” “武神” “酒神” “獣神” “魔神” “海神”など多岐にわたるが、誰もがかつて人類として人生を全うした英霊達だ。
こうして『白磁の宮殿』では、人類の発展と衰退を見守っているのだが……黄金の長女シャイナムルは頭まで金色の寝袋にくるまってハンモックの上で揺れながら、エクトプラズムを吐きつつぼやいていた。
その顔には金縁メガネがかかっているのだが、それでも打ち消せない威厳の無さがこの女神にはある。
「アタシが働かなくても世界は回る。超絶スーパー美女神なアタシが働くのは、よほどの緊張事態……ココナッツジュースおいちい……ちゅーちゅー」
「シャイ姉様、仕事するならそれらしい格好してくださいませ」
やる気のない姉に対して文句を言うのは、白く輝く髪と瞳を持った、白銀の次女エメリエンネム。眠そうな目で宙に浮く水晶玉を眺めては、手元のバインダーに何かを書き込んでいる。
よく見ると部屋中に同じような水晶玉が浮かんでおり、中では世界中のあらゆる場所が映し出されていた。
「エメよ……アタシは変化のない世の中を憂いている……黄昏色の女神と呼びたまへ」
「ただでさえ起伏ないのだから、寝てばかりいたらそのハンモックに食い込んだ寝袋みたいに、黄金色のボンレスハムになっちゃいますよ?」
「しゃらっぷ! ごーあうぇい! キエウセロ!」
「ここは身共の部屋です」
自らもスレンダーだが、それ以上の幼児体型である姉に辛辣な言葉をかける次女。それでも部屋から追い出さないあたり、身内への甘さが見て取れる。
しかし、実際ヒマなのだ。かつては力だけ有り余る旧神たちの衝突だとか、世界を我が者にしようとする魔王だとか、イカれた学者達による地脈の暴発だとか、文明が滅びるんじゃないかと思うような災害は枚挙に暇がなかった。
それが今はどうだろうか。旧神達はやけに聞き分けが良く、魔王達も神々の粛正を恐れてからか、目立った問題行動は見られない。
人類のみで言えば、10年以上前に大国同士の衝突が起きかけ、あわや世界大戦勃発かと思いきや、当時の優秀な英雄たちの尽力もあって回避されたのだ。
世界レベルの災害など、起きたら起きたで迷惑この上ないが、しばらく来ないと物足りなく感じてしまう。人類が自立出来るのは喜ばしいことではあるのだご、喉元過ぎればなんとやらである。
そんな和気藹々 (?)とした雰囲気の職場だが、ふと2柱の耳に、部屋の外の廊下からガシャガシャと慌ただしい足音と荒々しい叫び声が聞こえてきた。
『ええいどけどけぇええ!!!!』
「イルルちゃんかな?」
「イルルですかね?」
なんとなく正体を察した2人は顔を見合わせた。うるさい足音はいつも通りだが、叫び声を聞くにただ事じゃないのだろう。
そう思ったのも束の間、重々しい両開きの扉がどっかぁん!! と開け放たれ、輝く黒い甲冑に身を包んだ長身の女性が駆け込んできた。
「シャイ姉! エメ姉! 緊急事態だ!!」
末の妹でありながら、三人の中で最もスタイルのいい、黒髪黒眼の女神イルルヤンジュ。
相当急いで来たのだろうか。荒い息遣いと上気する頬、玉のような汗が首筋を伝い胸元へ落ちる様など含め、少し色っぽく見えてしまう。
「……エメ、アタシはコイツの身長を奪いたい」
「奇遇ですねシャイ姉様、身共はあの胸部装甲をもぎ取りたいです」
「なっななな何を言うか! 骨も贅肉も物理的にもぎ取れるものではないぞ!!」
慌てて自らの胸元を隠そうとする妹に、姉2柱の嫉妬の眼差しが突き刺さる。
イルルヤンジュは腹を空かせた野獣の檻に居るような感覚をおぼえ、思わず逃げ出したくなるのを必死に堪えたようだ。
「そんな事より!! 【千里球】の座標を東のグレナン大陸南部、王国の西側に移して展開してくれ!」
「おい待てイルルちゃん。神界一の完全無欠な超絶美貌の持ち主である、アタシの背が小さいのが『そんな事』だって?」
「いけませんイルル。身共は胸の駄肉など一切興味はありませんが、世の不平等を『そんな事』と差し置くなど、女神としての自覚が足りませんよ」
「話が進まん!! シャイ姉はそのふざけた金色のたらこみたいなのを脱いでから言ってくれ!! エメ姉は『女神の自覚』あたりをその無い胸に手を当てて考え直せ!!」
姉2柱のくだらない妄執を一喝し、イルルヤンジュは宙に浮かぶ水晶『千里球』のひとつに手をかざした。球の中の景色がどこかしらに切り替わり、さらに手を振れば四角形の薄い板状に広がっていく。
散々文句を言っていた二柱も、そこに映った光景に目を疑った。
シャイナムルは怒りに目を釣り上げ、エメリエンネムは悲しみのあまり口に手を当てる。
「これは『次元門』のクレーター!? なんと惨い……」
「ねえ、どこのどいつがこんなふざけた真似してくれてんの? この規模、大きめの村1つ消えてるよね?」
「アイゼンヴァルド辺境伯領、トッカータの手前にある500人以上が暮らす村だ」
「500……」
犠牲者となったであろう顔も知らぬ人類(我が子)たち。その膨大な人数を聞いて、ただでさえダダ漏れだったシャイナムルの神気は、目に見える黄金の蒸気て放出され、嵐のように部屋の中で吹きすさび渦巻いていく。その中心は金のたらこ少女なのに。
「シャイ姉、落ち着いてくれ!」
「……イルルちゃん、アタシは落ち着いてるよ。だから早く下手人について吐かないと殺す」
「わからない! 直前に転移でも使われたのか、痕跡ごと消されてるんだ! 近くの小さなクレーターがそうだと思うのだが……」
「____ねえイルル。あなたが本当に調べてたのって、近くで起きてるコレだったんじゃないですか?」
戦々恐々とする長女と三女の様子を他所に、次女のエメリエンネムは落ち着いた様子で複数の【千里球】を確認していたようだ。
彼女はそのうちの1つを二柱の眼前に飛ばし、先ほどと同様にスクリーン状に引き伸ばして見せた。
「そ、その通りだ。アイゼンヴァルド領にも接している無国籍地帯の荒野。西の帝国から5,000の兵がここまで侵攻している」
「は? なんで? 帝国が手前の【大渓谷】を越えて来たって事? どうやって?」
「それもわからん……以前から戦の準備をしていた事は気づいていた。
旧神アンリ・マンユ殿のお膝元であり、高ランクの魔物がひしめき合う【大渓谷】を越える算段があるならと見張っていたら……何故か監視を抜けて兵が移動していたんだ」
「何それ、完っ璧に異常事態じゃん」
「ああ、『次元門』の痕跡を見つけたのは本当に偶々だったが、おおよそ無関係とは思えん。東のグレナン大陸で二強とされるこの国家が衝突すれば、世界情勢への影響は測り知れない。場合によっては“世界大戦”の勃発だ」
「よし、これは久々にアタシ降臨だな。早速装備を…………エメ? 何をやってる?」
黄金たらこ状態でぴょんぴょん跳ねていたシャイナムルだったが、ふとエメリエンネムの方を見ると、【千里球】の1つに額を当てて目を閉じ祈りを捧げている。
「エメ姉様、イルル。大戦の芽を潰すのも、下手人を探すのも確かに難しいです。
しかし、お二柱とも失念しております。この状況で旧神達が動かないはずかありません」
「「あっ」」
「身共が先にやるべきなのは、緊張状態にある旧神達を宥めすかすこと。あの方たちがまとめて動き出したら、国の1つや2つ簡単に消し飛んでしまいます」
三女神含む管理神たちが人類の神であるならば、旧神はあまねく全ての超自然的な事象を象徴する、圧倒的な存在のことを指す。
身じろぎしただけで大地を揺らす者もいれば、近づくだけで生物を炭化させて死滅させる者もいる。
そんな神話の怪物達が『なんだなんだ』と野次馬根性を出そうものなら、彼らの通り道から目的地に至るまでが阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまうだろう。
「身共は旧神の中で比較的話が通じる方とコンタクトを____っ、見つけましたっ!」
ぴきぃっ と。
説明の途中で、エメリエンネムの【千里球】から空間がきしむような甲高い音が鳴り響き、球本体がブルブルと震え出す。
やがて、一瞬の強い光を発したかと思うと、球の中は美しい虹色の輝きに満たされた。
強さの上では圧倒的に格上である旧神との接触。場の空気に緊張が走る。
『おや、これわこれわ……エメリエンネム姫、カナ?』
「____はぁあああんンッ♡ ユルールおじ様っ、お話ししとうございましたわぁあああッ♡」
「「待てやオイ」」
虹色の球から紳士風の渋いイケボが流れると、エメリエンネムはそれまでの落ち着きと淑やかさをかなぐり捨てて、全身をくねらせながら嬌声をあげた。
念話の相手は、旧神の中で“大空”を象徴する事象存在【“虹蛇”ユルルングル】である。
半透明な虹色の身体を持つ大蛇であり、空を悠然と泳ぐその巨体は、頭から尾の先までの全てを捉える事が難しいぐらいの長さを誇る。
基本的に人が視認出来ない存在なので、サイズに反して目撃情報は少なく、常に移動し続けているためルートの捕捉も難しい。
普段は移動しているだけだが、その気になれば雷や嵐などの天候を操る事が可能。人々からは三女神に並ぶ信仰対象として親しまれている。
『ふむ、姫……ますます、美しくなられた、ナ』
「あっ、いえっ……あなたさまを差し置いてそんな事はっ」
『謙遜めされるナ。その白く輝く肌や髪……透き通る瞳……私の虹色の鱗と、比肩するであろう、ナ」
「比肩……肩を、並べて……結っ、婚!? きゅう……」
「はーいエメが限界化気絶したんでアタシが変わりまーす」
ありもしない妄想で脳が沸騰し、恍惚とした表情で崩れ落ちる白銀の女神。時々びくんびくんと跳ねる妹神をシャイナムルは雑に蹴飛ばし、スムーズにコールチェンジを済ませていく。
『おや、シャイナムル姫。眩いばかりの黄金に包まれた、愛らしい衣装であらせられル……まるデ、黄昏時の空を見ているようダ』
「おっちゃん相変わらず褒め上手だね、アタシは何着ても絶世の美女神なんで当然よ。そっちはどんな感じ?」
旧神の中には会話の通じない相手もいるので、こうして話せる存在は他の管理神にとっても貴重である。力の制御も効く上に“大空”の名を冠するので、状況把握や他の旧神との仲介に持ってこいの存在なのだ。
『ふむ、こうして話をしてくるならバ……『次元門』も把握しているのだろウ? もうすぐ着ク』
「さすがおっちゃん、話が早いね。他に何か気になった事ない?」
『気になった事、ナ………………』
【千里球】からユルルングルの表情や様子を窺う事は出来ない。ただ虹色の輝きが揺らめくだけで、シャイナムルの質問に対してどのような感情を抱いているのか判別する事が出来ないのだ。
待つ事10秒、彼が再び口を開くと____
『………………私の頭にナ? ヒトの娘っこが、乗ってるんだガ』
「ぬゎんですって!!??」
「うわっ起きた」
____エメリエンネムが気絶から復活した。
あんなにも美しく畏れ多い蛇神。女神である自分ですら近づくことを躊躇う存在。正にアイドル。
それを地を這うヒトの小娘の分際で、透き通り光輝く彼の頭に乗っかっていると言うではないか。うらやまけしからん。そこ代わらんかい。
「ごめんなさい、シャイ姉様、イルル。身共は最優先で、とある人間に天罰 (物理)を下しに……」
「イルルさん、やっておしまいなさい」
「はーいエメ姉どーうどーう」
「ちょっ、待っ、離すのですイルル! 抜け駆けは許してはなりませんっ! せめてその硬い甲冑を外しなさい!」
「私の胸もごうとするから嫌だ」
復活と平穏を司る女神エメリエンネムは、本質が癒しの力を含む支援特化であるため、三姉妹の中で最も非力である。体格の良いイルルヤンジュが羽交締めにすれば、この通り簡単に無力化できてしまう。
「話止めてごめんねおっちゃん。そこって雲の上なんだろうけど、女の子は無事そう?」
『問題無い、良く寝ていル。私の権能デ、温度と気圧を調整していル。
娘の臭いを辿ったガ、どうやら私の目的地ト、かなり近いようダ』
「『次元門』の爆心地と? 今がそんな高々度にいるくらいだから、転移事故に巻き込まれでもしたのかな」
『『次元門』はその名の通リ、“次元の狭間”を呼び出す権能、ダ。
別の座標に移動スル【転移門】とは違イ、世界から隔絶された空間ニ、飛ばされル。
この娘ハ、運が良かったのであろウ』
「起きたらぜひ話を聞きたいところだけどね……」
残念ながら今話している【千里球】からは、転移被害者である少女の様子を窺う事はできない。もしかしたら、賢明な読者であれば何かしら気づくのかもしれないが……
「よし、じゃあおっちゃん。目的地の近くで戦争してるっぽいからさ、そのまま通りすがりに止めちゃってよ」
「シャイ姉! 人間の戦争には極力干渉しないのがルールだろう!?」
「『次元門』と無関係とは思えないし、事が世界大戦にまで及ぶ可能性があるならテコ入れは必要でしょ? 超法規的措置ってヤツだよ」
『安心しなさイ……元々ヒトの街ヲ、守りに行く予定だっタ』
「守る? 何から?」
シャイナムルが怪訝な顔をする。いくらユルルングルが理知的とはいえ、旧神が自らの意志で人類と関わりに行くのは非常に珍しい。
『『次元門』に触発されテ、渓谷の同胞アンリ・マンユが動き出すのを感じたのダ。爆心地までの通り道ハ、死の大地と化すだろウ』
「“暗黒”の事象存在であるアンリ姐さんまで動いちゃうの!? 大渓谷に引きこもって出てこないはずじゃん!」
『今回ハ、同胞の大半が動くはず、ダ。
言っておくガ、姫サマ方とテ、例外じゃなイ』
どうやら今回の転移災害、身じろぎ1つで世界が動く旧神たちの大半が反応を示しているようだ。しかも、三姉妹にとっても無関係ではないと言う。
これに驚いたのは長女のシャイナムルだけではない。背後で暴れていた次女のエメリエンネムも、それを抑えていた三女のイルルヤンジュも、困惑を隠せない。
ここで読者に思い出してもらいたい。ここまでの物語の中で一度だけ出した、教典にも記されない創世の神話を。
〝蛇を纏いし【黒陽】。世界を産み、【混沌の青】と出会う〟
〝その者ら添い遂げし場所、はじまりの世界〟
〝その者ら見守る中、【旧神】が生まれ、そこから命が生まれ、そこからまた【旧神】が生まれた〟
〝その者らの間に三つ子が生まれ、世界は歓喜に沸いた〟
〝【黄金】【白銀】【黒鉄】、世界を治めし女神なり〟
『母上ガ____ 【混沌の青】が帰ってきタ。みなその事で色めきたっているのだヨ』




