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2-33 魔王は遅れて現る

遅くなりました




「良い加減しぶといのである」





 ルイの視界が明滅し、目の前の人物を映し出す。

 そこには、魔剣『デュランダル』についた血糊を払い、呆れたように愚痴を吐く壮年の正騎士ワンダ・ワンヒットの姿があった。



(_____あ……意識、飛んで、た?)



 今眠ってしまうと、呼吸が浅くなって昏睡は免れないだろう。ルイは荒いながらも深呼吸を続ける。

 自分の動悸と呼吸音が直接鼓膜を揺らしており、耳鳴りと重なるので非常にうるさい。せっかく痛みにも慣れてきたのに煩わしいと、ルイは内心で愚痴を吐いた。


 魔剣に施された【竜殺し(ドラゴンキラー)】の効果で、竜鱗の如き防御力と再生力は無効化され、相手の斬撃は容易くルイに傷をつけた。

 目や首、脇などの致命的な部位は辛うじて避けられてはいるが、それ以外の肌が傷まみれな事を考えるとプラスに捉えるのが困難である。

 激しい出血はないものの大半は塞がっておらず、今も力なく下がった両腕を伝い、指先からぬるい雫が落ちていく。



(……むしろ、皮一枚でよく済んでるよな、ボク)


『ルイちゃん、気をしっかり持って。竜の力を差し引いたとしても、ルイちゃんの超人的なフィジカルは健在なんだから』



 スキル【竜巫女の声:オルディナ】が呼びかけるが、娘の意識レベルが著しく低下しているのを感じており、焦りと悲観の声を漏らしそうになるのを必死に堪えているようだ。

 実際、竜の血族として覚醒する以前から、彼女の肉体は鍛えずとも異常な発達を遂げ、細くしなやかな針金のように強靭になっていた。それらの圧力に押し潰されぬよう、中の骨はそれ以上の硬度と密度を有している。

 そして、ケロックが【創造魔法】で彼女に追加した【再生】スキルも、わずかだが継戦維持に繋がった。【竜闘気】に統合されたせいで【竜殺し(ドラゴンキラー)】の影響を受けたとは言え、微力ながら自動再生を繰り返す事で出血を抑えていたのだ。


 今もルイが痛みをこらえ、自慢の踏み込みでワンダ騎士団長肉薄しようとするが、次の瞬間には回避され、おびただしい数の新たな切り傷を付けている。



「やはり、貴殿の身体能力に意識が追いついていないのである。動きも直線的であるが故に、こちらが正面に刃を置けば反撃に転じやすい」



 ワンダが魔剣を青眼に構える事で、ルイの攻め手は大幅に減少してしまう。

 このように技術や経験で大きく劣るルイだったが、それを補って余りあるほどのフィジカルが、ルイを生きながらえさせてくれた。敵のお手本のような剣術と魔剣本体の鋭さのおかげで、切り傷が裂傷にならない。

 裏を返せば、皮一枚を延々と切られ続け、それでも戦闘不能になる事が許されない状況なのだ。



『ルイちゃん、隙を見てケロック君を担いで逃げなさい。あなたの瞬発力なら追いつかれないはず』


(お母様、たぶん無理。そんな余裕は一切ないし、逆にこっちが少しでも隙を見せれば、加速する前にボクやケロックの命に敵の剣が届く)



 ジリ貧の状況を見るに堪えなかった【オルディナ】が、戦闘以外の選択肢を提示する。しかし、ルイは母の提案が分の悪い賭けである事を看破し、即座に拒否した。





(そう、届く……はずなんだよね)


『_____ルイちゃん?』



【オルディナ】は困惑した。宿主である娘の感情を直接認識出来る彼女だからこそ、その感情の矛盾に気づけたのだ。

 ルイ自身も困惑していた。現状に対する危機感を持ちながら、それに反する確信も持ち合わせていたからだ。





「……何だその顔は」




 正騎士ワンダが訝しむのも無理はない。相対する少女の顔に浮かんでいたのは、怒りでも恐怖でもない。


 つまり、『え〜、なんか複雑…』だった。




「おい、何だその物言いたげな顔はと聞いているのであるが」


「_____あっ、ごめんなさい。やりましょう続き」


「おい誤魔化すな。少し手を止めてやるから、言いたい事があるなら言うのである」



 時間の問題だったとはいえ、ルイの異常な耐久力にうんざりしてたのもあったのだろう。ここまで哀れんだ表情をされると、誇り高い騎士団長も流石に無視出来なかったようだ。



「えっと、それじゃあ失礼して……あなたは王家直属のヒンソ正騎士団団長『ドラゴンスレイヤーのワンダ・ワンヒット』殿で間違いないですね? 二つ名の由来とかお聞きしても?」


「知れた事を。(それがし)がこの魔剣『デュランダル』でもって、竜種を討伐せしめたからである」


「嘘ですね」


「……何?」



 自信満々に語られたワンダの華々しい実績を、ルイはバッサリと否定した。



「ボクが受け継いだこの竜の力、人相手には無敵だろうと驕ってた部分は確かにあります。あなたの初撃の凄絶さと【竜殺し(ドラゴンキラー)】の魔剣、卓越した王宮剣術は見事な物だったし、実際ここまで追い詰められました」


「その通りである。恨むなら己の未熟さを呪うのである」


「その通りですね。ボクにとって同格以上とのまともな戦闘など今回が初めてなので、色んな事が予想外で当たり前です。

 だからこそ、ここまで耐えてきてようやくわかりました」



 意味深な発言に、ワンダは怪訝な顔をした。

 ルイは一息つくと、自らの確信をさらに詰めていく。



「ボクが怖かったのは、あなたのその“剣”___魔剣と【竜殺し(ドラゴンキラー)】の力だけだったんです。想定外の負傷もあって見誤りましたが、あなたの剣術がボクの血を奪う事はあっても、この命に直接届く気がしない。

 ……ボク相手でこれですから、本物の竜種を倒したなんて想像がつきません。

 運良くトドメを刺しただけですか? それともワイバーンのような下位の亜竜でしょうか」


「貴様、王家の剣術を愚弄するであるか……」



 ワンダの髭と剣の切っ先が、怒りで震えているのがわかる。どうやら図星だったようだ。



「重ねて言いますが、中央政府の騎士団長なだけあって、あなたの王宮剣術は実に見事だ。『“人”の攻撃をいなし、急所を切り付ける』事に特化した、王侯貴族を守護するに相応しい“対人の剣術”だと思います。確実に刃を当てる事が出来るから、竜に傷をつけるという魔剣と非常に相性が良い。

 ただ、それまでです。ボクの肉を、骨を、頭を首を臓腑を壊すには至らない。

 そうですね? 『“ドラゴンスレイヤー”のワンダ』さん?」




「……減らず口もそこまでである」




 ワンダの口調から余裕が消え、ドスの効いた声色になる。

 そうして彼が剣を下ろし、空いた手で指を鳴らすと、周囲の様子に変化が起きた。



「うおおおっ! 『大楯のカマセ・ケルベロス』! ただいま復・活!!」


「『暗殺のモーブ・クロコヒト』、地獄から推参!」


「『高速のコーザ・バグズ』、同じく復活した」


「『土遁のアサヂエ・ハカリ』でごさるよ! 拙者の練丹術で治療が完了したでござる!」



「そういうわけである、小娘。貴様の超人的な力とて、某の部下達を無力化するには至らなかったのである。

 これで貴様の勝機は万に一つも無い……覚悟するのである!!」



「へえ〜……確かに予想外でしたが、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”って、呼ぶ意味あります? 足手まといじゃないですか?」



「「「「_____殺すっ!!!」」」」




 敵がにわかに殺気立ち、一斉に飛びかかって来た。

 腐っても王立の騎士団。各々が振りかぶる刃に迷いはなく、完璧な連携を見せるだろう。


 一方のルイはと言うと、再生が続いているとはいえ失われた血までは戻りきらず、傷も完全には塞がっていない。全身が痛みとともに引きつけを起こし、団長以下の騎士達を蹴散らした時のような動きは期待できないだろう。

 動けたとしても、ワンダ団長の精密な攻撃を無視出来ず、まともに反撃する事すら叶わないはずだ。

 その隙を突かれて、【竜殺し(ドラゴンキラー)】で弱体化した表皮のさらに傷口を狙われれば、斧は深く突き立ち毒は体内を回ってしまう。



 さすがに挑発し過ぎたかと後悔し、覚悟を決めたその時_____




『_____ルイちゃん、よく耐えた!!』




 _____母の賞賛の声が、脳内に響いた。
























『_____存在進化が完了しました。

 種族が【ゾンビ (変異種)】から【飛僵(ひきょう) (超越種)】へと進化しました』


『各ステータスが上昇しました。

 全スキルが大幅に強化されました』


『称号に【並行取得】が追加されました。

【並行取得】からの提案により、先ほど提示された進化先から固有スキルを取得します』


『スキル【魃魔眼(メガビーム)】を入手しました。

 スキル【犼咆(ビーストロア)】を入手しました。

 スキル【幽煉憑依(ゆうれんひょうい)】を入手しました』




(待たせてごめんね)


『……今さらですが、私はあなたの事を“あなた”としか呼んでいませんでした。何となくですが』


(本当に今さらじゃない?)




『お帰りなさい、マイ・マスター(我が主)


(ただいま、【天の声】)




















 ヒンソ騎士団の上位勢による一斉攻撃に対し、ルイは背後を振り返って【暗殺のモーブ】と【高速のコーザ】を返り討ちにした。考えるまでもなく身体が勝手に動いたのだ。

 当然ルイは、最も警戒すべき相手に対し背を向ける羽目になったはずだ。こうして無防備になった姿を、熟練の騎士達が見逃すはずがない。

 ルイはそのまま、来たる痛みに備えて歯を食いしばった。



 しかし、いつまで待っても何も起きない。

 来るはずだった衝撃は起きず、凶刃がその背を貫く事もなかった。


 その代わり_____





「……約束、したっけか」





 _____いつ割り込んだのか、そんな少年の一言と同時に、背中越しにひんやりとした感触がぴたりと重なる。

 肌ではなく、鎧でもない。互いの呼吸と鼓動だけが伝わる距離。

 それなのに、手を伸ばせば届くはずのその背には、今は触れられない。

 ただ互いに、背中を任せる_____それが今できる、いちばん確かな繋がりだった。



「……そうだよ。そういえば返事は聞いてないし、何ならいらないとも思ってた。

 ねえケロック。ボクのそばにいてくれる? 君のそばに居てもいい?」


「なるべく……前向きに……善処します」


「あはは、“絶対”ぐらい言いなよ、男らしくないなぁ」




「だって、僕もルイのそばにいたいから」


「そっかそっかー………ん? へっ!?」




 ケロックの不意打ちに遅れて反応し、ルイはその場で硬直してしまう。ケロックはそんな彼女の背中を、とても愛おしく感じていた。


 振り返らずともわかる。互いが互いのために“何か”を乗り越えたのだと。








「……これは、なんであるか?

 某に何をした?

 いったい何が起こっている!?」




 ルイにトドメを刺そうと踊りかかっていたはずの正騎士ワンダは、呆然と佇んでいた__________刀身が消えた愛剣(デュランダル)を見つめながら。




 あの一瞬、過集中によって引き延ばされた時の中で、ルイが背後を振り向き部下2名を蹴散らした様子を確かに目撃したし、同時にチャンスだとも思った。彼女が背を向けたこの瞬間なら、足の腱を切り付け即座に袋叩きに出来るはずだと。


 だからこそ、わからない。

 どうして戦闘不能だったはずのゾンビが、気づけばそこにいるのか。

 どうして軽く触れただけで、鍛え上げた部下たちが糸の切れた人形のように崩れ落ちるのか。

 どうして自分の剣が、ただの少年にへし折られたのか。

 _____何一つ、理解できなかった。



 

 そんな彼の胸中を知ってか知らずか、ケロックは無視してのんきにルイと会話を続けようとする。



「すごい活躍したみたいだね。今度は僕の番かな? ちょっと休んでてよ」


「ちょっと…ボクは君を守ってたんだよ? 休めなんて聞く義務は (カクンッ) へっ?」



 せっかく並んで戦えるのにとルイが反論しようとした瞬間、その膝が崩れてへたり込んでしまう。



「……動けない?」


「おや、傷だらけだもんね。さすがに疲れたでしょ」


「ケロック何かした!? さっきもボクの身体が勝手に動いたと思ったら、それがわかってたかのように残りを蹴散らしたよね!?」


「身に覚えがない」



 そう宣いつつケロックは、新しく入手したスキルを確認すべく「“情報開示/スキル【幽煉憑依(ゆうれんひょうい)】”」と念じてみた。




“NEW!”【幽煉憑依(ゆうれんひょうい)

 種族【幽煉(ゆうれん)】の能力の一部をトレースしたアクティブスキル。

 複製した並列思考を“思念体”に変えて憑依させる事が出来る。

 憑依対象への影響力は親密度によって増減する。

 “思念体”は憑依対象と意思疎通を取る事が出来ない。




 この戦闘に割り込む寸前、ケロックは先んじてこのスキルを使い、ルイに憑依させていた。

 つまり、ルイの身体が勝手に動いたのはコイツのせいだった。しっかり嘘をついている。


 ちなみに彼女が動けないのは、“思念体”に変えられたのが、“怠惰なコピック”こと【(ダル)ック】だけだったからだ。

 ルイに憑依しても『不要な労働を避ける』というスタンスは徹底しているため、今回はそれを利用して回復に専念してもらおうとケロックは考えていた。



「ルイ。たまには僕にも守らせてよ」


「うっ……男らしくないって言った事、根に持ってる?」


「そうかもしれない」


「……君、変わったよね」


「そうかもしれない」




 自分がカッコつけているように聞こえて、ケロックは少し恥ずかしくなった。それでも、素直な気持ちである事に変わりはない。





「嘗めるのも大概にするのである!!!」




 そんなやり取りを遮るかのように、目の前の騎士は憤怒の表情を浮かべ大音声で恫喝(とうかつ)してくる。

 わけもわからないまま自慢の部下と剣を一瞬にして無力化されたかと思えば、こうして目の前で惚気(のろけ)られているのだ。プライドが傷ついて当然である。

 正騎士ワンダは柄だけになった『デュランダル』を投げ捨て、新たに腰の剣を抜き放った。先ほどの豪華な宝剣と違い、シンプルかつスマートな白銀の細剣である。



「三神教の総本山である法皇国で、聖女様直々に属性を付与なされた聖剣『エクスカリパン』!

 竜退治にも使われた名剣、ゾンビならひとたまりも無いのである!!

 確かに貴様らが倒したのは、某の部下の中でも選りすぐりの猛者達であるが………」



 そう言ってワンダが指を鳴らせば、光り輝く全身甲冑の騎士達が3人を取り囲み、各々の剣を眼前に構えて一斉に整列を始めた。



「ヒンソ騎士団総勢50余名、王家の近衛としての任も受け持つ精鋭達である!!

 下賤なゾンビと手負いの小娘ごとき、某らが完膚なきまで叩きのめし粛正するのである!!」



 いくら相手が強力が魔物であろうと、所詮は単体、多勢に無勢である。

 ワンダ団長率いる正騎士達は、国家権力を背負って優位性を示し、尊厳を取り戻すために剣を構えた。



 乗り越えるたびにやって来る、そんな何度目かの絶対絶命な状況にケロックは_____




「……その剣、カッコいいですよね」


「今さら命乞いであるか」


「いやね? 僕も一応騎士の息子でして、まともに戦うのが初めてなんですよ……つまり、“初陣”になります」


「ゾンビごときが何を……」





「初の戦利品としてはちょうどいいなと思って」



「_____かかれぇえええええええええええっ!!!!!!」




 _____無自覚で盛大に煽り散らかし、全員を逆上させたのであった。




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