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終わりも、始まりも、序章に過ぎず



「ルイねーちゃん。いっこだけわかんないんだけど、◯◯◯(ピーーー)ってどういう意味?」


「ねえフニ、逆に聞きたいんだけどさ。ボクが半分以上わからなかった生々しい猥談(わいだん)を、2コ下の君がその単語を除いて理解出来るってどういう事?」



 そんな会話が交わされる、事後処理の光景。


 爆誕変態カップルに惚気話を(オーバーキル)され、主犯格の1人であるアーノルドは真っ白に燃え尽きた。

 10年間マリィのためだけに準備してきたものを、一瞬にして全否定されたのである。一般的なアプローチをしなかった自業自得感も否めないが、境遇から考えると仕方なかっただろうに。惨い。

 さっきまでは「女の敵、もんじゃになっちゃえ」ぐらいに思っていたルイだったが、今は哀れな目で見つめる事しか出来ない。それぐらい不憫だった。


 そんな彼女のもとに、件の中心人物である変態駄メイドのマリィが駆け寄ってきた。どうやら、主人であるバルディアスとの状況確認を終えたようである。

 彼女はルイの前で(うやうや)しく跪き、両の手でスカートを摘んで話し出した。



「お嬢様、この度はご回復おめでとうございます」


「あ、うん、ありがとう……いつものマリィなら感極まって泣き出すか、信じられないって顔で私を休ませようとするかなーと思ってたんだけど」


「そうですね……かつてがむしゃらにお嬢様を守ろうとしていた、未熟な頃の私ならそうなっていたでしょう。

 しかし今の私には、心の底から頼れる相手、『真実の愛』が存在します」



 そう言ってわずかに振り向いた彼女の背後では、領主が巨馬にバックブリーカーをかけているのが見えた。恐らくこの非常時に情事をかましていた事で、お仕置きをくらっているのだろう。体格差はあっても身分差は覆せず、スタボロスは大人しく喰らって白目で泡を吹いている。



「そして、今回の件で確信しました。お嬢様が一方的に護られる事を良しとはなさらない事……隣に立ち、共に歩みたいと思える方を求めていた、という事を。

 お嬢様にとってそれが、ケロック・クロムハーツ様なのですね」



 マリィが視線を向けるその先に、今回の功労者であるゾンビの少年がいた。魔王デウスが力を使い過ぎた反動から、自力で元に戻れなかったらしい。あーでもないこーでもないと金色の骨を床に並べている。



「……あの方には、失礼な事をしました。こうしてお嬢様の健やかなご尊顔を拝謁出来るのも、あの方のご助力が無ければなし得なかった事です。

 ケロック様を信じて選んだお嬢様のご慧眼を疑ってしまい、数々の無礼を働いた事、誠に申し訳ありませんでした」



 そう言ってマリィは深々と頭を下げる。

 普段の彼女からは想像もつかない落ち着き払った姿は、元々備わっていた色気と美しさを、よりいっそう引き立てていた。


 精神面の劇的な変貌はルイも大概だったが、その姿を前に驚きを隠せず、返す言葉が見つからない。

 横で見ていたフニランは、『兄と義姉の仲を引き裂こうとする痴女』だと思っていたマリィへの認識を、『大人の魅力溢れるお姉さん』に上方修正したようだった。



「『真実の愛』を知った今ならわかります。お嬢様のパートナーはあの方以外にあり得ません。

 それが例え、お嬢様と無精夢精の中で長時間2人きりであったとしても……お嬢様の艶やかな肢体に手を触れたとしても…………やっぱり一度内臓をバラして、そこの骨と一緒に並べましょう」


「それはさすがにやめようか」



 マリィはやっぱりマリィだった。ケロックがルイにした事を思い返して、笑顔で血涙を流している。ルイにも思うところはあるが、マリィの提案したスプラッタはさすがに看過出来なかった。


 それだけ周囲に影響を与えておいて当のケロックは、デウスに喚かれながら我関せずと言った様子で骨格パズルを続けていた。



「大腿骨が左右逆じゃないかい!? 考え込んでないで集中してくれたまえよ(チミ)ぃ!!」



(さーて、どうやって面倒な褒章を避けようか)


『これだけ首を突っ込んでおいて、無責任にもほどがありませんか』


(善意だったのは否定しないけど、優秀な身内が増えれば僕が働かずに済むじゃない)


『クズ極まってますね。死んでも自らの足で歩こうとするゾンビの方が、まだ勤労意欲があります』


(僕もゾンビだもーん)


『なるほど、種族を【死体】に変えときます。どうせ動がないのですから』


(ごめんて)



 そんな軽口を叩き合う中で、スキル【天の声】は考えていた。


 ケロックの思考や感情を読み取れる【天の声】は、今話した内容が主の本心である事はわかっている。

 しかし【天の声】には、ケロックも自覚していないような無意識を正確に捉える機能は無い。せいぜいが心音や呼吸など、肉体的な反応から感情を読み取り推測する程度である。



(ケロック・クロムハーツ。あなたはあなたが思っているよりも、救いの手を伸ばさずにはいられない苦労症のお人よしです)


(あなたは面倒と言いながら周囲を避ける事で、迷惑をかけずにいられるとお思いでしょうが、実は常に自分の在り方に疑問を持ち、正しさを追い求めています)


(何より今のあなたは、ルイジアナのそばにいたい、彼女のための自分でありたいと、本能的に思っている)



 自分で気づけるまで言いませんけどね……と、【天の声】は仮想脳内で付け加える。本人に伝わらないように。



 スキルである【天の声】はさらに考える。

 宿主の心の変化に“喜び”を見い出している自分がいる事。


 そして、人間の意識をスキルに出来る事が、オルディナを使って証明されてしまった事を。


 宿主の存在と言い、謎は深まるばかりだ。





 その時、屋敷のどこかから何かが割れて、崩れ落ちる音が響いた。

 いち早く反応したのは、我らが領主バルディアスである。



(ふむ)? 屋敷の仮復旧をせねばなるまい。クリストフ、早速手配を」


「承知致しました。しかしデウス殿によると、骸骨兵は鉱石から生成されるそうです。石壁や大理石の床などに被害が出ているようですから、完璧に修繕となると……」


有無(うーむ)、一部区画は建て直しの方が早いか? 様子を見にいかねばな」


「お父様、ボクも瓦礫の撤去作業を手伝いたいので、一緒に連れてってください」


「なるほど……病み上がりで済まないが、緊急時で人手も足りぬ。ルイよ、頼めるか」


「はい! 今のボクならきっとお役に立てます!」


(うむ)! であれば一度、外から様子を見てみるぞ!」



と言った感じで、屋敷の責任者を中心にテキパキと事後処理が進行していった。

 スキル【天の声】はその様子を見て『そう言えばもう1人の主犯格がまだ確保出来てませんが……』と思いつつ、あの状態から出来る事などたかが知れてるので黙っておく事にした。



 果たして、誰が予測出来ただろうか。

 この見落としが、次なる惨劇の引き金になる事を。


















「_____グッ、ゲホッ、ひぃ……ヒィーッヒッヒッヒ!! 死ぬ気で頑張ればなんとかなるもんですねぇ!!!」




 果たして、もう1人の主犯格であるウェルムートは、絶対絶命の危機を脱していた。



 上は部屋いっぱいの骨のプレッシャー、下は崩壊寸前の床という状況。

 呼吸もままならない中でカウントダウンが進み、ついにその時は訪れた。


 大理石の床が崩壊し、真っ先に落下する中で彼が選んだのは、半球状の聖属性魔力障壁【聖櫃(あーく)】だった。

 重圧から解放された瞬間、めいっぱい肺に空気を送り込み、パフォーマンスを上げるために省略をせず、早口で一気に詠唱。完璧な状態で結界を発動させる事に成功した。

 受け身がまともに取れず背中を強打したが、ゾンビも驚く生への執着により気絶を回避。後から降り注ぐ瓦礫と骨の雨も、火事場の集中力で結界を維持し耐え抜いたのだった。



「数多のクソ野郎の靴を舐めケツを舐め、伊達に権力闘争を生き抜いてません!! 護身の魔術だけは徹底して鍛えましたからね!!!」



 己の生き汚なさを独り言で(まく)し立てたウェルムートだが、依然ピンチな事に変わりはない。ひとたび結界を解けば、再び骨の山が降り注ぎ彼を押しつぶすだろう。



「万が一のためにと“あのお方”から渡されていたもの、使うとは思ってませんでしたねぇ……ウップ」



 そう言ってえずいたウェルムートの口から、2cm程度の小さな水晶玉が吐き出され、顔の横に転がり落ちた。



『_____進捗はいかがでしょうか』



 水晶玉はどうやら何らかの通信魔道具らしく、落ち着き払った若い男性の声が聞こえてくる。



「申し訳ありません、失敗しました…… 約束通り、“合図”をお願いします」


『……承知しました。後はお任せください』



 ウェルムートは再び勝利を確信した。切り札は骨の軍勢だけではなかったのだ。



(中央政府との繋がりを得るために連絡を取り合っていた“あのお方”。もしもの時のためにと協力を願い出て正解でしたね!! さすが私!! 反撃の時間ですよ!!!)



『ああ、そうだ。ウェルムート神官長殿』


「あ、ハイ! お呼びでしょうか!!」


『その通信魔道具、新しく開発した緊急用でして』


「ええ、ええ、存じておりますとも!! 短時間一度きりしか使えませんが、コンパクトでありながら送受信範囲と精度の高い優れ物!!

 このような貴重な品を与えてくださったあなた様に、私は絶対の忠誠を誓いましょう! なので計画が成就した暁には、私を新政府の_____」






『それ、使()()()()()()()()()


「_____は?」



 キィイイイイイイィ   と。

 耳をつんざくような起動音。


 言葉の意味を理解する前に、水晶から目を潰さんばかりの輝きが発せられ、ウェルムートの視界を白く塗り潰す。



『人ひとりは確実に消せる威力です。本来は密偵が最後の手段として使う物でして、情報漏洩に対する防衛措置ですね』


「えっ、待って」


『あなたの働きは無碍にしません。歴史の影にではありますが、“この後起こる大事件の首謀者”として、必ず記録に残るでしょう。


 それでは、ご苦労様でした』





 水晶玉が砕け散り、ウェルムートの意識が閃光に吹き消される直前。


 最後に、光の向こう側から聞こえたのは__________()()()()()()だった。
















 


 どぉん……という、小さな地響きを全員が感じ取ったのは、屋敷の状態を確認しようと外に出た時だった。



「今の……崩壊音じゃありませんな」


「ボクの寝室の方…………あっ、まだウェルムート神官長がいたはず」


「まだ懲りずに襲撃を続ける気か! 往生際の悪い!」



 既に後処理に回ろうとしていた矢先、油断していた一同は再び色めき立つ。


 そんな中でもケロックは、『自分の仕事は終わった』とばかりに相変わらずの傍観を決め込んでいたが、慌ただしい集団の中で唯一離れて立つ人物に目をとめた。妹のフニランである。

 彼女は内周の崩壊した城壁の裂け目を見上げて呆然としている。恐らく骸骨達の素材にされたのだろう。ぽっかりとした隙間が空いており、修復に時間がかかりそうだ。



「フニラン、大丈夫?」



 フニランの性格を考えると、今さらこの程度で同様するとは考えにくい。妹の無事を改めて確認するためにも声をかけてみた。

 しかし、フニランは目と口をぽかんと開いたままケロックを一瞥し、裂け目に視線を戻してそのまま指を差した。心なしか震えているようだ




「…………おにーちゃん。あれ、なに?」












 その光景をなんと表現したら良いのだろうか。


 先の結界【聖櫃(アーク)】のような、ドーム状の光の障壁。そんな物が、トッカータを囲む森がちっぽけに見えるほどの高さで佇んでいた。

 光の障壁と言っても、その色は極彩色に渦巻く色水のように濁っており、透明度が低すぎて中の様子を窺う事が出来ない。

 空と森の境界線が消えて、異世界の血管を丸ごと抜き出したような、そんな異物感だった。





(_____そんな馬鹿な)



 ケロックの胸中に、言いようのない不安が押し寄せる。動かないはずの心臓が早鐘を打つような錯覚さえ覚える。

 何かの間違いであって欲しいと、願わずにはいられない。








 


 ばつん    と。




 ドームが消失した。





 再びフニランの方を見ると、指を差した形のままこちらをじっと見つめてきていた。

 呆けたような表情は困惑と不安で歪み、瞳孔を開いて揺れる目に涙が溜まっていた。



 そして、兄ががあえて口にしなかった事実を告げてくる。





「_____ねえおにーちゃん、あっちって東だよね? ()()()()()()()()!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!?」








 ひゅごっ    と。


 一陣の突風が通り過ぎた。

 ドームがあった場所に、引き寄せられるように。




 その暴力的な風の強さに、その場にいた誰もが身を強張らせる。さすがに人や石材は飛ばないが、屋根の一部が剥がれたり木材が飛んだりとそれなりの被害が出る。幸い、彼らから怪我人は出なかったようだ。





()ゥ、何事だ!!」


「わかりません、ただの突風でない事は確かです」


「さっきの衝撃と関係が?」


「ケガ人はいないか!」


「こっちは無事です!!」



 さらに動揺の波が広がり、全員が血走った目で周囲を見渡している。明らかな異常事態なのに、確認すべき場所を特定する事が出来ず、その場で身構えるばかりだ。



「バルディアス様! 緊急事態です! 」



 そんな膠着状態の中、彼らに向かって1人の兵士が駆け込んで来た。外の様子を確認するために、見張り塔に先行していた男だ。



「慌てるな! いったい何があった!!」


「先ほど、と、東北東の方角で、正体不明の巨大な光の球体が発生!! 距離はトッカータより遥か先でしたが、大きさは目測で数kmを超えていました! 先ほどの突風は、球体が消失した直後に発生していたようです!!」


「何!? 東門の見張りは!」


「つ、通信が途絶えており、確認が取れません。しかし、西門から別の報告を受けています!」


「んん? なぜ西門なのだ」


「こちらは恐らく別件、ですが……タイミングを考えると関連性が……ない、とは、言い切れません……そして、西門ですが_____」




 立て続けに起こる異常事態に困惑しつつも、兵士は唾を飲み込みながら意を決して、報告を続ける。


 いったい何が起こっているのか。





「_____大峡谷を越えて……いるんです……帝国の、軍。……5,000……たぶん、もう、これは…………“戦争”です」






 わかるのは、一刻の猶予もないということだけだ。



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