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キノコタケノコ論争

※センシティブ注意

※トラウマ表現注意

※異種族間恋愛注意

 時は辺境伯邸が無数の骸骨に占拠されていた頃まで遡る。




「……うぅううあっ、あぐぅっ、私は、マリィはメイド失格ですぅううううう!!」



 王国の最西端の街、アイゼンヴァルト辺境伯領トッカータ。その東側に広がる森の中で、マリィは咽び泣いていた。


 彼女は己の性癖の歪みを自覚している。愛しのお嬢様に対して抱いてはならない感情を、日々押し殺している。

 本当にどうしようもなくなった時は、こうした人目につかない僻地などで自慰に耽るのだ。物理的に距離を取らないと、どうにかなってしまいそうだったから。



「ずっと我慢してた、上手くいっていた。それなのに……夢とはいえ、私はお嬢様に何をしようとした!?」



 何というか、“ナニ”である。


 ケロックのスキル【超高速脳内会議】には、他者と白昼夢を共有する機能が備わっている。ここにルイが参加し、魂レベルの交流を図っていたわけだが、マリィは主人の貞操の危機を察知し、強制的に割り込んでしまった。

 その結果、夢の中でまともに意識を保つ事も出来ず、胸の中でせめぎ合っていた欲望が噴出し、恥辱の限りを尽くそうと画策したのだ。未遂とはいえ、到底許される事ではない。



「わかっている……私を陵辱した男どもの呪いが、その後に犯した私の業の深さが、私をそうさせている……今までが奇跡だっただけ_____ふぐっ!?」



 それは突然訪れる。自分など軽くひねるほどの大きな手が、己の身体をいやらしくまさぐるような感覚。幼い頃の実体験が甦り、こうして精神を蝕んでくる。



「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!! 大きい人イヤ、怖い人イヤ、痛いのも熱いのもイヤぁあああ!!!!」



 悲痛な叫びが森の中にこだましていく。森の外にいる領民達にも聞こえているだろうが、彼らも深くは介入しない。彼女の境遇は周知の事実だし、無闇に手を出せば逆効果になることを知っているからだ。


 マリィが仕える屋敷には、主人を含め立派な体格の男性が何人も住んでいる。それでもそばにいれたのは、彼女が成人男性に感じていた忌避感と嫌悪感を、彼らから一切感じなかったからだ。


(もう、大人から逃げる必要はない。誰も自分を傷つけないのだから)


 それを理屈で理解し、心から納得する事で、新たな一歩を踏み出せたはずだった。

 しかし、どれだけ納得しようと“記憶”は許してはくれない。自らが受けた被害を学習し直そうと防衛本能が暴走し、結果、フラッシュバックが発生する。



 そして、自分の身体が『自分を傷つけない子供』を求めていることを自覚し_____




「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



_____再び、行き過ぎた罪悪感が押し寄せてくる。








 ふと。




 マリィの目の端に映る、大きな影に気づく。




 辺境伯家に仕える巨馬の魔族、スタボロス。


 彼女が外出するたびに、いつも付き合ってくれる存在。あらゆる塀や柵を飛び越え、どこへでも連れてってくれていた。今もこうして自分が荒ぶっている様子を、少し離れた場所で背を向けて耳を傾けている。


 スタボロスは、変態だ。

 ことあるごとに下ネタを吐き散らかし、老若男女分け隔てなくセクハラ発言をかます。場を弁えず問題となった事で戒めようとも、それすらご褒美になってしまうという筋金入り。


 しかし、彼は紳士だ。

 性的な発言以外では徹底的にパーソナルスペースを侵さず、猥褻(わいせつ)行為に走ることは一切ない。身持ちも固く、マリィが仕えてから誰かと肉体関係を持った様子も見られなかったし、そんな噂も聞いた事がない。



 かつて魔王に魔将として仕えていた、高位の魔族。

 そんな彼がなぜ、猛将とはいえ人間の貴族を乗せる馬になったのだろうか?

 いつもの変態的な言動の裏に、どんな感情を秘めているのだろうか?



「……スタボロス様」


「おや、マリィ殿。どうかされたかな?」



 声をかけると横顔だけ振り向いて、先ほど自分が陥っていた状況が何でもないことのように、いつも通りの調子で返事をされた。



「あなたと初めて会った時の事を思い出してました。

 確かあなた私を見て、『お嬢さん、そのままでは寒いですぞ? 早く馬車に乗りなされ。なんなら今夜吾輩の上に乗ってくれてもギブギブギブッ!!!!!!』ってセクハラかまして、お館様からヘッドロック喰らってましたよね」


「ハッハッハ、一言一句覚えてらっしゃるとはお恥ずかしい。あの時は不躾(ぶしつけ)な発言をしてしまい、申し訳なかったですなぁ」


「あの時の発言……私とそういうふうになりたいと、思い、ます、か?」



 思わず声が震えてしまった。それもそう、相手は人間でも馬でもない魔族なのだ。その身体は屋敷にいるどの馬よりも大きく、肩と大胸筋が発達しているため横にも広い。

 まるで自分が子供になってしまったような錯覚を覚えて、幼い頃の恐怖心が再び首をもたげる。



「ふーむ? 確かにマリィ殿は魅力的なレディであり、吾輩(ワガハイ)にそういった願望がなかったと言えば嘘になる……が、本意ではありませんな。あれは場を和ますジョークというヤツですぞ」


「ではっ、こうして迫られればどうでしょうか? 『私を好きにしても良い』、と……」



 マリィは意を決して近づき、その丸太のような大きな前脚に自分の細い腕を絡めて抱きついた。

 先ほどのパニックにより胸元がはだけており、疲労からくる荒い吐息が、より彼女を煽情的に魅せているようだ。



「まっ、マリィ、どの? 健康的なサイズの2つのアレが、当たってますぞ?」


「あら、反応しないわけではないのですね? どうでしょうか……あなたの力ならこんな矮躯(わいく)など、この荒れた地面に組み敷くのは容易でしょう?」



 自分は何がしたいのだろうか? このまま襲われ無理矢理既成事実を作り、彼も自分が忌み嫌う男どもと同じであると証明して、何になるというのか?

 マリィ自身にもわからないし、さらにトラウマを掘り返す事になるかもしれない。


 それでもマリィは、好奇心が抑えられなかった。足の震えに反して目が血走り、何かを期待するような蠱惑的な笑みで、さらに呼吸を荒くする。

 もしかしたら、自分の何かを壊して欲しいという破滅願望かもしれないし、なんなら既に壊れている可能性もある。




 そんな彼女の破戒的な魅力に、スタボロスは緊張を隠せない様子だったが、やがて深いため息を1つつくと、目線を外して正面を向き話し始めた。



「……吾輩(ワガハイ)はスタボロス。かつて変態魔王オパンティに仕えし魔将の一柱であった」


「……存じております」


「彼は当時の我にとって仕えるべき主君であり、同好の士でもあった_____【ハーメル事変】が起きるまではな」


「ハーメル事変、ですか」



【ハーメル事変】とは、30年前に発生した大規模な行方不明事件である。

 ある日、南のハーメル大陸にある、所属国も立地もバラバラな9つの街で、スラムや孤児院の子供達が全員、こつぜんと姿を消した。


 違法な奴隷商人の仕業か、はたまた魔物が攫ったのか。目撃者も証拠もなく、あまりにも不可解かつ理不尽な出来事に、当事者たちは嘆き悲しんだのだ。

 事は国際問題にも発展しかねなかったために、同盟が組まれて慎重な調査が行われた。中には同盟が間に合わず暴動や内乱が起きた国もあった。


 犯人が見つからないまま7日が経ち、あわや国家間の戦争に発展しかけたその時、草原を放浪する民族が、霧の中で子供たちを発見し保護したのだ。


 子供達の人数は1,000人を超えていたが、全員の無事が確認され帰還を果たす事になった。

 ただし、帰ってきた子供達はなぜか、一定の教育を受けたかのように全体の識字率を上げていたそうな。


 真相は未だ不明、歴史的な怪事件である。



「この事件を重く見た諸外国は、孤児院の運営補助金の増加や貧困対策の強化など、抜本的な政治改革に動いたのでしたね」


「結果的には良くなったように見えるが、事件の動機は非っ常ぉおおおおにくだらないものだ。我が元主人の仕業だったからな」


「魔王の仕業だったんですか!?」


「変態魔王オパンティはその名に恥じぬ変態だが、相手に深い愛情を注ぐ人格者でもあった。『世界中の子供達が安心して大人になれるユートピアを作る』と豪語し、国家事業として本気で実現したのだ」



 そうして地下の帝国に設立されたのは、児童保護施設を兼ねた超巨大なテーマパークの街だったそうだ。

 飢えることなく、働き、学び、遊ぶ事ができる。夢のような場所だったらしい。



「そうして、彼の得意技である【催眠光線】で孤児達を引き連れ、世界中を転移しながら集めたのだ」


「なるほど……私なんかではとても測れない、立派なお方だったのですね」


「いや、何も変わらぬ」


「えっ?」


「ヤツはその愛ゆえに気づいたのだ。自らが子供達を毒牙にかけてしまう脅威である事を。どんだけ理知的でいようとも、歪んだ性愛を持つ己では衝動を抑えられぬ事を。

 自害しようとするヤツを、この蹄で何度殴って戒めた事か……」



 そして7日目にしてついに、魔王は正直に子供達へ打ち明けた。自身が罪を犯さぬよう自白する事で、愛する子達を守ろうとしたのである。



「子供達は賢明であり、純粋だった。過酷な環境で育った彼らはすぐに事情を理解してくれたが、魔王からの恩に報いたいと言って身を捧げようとする子まで現れたのだ。

 そんな事を慈悲深い魔王が許すわけがない。彼はもう一度催眠光線を使って子供達の記憶を消し、一目につく安全な草原に解放した。

 マリィ殿。彼はあなたと同じように、守りたいもののために自分と戦ったのだ」


「自分と、戦う……私と同じ?」


「そうだ。なぜ辛いのか? なぜ苦しいのか? それは戦っているからであり、逃げないからだ。

 己の悪しき感情と向き合い、線を引き、正しく昇華させる。それが当たり前に出来る者は多いが、難しくなるほど歪んでしまった者も無数に存在する」


「……魔王様は、その後どうなったのですか?」



 話の中に救いがあるような気がして、マリィは話の続きを迫った。スタボロスはそれに応える。



「彼は、魔を統べる任を降りて地下帝国を解体し、そのまま旅に出た。『健全な精神と真実の愛を探してくる』とだけ言い残してな」


「健全な精神……真実の、愛」


「正直言うと、歪んだ彼がそれらを手にする可能性はゼロに等しい。ただ彼は、生きる事を選んだ。何度失敗しようと、歪みとの付き合い方を模索し続けるであろうな」



 その選択は、マリィにとって衝撃的な価値観だった。


 大人の歪みで被害を受けた彼女は、別の歪みを抱えて周囲に影響を与える。だからこそ断ち切るべきだと考えていたし、消し去るべきだと信じていた。

 そのために、この命を終わらせる事も厭わないと。



「歪みと向き合う? 歪みと生き続ける? この“呪い”と?」


「そんなに意外であったか? マリィ殿、あなたは常に目の当たりにしてるはずだ。祝福は得てして呪いに転ずるという事を」



 言われて思いだしたのは、マリィにとって最も愛すべき主人、麗しの令嬢であるルイジアナの存在。

 自身を守るはずのスキルが、自身と周囲に被害を及ぼす様を、彼女はずっと見てきたはずだった。



「能力だけではない。ご令嬢も内に秘めた葛藤で精神をすり減らしてきたはずだ。そして今、己の欠点や弱さの全てを強みに変えようと努力してらっしゃる。

 意思ある者はみな、胸の内に呪いを抱え、それを踏まえるなり乗り越えるなりして力に変えている。

 それは己の過去を乗り越えて主人を守ろうとするマリィ殿も、同じだと思いますぞ?」


「……スタボロス様はその価値観に至るまで、どれだけの時を過ごしていらっしゃったのですか?」


「実年齢はチェルーシル殿と同年代だった記憶がありますな。人間換算だと30そこそこですかな? 長命種は齢を数えるのも億劫(おっくう)で、ハッハッハ」


「……そうですか、わかりました」



 マリィは表面上落ち着いた様子で、絡めた腕を解いてスタボロスの正面に回り込んだ。



「……えー、マリィ殿?」


「スタボロス様、抱いてくださいませ」


「んなっ、何を!?」


「私、あなたの事を知りたくてたまりません。見た目だけではないその度量、懐の広さ。そこに至るあなたを形作った全て。あなたを知れば、私の中で歪んだまま固定化された“大人の男”というものを、払拭出来るかもしれない。協力してくださいませんか?」


「いやいやいや順序!! 抱くは流石にショック療法が過ぎますぞ!?」


「確かに、これは賭けです。そして今からすることは、私マリィが今の状態に至る、最初の行為の再現。荒療治かも知れませんが、この機会を逃したくはないのです」


「そんな自暴自棄な……」


「そんなに魅力がありませんか? 確かに20後半の行き遅れた身ではありますが……ああやはり、()()()()()()()()()_____」








 最後まで言えなかった。



 マリィの背中に、丸太のような馬の前脚が回され、全身がその分厚い胸板に引き寄せられたからだ。


 その瞬間、彼女の身体にいやらしくまとわりついていた無数の手の幻覚は、綺麗さっぱり吹き飛ばされた。



「済まない。言わせたくなかった」


「……いえ。こちらこそ、ご不快な思いをさせてしまいました」



 この腕は、自分を傷つけない。むしろ守ろうとしてくれている。包み込んで、癒やして、慰めてくれている。

 その感覚で頭と胸がいっぱいになり、負の感情が入り込む余地がない。初めての体験だった。


 マリィが知らなくて当然である。本来なら子供の頃に、親の手によって叶えられたはずの安心感だ。

 そして大人になった者が、恋人の手によって回帰する体験だ。



「受け入れて、くださるのですか?」


「ここまで迫られて、何もせぬでは男が廃る。これもまた『向き合う』という事に他ならない。その後も引っくるめて、向き合ってみせる。

 しかし、マリィ殿は良いのか? 比べるものでもないが、吾輩の禁欲も20年を下らない。手加減出来るか……」


「何を今さら……いえ、改めてお願いしましょうか」



 心臓の鼓動が激しく脈打ち、互いの身体に響いて鼓膜を震わせる。


 今にも破裂しそうな胸の上、マリィは上目遣いの潤んだ瞳で懇願した。





「過去、価値観、そして身体……あなたの全てで、私の全てを_____壊してっ」





 それは、囁くような殺し文句だったという。


















「_____そうして私達は結ばれました。この方の〇〇(ピー)が私の(ピー)〇〇(ピー)された時に響き渡る、脳天を貫くような〇〇(ピー)は極上の〇〇(ピー)で……」


「何をおっしゃるか! マリィ殿の〇〇〇(ピー)も相当な〇〇(ピー)でしたぞ! やはり馬とは尻に敷かれるもの……彼女の〇〇〇〇(ピーー)には叶いませぬ」


「スタボロス様、謙遜なさらないでください。あなたの〇〇(ピー)はその辺の〇〇〇(ピー)とは格が違います。なのであえてこうお呼びしましょう_____『タケノコ様』と」





「_____もうやめてくれぇえええええ!!!!!!」






 本日何度目になるだろうか。

 鶏の首を絞めたかのような、振られた男の慟哭が大広間に響き渡った。

ノクターン行きにならない事を祈るばかり……

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