おかたづけ
「やっ、やめたまえっ……復讐は何も生まん!」
「はーいケロックー吐いちゃえーぜーんぶ吐き出しちゃえー」
「おーろろろろおぼろぼろおろりんちょ」
「ヤメテェーッ!!!」
寝巻き姿の中性的な少女がゾンビ少年の背中をさすると、むくつけきイケメンマッチョな青年にキラキラエフェクトが降り注ぐ。ニワトリが首を絞められたかのような悲痛な叫びが、大広間にこだましていた。
いったい何があったのだろうか。アイゼンヴァルト辺境伯邸襲撃事件は唐突に終わりを迎えていた。
主犯格であるアーノルドは、あの大地を砕くようなかかと落としで地面にめり込んだ後にすぐさま復帰したが、気づけば青や紫を通り越して黒い顔になったケロックの吐瀉物を浴びる羽目になっている。
その様子を見ながらタオルで汗を拭いているのは、我らが領主であるバルディアス卿だ。六属性に及ぶ攻撃魔法や強烈な殴打を喰らっていたはずだが、その身体には傷ひとつない。「風ぅ〜いい汗かいた」と言わんばかりの風体である。
「なぜだ、なぜ誰も自分を助けない! 骸骨兵たちよ!!」
アーノルドが呼びかけるも骸骨たちは一切応じず、執事であるクリストフの的確な指示のもと、使用人たちに混ざって後片付けやケガ人の介抱を開始していた。異様な光景である。
「大人しくしてください。あれだけの事しておいて、かかと落としともんじゃスプラッシュだけで済むと思わないことだ」
「おろんちょおろろん」
「も、もう抵抗する力などない! 膝も立たぬし、魔力も空だ! この通り全面的に降伏する!!」
【手加減EX】で手心加えられたとはいえ、脳震盪は免れなかったようだ。立ち上がる事も出来ずに無抵抗でパーティクルを浴び続けている。
そもそもバルディアスとの魂と肉体のぶつかり合いのおかげで、野心や傲慢さといった毒気はすっかり抜かれてしまったようだ。声を荒げつつも意気消沈といった様相である。
彼の本気の反省を見て取ったルイは、仕方がないとばかりに背中をさする手を止める。
「まあ、この後の処遇はボクが決める事じゃありませんが……お父様?」
「我は不問と致す! あとはルイや使用人達が禍根なきよう、好きにすると良い!!」
「だそうです。さすがに甘過ぎると体裁が立たないので、こっちで決めますね。
ケロック大丈夫?まだ顔色悪いよ?」
「だいぶスッキリした。顔色は元から」
「そっかそっか〜…………後でゆっっっくりお話ししようね?」
「うっぷ」
逃がさんぞとばかりの笑顔を向けると、ケロックは空っぽの胃から何かが込み上げているようだ。
ルイにとっては命の恩人以上の存在だが、それはそれ、これはこれ。許すつもりは毛頭ない。
「さて、色々と片付けなきゃいけない問題はあるけど、気を取り直して…… お父様っ!」
「ルイ! 見違えたぞ!」
ここに来てようやく、父と娘による感動の抱擁である。満面の笑みでロケットのように飛び込むルイを、バルディアスの分厚い胸板が難なく受け止める。
「今のタックル、素晴らしい……これがケロック君の治療の成果か!!」
「これでボク、戦えます! お父様とどこにだって行ける! 育ててくれた恩に報いる事が出来る!!」
「ああ、わかっているとも……だが、せっかく手に入れた健康体だ。既に我の庇護下で暮らす気はないのだろう?」
「あっ……ごめんなさい。そばで支えたい人、が、いて……」
父の問いかけにルイは言葉を紡いでいくが、その意味を噛み砕くと気恥ずかしさが勝るようで、声が徐々に小さくなり顔から湯気が吹き出していく。
その様子を見て、バルディアスは笑顔で涙をこぼした。
「立派になったな。我らがアイゼンヴァルトの血筋に相応しい、強靭な精神の持ち主になった」
「ちっ違います! お父様も含め、皆の献身がなければこうはならなかった!!」
「謙遜するな。全てを力でねじ伏せてきた我とは違う、動けぬ身空で当てのない機を窺う事の苦悩、想像を絶する。歴代が通らなかった障害を、お前は乗り越えたのだ。誇るがいい」
「……恐悦、至極にございます」
父から身を離して後退り、令嬢のカーテシーではなく、騎士の礼でもって首をたれる。今の心情に1番近い形として、体の赴くままの行動だ。
父が愛する娘として溺愛してた頃よりも。
娘が甘えるべき父として縋ってた頃よりも。
互いを近くに感じ対等になれた事への、喜びに溢れた瞬間だった。
「_____さて! これからさらに忙しくなるな!!」
「あっ、そうだ。これってどういう状況ですか?」
喜びを分かち合うのもそこそこに、空気を切り替えて話し始めるバルディアス。そんな父にルイは、現状の説明を求めた。
「どうしたもこうしたも、我とそこの小僧との一騎討ちよ! 軽く撫でてやったがな!!」
「いやいやいや、それだけで説明つかないでしょ。なんでみんな無事なの? あの骨たちはもう無害でいいの?」
そういってルイが指し示す方では、手傷を負ったルシルが使用人達の手当てを受けており、その横で骸骨たちが瓦礫や仲間の残骸を運んでいた。ルイが知る限りの経緯を考えるとあまりに不可解な光景である。
「それについてはワシが話そうかの」
そんな彼女に歩み寄ってきたのは、1人の銀髪の老人だった。
ガルド・ローエン・アイゼンヴァルト、ルイの母方の祖父である。
この屋敷でトップを争う卓越した戦闘能力の持ち主だが、この襲撃中は一切姿が見られなかった人物だ。いったいどこで何をしてたのか。
「……お祖父様、それはなんですか?」
ルイが指摘したのは、老人の手に提げられたトランクケース。なぜか「しくしくしくしく…」とすすり泣きが聞こえる。おかしい。明らかに人が入るサイズじゃない。
「元凶に心当たりがあってな。少々時間はかかったが、この通りよ」
そう言って解錠し、開かれるトランクケース。
そこから、眩いばかりの黄金の光が飛び出してくる。
姿をあらわしたのは_____
「しくしくしく……うん? ぁあっ!? そこにいるのはケロック君じゃないか! 1年半ぶりぃ!!」
全身オリハルコン製の黄金ボディ。
神代の魔王にして、旧神の眷属。
ケロックにスキル【骨生成】を授けた怪人。
その名も【骸骨人形デウス】。
そんな存在がバラバラに分解され、ケースの中に綺麗に収まっていた。
(無視しよう)
『無視しましょう』
ケロックと【天の声】、一致団結。
返事はしない。ただの屍のようにな。
「おいおーい、無視しないでおくれ? 君とオイラとの仲じゃないのぉ! カーカカカカぁ!!」
「うるさい骨じゃな」
「ああ待ってガルド君! 閉めないでお願 (パタン)」
状況を見ず騒ぎ立てる金の骨に対し、ガルドは無情にもトランクのフタを閉め直した。
引き続き老人の説明が続く。
「コイツは魔王デウス。見ての通り悪いヤツじゃない、ただの阿呆だ。あの生臭坊主のウェルムートに誑かされおっての。骸骨たちもコイツの仕業だとすぐに気づいた」
「で、探し出して無力化したと?」
「穴掘りが得意だからな。アーノルドとウェルムートともども、コイツを使って侵入したんだろ。普通に中庭でウロウロしておったから、関節外して詰め込んでやったわい」
簡単に言ってのけるが、デウスはこんななりでも魔王である。
骨の可動域を最大限活かして戦う武術の使い手であり、全身オリハルコン製というスーパーハードボディの持ち主。さらに自分の目に見える範囲なら瞬時に【骨生成】を使い、【骸骨軍勢】で敵を無力化する化け物だ。
そんな存在の関節を外し、余さずトランクに収納するなんて、どういう技術なのか。この老人、ますます人間離れしている。
トランクの中身は、しばらく何かを喚いていたが、再びしくしくとすすり泣きを始めたようだ。
「お、静かになったな。開けるぞ」
「……う〜〜〜、オイラ、ここの悪徳貴族がアンデッドに洗脳されてるって聞いてぇ……そーゆー事ならって言って手伝っただけなのにぃ……ケロック君だってわかってたら襲ってないよぉ……」
「ケロック、このー……人? 知り合い?」
「知らない。高く売って賠償金に充てさせよう」
「相変わらずスカしてるなぁ君はぁ!!」
「黙れ脳なし、206ヶ所巡ってマグマにぶちこむぞ」
「ざぁんねーん! 頭があれば周囲の素材で手足作りますう!」
「それって鉱物限定だろ? 今も革製トランクで封印されてるし、火竜のエサにすれば顔見なくて済むかな」
「ヤメテ!! オイラぁ人畜無害な魔王よ!!」
「……知り合いどころか仲良いよね君たち」
「あっわかるぅ!? マブダチなんだよねぇ!!」
「中身のないネタやめてもらって良いですか」
「今のスカルジョークじゃないよ!!??」
ぎゃあぎゃあ罵り合うゾンビとスケルトンの様子を見て、正体不明だがとりあえず大丈夫そうだとルイはひと息ついた。
その時である。
「_____おっじょぉっ様ぁああああ!!! ご無事ですかぁあああ!!!」
大広間に響く轟音。
大きな玄関の扉が蝶番とともに、バラバラに弾け飛ぶ。
「あなたのメイド戦士マリィ! ただいま推参っ!! お嬢様を泣かすワリぃゴはいねぇがぁあああ!!!!」
「アイゼンヴァルト家の特攻肉壁スタボロス!! 吾輩が来たからには、もう安心ですぞぉおおおお!!!」
筋骨隆々の変態巨馬と、その上に跨りククリ刀を振るう変態メイドが乱入してきた。
「これは……ホネ!? なんですかこの不埒なスケルトンどもは!! 我らが主の住処を荒らす不届きモノめらが!! よもやそこのゾンビ小僧の手引きですか!! 成敗いたします!!」
「なんとなんと!? 魔王デウス殿ではござらぬか!! なんとおいたわしいお姿に……いったい誰がこんな事を!! 魔将時代の恩を返すチャンス、草葉の影で見てござれ!! 仇討ちですぞぉおおおおお!!!」
相変わらずの被害妄想でケロックを黒幕に仕立てあげるマリィと、その勢いに乗っかり暴走するスタボロス。後者はデウスと知り合いらしいが、勝手に死んだ事にしているようだ。
今回の襲撃で保護対象の1人であり、行方が危ぶまれていたマリィ。今乱入してきた事によって、目の当たりにしていた者たちは皆呆然としていた。
ただひとりを除いて。
「まっ、まっままままっ、“マリィベル”っ!!!」
先ほどまで意気消沈していた青年。眼鏡はひび割れ、鍛え抜かれた足腰も役に立たない。
それでもアーノルドは、探し求めていた女性の真の名を叫んだ。
それを聞いたマリィが、動きを止めた。彼女を乗せた馬も空気を読んだのか、大人しく佇んでいる。
「……懐かしい呼び方……アーノルド坊ちゃま、ずいぶんとお久しゅうございます」
「マリィベル、私は…私はっ」
「冒険者時代の名は捨てました。どうぞマリィとお呼びください」
側から聞くと、古くからの知り合いである事がわかる2人の会話。しかし、ルイからすれば違和感でしかなかった。
婚約者候補としてアーノルドがルイを訪ねに来る機会は幾度となくあった。
しかし今の会話の流れだと、ルイ付きのメイドであるマリィとは一度も顔を合わせなかった事になる。
先ほどの決闘から、彼の目的がマリィである事は明らかだが、何か関係があるのだろうか?
『ここからは【オルディナ】さんが説明するよー』
(お母様、これはいったい)
『マリィちゃんが冒険者時代、若い男の子を食い散らかしてた事は知ってるよね?
それで訴えられて奴隷にされた時、当初の契約先がアーノルド君のお家だったんだよー』
(……まさか)
『そう。アーノルド君は、犯罪者【初物狩り】の最後の被害者』
それは11年前。冒険者“マリィベル”が最後に手をつけた子爵家の嫡男は、当時12歳の幼い少年だった。
些細な事から家出をして、初めての冒険者登録。憧れの旅の始まり。
思い知る己の非力さ。訪れる死の予感。
そこに颯爽と現れる、ククリ刀を持った女性。
その横顔が、今も彼の目に焼き付いて離れない。
素早く動くための軽装備と呼ぶには、露出が多すぎて目のやり場に困った。命の恩人だから、目を見て感謝を伝えたかった。
初めて感じた命の危機が、少年の心に少なからずダメージを与えていた。
礼も言えず、震えも止まらない。情けなくてしょうがなかった。少年のプライドはズタボロだったのだ。
そんな少年を、彼女は優しく抱きしめた。
その温もりと柔らかさだけで、負の感情は全て吹き飛んだ。
その日の夜の事は曖昧だが、感覚だけは忘れられない。全てが溶けそうで、信じられないほど想いと力が溢れる、そんな夜だった。
その感動を勢いあまって、子爵である父に伝えてしまった事も覚えている。
あの良からぬ事を思いついた時の下卑た顔を、それに気づいた時の自らの後悔を、今でも忘れられない。
ああ、父はあの人を、麗しのマリィベルを手籠めにしようとしている。犯罪奴隷の烙印を押し付けて。
更なる無力感が、“アーノルド少年”を襲った。
結果的に辺境伯の介入もあり、マリィベルは救われて父の計画は頓挫。父が女性に対して犯した過ちが芋づる式に露呈し、家は男爵位へと降格になった。
非力。無力。貧弱。無能。
全て己の弱さが招いたのだ。
強くならなければ。
父よりも、あの辺境伯よりも!!!
「_____だから私は鍛えたのだ。父を無力化し、弟も鍛え、私自身がマリィを……マリィベルを守るために!! あの日つかみ損ねた手を引くために!!!」
「アーノルド、様……」
「マリィベル、今や私は敗者だ。あなたが守るべき家を襲撃し、返り討ちにあった愚かな男だ。
しかし、あの日の後悔に報いると私は誓った!! あなたがこの手を取ってくれるのなら、私はまた立ち上がれる!! 全てはあなたのために!!!」
奇しくも、初めて会ったあの頃と同じだった。力及ばず、ボロボロになった姿の彼の前に、颯爽と現れる美しい女性。
どんな結果になろうとも、もう後悔したくはない。
アーノルド・エデル・ローベン。漢一匹、裸一貫、一世一代のプロポーズであった。
そんな彼に対し、周囲が固唾を飲んで見守る中で、彼女は_____
「……ごめんなさい」
_____謝罪をもって返したのだった。
「…………当然、か。この11年、あなたにも守るべきものが出来たのだったな」
「あっ、いえ、そうじゃなくて。私はつい先ほど、“真実の愛”を見つけたので」
「は?」
「この方なんですけど…」
そう言って気恥ずかしそうに、それでいてうっとりとした顔で、彼女がしなだれかかった相手は。
馬だった。
「「『ハァあああああああ!?!?!?』」」
メイドと馬以外、その場にいる全員の絶叫が響き渡った。




