決着
「_____ あっははははははははは!!!! すごいすごいすごい!!!!」
寝室の壁をぶち抜き廊下に出たルイは、勢いそのまま振り返らずに駆け出した。喜色満面の笑みを浮かべ、高笑いと歓声をあげながら。
立ち塞がる骸骨たちは、別の命令を受けているのだろう。ルイの姿を見るなり襲いかかってくる。
それでも、一足跳びで数メートルずつ踏み出すごとに、がしゃん、ばきん、どぎゃんと硬質的な音を立てながら、バラバラと木の葉のように吹き散らされていく。
「これが“健康”!? これが“走る”!!? これが“全力”!?!?
見てよケロック! 地面を蹴っても骨が折れない!! 腱が切れない!! 勢い余ってみんなを壊さなーい!! 夢みたーい!! あっははははははは!!!!」
ケロックが用意した仮想世界で、何度も体験したはずの運動。あの時は『あくまで夢の中』という考えが先行していた。ルイのご都合展開に対する防衛本能が感情にフタをしていたのである。
しかし今、こうして現実の出来事として、屋敷の長い廊下を駆け回っている。すれ違いざまにぶつかる骨の群れを豆腐のように弾き飛ばし、両脇の温もりと背中の冷たさを噛み締めている。
感情が爆発せずにはいられない。この喜びを、感動を、感謝と共にみんなに伝えたい。
しかし、その共有すべき者たちはというと________
「・・・・・・・ (真っ青な顔)」
「背中のっ傷にっ響くっ!! あっもうダメだ出ゲボォおおおお」
「おっ、ねえっ、ちゃっ、ちょっ、強っ、怖っ、揺れ (ガチッ)〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?!」
各々が別の戦いに身を投じていた。
ケロックは背中にいるので必死に堪えてはいるが、負傷して満身創痍なルシルは既に負けている。比較的元気なフニランが抗議しようとするが、思いっきり舌を噛み悶絶しているようだ。
「_____ え? うわぁああごめんごめんごめん!!!」
ルイが背中と両脇の惨状に気づくと、跳ねるような走りをやめて、華麗なステップで骨の群れを避けるようになった。【手加減EX】が効果を発揮し揺れは感じなくなったが、それでもスピードはほぼ落とさずに済んでいる。
彼女が通り過ぎた後には、吐瀉物まみれで困惑する骸骨たちが取り残されるようになった。
「ふぅ、なんかスッキリした……いったん寝かせてくれ……」
「舌が痛いぃ、うぅ〜……」
「ふ、2人とも大丈夫? えっと、これからどうしようか…………ケロック?」
ルイが最も声を聞きたい相手、ケロックからの反応がない。
それもそのはず、彼はルイの背中で結界寸前のダムを堰き止め続けているのだ。どこか安全な場所で降ろさないと、今度は彼女たちが例のアレにまみれてしまう。
ひとまずの危機は回避しているが、終わったわけではない。ケロックは口を開くことができず、ルシルは気絶。フニランも舌が回らない。ルイは1人で安全な場所を探さなければならないのだ。
「マズいマズいマズい!! これ、どこに向かえばいいの!? 」
『やれやれ、可愛い私の娘は手がかかるなぁ』
「お母様!?」
『やっほー、あなたのピンチに颯爽アシスト、【オルディナ】さんだよー』
解放の喜びから一転。慌てふためくルイの脳内に、のんびりとした穏やかな声が響く。
記憶だけの存在からサポートスキルに昇華した【竜巫女の声:オルディナ】である。
「本当にスキルになっちゃったの!? ちゃんと説明してよ!!」
『えー? さっき話したので全部だし、今はそれどころじゃないでしょー?』
娘の心を救うためとは言え、相談もせずにルイのスキルとなった【オルディナ】。こうしていつでも会話ができるのは喜ばしいことだが、ルイは色々と納得がいっていないようだ。
『ほらほらーケロック君の顔が青から紫に変わってるよー?』
「……後でケロックともども問い詰めるからね」
『ハーイハイ。大広間の方から大きい音が聞こえるから、私の旦那様が戦ってるはずだよー。玄関にも繋がってるから、いったん合流しようねー』
意思のあるサポートスキルが持つ一番のメリットは、全く異なる人格の並列思考である。目や耳に入ってくる情報に対して、ルイ自身が意識を向けられない場合、こうして報告することができるのだ。
母の指示に従い大広間へと急ぐ。今のルイなら壁や窓をぶち抜いて外に出たり、目的地までショートカットしたりするのも容易いが、屋敷への被害は最小限にとどめたい。【オルディナ】はそんな娘の胸中を察し、骨の妨害を躱しやすい最短ルートを示していく。
そのうち、廊下の突き当たりに大きな扉が見えてくる。ここを開放すれば、大広間に降りる階段に続いているはずだ。そして【オルディナ】の言った通り扉の向こうからは、重量級の何かがぶつかり合うような鈍い音が響いてくる。
「お父様・・・・・ 今、加勢します!!」
ルイが意を決して大扉を蹴飛ばし、そのまま大階段を飛び降りると、そこには_____
「ふざけるなぁ!! なんでっ、なんであんたの周りは、みんな笑顔なんだぁ! なんで心から付き従うんだよぉ!! 俺はっ、俺はず〜〜〜〜〜〜〜〜っと独りで頑張ってきたのにぃ!!!」
「まだだ! まだ足りぬ!! もっと思いの丈をぶつけるが良い!!!」
「あんたがそんなにぃ! 筋肉も家格も人柄も信頼も何もかも、完璧すぎるせいでぇ!! マリィが迎えに来ないんだぁああああ!!!! うわぁああああん!!!」
「泣け! 喚け! 全て吐き出し、漢になるのだぁ!! ばーっはっはっはっはっはぁ!!!!」
_____ 子供のように泣き叫びながら拳を振るうクーデターの主犯格と、それを笑いながらポージングで受ける、父の顔をした3mの光の巨人。そんな光景だった。
ルイは困惑した。
光の巨人は知っている。父の固有魔法だ。しかしなぜ、父はサンドバッグになって豪快に笑っているのか。なぜ反撃をしないのか。
襲撃者であるアーノルドは文武両道と名高く、卓越した属性魔法の使い手なはず。なぜ子供のように泣きじゃくり、素手で殴り続けているのか。
なぜ周囲の骨と使用人たちは、並んで2人を応援し、誰も加勢しようとしないのか。
なぜ早駆けに自信があるはずの執事は、涙を流しながらレフェリーをしているのか。
(なにコレ??? どういう状況なの????)
これは、どっちを攻撃すれば良いのか。そもそも割り込んで良いものか。
そんな疑問が頭を埋め尽くしたが。
「よこせよぉおおおお!!!! マリィをよこせぇええええ!!!!」
(・・・・・コイツ、あんなに婚約者ヅラしといて)
自分ではなく、他の女の名を叫ぶ“元”婚約者候補。
彼にこれっぽっちも思い入れはないが、称号【七美徳:忍耐】を持つ彼女でも、プライドが許さなかった。
背中と両脇の要救助者を手離し、空中で身体を捻って軌道を変え、そのまま縦回転を加えていく。
「ついでに爵位もぉ、娘ごとよこしやがれぇえええ」
「_____ 死ねっ!!!!!」
「へでぃぐっ」
怒りのかかと落としがアーノルドの脳天に叩き込まれ、クーデターはあっさり終息した。




