ルイの覚醒
自らの顔面にめり込む、拳。
鼻が潰れ、前歯がへし折れ、眼球が歪む。
視界にパチパチとフラッシュのようなものが焚かれ、反動で脳が後頭部に叩きつけられ、頚椎の何かが外れるような異音が響く。
それでもケロックはゾンビなので、意識を落とすことはない。そのうち再生するだろう。
シャッフルされてまともに考えられない頭でも、意識の高速化には成功している。原因を特定しようと、自らの行いを振り返る。まるで走馬灯のように。
その結果導き出された答えは________
(僕、何した?)
『そう言うとは思ってましたが、本当にあなたって人は……』
できる限りのことをした。結構なリスクをとった。まだ経過の観察には至っていないが、完璧な処置だったはずだ。不安な気持ちもわかるけど、それを取り除くために実践を行っただけだ。ケロックは、自分が殴られる理由に一切心当たりがなかった。
スキル【天の声】はあえて説明しない。オルディナがルイにしたような『変わらないと分かっていても諭す』といった労力は使わない。必要に迫られたなら考えはするが、基本的に馬鹿につける薬などないのだ。
顔面が陥没しモザイク必須になったケロックを見て、ルイの胸がちくりと痛んだ。少々やりすぎかもしれないが、すぐ治るとわかっている以上、このぐらいの罰は受けてもらいたい。
倒れないように彼の胸ぐらを掴むと、ルイ自身の腕が見える。相変わらず華奢で白い腕だ。父のような強靭さは感じられない。しかし、明らかな変化はあった。
腕を刺青のように取り巻く、青色の紋様。乱立する直線が枝分かれするように伸びており、川の水面に反射する光のように、複雑な明滅と脈動を繰り返している。込めていた力をわずかに変えれば、極細の先端のみが合わせるように増減しているようだ。
全身がこうなっているのだろうか? 中身はもっと複雑かもしれない。自分の見た目ってどうなっているんだろう_____色々と聞きたいこともあったが、今はそれどころではない。
重要なのは『問題なく動くか』だ。
「……ウェルムート神官長」
「馬鹿な……ルイジアナ嬢、なのですか?」
この惨状を引き起こした襲撃犯の方に声をかけると、なぜかそんな質問で返される。先ほどまで自らの優位を確信してた男が、自分に恐れ慄いている。
自分はそんなに人間離れした姿をしているだろうか? 鏡で確認したい衝動を抑えながら、ルイは会話を続ける。
「どうでしょう、ここは退いてもらえませんか? ボクがこうして全快した今、このクーデターが成功したとしても、『教会がボクの後見人になる』と言う正当性はなくなりました。もう意味はないはずです」
「ふっ、ふざけるのも大概にしなさい! 計画が進行した今、退いてしまえば私の権威が失墜するだけだ!! 第一、そんな事を頼める立場かと思っているのか!!!」
「あなたは神職ですから、ケガ人が増える事をあまり良く思わないのかと……」
「刺し違える覚悟で抵抗を試みる気ですか? やれるものならやってみなさい! あなたがその膂力を振るったところで、私には傷ひとつ付きはしない!!
もちろん邸内にいる者の命の保証はない! あなたも五体満足でいられるとは思わないことだ!!」
ウェルムートは目の前の少女に恐怖し、苛立っていた。
彼女が強力な加護を持っていることは知っているし、障害となっていた魔力暴走が完治したことも察していた。
しかし、現状の優位は覆らない。いかに人間離れした膂力があるとはいえ、最初からまともに振るえるとは思えないからだ。むしろ強ければ強いほど精細さを欠くため、つけ込むスキは無限に存在するだろう。
神代の魔王の助力を得て手に入れた、骨型ゴーレムの万軍。こうしている間にも部屋を埋め尽くし、自身の背後に迫るまで包囲網を狭めている。
そのうち十数体は、先ほどまで抵抗していた魔術師ルシルと、幼い槍使いフニランを取り押さえている。彼女達の生殺与奪の権利はウェルムートの手中にあった。
そしてウェルムート自身は、ルシルにかけられた【麻痺】の魔法を解除し、より強固な結界を張るための詠唱を準備し一時停止させていた。今なら魔法名を唱えるだけで、迫り来る脅威を弾く光の障壁【聖絶】が完璧な状態で展開されるだろう。高い集中力が必要なテクニックだが、その強度は先の二重無詠唱とは比べ物にならない。
それなのにウェルムートの胸中には、不安と不快感ばかりが募る。
ルイジアナから噴き出す、青い光の蒸気。同じ色で肌に巻き付いた、頬まで浸食し明滅する紋様。
あんなのは知らない。把握していない。少なくとも彼女の幼少期に『心眼の水晶』で見た限りでは、今の状態を説明できる加護は存在しなかったはずだ。
そしてなんだ、あの余裕は。滲み出る自信は。ウェルムートにはそれが我慢ならない。
今感じている根拠のない恐怖心は、己の焦りが見せるまやかしである。今見ている悠然とした態度も同じだ。自らにそう言い聞かせ、怒号で震えを吹き飛ばそうとする。
「甘いんですよ! 何が『傷つけたくない』だ! 何が『あなたは神職ですから』だ! そんな甘っちょろい理想ばかり掲げるから、守るものも守れなくなる!! 現にこうして敵愾心を煽り、不要な犠牲が増えることになった!!
国家の逆賊、神の背信者……ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルト! 己の短慮を悔いて、打ちひしがれるがいい!!」
「ああ良かった、これで殴れますね」
_____今、何と言った??
パンッ どがしゃん と。
耳をつんざく乾いた破裂音。
続く何かの破砕音。
瞬きひとつしていなかったはずなのに、少女とゾンビの姿は忽然と消え去り、代わりに視界の外からバラバラになった骨が吹き散らされる。
ウェルムートは信じられないという表情で、恐る恐るそちらに目を向けた。
先の抵抗で2人の敵が押さえられ、骨の山が積み上がっていたはずの場所。
そこに骨はなく、代わりに1人の裸足の少女がたたずみ、その背にゾンビの少年を、両脇に幼い少女と白衣の女性を抱えている。
「ケロック、起きた? 顔治ってるよね?」
「なんか知らんけどごめん」
「・・・・・あーもう!! 礼も説教も後! そのまま捕まってて!!
先生! フニ! 少しキツいかもしれないけど、跳ぶよ!!!」
「舌噛まないようにだけ、気をつける……」
「ルイねーちゃんやっちゃえ!!」
「っ!? 【聖絶】!!」
信じがたい状況を即座に認識し、ウェルムートは聖属性で最高硬度を誇る魔法障壁を展開。板状なため前方しか防げないが、目も眩むような光が込められた魔力量を象徴する。
パンッ ぱりぃん どっかぁん と。
再び乾いた破裂音。薄氷が砕けたかのような破砕音。
そこから遅れてやってきたのは、砲弾で家屋をぶち抜いたかのような破壊音。
「・・・・・っなぁあああああああアアアア!?!?!?!?!?」
気づけばウェルムートは、鼻血を噴き出しながら後ろにのけぞり、部屋の壁ごと蹴散らされる骨の大群を見つめていたのだ。
何が起こったのか、なぜそうなったのか。
端的に言えば、
ルイが力いっぱい跳躍し、
【聖絶】を難なく砕き、
スキル【手加減EX】による絶妙な力加減で顔面を殴り、
そのまま蹴りで背後の骨と壁をぶち抜き、
閃光の如く駆け抜けただけ。
しかし、目に見えぬ一瞬で何もかも覆されたせいで、ウェルムートには理解できない。
わかるのは、青い光の残像が、壁の穴に向かって一直線に伸びていることだけだ。
「ま、待て!!! 一体何が起きている!!??」
信じられないという顔で倒れ込み、強烈な鼻の痛みを堪えながら後を追おうとするが、何かに足を掴まれて止まる。
それは、彼の味方をしてくれるはずの、骨型のゴーレム。
「え? 何だ? なぜこんな・・・・・」
何もかも一瞬。一切理解が追いつかない。
そうして狼狽える間にも、骨は迫ってくる。足元だけじゃない、目に見える全ての骸骨が迫ってくる。
その深く暗い眼窩の淵が、徐々に、徐々に。
肩を掴まれる、薄い髪を掴まれ、引きちぎられる。殴られる。締め付けられる。
(痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!)
(なぜだ!! なぜ私がこんな目に_____
_____あっ)
自らの骨にまで達する、硬質的な痛苦の渦の中。
ウェルムートが思い出したのは、彼ら骸骨たちへの、最後の命令。
『私が攻撃されたらそれを防ぎ、屋敷内にいる者全てを攻撃しろ』
(屋敷内って、普通なら私は除外するでしょうが!!!!!)
「や、やめてぇええええええ・・・・・・・ガハッ」
ウェルムートが最後の力を振り絞って出した『命令』。
それが届いた時には部屋いっぱいに骨が詰め込まれ、互いにほとんど身動きが取れなくなっていた。
(こ、呼吸もままならないっ……どうにか次の命令を……)
骨同士が絶妙なバランスを保っており、全ての重量がウェルムートにかかる事はないようだ。わずかな隙間で呼吸を整えようとする。
ミシミシッ バキッ
(えっ)
骨からでも自分からでもない、恐ろしい音が鳴る。
それは、骨型ゴーレムの素材として使われ薄くなり、重量オーバーとなった部屋の床からだった。
(えっえっえっえっえっ)
このまま床が抜けたら、骨の下で一緒に落ちる自分はどうなるのか。
(・・・・・もしかして私、詰んだ?)
文字通り、男の足元が崩壊する音が迫ってくる。




