泉の原型
これまでのあらすじ
筋肉と骨とゾンビと異色のコラボレーション
時は、主人公がゾンビとして生まれてから一年半後まで遡る。
「この森に、遺跡?」
近所の森の中でたまたま出会った金のホネ野郎【骸骨人形デウス】。この期間、ケロックは彼から様々なことを教わった。
そんな彼と実戦形式の組み手稽古で、互いにかかない汗をかいた後の事だった。
「遺跡ってか研究所? だったような? この辺にあったと思うんだよなー」
「そりゃ遺跡と呼ばれる前はなんかの建造物だろうけど・・・・・うろ覚えなの?」
「なんせ大昔の事だし、オイラの頭スカスカだもん。骸骨だけに!!」
「『うわぁウゼェ』」
「今のわかる? スカスカのスカルと骸骨の中がスカスカなのとかけた、オイラのスカしたスカルジョーク!!!」
『スカしてますね、別の意味で』
「凝ってるように見えて中身が無いなぁ」
「オイラより上手く被せるのやめて!!!」
涙腺も声帯も無いくせに、涙を流しながら悲痛な声で叫ぶホネ野郎。ちなみに、我らが【天の声】さんの言葉も何故かこのホネには届いていた。なんとも不思議なホネである。
「それで? その遺跡を探してどうしたいの」
「見つけ次第破壊したいんだよ。確かその研究所にあるもので死人が出たような」
「そんな物騒な研究だったの?」
「いや、研究内容自体はステキなものだったよ。そこの試作品がヤバいんだ。多分・・・・・」
「多分て」
『【書庫】には存在しませんでしたから、当時ですら機密になっていたものでは? 情報が少ないので何とも言えませんが』
【天の声】の派生スキルであり、ケロックの知識的な記憶を司る【書庫】には、本人がこの一年半で見聞きした情報が収められている。
【天の声】がデフォルトで持つ基礎知識も併用して即座に検索・閲覧できる便利なスキルだが、所詮は一年半分の知識。例え【超高速脳内会議】でルシルや母親の蔵書を全て読破出来たとしても、世界の全てを知るには程遠いし、隠された歴史を紐解くことも出来ないのだ。
「オイラ探知系苦手なんだよね。君ぃ、そういう魔法とかスキルとか無い?」
「あるにはあるよ。ほとんどが独学と創作だけど」
「良し! そしたら手分けして探そっか! スキル【骨生成:骸骨軍勢十人隊】!!!」
魔王デウスの掛け声とともに、地面や丸太や岩などから様々な材質のスケルトンが生えてくる。この半年間で、10体程度の召喚なら水の補給がいらないくらいには回復しているようだった。
「オイラの目が節穴でも、その節穴を増やせば良い! 人海戦術はお手の物さ!!! カーカカカァ!!!!」
こうして発生した緊急クエスト『隠された遺跡を発見し始末せよ』に向けて、彼らは歩き出したのである。
カンッ
カンッ
なにかを叩く軽い音とともに、死んだ魚の眼の少年が茂みをかき分けて行く。
音は彼の『舌打ち』であり、音魔法で増幅されたそれらは周囲の木々に当たって、静かな森に木霊していく。
『そして強化されたスキル【聴覚】で反射した音をを拾い、私が演算して周囲の状況を導き出す。よく思いつきますねこんな事』
「視覚障害者の中でこういう事する人がいるらしいからね、ちょっと参考にしてみました」
さらに足元から音魔法により地中を振動させ、その感触を確かめるというオマケつき。
目標が動物であったなら音の発生源を探るだけで済むが、今回は遺跡という静物が対象になるので、このような回りくどい方策を取っているようだ。
即興で作ったオリジナルの魔法【反響定位】。何気にさらっとすごい事をやってのけているのだが、当然自覚などありゃしない。
「これさえあれば(カンッ)フニランとのかくれんぼ(カンッ)次は負けない(カンッ)」
『子供の遊びに魔法使うとか大人気ないですよ』
「子供だもん。というか、最近あの子無音移動とか気配遮断とか覚え始めたんだよ? 兄の威厳を保つには必要じゃない?」
『それら全てあなたの見様見真似でしたよね』
「魔法っていうアドバンテージくらい良いじゃないか」
『クズ兄極まってますね』
余談だが、この翌週のかくれんぼにより、フニランが擬態術を高いクオリティで身に付けてしまう事になるのだが、先に仕掛けたのは兄の方なので因果応報である。この兄妹のかくれんぼ合戦はとどまることを知らない。
『それにしても、毎度の事ながら静かな森ですね』
「そんなに大きくないはずだけど、奥に行けば行くほど、生き物の気配が無くなるんだよね」
この時、少しばかり油断があったのかもしれない。
特殊な出自、特別なスキル、独自の魔法。それを持つことの驕り。
この世に生を授かり、わずか数年という子供らしい傲慢さ。
考察という雑談を交わすことで生まれる、僅かな意識の隙間。
「ほら、ここら辺なんか草も生えな(ズルッ)いって、え?」
即興であるが故に慣れていないスキル。
草葉や土に遮られた物は反響されないのと、地中の反響を靴を履いた足裏の触覚では拾いにくいのとで、天然の落とし穴に全く気づくことが出来なかった。
ケロックからすれば、突然足元の地面が消失したようにしか感じなかっただろう。
こうして悲鳴をあげることもなく、誰かに目撃されることもなく、ケロックはこのまま三日ほど行方不明になる。
「・・・・・ロックくん! 起きろよケロックくん!!!」
硬質的で細長い指に肩を掴まれ、左右に揺さぶられる感覚。
それまで水の中にいたかの様な感覚の中、甲高い声で自分を呼ぶ声がするのを聞いて、ケロックはゆっくりと目を開け、そして殴った。
「助けてあげたのにそれはねーんじゃねーですかい?」
「目覚めていきなり金の骸骨があったから驚きのあまり手が出てしまっただけ」
『オリハルコン製ですから痛くも痒くもないはずですが』
「カカカカ、手厳しいね! 元気そうで何よりだよ!」
デウスが愉快そうに笑うのを尻目に、ケロックは体を起こして周囲を見回した。
天井に無数の穴が空いた、広大な地下空洞。ケロックはその穴から落ちてきたようである。デウスがつけたのか壁の松明が周囲を明るく照らし出している。
そして、二人のいる床全体に、膝下ほどの深さで水が張られていた。もちろんそこで寝ていたケロックもずぶ濡れである。
「なんかこの水、肌がピリピリする」
「君、よくこんなとこで三日も寝てたよな。てか大丈夫なのかい?」
「え? 何が?」
「足元をよーく見てごらん? うっすら光る魔法陣が刻まれているだろう?」
ケロックが目を凝らしてみると、なるほど確かに水の底には、紫色に光る文様のようなものが見える。
「今のアイゼンヴァルト辺境伯領の中心部、領主館に中庭にある浄滅石の泉。その原型さ。ただ威力が強すぎたり魔法陣が間違えてたりして、誰も近づけなくなって封印した、とんでもない欠陥品だけどね」
デウスが遠い昔を懐かしむように話し続ける。
「浄滅石は泉にあるものより上物だけど、当時は殺菌殺虫の魔法陣とか未完成だったから、より複雑かつ強力ぅな【死】の魔法が刻まれているんだよ。複雑すぎて何故か水が強酸性になっちゃってるし・・・・・ああそっか、君はゾンビだったねえ」
「ゾンビだから【死】の魔法は効いてないのかな。強酸も【フレッシュイモータル】の効果で全く影響無いみたいだし」
【フレッシュイモータル】。自己再生能力に補正がかかり、腐食を無効化する称号スキルだ。もし彼がゾンビではなく、さらにこのスキルを持っていなかったとしたら、魔法陣に魂を奪われ遺体も溶解し消え去っていただろう。
「ていうか、三日も寝てた? ゾンビは寝ないはずなんだけど」
「頭打って気絶でもしてたんじゃないの?」
「機能的に脳震盪は起こすけど、気絶した事はないなぁ。てかデウスは降りてきて大丈夫なの」
「オイラはホラ、ゴーレムだから死の魔法とか効かないし。酸なんかじゃオリハルコンボディは溶けないし」
けんけんがくがくと騒ぎ立てる二人の様子を、全てを知っているであろう【天の声】は黙って見守っていた。
彼らは肝心なことを忘れている。
まず、浄滅石は硬度の高い『聖属性の石』である。領主館のものより質が上であることから、その効果はより強いものであると推測できるはずだ。
聖属性は、攻撃や防御・回復などの効果を載せて運用し初めて効果を得られる、極めて珍しい属性である。聖属性そのものが持つ効果は、『悪しき者、不浄なるものを祓う』のみだ。
【天の声】はケロックが穴に落ちてからの一部始終を目撃していた。
まず三日前、天井の穴から転がり落ちたケロックは、着水と同時に肌が泡立った。
石板の聖属性の魔力が、闇の眷属でありアンデッドであるケロックの存在を拒んだのだ。
肌から筋肉・内臓に至るまで、全てを焼き尽くさんばかりに攻撃されるケロック。この時【天の声】は『パッシブスキル【痛覚】を手に入れました』と報告をしてきたが、ケロック本人は全くもってそれどころではない。
この世界で生まれて初めて感じる“痛み”に、ケロックはその場で煙を上げながらのたうち回っていた。
さらに魔法陣に込められた闇属性の【死】の魔力は、逆にゾンビである彼を活性化させ【フレッシュイモータル】の自己再生効果を強化する形となった。
つまり、聖属性によるケロックへの攻撃と、闇属性により強化された再生力がせめぎ合って、死ぬことも逃げることも叶わずに悶え苦しむしかなかったのである。
三日三晩溶かされ続けるという地獄絵図に、【天の声】は必死の呼びかけをするも応えはない。二日目あたりから悲鳴すら聞こえなくなり、四日目の朝に『パッシブスキル【聖属性耐性・大】を手に入れました。大丈夫ですか?』と聞いても反応はなかった。
結局ケロックは、デウスが迎えに来るまで正気を取り戻さなかったのだ。
『・・・・・廃人になったかもしれないという私の心配は何だったのでしょう』
「あれ? 天さんどうかした?」
『ハァ、何でもありません、早く脱出しましょう』
スキルだけど、【天の声】は呆れと安心の意味を込め、ため息を漏らすのであった。
翌日、デウスによる必死の穴掘りの甲斐もあって、地下の危険な大洞窟は崩壊し、姿を消したのである。
それからさらに一年半年が経過し、舞台はクーデターが起きた領主の館へと戻る。
悪しき者を退ける神の奇跡、聖属性の光を、ケロックは再び浴びている。
「・・・・・そんなバカな」
東第二神殿の神官長ウェルムートは、目の前の光景が信じられず首を横に振った。
ただの浄化の光、攻撃魔法ではない。しかし、闇の眷属である下等なゾンビにはこれで充分なはずだった。
それなのに、目の前の少年の背にある魔法陣の展開は止まらず、いつの間にか合間に唱えられている詠唱にも淀みがない。
あんなに泡立ち煙を上げていた表皮も、ほとんどが修復されている。
これがゾンビなのだろうか。アンデッドの中でも最下層、生きている人間よりも柔く脆く、特に高位の聖職者にとっては塵芥にも等しい存在。領主の縁者というだけで利用できるものと見下し、障害になり得ないと考えていた。
権益に溺れたとはいえ、その実力で神官長にまで上り詰めたウェルムート。辺境でさらに成り上がるために、今か今かとチャンスを狙っていた。野心があるバカな田舎貴族の息子にも取り入ったし、神職の勤めという名目で傷ついた辺境伯令嬢を利用しようとも考えた。
「下賤なゾンビ如きが、よくも私の計画を・・・・・」
聖なる光は既に消えかかっている。それでも相手は、こちらを見ようともしない。
その光景が、自分の状態を俯瞰で見る狡猾さが、逆に彼の自尊心を激しく揺さぶった。
「む、無視をするな!! 撃ち抜け【聖光波だーーー」
「【麻痺】!!!」
光でダメならと、聖属性では数少ない攻撃魔法を放とうとしたその時、満身創痍の魔術師が動いた。
ウェルムートの足元から細い紫電が走っただけだったが、その痺れは彼の全身に回る。
「あ、がッ!!?」
「無視すんなはこっちのセリフだっこのハゲ……ゲホッ、私と一緒に這いつくばって見てろ」
血と共に吐き捨てられた言葉と同時に、彼の体は大理石の床に沈んだ。舌も痺れたのでこれ以上の詠唱も骸骨への命令も出来ず、ケロックの邪魔をする者はもういない。
神の力でも何でもない、彼の奇跡は最終段階に突入する。




