腐った頭の住人たち
前回までのあらすじ
主人公、どうやら命を狙われている。もう死んでるけど
「えー、そんなわけで、第1回『超高速脳内会議~僕の頭の住人たちEdition~』開催します」
「「「わーパチパチパチパチ」」」
上下前後左右に遮るものはないが、無限の“白”に閉ざされた空間。そんな場所で、まばらな拍手喝采が虚しく響き渡る。
ケロックに宿る【天の声】の派生スキル、【超高速脳内会議】。
ルイやフニランを導いた時と同じ、白い空間に木製の円卓があるだけの部屋。変わったのは、そこに座るメンバーの顔ぶれだけだ。
円卓を囲む5人の内3人は、管理者であるケロック本人の姿を象っていた。
「今回議長を務めさせていただきます。性悪コピックこと【悪ック】です。どうぞよろしく」
『司会進行を務めます、サポートスキルの【天の声】です』
最初に名乗りを上げたのは、読者の皆さんご存知の悪ックである。ケロックの脳内でのみ存在出来る分身であり、彼の性悪な面が色濃く表に出てきた個体だ。
『泣く子も騙す』と恐れられる彼の性格は、超愉快犯的なサディスト。意気揚々とルイジアナをいたぶる光景などは、完全に事案だったと記憶している者も多いだろう。
「まず出欠を取ります。天さん点呼!」
『ハイ、オリジナルのケロックこと【オリック】さん』
「はーい」
顔も上げず声だけで応えるのは、我らが主人公であり主人格、ケロックである。便宜上【オリック】で通される彼がなぜ議長ではないのかと言うと、今も一心不乱に無数の魔法陣を描いているからだ。
彼の席の周りには、記憶領域を管理する【書庫】から引っ張り出した本が塔のように積まれており、小さな紙に書き殴っては丸め書き殴っては重ねてと、とても忙しそうに見えた。
他力本願のために全力を尽くす男、それがケロックである。
『続いて、怠惰なコピックこと【怠ック】さん』
「・・・・・・・・・・あ゛?」
「コイツいらなくね?」
ここからは新キャラ。椅子に腰かけず、円卓の上で寝そべってヨダレを垂らすのは【怠ック】と呼ばれる分身である。
瞳孔は全開、焦点は両目真逆。極限まで脱力し切ったその様子は、その気になればその場でおしっこしそう。座右の銘は『死体よりも死体らしく』。
本人の面倒くさがりな性格が前面に押し出されており、働きたくないが故に合理的かつ最短距離の意見を出してくれる。ごく稀に。
『病んだコピックこと【闇ック】さん』
「どうせみんな死ぬんだ・・・もう死んでるけど・・・・・」
「え? 何? まともなヤツいないの?」
椅子の上で体育座りをして俯いているのは、影のように真っ黒なシルエットの【闇ック】。
めそめそしくしくと嘆く彼は、ピンチに陥ったケロックの「ダメそうだな」って思う気持ちを全て引き受けてくれる。
主人格の卑屈な部分が前面に押し出されており、正直数合わせで会議に参加してもらった感が否めない役立たずである。
『最後に、ビビり屋コピックこと【ヘッジホック】さん』
「怖いから帰っていいですか!」
「帰して良いと思う。見ててかわいそう」
元気いっぱい! 潔く逃亡宣言をするのは、ケロックの心の野獣【ヘッジホック】。戦闘要員には見えないが、意外にも『専守過剰防衛』がモットーだ。よく見ると、ぷるぷると涙目で震えている。
あらゆる場面において逃げ腰であり、逃げるためなら何だってする。卓越した危険察知能力を持ち、常に何かに怯えている。今もこの状況がすっごいストレスなのか、その針は1本また1本と抜け落ちていた。
「・・・・・なんでこんな負の感情ばっかなの」
『基本的にネガティヴ過ぎるんですよ』
フニランとルイには『魂の接触を図るツール』として使用していたが、本来の【超高速脳内会議】は『高速並列思考チート』である。
独立した並列思考を可能にする処理システム【分裂】。
あらゆる演算と理論値の実証を行うメインルーム【円卓】。
言語化が可能な『意味記憶』を保存し検索できるアーカイブ【書庫】。
これらをサポートスキルの補助を受けながら使用し、思考・感情・記憶を多角的に分析する事で、イメージの輪郭を疑似的な異界と呼べるレベルにまで昇華させて具象化できるのだ。
「まあ良いや、全部『僕』だし。
えーと今回の議題は『ルイジアナ魔改造計画』です。事の経緯をどうぞ」
『ハイ。対象はルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルト、12才女性。魔力を腕力に変換するスキル【身体強化】が魔力暴走により暴発。スキル【怪力】も相まって一時的に半身不随状態に陥りました。
その後【悪ック】さんの手により、荒療治ではありますが応急処置が完了。このままゆっくり回復させたかったところで状況が急転し、どこぞの馬鹿貴族が反乱を起こすとかいう迷惑行為によって急がざるを得なくなり、『最終段階』に移行すべきと判断しました。
現在【超高速脳内会議】により思考の高速化と並列処理を進行中、このように会談の場を設けた次第です』
「とまぁこのように一刻の予断も許さない状況ですが、『むしろ何故この状況下で治療を進めるの?』という疑問が湧いた事かと思います。えっと、わかる人いる?」
一通り【悪ック】と【天の声】から議題の説明が行われ、そのまま意見を求められた一同。
残像が出るほどの勢いで真っ先に挙手したのは、つぶらな瞳でキリッとした表情に冷や汗を隠せない毛玉だった。
「ルイちゃんを最強にして僕が逃げるため!!!」
「【ヘッジホッグ】君、半分正解です。
敵の目的の1つである、ルイ。この治療には、そんな彼女を強化し戦力を増やすという意味も含まれます」
強大な何度も帝国を退けた救国の英雄、バルディアス・バルガ・フォン・アイゼンヴァルト。
元Sランクで伝説の冒険者だった傭兵、ガルド・ローエン・アイゼンヴァルト。
ルイがこの2人に次ぐ実力者になり、彼女を取り巻く問題に自ら対処出来たなら、関係者全体の生存率は格段に跳ね上がるだろう。それだけのポテンシャルがあることは、これまでのセッションで確認済みだ。
あくまでこの前提が成立するならの話だが。
「くっつけたい魔法陣は決まってるのに……どうせ何か問題があるよ……じゃなきゃ、こんな会議しない……」
ここで異を唱えるのは、膝を抱えてうずくまる真っ黒な少年【闇ック】の役割だ。彼の後ろ向きな思考は、問題点や否定要素を浮き彫りにしてくれる。
実際ここまでの診察でケロックは、「【硬化】などの付与魔術で肉体の限界値を上げる」などの対処法を見出していた。
ルイ本人の魔力を使用し暴走を抑え、魔術の効果を永続させるなら、魔力が尽きるまで発動し続ける【魔法陣】が最適解だと踏んだのだ。
にも関わらず、実行に移せないのには理由があった。
「それについては、オリジナル?」
「彼女の身体に直接魔法陣を書き込みたいんだけど、キャンバスが圧倒的に足りないんだ」
「ほらダメじゃん。時間無いし、もう潔く死のう……ぶつぶつ……」
確かにこの世界では、入れ墨などを使って直に魔法陣を刻む集落が存在する。しかし、生成と出力が安定しないルイの魔力を制御できるほどの魔法陣は、彼女の肌面積に収まる規模ではなかった。
今もケロックや【天の声】が省略を試みているが、動線が複雑すぎて思ったような結果は出ていない。
「表面の皮膚だけじゃなくて、体内にも書き込めれば良いんじゃない?」
「入れ墨でやるのにどうやって書き込むんだよ、物理的に無理だろ」
「良い事考えた……命がけでルイを守れば……死んでも文句言わないでしょ……」
「お前は死ぬ理由が欲しいだけだろ」
「僕はゾンビだから、存在しちゃいけない……せめて有効活用……」
「やだやだやだっ! 死にたくないよー! うえ~ん!」
「泣くな【ヘッジホッグ】、怖がらせるんじゃない【闇ック】」
おかしい。全員多少の違いはがあれど、みんな同じケロックのはず。なぜこんなにもまとまりに欠けるのだろうか________と、スキル【天の声】は思った。
起きたことがリアルな体験としてフィードバックされるこの空間……もしかして主人は、誰もが持つ普遍的な感情として『もうひとりの自分が存在する』という事象を忌避 (そして普通に同族嫌悪)しているのではないか_______と。
「あのさぁ、作業の邪魔すんなら、まとまってから来てくんない?」
「うるせえしだりぃ」
「「「『僕』の為に考えてんだよ!!! あと【怠ック】も少しは考えろ!!!!」」」
『他力』『他責』はお手のもの。それが例え『自作自演型サンドバック』であっても容赦はしない。それがケロッククオリティである。【天の声】の存在しないジト目を感じるが気にしない。
「さっきから黙って聞いてればさ、揃いも揃ってアタマ硬いんでない?」
「「「え?」」」
そんな中であがる鶴の一声。先ほどまで非難を浴びていた完全脱力系主人公【怠ック】である。
正直このメンツの中で、彼に期待する者はいなかった。しかし、極限まで労力を嫌う彼が発言をするという事は、それだけで大きな意味を持っていた。
「かったるいからヒントだけあげる。
まず1つ目、魔法陣学者クリストファー・マーベリック著『魔法陣の基礎』あとがき。天さん解説お願い」
『「この世界は全て【魔法構築式】で説明できる」でしたか? 理論上、それさえ紐解けばもう一つの世界が創造可能だと』
この世界の万物は、魔力の影響を受けやすい。あまねく生物が魔力を有しており、それらを行使する事で起きる事象は「世界の理を書き換える行い」として畏れられ、いつしか【魔法】と呼ばれるようになった。
人類はこの魔法を、『儀式』『図形』『言語』『文字』などで術理として紐解くことができないかと考えた。その過程が【魔法構築式】であり、結果として発現したものが【魔術】であった。
いつか事象の全てを【魔法構築式】に置き換え、魔術で再現できたなら ________ 人類の魔法史において永遠の課題である。
「ちょっと待って? これって前世の何かに似てる気がする」
「前世の記憶・・・曖昧・・・死にてえ・・・・・」
「あっ、アカシックなんちゃらだよ。確か都市伝説の」
『想起情報を取得しました。【アカシックレコード】…… 宇宙の誕生から現在に至るまでのすべての事象、感情、思考などが記録されているとされる概念的な「記録層」ですね』
「宇宙を構成する情報? 記録? まあプログラム的なやつで、そこに至れる者は“世界の全て”を知る的なやつか」
「前世の世界って、データ打ち込みで造られてるの? 宇宙はプログラミングの指示で回ってるの?
それがこの世界の【魔法構築式】にあたるって? それってどうやって知るの?
探すの時間足りない……逃げ場も、ない? あわわわわ」
「なんて僕らちっぽけなんだ・・・・・死のう・・・・・」
世界とは、宇宙とは、私たちとは________考え出すと眠れなくなる概念が降り注ぎ、スケールの大きさに戦々恐々とするハリネズミとまっくろくろすけ。
そんな一同を横目に、またも気だるそうな声が響く。
「そこで2つ目、そこのクシャクシャに丸めたり重ねたりしたメモ」
『「「「え?」」」』
【怠ック】がのろのろと指差す方向には、ペンを止めて呆けた顔をするオリジナルのケロック…ではなく、その周囲で丸められた紙クズが山積みになっていた。
「失敗した魔法陣? これがなんの役に立つの?」
「なるほど、これを書き込んで暴走を加速させ無理心中・・・信じてくれるあの子殺して、『僕』も死のう・・・・」
「裏切りは大好きだけど、バッドエンドを望んでるのは君だけだよ【闇ック】」
「これだけ丸めて小さくなれば、魔法陣書き込めるかなぁ」
「折り曲げたら使い物にならないだろ・・・・・ん? 小さくする?」
「都市伝説で思い出したけど、次元の話あるじゃん。
【ゼロ次元】の『点』から始まり
【一次元】は『線』の世界
【二次元】は『面』の世界
【三次元】は『立体』の世界
【四次元】から先は・・・・・忘れた」
「立体は面の集まり
面は線の集まり
線は点の集まり」
「そう考えたら、あらゆる物は全て無数の点で出来てるとも言えるんじゃ?」
「それは物理学における【分子】【原子】【素粒子】の考え方とも言えるでしょ。それこそ『魂』を除けば、全てが極小の点で構成されているんだから」
「________そっか、それがアカシックレコードなんだ、魔法構築式なんだよ!!!
限りなくゼロに近い小さな点が、線になって式を書き、魔法陣を作り、重なり、それをまとめて点に集めて線を引く……ちょうどあの積み上がったボツの魔法陣みたいに!!!!」
「なーるへそ。超極小の魔法陣を三次元的に重ねまくればいいのね。交差して効果が変わらないように気をつけないと……」
「でも、やっぱり入れ墨じゃ書けなくない? 線の細さに限界があるし、 肌はあくまで二次元だよ?」
「前世の【アカシックレコード】のように【魔法構築式】が世界を構築してるなら、それは『何』で記録されてるんかな?」
「・・・・・魔力で代用出来ない? 【発光】っていう、ただ指先に集めた魔力を光らせるだけの魔法」
「誰でも使えるけど、一般人の魔力だとバカ喰いして生活に使えないやつか。いろんな形にできるから可能かもしれない」
「魔力操作の訓練にしかならないんだよねー、魔力単体だと物質を透過しちゃう」
「そっか! 透過するから身体の“中”にも書き込めるじゃん!! 光って要するに『色』だよね? 体内で性質を変えて定着させれば、魔法陣が成立する!」
「光らせるのにも魔力使うから、とうぜん魔力暴走は無いね。実践してみよう」
「この魔法陣と、この魔法陣を重ねて……いや、平行じゃなくてあえて交差させよう」
「この魔法陣の寄せ集め、いっぱいになれば球体に近くなるよね」
「そうだね、球体になったよ。これをググッと縮めると・・・・・・・・・・・・出来た、あっさりと。この点にたくさんの魔法陣が詰め込まれてる」
「入ってんのはほぼ【発光】だけどね。凝縮した魔法陣が崩れたりくっついたりしないように手は加えてあるけど」
「でも、この点をたくさん作れば、なんでも作れる!」
「別に平面図形を寄せ集める必要なくない? 遺伝子みたいに螺旋状に描いてそれを輪っかにして縮めるとかもできるしさ」
「そっちの方がバランスが良い!!!! あらゆる形を試してみよう!!! 最終的に細胞レベルで安定させなきゃだからさ!!!」
「どうせなら、新陳代謝や筋肉の位置、肉体の流動性に合わせて変化するようにしよう!」
「【天の声】! 至急ルイの身体の情報を! 出来るだけ精密に!」
『かしこまりました』
各々が姿形も性格も違う。役割分担のために生まれた“彼ら”。
話がまとまってくるにつれ、その輪郭は曖昧なものとなり、いつしか同じ目的を持って動く“自分自身”として、議論を加速させ手数を増やしていく。
数日前のケロックならこうはならなかった。夢の中でも覚醒し【超高速脳内会議】を形骸化させた彼では、ここまで柔軟な思考を破綻させずに維持するのは不可能だったはずだ。
今になって“ルイ”の存在が、彼を眠らせて無意識の世界を展開させた少女の実績が、思考の自由度と意志の強さを昇華させ、困難に立ち向かい乗り越える大きな力となっていた。
(あなたは、あなた達は気づいていないのでしょうね。いまやってる事が、神の所業そのものだという事を)
もはやコピーやオリジナルといった区別はない。次々と増えていく【ケロック・クロムハーツ】は全ての思考と感覚をリアルタイムで共有し、無数の思考を持つ群体として無数の案をひねり出し実践していく。
そんな彼らに【天の声】は静かに告げるのだった。
『スキル【創造魔法の基礎】を取得しました』
「・・・・・綺麗」
【天の声】の派生スキル【超高速脳内会議】で構築された空間は、現実の12倍の速度で時間が流れていく、5分が1時間の世界である。
現実で眠っているケロックの背には、脳内で分裂した彼らが描く12倍の速度で、光の立体魔法陣が構築されていく。
極細の光の線が小円の魔法陣を作り、そこに別の魔法陣があらゆる角度で交差して、光の球体になり、収縮する。その点が再び極細の線を引き、魔方陣を形成する。
また、それらの無数の点が螺旋状に並び、その間を魔術文字が埋め尽くす。またも収縮して極細の線に変わり、大きく弧を描いて魔法陣を形成し、また縮小される。
そんな小規模の形成が一度に数十セット発生し、互いにぶつかり合い揉み合い吸収しあって、流動的に形を変えていく。
最終的に、幾何学的な繋がりでスキマなく結びつき、滑らかな造形を象っていく。
それは、綿密に織り込まれた白銀の翼だった。
ルイジアナとフニランの二人はその美しさにぼんやりと見上げる事しか出来なかったが、ルシルだけは特段驚きもせずぼやきながらも杖を振り、目の前の奇跡に対して何かしらのサポートをしているようだった。
「ったく、ぶっつけでなんちゅー悪魔的な発想だよ。誰にも追いつかないスピードで陣を組んで、それらを無理のない範囲で変形と連結を繰り返す。私でもこれで何をしようとしてるのか読めんわな」
せいぜい追いつく範囲で援護する程度か? そう呟きふと、ルシルはケロックと出会った頃を思い出した。
ぼんやりとしながらも、ここではない何処かを見つめるような眼差し。あれは、世界の歩き方を知らない「迷子の目」だった。
研究者肌だと感じたし、学びの意志があったからこそ本を貸したりもしたが、彼はろくに教えを乞う事もなく、こちらから何かを説いたりもしていない。あの時はただ、「本好きの変わり者」程度にしか思っていなかった。
しかし、次に顔を見せた時には……まるで10年分の知識を詰め込んだ探求者の目をして、対等な意見を交わそうとしてくる。
ルシルはずっと疑問に思っていた。彼は本当に迷子の少年なのか? 【ゾンビ】とかいう最悪の境遇にいきなり放り込まれて、目的もなく彷徨う死人ではなかったのか?
それらの疑問も最近のケロックを見れば、自ずと答えが見えてくる。
【ゾンビ】には何もない。空腹もなく、睡眠や生殖を必要としない。
ただし、欲がないわけではない。生者への執着、生命の渇望。何よりも揺るぎない明確な本能が存在する。
害悪であるという認識に変わりはなく、哀れみも同情もない。ただ最近は、彼らは脳も肉体も死んで腐り果て、欲望の捌け口を他者に求めるしかなかっただけなのかもしれない、そう考えるようになった。
その“生への渇望”という純粋なリソースが、ケロックという数奇な存在を突き動かしたのだ。
あの目は確かに「迷子の目」だった。しかし、その歩みに迷いはなかった。無欲でありながら、誰よりも“欲”を欲していたのだから。
目的がなければ作ればいい。道がなければ開けばいい。
この在り方は、他の誰よりも人間らしくはないだろうか?
そうして足掻く中で得た関わりと刺激により、彼の生きる目的は徐々に明確なものとなっていった。
今、ルシルの目の前で起こる奇跡も、そういった成長の産物なのかもしれない。
転生者の記憶? 加護や祝福? 思えば、それだけでは説明出来ない何かを、あの診察から感じていたのだ。
(若さとは、成長とは、なんと眩しくて、なんと羨ましいものだろうか。
私の長い人生の中で、あんなふうに命を燃やす理由、生きる目的などな無かったな………)
(………待て、「無かった」?)
そうして振り返った時、ルシルはふと我に返る。
今、この胸に燻っている熱はなんなのだろうか?
私はただ、魅せられているだけでは無かったのか?
これは……彼と一緒だ。今私は、生きる目的を、“欲”を渇望している。
「……こんな体験がまたできるのなら、長生きしても良いかもしれないな」
「「ルシル先生!!!!」」
「ん?」
150年生きてきて、ここまで物思いにふける事は相当珍しかったのだろう。
その時、自らに迫る凶刃に、ルシルは気付く事が出来なかった。




