バレたっぽい
前回までのあらすじ
やっぱり外堀は埋められてた
すっごい気まずい場面に鉢合わせ、十数分が経過した頃。
自室で待機していたケロックの元に、領主と執事、妹、ルシル、そしてルイジアナが訪ねてきた。
「……あっ、ケロッ、ク。気分はどう?」
「……あー、うん。ぼちぼち、かな? ルイの方こそ出歩いて大丈夫?」
「うん、まだ身体が突っ張って痛いから松葉杖だけどね。【手加減EX】が仕事してくれてるみたい」
「そっかそっかーあはははは」
「そうそうーえへへへへ」
互いに夢の中やさっきの事などが気恥ずかしいらしく、目に見えて動揺しまくっていた。
先程の客人と諸事情についてひと通りの説明をした後、領主であるバルディアス・バルガ・フォン・アイゼンヴァルト辺境伯は、大の字でうつ伏せになり涙ながらに叫ぶ。
「本っ当にすまないケロック君!!! 本来ならまずこれまでの事に礼を言うべきだが、おかしな事に君を巻き込んでしまった!
いっそのこと、もうこの場で婚約を決めて欲しい! そうすれば、君を我々の保護下に置く事が出来る!!! この通りだっ!!!!!」
「ちょっやめてよお父様! ってかこの通りってどの通りだ!」
「アイゼンヴァルト家口伝『五体投地から始める交渉術』っ」
「嘘つけ! 初めて聞いたよそんなの!!
ごめんねケロック、当初の約束通り婚約については君の好きにしてくれてかまわないよ。後は自分で何とか出来る気がするし、ケロックも実はめんどくさかったんでしょ?」
ルイは笑顔でそんな事を言うが、裏を返せば『巻き込まれないうちに早く逃げて』と言ってるようなものだ。
『彼のそばにいたい』という思いは嘘ではなかったが、今の自分では足手まといにしかならない。ケロックに向けた誓いを、ケロックを守るために破らなければならない現状を、ルイは必死に押し殺していた。
隣でルイを支えるフニランも、すっかり俯いて塞ぎ込んでいた。彼女の直情的な判断と言動は、救うべき者の立場を悪化しかねない事は、先ほどの失態から重々理解できたようだ。
そんな重苦しい空気を漂わせる一行に対し、ケロックはまだ聞かなければならない事があった。
「フニラン、父さんは?」
「お兄ちゃんが寝込んだけどルシル先生が心配ないって言ったから、次の仕事の前に一回家帰るって。今頃らぶらぶちゅっちゅしてるんじゃない?」
「肝心な時に……マリィさんは?」
「知らない、あれからずっと見てないの」
「捕捉させていただきますと、ウチの馬も見当たりませんな。先日見苦しいものをお見せしたこともあって、おそらく家出に乗っていったのでしょう」
ケロックとフニランの会話に、執事クリストフの捕捉が入る。どうやら変態メイドのマリィは何かしら性的にやらかした時、必ずスタボロスを勝手に乗り回し家出してい流ようだ。
「あんな馬でも一応、我が領の最高戦力のひとつですからな。勝手に持ち出されると困るのです」
「というより、我の巨体を支える馬が他におらんのだ。残念な事にな」
「うーん、これはマズイかも。ルシル先生、あの時の魔力」
「お? 良く気づいたし、良く覚えてたな。多分お前の想像通りだよ」
「ケロック? 何がどうしたの?」
「ルシル先生、一体何が」
一通り必要な情報をまとめ、ケロックとルシルが意味有りげなセリフと視線でウンウン頷きあう。
その様子に困惑を隠せない周囲を見て、ケロックは説明を始めた。
「ぼくがあの言い争いに遭遇した時、既視感を感じたんだ。3年前に僕がいっぺん死んで生き返った時と同じ魔力をね。
あの頃の僕は魔力感知もできなかったし、さっきのは一瞬だったけど、かつて自分の身に受けたものだからよくわかった。つまり先生?」
「ああ、恐らく_____」
「・・・・・ウェルムート神官長」
「おや、どうなさいました? アーノルド殿」
屋敷を追い出されたアーノルド一行は、いそいそと帰路についていた。アーノルドの私兵達は未だ気絶から目覚めておらず、ウェルムートを除く神官が各々肩や背中を貸す形で引きずっていく。
明らかに負け犬の様相を見せる集団に民衆の注目が集まる中、背の低い小太りの神官長ウェルムートだけは、羊皮紙のようなものを見ながらニヤニヤしていた。
惨めな気持ちになっていたアーノルドには、それが我慢ならない。
「なぜあの場で退いたのですか? その締まらない薄笑いの理由はなんです?」
「ああ、気分を害してしまったようですな。申し訳ありません。
大した事ではないですよ? 領主殿はともかく、渦中の張本人であるご令嬢の意志が硬かったので、一度体勢を立て直すべきと判断したまでです。
それに、なかなかの収穫もありましたからね…」
ルイジアナが奇跡的に回復したという情報を入手した時は、病み上がりの弱った精神につけ込んでその心を揺さぶりをかけ、なし崩し的に教会に入れてしまおうと考えていた。
しかしどうしたことか。蓋を開けてみれば、肉体どころかその精神まで回復し強固なものになっているではないか。
魔力暴走はほぼ不治の病。教会でさえ、進行を遅らせて延命させるにとどまっているのが現状であるはずだ。そんな神の代行者たる彼は、『奇跡的な回復』を目の当たりにするという屈辱を受けたのだ。
彼女の胸に宿る希望の光。その裏には、ケロック・クロムハーツという少年が関わっているように思えてならない。実際、高名な魔導師でもある医師チェルーシルもそれを認めている。
だから見逃さなかったのだ、あの瞬間を。
「実は、こんな物を持ち込んでまして」
「それは……【神眼の水晶】? 何でまたそんなものを」
「ルイジアナ嬢をウチで預かる事になれば、どの程度回復してるかをこの目で確認する義務がありましたからね。これをあのケロックという少年に使ってみたんです」
「あの小僧に? 簡易魔法陣を使った一瞬だけでは、大した情報は読み取れないのでは?」
「ええ、2~3秒ぐらいでしたかね? とても有益な情報を入手しましたよ」
ウェルムートは水晶を懐に入れ、逆の手に持っていた羊皮紙をアーノルドに手渡した。
文と呼ぶにはあまりにも少ない。そんな内容なのに、アーノルドはひと目見て顔を近づけ、メガネの位置を調整しながら何度も読み直していた。
名:ケロック・クロムハーツ
種族:ゾンビ(突然変異種)
「__________ふふっ、ふはははははははははははははははは!!!! あーはははははははははははは!!!!」
世界共通の敵。歩く災害。過去にその存在が許された時代は、人類の歴史には存在しなかった。当然、これからもだ。
狂ったように笑いだすアーノルドと、それに続くように笑みを深めるウェルムート。訝しげに通り過ぎる民衆の目も、もはや気にならない。
「素晴らしい! これは素晴らしいですなぁ神官長!!!」
「ええ、神罰を名目に家宅捜索出来ますし、『神敵』を庇いだてした事を弱みに突きつければ、あらゆる意見か通しやすくなる……!」
「『大貴族に潜む魔物の子、英雄の手によって裁かれる』! 実に良い! 良いぞぉ! 血湧き肉躍る!!!」
「早速兵と装備を整えましょう、荒事になる可能性もありますから。私からは200余名の神官戦士を出します」
「私もだ! 前々から温めていた計画を実行する! 晴れて私は辺境伯になるのだ!!!」
平和とは、争いの幕間である。平穏とは、激動の先触れである。
直すよりも壊す方が簡単だし、振り幅も大きくなる。そうやって時代は巡ってきた。
望むのはいつだって仕掛ける側だ。正義はいつだって勝者だ。
そんな当たり前の理不尽が、今ここでも起ころうとしていた。
「てな感じで高笑いしてるんじゃないですかね」
「想像だに難くないな」
ちょうどその頃、ケロックとルシルはそんな様子を見事に的中させていた。
二人とも軽い感じで言うが、要するにクーデターである。先ほどまで部外者を巻き込ませまいとしていたルイも、棒立ちではいられない状況を察し息を飲んでしまう。
しかし、『強いのに動けなかった組』は違った。
「愚不々々々々々・・・・・飛んで火に入る夏の虫! 木っ端貴族が分不相応に我の首を狙おうなど、片腹痛しよじれんばっ!! 馬は不在だが、本物の筋肉を身に纏った屈強な領兵の力ぁ、見せつけてくれるわ!!!」
「かつて“韋駄天”と呼ばれたこの健脚、老害となった今でも健在です! お館様!一番槍は私めにお任せください!! 必ずやその首級、お館様の身元に届けましょうぞ!!!」
抑えきれない怒りを全力でぶつけるために、男2人がポージングやスクワットなどの準備体操を始めている。自由か。
状況に追いつけないルイはあたふたするが、横でフニランが素振りを始めたのを目撃し硬直してしまう。自由か。
お通夜会場が選手控え室へと変貌し室温が急上昇した段階で、渦中のケロックが待ったをかけた。
「士気を向上させているところ恐縮ですが、勝てると決まったわけじゃありません」
「霧っ、何故だ? 代々帝国との鍔迫り合いの最前線として研鑽を積んで来た我が軍が負けると?」
「普通なら負けませんが、だからこそきな臭いんです。
確かに辺境伯領は最前線であるが故に、兵士のほとんどを国境付近の見張りに費やしている。しかし、さっきのアーノルドさんと神官たちが素早く攻めてきたとしても、我々が籠城してしまえば集まってきた領軍に囲まれて終わり、無謀な反乱です。
仮に以前からクーデターを考えていたとして、僕なら何らかの切り札を用意するか、領民や関係者を人質にするかしますね」
「領民を人質などあり得ん。もしそれでクーデターが成功したとしても、そのような行為に及べば王家が認めんだろう。あるとすれば、領主である我に近しい親族か侍従にあたる人物 _____ まさかっ!?」
「ええ、マリィさんが危ない」
「ッチィ、クリストォオフ!!! 今すぐ早馬を手配し、ウチの使用人とアホ馬を迎えに行け!!!!」
「御意っ!」
変態駄メイド、マリィ。彼女は今、辺境伯家直属の侍従の中で、唯一屋敷の外にいる。
緊急事態を把握したバルディアスは、トップ戦力の一人である自らの執事に迅速な指示を出す。即座に駆け出すクリストフに続くように、領主自らも部屋の外に向かった。
「たかが使用人ひとり、最悪の場面になれば人質としての効力は失われる! 切れ物のアーノルドの事だ、ヤツはあらゆる策を講じた上でそのような愚策を用意するだろう! 牽制としては実に有効!!
我は出来る限り手近な軍備を整えてくる! 諸君らはここを絶対に動くな!!」
「お父様っ、ボクは……」
「ルイよ、今この街に散開している200余名、内50ほどしか屋敷内に手勢は居らん。万が一があれば先生やこの子達と逃げるがいい」
「・・・・・ご武運を」
「有無! 先生! ケロック君! 頼みましたぞ!!!」
絞り出し祈るような娘の激励を背中に受け、男は笑顔で立ち去る。
扉は乱暴に閉められ、それらを見送った残りの四人は、互いに顔を見合わせた。
「……大変な事になったな」
「お父様なら問題ありません。領主になってから二度、帝国軍を退けてますから」
「本来なら医者である私も動かなきゃいけないんだが、まさかここに居ろと言われるとはな」
「ルシルせんせー! 大変そうだったら行っても良いよ! お兄ちゃんもルイねーちゃんも私が守る!!! __________お兄ちゃん?」
お家騒動どころか、一瞬で内乱にまで発展した現状を、ルシルとルイは互いに確認し合う。
一方で同じく待機を命じられたが、自分にも出来ることがあると言わんばかりに、愛用の槍をぶるんぶるん振り回すフニラン。ふと、トラブルの中心にいるはずの兄が、なんの反応も示さないのを見て首を傾げた。
「・・・・・フニラン、ルシル先生。僕ちょっと『眠る』んで、見張りをお願いします」
「? どういうことだ?」
意図が読めないケロックの頼みに、ルシルも訝しげな表情をする。
隣のルイは、これ以上迷惑をかけたくないのだろう、ひどく辛そうな表情でこちらを見つめている。
ケロックは振り返る。彼女の誓いを。『大事にする以上に、共に在りたい』と訴える、彼女の表情を。
ケロックは知っている。現実とは理想の上書きであることを。どんなに自らの在り方を誓ったところで、その通り動けない矛盾を。だって、それだけ彼女の病巣は根深いものなのだから。
強さと弱さ、どちらも彼女の本質であると知っている。だからそんな表情をされたところで、裏切られたなんて思いはしない。
ならせめて、彼女がそのエゴを通せるように。でっちあげた無謀の外殻に触れられるように。最後のレールを敷いてあげなくては。
ケロックはこの時初めて、表情を作ってみたいと思った。あの領主のように精一杯の不敵な笑顔を。
「今この場で、ルイの治療を完了させます」




