試練・葛藤・そして母
これまでのあらすじ
性格悪っ!
「変だと思ったんだよ。君の記憶には、かなり幼い頃に人を傷つけた光景さえしっかり残っている。中には生まれて2年の記憶もあった。周囲の物を破壊してしまう程度の事が、物心ついたばかりの赤ん坊の記憶に、そんなはっきり残るものかな?」
ケロックのコピー、通称コピックの目の前に立つのは若い女性。その姿はケロックの母・ルナリアに酷似しており、違いがあるとすればその輝く青い瞳と同じ色の頭髪のみである。
「君の母親、オルディナ・ドラグニカ・アイゼンヴァルト。ガルド先生の長女で、『僕』の母さんの姉にあたる人物。つまり『僕』と君はイトコ同士ってことになる」
ルイは答えない。
「彼女は君を産んだ直後に大きく体調を崩した。病名は『魔力欠乏』。何らかの要因により急激に魔力が失われ、各種器官に大きくダメージを及ぼす病だ。突発的なものなら脳が気絶を促し仮死状態に入るだけで済むが、慢性的なものは『僕』や君の身体にも起こった魔力暴走と同様に、魔術的な回復は見込めず徐々に衰弱し死に至る」
ルイは答えない。
「君が壊したり傷つけたりした記憶の中で、その命を奪ってしまったという認識のものが二つあった。飼っていたウサギのニックと、母であるオルディナ。君の中で最もはっきりとした記憶だったはずだ」
ルイは答えない、下を向いている。
「重ねて言うけど、君の母親の死因は魔力欠乏だ。君のその腕で首の骨を折って死んだニックとは違う。
自らの短命を悟り心を病んでしまった彼女は、毎日のように娘に謝罪をしていた。共に歩めぬ申し訳なさからくるものだったんだろうけど、物心ついた時から聡明だった君が自責の念に駆られるには充分な要因だった」
ルイは答えない、その肩が震える。
「生まれて5年が経ち、最愛の母が亡くなった事をきっかけに、君は自身が壊してきたものを強く意識するようになった。生まれて間もない頃の事ですら、辛い記憶として鮮明に思い返す。この時、既に力のコントロールをだいたい覚えていたにも関わらずだ」
ルイは答えない、その拳が強く握られる。
「結果、君は生まれてからの12年間の記憶を、後悔と自責の念で埋め尽くした。君の母親は、育て方を間違えたんだよ」
「それ以上」
気づけば、下を向いていたルイの目は、突き刺すようにコピックをにらみつけていた。
「それ以上は、言葉に気をつけて欲しい。使う言葉を選んで欲しい。じゃないと、ボクは君をどうしていいかわからなくなる」
その紺色の瞳と黒い髪から、青い光の蒸気が揺らめきながら吹き出していく。先日彼女が円卓を粉砕した時と同じ光景だったが、あの時の激しいものとは異なる静かな怒りだった。偶然なのかその色は、母であるオルディナの髪と同じ輝きだ。
コピックは、そんな彼女を見て鼻で笑った。
「そうだね、管理者権限で見れる情報はひどくまばらだから、憶測でモノを言うのはここまでにしよう。
さて、ここからはちょっとした提案だ。目の前にいる君の母親は、君の【壊してしまったもの】の記憶の中から僕が引っ張り出して再現したものだ。あくまでイメージ、されどイメージ。君の深い深い後悔の源泉とも言える」
「……何が言いたいのかな」
「ぶっ壊してあげるよ、君の後悔」
ずぶり。
母の下腹部に、コピックの腕が肘まで突き刺さる。
あまりにも突然の出来事に、ルイは見ていることしか出来なかった。
「もう一度言うよ? あくまでイメージ、されどイメージ。こんなものが君の邪魔をするというのなら、即刻唾棄すべきだと僕は思うんだ」
ずぶり、ずぶりと、ケロックは腕を動かし、オルディナの内臓を掻き回していく。オルディナは微動だにしないが、その口からは鮮血が溢れた。
まるで、ルイが生まれた場所を象徴するかのように。
「チープなセリフかもしれないけど、本来人とは前に進む生き物だ。あらゆる苦難を乗り越え成長していくものだ。君の12歳という年齢を考えれば、今のこの状況は大きなチャンスとも言えるかもしれない」
ケロック理屈はここまで聞いていてわかる。目の前のケロックはただのコピーであり、この母は自身のイメージに過ぎない。いつか自分でつけなければならない落としどころを、今ここで求められているだけだ。
それでも__
「お願い、やめて」
__ルイは目の前の暴挙を、受け入れられなかった。
「君を殺したくないし、お母様を殺して欲しくない」
「そいつは傲慢が過ぎないかな? ウジウジウジウジ悩んでるよりも、キレイさっぱり忘れちゃった方が身のためだと思うけどね?」
「それでもだよ」
ルイの身体から吹き出していた青い光の粒子が、さらに勢いを増した。その輝きの奔流は部屋中を駆け巡り、周囲にいるものを威圧していく。
「きっと、それが正しい事なんだろうね。客観的に見てこの状態は、ボクを縛る楔になっているんだと思う。
それでも、この思い出は二度と壊してはいけないもの、今度こそ守らなければならないと誓ったものなんだ。誰かに唆されて、気軽に乗り越えていい記憶じゃない」
彼女を中心に吹き荒れる風は、青い光の渦となる。彼女の寝室を投影していた空間は、その勢いに飲まれて消えていく。一部とはいえ、この夢の管理者権限を持つコピックですら吹き散らかされかねない。
「ケロックには感謝してる。コピーである君も同じだから、ないがしろにするつもりは無い。でも、それ以上ボクの心を土足で踏み荒らそうと言うのなら、僕は君を本気でぶん殴るよ」
「良いねぇやってみなよ! その瞬間に僕はこの女をズタズタに引き裂いて……」
「何より、ボクの中のお母様が、そんな悲しい顔をしているのが許せないんだ」
踏み込みは、その拳は、音を置き去りにした。
偽りの部屋は全て吹き散らされ、再び世界は真っ白な空間に戻る。
オルディナの目の前を青い閃光が通り、コピックの首から下が焼失する。
そして遥か後方には、拳を振り抜いた姿のルイと__
__顔面にその拳をめり込ませたケロックがいた。
「・・・・・一応聞くけど、何故?」
「ケロックもコピックも同じケロックでしょ? 延長線上にいたからついでに殴った」
『本質的に愉快犯のクズであることがバレてしまいましたね』
「否定出来ない…」
普段からユニランが受ける苦難を傍観するという、自身のクズ兄っぷりを振り返りながら、ケロックは噴き出す黒い鼻血を手で押さえて立ち尽くした。
ルイは、その様子を見届けてから踵を返し、腹に穴を開けて倒れるオルディナと、首だけになったコピックのもとへ向かう。
当のコピックは「あーあ、予想外のご都合主義ムカつくなぁ」とかぼやいていた。しぶとい。
「えっと、大丈夫?」
「どの口でそれを言うかね、グフッ」
「うっ、ごめん……」
「ハァ、情報開示〝ルイジアナ/更新〟」
NEW!【勇者の卵】
己の恐怖心に打ち勝ち、強大な敵に立ち向かった者に与えられる称号。
運と成長率に若干の補正がかかる。
NEW!【竜の因子】
三親等以内に竜の血族がいた場合、稀に取得出来る常時発動スキル。
病に侵されても小康状態を保ち、90%以上力を解放すると、自動的に竜闘気が発動する。
「えっ、何これ」
「ちょっと予想外だったけど、これで今のままでも寿命は伸びるし、動くのも楽になるかもね」
「まさか、この為じゃないよね?」
「当たり前でしょ? 狙って出来るなら昨日の時点でやってるっての。あくまで全力が見たかっただけなんだから。まあ、ちょっとだけムカついていたのは否定しないけど」
そう言うケロックの身体 (首から上だけ)は、白い光のかけらに変わり薄れていく。
「消えちゃう、の?」
「ゾンビだから頭を潰さないと死なないし、オリジナルならゆっくり再生出来るんだろうけど、僕は所詮劣化版のコピーだからね。別に消滅するわけじゃないよ? 記憶はオリジナルのものと統合されるから、記憶を引き継いだままいつでも復活出来るし」
「そっ、それじゃあ最後に聞きたいんだけど! どうしてあんな嫌われるような真似を?」
慌てて質問をするルイに、コピックは怪訝な顔をする。
「めんどくさいなぁ、後で本人から聞けば?」
「ケロック自身の事は、君ならひねくれながらも答えてくれるけど、彼は多分めんどくさがると思うから」
「へえ、よくわかってるじゃないの」
「それに、全力を出させるなら他にやりようはあるだろうし」
「まだ後悔してる? 母親の事とか」
「……えっ?」
ケロックから救いの手を差し伸べられたあの日、自らの能力を活かす可能性と出会えたことで、自分の中の「死にたい」は鳴りを潜めたが、「死ななければならない」は消えてくれなかった。
仮に制御できるようになったとしても、誰かを傷つけた原因である『呪い』は消えない。そんな自責の記憶だけが生々しく甦り、彼女に『死』以外の贖罪を許そうとはしなかったのだ。
しかし、オルディナが死んだ事についてだけは、既に後ろ向きな感情を抱えることが無くなっていた。
箱入り娘だった類にとってケロックとの出会いは常識破りの連続だったが、自分の心境の変化に驚くことになるとは夢にも思わなかった。
「君の今までの後悔や自責の念っていうのは、自身の無力感から来る現実逃避だった。本当に二度と傷つけたくないのなら、奪ってしまった命を背負いたいなら、その人達の分まで生きて守ってみなよ。君にはそれだけの力がある」
「で、でも」
「『自分が壊したり傷つけたりして来たし、これからもそうなるなら、何もせず居なくなった方がいい』? あんたが憧れる父親は、そんな卑怯者が尊敬する程度の男なのか? 自分の卑屈さを盾に逃げるようなヤツには、誰かに憧れる資格なんて無いんだよ。自領の民を守る英雄の背中を汚すんじゃねえ」
首だけで厳しい叱責をぶつけるコピックに対し、ルイは何も言えなくなっていた。それまでの自分が浅はかだったと気付かされたことで、彼が自分を追い込もうとした気持ちも理解できたからだ。
「ウサギのニックについては確かに子どもであるが故の過失かもしれないけど、母親を死に追いやったのは君じゃない。母親が君に命を繋ぐ事を選んだんだ。産むと決めた時から、彼女は覚悟を決めていたんだよ」
「そんなの、どうしてわかるんだよ」
「ルイの記憶を覗いた時に、何故かこの記録があったんだけど、今ようやく理由がわかった。
そうですよね、オルディナさん?」
「・・・・・えっ?」
ルイがおそるおそる振り返ると、そこには____
「やっほーオルディナさんだよー」
_____かつてと変わらぬ笑顔で手を振る母の姿があった。
※「自分の卑屈さを盾に逃げるようなヤツには、誰かに憧れる資格なんて無い」について
…ヒロインを奮い立たせるための方便であり、個人の感想です。無理に乗り越えようとして傷ついてしまうより、逃げた方が良いこともあります。




