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辺境伯令嬢④

前回までのあらすじ


ゆびきりげんまん嘘ついたら爆ぜろ



 現実の時間にして3分ほど経過しただろうか。3人の意識は夢の世界から浮上し、現実世界に戻って来ていた。


 ルイは、現実の自分の状態を再認識したのか、少しだけ寂しそうな目をしていた。そんな彼女にフニランが声をかける。



「ルイねーちゃん、大丈夫?」



 相手を気遣っての言葉でも、ルイは見逃さなかった。常に周囲のストレスに気を配ってきた彼女だからこそ、フニランの不安そうな顔に気づけたのだろう。

 ルイは返事の代わりに、ゆっくり首をフニランに向け、優しく微笑むのだった。




 ガタガタッ




「えっ、誰?」


「廊下にいるメイドさんだよ、ずっと待機してたんじゃないかな」


「そっか、視線感じるなぁとは思ってたけど」



『だっ、旦那様ぁぁああああ!!!!!』


 

 ドタバタと走り去る音と共に、メイドの叫び声が館中に鳴り響く。




(そう、家政婦は見ていた! 婚約者候補とかいう陰キャゾンビナメクジが、愛しのお嬢様に対して不埒な真似をされぬように!)



 ルイジアナが生まれた時から面倒を見てきた、専属メイドのマリア。お嬢様の身に降りかかるであろうあらゆる事態に対応できるように、扉に空けたのぞき穴(未申告)から監視していたらしい。



(案の定あの少年は、思春期の汚らわしい欲望そのままにお嬢様に近寄り、身動きが取れないことをいいことにそのか細い手に触れていた!!!)


 そこから数分間、3人で輪になって目を瞑ったままだったが、このメイドからすれば「集中してお嬢様の柔肌を堪能する少年」と「目を瞑ってこらえるお嬢様」と「兄に協力する洗脳された少女」にしか見えていない。

 彼女の中では既に断罪(ギルティ)モノだが、客観的に明らかな性犯罪には至っていないため、目と歯茎から血を流す事しか出来なかったらしい。

 普通にヤバいヤツだった。この館は変態を抱えすぎている。



(3人が一斉に目を開け、クソガキは一歩離れ賢者タイム! 妹の方に少しは心が残っていたのか、お嬢様を気遣う素振りを見せる。そこで、家政婦(わたし)は見てしまったっ!!!)



 暴走する力を押さえ込み、どんだけ痛みがあろうとも笑ってくれていたルイ。1ヶ月前のあの事件があってからは、痛みと失意と暴走の恐怖により眉一つ動かさなくなってしまった。唯一見せてくれた感情表現は、ふとした時に流れてくる涙だけだった。


 そんな彼女が、ひと月ぶりに首を動かし、笑ったのだ。

 首から上の傷も少なくない。下手に回復薬や治癒魔法をかければまた暴走するので、ろくに治療も出来ていない。それを動かそうとするには相当の激痛が伴うはずだ。



(お嬢様っ、汚されてしまったのですね!? あの数分であなたは、人肌に触れることの(よろこ)びを知ってしまった! 早く旦那様に報告し粛清せねば!!)



 もちろん盛大な勘違いであるが、『自分が手取り足取り教育して目覚めさせたい』という衝動を必死に堪えてきた彼女にとって、冷静になる余地はない。

 ルイジアナが夢の中で前を向くと決めた時のように、彼女に仕えるマリアも決意を新たにする。



「お嬢様専属メイド・マリィ! あなたの貞操は、アタシが守りますっ!!」





 なお、彼女のこの性格がトッカータでは周知の事実だったので、「1ヶ月ぶりにお嬢様が笑った」ことだけが正しく伝わることになる。
















「ルイっ! 入るぞっ!!!」


「ケロック! フニラン! お前ら何したの!?」


「「「あっお父さん(さま)」」」



 お父さんズが慌ただしく部屋に飛び込んだ時、お子さま3人組は仲良く談笑していた。ファランが少しマリィの報告に引きずられているらしい。



「ルイ!!! 喋って大丈夫なのか!!??」


「いたい、けど、だいじょぶ」


「む、無理すること、無いぞ…?」


「お父、さま。ぼく、がんばる。ケロックが、たすけて、くれる」


「っ!! お前というヤツは……!!」



 なるべく怪我に(さわ)らぬよう、その巨体で包み込むように抱きつき、感涙にむせび泣く父バルディアス。彼の娘であるルイは精一杯の笑顔で応える。それは困ったような、それでいて、ずっとそうしたかったかのような笑顔だった。

 その様子を後ろから見つめ、涙と鼻水をダバダバ流しているのは変態駄メイドのマリィ。「あぁ、なんて(ふつく)しい光景…濡れる……」とか言いながら、床に座り込んでいた。



「えーと、2人とも、説明頼めるか?」


「父さん、ちょっと手出して」


「え? こう?」



 一方で、ファランは我が子たちに現状の説明を求めていた。それには応えず謎の指示を出すケロックに、ファランは首を傾げながら右手を差し出す。

 ケロックはその右手の人差し指と中指を掴み、手首ごと下に折り曲げた。



「イデデデデなんでなんでなんで!!!?? 」



 前腕のスジが伸ばされ激痛が走り、反射的に手を引き背中を丸めたところを、フニランの槍による足払いが襲いかかる。



「ていっ」


「ぐっはぁぁあ!!!??」



 仰向けに勢いよく倒れた父の足を、さらにフニランが槍の柄で抑え、その胸の上にケロックが腰を下ろした。見事な連携プレーである。



「ぐっ、ふたりとも悪ふざけは」


「先に父さんから説明頼める? 僕、今日がお見合いとか知らなかったんだけど。何? 1ヶ月前から決まってたの?」


「・・・・・・・・・・(滝汗)」


「別に親が婚約とか決めるのは良いんだ。ただ、何も知らない子どもの様子を見て面白がるとか大人げないよね?」


「フューフュフューフュッフュー♪(鳴らない口笛)」


「フニラン、サンドイッチってまだ残ってる?」


「うん! あと3個ある!」


「よし、この何も言わない口を塞いじゃおう」


「ま、待て! ガルド先生が「面白いから黙っとけ」って言ったんだ! 師匠だし義父だぞ!? 逆らえるわけなぐぉわっふ」



 無慈悲に突っ込まれる3つのサンドイッチ。確率は33%なので、『ハズレ』はほぼ確定である。

 ファランはこの時、生まれて初めて神頼みをした。


 そして奇跡は起きる。全・弾・命・中、という形で。



「ガフっ」



 ファランは即気絶。悶死は(まぬが)れたようだ。せめてもの神の慈悲である。





「お前ら、患者を増やすなっつったろ」



 部屋の入り口から落ち着いた様子で声をかける者がいた。ルイの担当医のチェルーシルである。

 ケロックは死体(ファラン)の上に正座し、ルシルの方へ向き直った。



「ルシル先生、お願いがあります」


「ほう、なんだ、言ってみろ」


「僕にルイの、ルイジアナ様の治療をやらせてください。本人にも許可はもらっています」



 ルシルの眉がピクリと動いた。



「……出来るのか?」


「やってみないとわかりません」


「身体的な魔力暴走は、この私が20年以上かけて解決しなかった問題だ。未だに教会の神具で進行を遅らせる事しか出来ていない」


「それは、『魔力暴走』全体で見ればの話ですよね? 彼女の症状に限定するなら、できる事がある」



 改めてルシルは、目の前の少年を見た。相変わらず死んだ魚の目だが、確かな決意が宿っている。彼女の脳裏に三年前の、杖を突きつけた時の姿が蘇る。

 ルシルは元々、ケロックの行動がルイの病状を解決する糸口になる事を期待していた。彼女だけでなく、人類が歴史の中で培ってきた知識や技術は、根本的な解決に至らなかった。

 これまでで例外があるとすれば、偶然の産物か神の奇跡。彼女が知る中で、最も身近で確かな存在がケロックだったのだ。


 結果的に良い方向に転がっているし、これ以上ない成果だ。

 しかし、ケロックが目覚めてから三年しか経っていない。ルシルと比べて経験不足なのは否めない上に、彼自身も提案に不確定要素が多いことを自覚している。


 ルシルは自らのふわふわの白髪に手を差し込み、ガシガシと頭をかいた。



「【天の声】か、それとも【女神の死徒】としての力か?

 はぁ〜、勝手にしろ。どうせ私が敷いた【麻痺】も【筋力低下】も抵抗(レジスト)されてるんだ。魔力が暴走すれば、遅かれ早かれ打つ手は無かったしな」


「ありがとうございます」


「私からしても博打だったんだから、許可なんか求めてないで勝手に進めりゃいいものを」


「それなりの時間がかかりそうですし、いちおう担当医には相談しないと」



 律儀にそんなことを口にするケロックを見て、ルシルは呆れたように天井を見上げる。

 たまの診察を除けば、これまで直接面倒を見ることは無かった。しかし、血肉ではなく知識を求めるというゾンビらしからぬ行動に好奇心が湧き、際限なく本を提供した。稀少な加護(スキル)だけでない、確かな才能の片鱗を敏感に感じ取った結果だ。

 まあ、当時彼女が保有していた蔵書を全て読破されるとは思いもしなかったが。


 ルシルにとってケロックは、優秀すぎる弟子のようなものだ。自分が与えた知識を、自分以上に有効活用できる。応用力という点ではとっくに自分を超えているかもしれない。

 ルシルはこの件の判断を、全てケロックに委ねる事を決めたのだ。


 しかし、そんな状況に「待った」をかける者がいる。患者の専属メイドのマリィだ。



「先生! 旦那様! アタシは反対です!!!」



 仕える主人たちの家族愛を恍惚とした表情で眺めていた彼女は、その場で慌てて立ち上がったかと思うと、喚き立てる番犬のごとく猛抗議を投げつけた。



「担当医がケロック様に変わるという事は、彼がお嬢様を好き放題出来るということですよ!? きっと診察にかこつけてあられもない姿をさせたり、治療のフリしてあやしいクスリを投与したりするに違いありません!!」


「あの、辺境伯、本当にこんなのが専属メイドなので?」


「正直我も手を焼いているが、仕事はきちんとこなすのだ……」


「これを機に使用人たちの配属を見直すべきです」


「そんな!? アタシを捨てるんですか旦那様!! 」


「やめい人聞きの悪い!!」








「あの、ぼく、ケロックなら、いいよ?」









 マリィが挙げたやけに具体的なリスクに対し、ルイが全肯定を示したことで、戦場が凍りついた。




そういう(命を預ける)、契約だし」



「・・・・・貴っ様ぁぁあ!!! お嬢様に何をしたぁぁああアアアアッ!!!!!!」


()ぅ、これはもう婚約させても良いのではないか?」


「ルイねーちゃんがお義姉ちゃんになる! ヒャッフー!!」


「ったく、この非常時にファランの馬鹿は寝てやがるし……いても変わんないか」


「若者は良いのう、孫の青春を見れて幸せじゃわい」


「「「「アンタいつからいた!?」」」」



『前も言いましたが、こうやって外堀は埋められていくんですよ』


「・・・・・・・・(遠い目)」




 ケロックの受難はまだまだ続くようだ。


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