辺境伯令嬢③
前回までのあらすじ
大人って汚い
①力のコントロールを覚える
↓
②身体の問題を解決する
↓
③長生き出来る
↓
④婚約者選び放題
「はいここテストに出るよ」
どこまでも真っ白な空間の中で、ケロックは黒板に次々文字を書き連ねていく。その様子を円卓に着いてぽかんと眺める女子ふたり。それでも気にせず「あ、これも追加ね」と言って『パパ上たちをシバく』をさらっと書き加える。
「ここまでで何か質問ある人」
「あ、じゃあはい」
そう言って手をあげたのはルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルト。辺境伯家の一人娘である。
見た目はケロックやフニランよりも小さな子供だが、実年齢12歳。ケロックの身体年齢 (享年で停止している)やフニランの実年齢 (身長は一番高い)より上であり、貴族界で言えば立派なレディだ。
痩せ細った起伏のない身体。抜けるような白い肌。短いマッシュボブの黒髪は、瞳と同じく深い紺色が混じって光るのがわかる。
一見すれば少年と見間違えてもおかしくはない。本人も自分が女性である事をそこまで意識してるわけではなさそうだ。
そんな彼女がまず気になった事。
「そんなにボク……わたしとの婚約が嫌ですか?」
「え、そこ気にする?」
「魅力がないのは自覚してますし、親が決めた婚約なのは理解してますけど、目の前で堂々と「他の人と婚約出来ますよ」とか言われると、なんかフラれたみたいで」
「お兄ちゃん! 女の子に「魅力がない」とか、そんなデリカシーが無い事言っちゃダメでしょ!」
「何でそこ拾うかなー。別に魅力が無いわけじゃないけど、そういうフニランはどうなの? 領主様の娘さんがお義姉サマになるけど」
「え? おねーさま?」
言われて目の前の少女をジーッと見つめるフニラン。もちろん身長が違えば座高も差が出るわけで、少し目線が下がる形になる。
しかしそこは貴族のお姫サマの余裕。少しクスッと笑った後、フニランに向かって両の手を広げる。
「おいでーおねーさんだよー」
「ルイねーちゃんっ!!!」
淑女の余裕と微笑みを乗せた呼びかけに、フニランは大喜びで飛びついた。ほとんどの女の子が憧れた『お姫さま』の姿がそこにはあったのだ。兄がゾンビになった時のあの警戒心はなんだったのだろうか。
「お兄ちゃん! お嫁さんは大事にしよーよっ!」
「いくら何でもチョロすぎない?」
『こうやって外堀を埋められていくんですね、恋愛小説の定番です』
「「えっ、なにこの声!」」
この場にいる者の頭に突然鳴り響く【天の声】に、抱き合っていた女子ふたりが驚き声を重ねる。
『初めましてルイジアナ様、フニラン様。私、ケロック・クロムハーツのサポートスキル【天の声】と申します。以後お見知り置きを』
「ほぁーステキな声ー」
「意思を持つ加護、なの? すごい、初めて見た…見えないけど……」
『ステキな声、すごい……お二人とは仲良くなれそうです』
「君もたいがいチョロいよね? 今さらそんな属性いらないよ?」
どうやら【天の声】さん、ケロック以外の人間と初めて喋るのでテンションが上がっているようだ。意気揚々と解説を続ける。
『改めて説明しますと、ここは私とケロック・クロムハーツとで作成した仮想空間で【超高速脳内会議】と仮称しています。意識のはっきりした夢のようなもので、ここで過ごす1時間は外での5分にしかなりませんので、ゆっくりお話ができるかと思います』
「そっか……じゃあ、こうしてこの子を潰さずに抱きしめられるのも、あなたたちのおかげなんですね」
『身体能力のレベルを常人以下にまで下げましたが、あくまでここだけです。現実のあなたが予断を許さない状態であることに変わりはありません』
「そっか、そっかぁ・・・・・」
何度も何度も理解と納得を示すように、同じ言葉を紡ぐルイジアナ。それでも確認するかのように、抱き締める腕に力がこもっていく。
「包帯越しじゃわからなかったし、そうなる前は怖くて触れなかったけど、人ってこんなにあったかくて、柔らかくて、良い匂いで…あ、これが心臓の鼓動かな。僕ひとりっ子だけど、妹とかいたらこんな感じなのかな……」
「ルイねーちゃん、また泣いてるの?」
「ううん…ごめんね…大丈夫、大丈夫だから……」
周囲が己の力によって傷つき、壊れ、侮蔑と恐れを孕んだ眼で見られて来た。
その崩壊が己に及んだ時初めて、これで周囲を傷つける事はないと安堵した。
なので、こうして人として触れ合えるのがあまりにも嬉しくて、確かめるたびに理解してしまう。嗚呼、これは儚い夢なのだと。
「ほんと、ずっとこうしてられたら良いのに」
『残念ながら、1日の使用可能な時間は限られています』
「わかっているし、本気でそうするつもりはないよ……」
「ハイ、そこで提案です」
「えっ?」
ルイジアナが声のする方を振り返れば、ケロックが先程の黒板を棒のような物でペシペシ叩いている。
棒の先は「②身体の問題を解決する」の文を指していた。
「本気出しても大丈夫な身体を用意するから、僕に命預けてください」
「・・・・・えっ?」
「色々疑問に思うことあるだろうけど、方法とか長い話になるから今は省かせて欲しいです」
衝撃的な内容を事もなげに話すケロックに、ルイジアナは理解が追いついていない。
「そんな事が、可能、なんですか?」
「確約は出来ません。この引き延ばされた時間をいっぱいまで使っても間に合わないかもしれない、予測すら立たないんです。それでもよければ」
「だったら、この力を完全に消す事は出来ますか!? もう、誰も傷つけたくないんです!!」
「スキルはその人を形作る要素の一つ、つまり身体の一部のようなものです。取り除くとなると、それこそ途方もない時間がかかるかと。それだと絶対に間に合わない」
「そんなんじゃ意味ないんだっ!!!!」
気が昂り、怒号と共に拳が円卓に叩きつけられた。
凄まじい衝撃が空間を揺るがし、激しい轟音が鳴り響く。円卓は放射状に割れて砕け散り、木片と粉塵が舞い上がる。
「自分の事はどうなったって良い! 身体の痛みなら12年間耐えてきてもう慣れた! それでも、肉を潰し骨を砕く音と感触が頭から離れないんだ、自分の意思と関係なく相手を傷つけるのはもう嫌なんだっ!!」
本当は痛いのも苦しいのも嫌だった。ただ、激痛と崩壊に怯えて救いを求めるより早く、自分に向けられる周囲の苦しみ、悲しみ、恐怖、見えてしまったあらゆるストレスを感じ取ってしまった。いつだってその光景が彼女の心をえぐり、自分の不安を大きく上回ってきたのだ。
一日に少なくとも10回は、「自分は死ななくてはならない」という心の声につきまとわれていた。自分が生まれた辺境伯家が誇る美しい泉と相反するように、淀んだドブ川のような自分の心に何度も何度も浮かび上がるのだ。
中庭の泉は、代々守ってきた我が家の象徴。社会的にも肉体的にも精神的にも、歪んで汚れ切った自分が受け継ぐのは相応しくない。
「無理やり剥がして後遺症があっても延命できるなら、貴族の令嬢としての責務は全うできる!
仮にそれが原因で命を落としても、父はボクという爆弾を手放せるから、領主として十全に動く事ができる!
全ては、制御できない力をこの身に宿したせいなんだ。これさえ無ければ…何も問題はないはずなんだ」
深い紺色の瞳は体内の魔力によって明滅し、その青い光が12年分の悲しみに揺れ怒りに震え、突き刺すようにケロックに向けられる。
そんな思いの丈を爆発させた彼女に対し、ケロックは__
「今のデータ取れた?」
『ええ、今の硬度なら問題なさそうです。ただ、あれが本気かと言われると…』
「だよねぇ。一度フルパワーを見ておきたいけど、今のも一応数字にはしておこうか。【書庫】から参考用に【硬化】の陣も用意しといて」
『【再生】も出しておきましょう、あって損は無いはずです』
「何、を……え?」
そんな状況を無視して行われる目の前の会話に、ルイジアナは思わず疑問を投げかけたが、誰も答えない。
冷静になって見れば、目の前には自分が粉砕した円卓があり、自ずと気づく。
「力が、戻ってる?」
『元の筋力を再現、出力を安定化させ、硬さをプラスしてみました』
「骨を中心に肉体的な柔軟性をキープしながら、か。【天の声】さんいい仕事するね」
『恐縮です。この結果は今後の「からだづくり」の参考にさせていただきますので、成功すればその身体はルイジアナ様のものですよ』
感情に任せて力を振るい、家具を破壊してなお痛まない拳に、折れない腕に、外れない肩に、ルイジアナは目を見開いていた。
その後の説明で、彼女は更に驚く事になる。
「正直ね、もう出来てるんですよ、コントロールってやつ」
ケロックは足元の木片をつまみ上げ、はっきり結論づけた。
「怒りに任せてテーブルを壊したように見えて、実は無意識に力をセーブしている。こんなモノ、本気で殴れば真っ二つどころか木っ端微塵なはず」
「そんなの偶然じゃ・・・」
「じゃあどうしてフニランは無事なんですか」
一瞬なんのことかわからず硬直し、はっと気づく。
今、懐にはフニランが飛びついていて、自分の片腕が優しく抱き返している。先程の彼女の怒りを間近で見ていたからか、見上げるその目には自身を気遣う光が込められているのがわかった。
「怒りのあまりテーブルを破壊したのに、フニランを抱き潰さず、僕も含めて破片を飛ばさず、見事な力加減ですよねぇ。これは本当にあなたが思っているような力なのかな?」
「あなたは、自分の妹を実験台に!?」
「ルイねーちゃん! わたしは全然平気だよ! もしわたしに何かあっても、こんな世界だからお兄ちゃんは生き返らせてくれるでしょ?」
「いや? 試した事ないから、管理者である僕以外の復活は保証されないよ?」
『出来たとしても精神ダメージが大きいので廃人になる可能性がありますよね、なんせ一度死を体験するのですから』
「……あれぇ?」
「まあこの結果は知ってたんだけどね。情報開示〝ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルト〟」
名:ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルト(12)
種族:超人 (劣等種) 状態:魔力暴走
●称号
【辺境伯令嬢】【七美徳:忍耐】
●スキル
【怪力】【身体強化(暴走)】【痛覚耐性】【手加減EX】
【手加減EX】
自身の筋力の範囲内で、イメージ通りの出力が出せる。常時発動スキル
全ての動作において、半自動的に発動。
教会の特別なアイテムでしか覗けない自分の情報が、なぜか目の前にある。
しかしそんな事はもはやどうでも良い。涙でぼやけていく視界でも、そこから目が離せない。
確かに彼女の欲しくてやまないものが、最初からそこにあったからだ。
「そん、な」
「何かを壊すたびに傷ついて、気づけば罪悪感でいっぱいいっぱい。このスキルもそんな願いから、幼少期の時点で覚えてたんだと思いますよ? あなたが必死に人を避け始めたタイミングなのは、とんでもない皮肉ですが」
「ボクは、今まで何を……」
「病気さえ治せば、あなたは人並みの生活を送れるし、憧れた父親の背中を追う事だって出来る。それまでの間不安なら、ここで目一杯練習してけば良い。
もう一度聞きます、僕にその命預けてくれませんか?」
目の前で少年が片膝をついて、右手を近づけてくる。まるで、ダンスに誘う紳士のように。
その提案は今のルイジアナにとって、あまりにも都合が良すぎた。実際に具体的なやり方も、それをしようとする少年のメリットも聞かされていないし、自分の思考も感情も追いついてないのがわかる。
それでも今を逃したら、自ら誰かに頼る機会なんてやってこない。今が自分の運命に対してできる最後の悪あがきなんだと、直感で理解した。
自分を夢の世界に誘い、未来に繋いでくれた手。
「……気軽にルイって呼んで良いし、かしこまった態度もいらないから」
「よろしく、ルイ」
現実世界でも差し出されたその手を、今度こそ迷いなく掴んだ。
最初に触れた時は、包帯越しだったのでわからなかったけれど。
少年のその手は冷たくて、暖かかった。




