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辺境伯令嬢①

前回までのあらすじ


兄妹がバイオテロ容疑で捕まったよ。



 この世界では、【魔力暴走】と呼ばれる現象がある。

『大規模な魔力行使の爆発事故』『高濃度の魔力が大気に充満にした時の酩酊(めいてい)に似た悪心(おしん)』など、魔力そのものが及ぼす被害の総称としてそう呼ばれるのだ。

『生前のケロック』の死因も、魔力暴走と呼ぶにふさわしいものだった。肉体の魔力制御や循環に先天的な異常があり、心肺という生命活動そのものを(つかさど)る器官に影響したために、11歳という若さでこの世を去る事になった。


 稀有(けう)な症状だが、奇しくもアイゼンヴァルト辺境伯令嬢が同じ病気にかかっている。ケロック達とほぼ同年代である事から、残された時間が短い事も容易に想像がついた。

 しかし彼女の場合、ふくれあがったのは魔力だけではなかったようだ。









「お嬢様、お客様をお連れしました」



 メイドに案内されたその部屋の寝具には、包帯でぐるぐる巻きにされた幼い子供が、上体をわずかに起こす形で横たわっていた。



「ファラン・クロムハーツ様のご子息、ケロック様とフニラン様でございます。

 お二方、ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルト様でございます。私は廊下で待機しておりますので、くれぐれも失礼のなきようお過ごしください。何かありましたら即座に駆けつけます」



 そう口にするメイドの目には、明確な敵意と猜疑心(さいぎしん)が込められていたが、なぜか返事も聞かずさっさと退室していった。もしかしたら彼女にとって、この状況が不本意でありながらそうせざるを得ない事にイラついていたのかもしれない。つまり、領主を含めた大人達による、動かしようのない思惑や命令が絡んでいるのだ。

 部屋の扉が閉まるのを確認したケロックとフニランは、改めて目の前の人物に注目する。


 少女は腰から背中にかけて大きなクッションを敷いており、半座位と呼ばれる呼吸や血流を妨げない体勢で寝かされていた。

 ケロック達と同年代らしいが、身長はフニランどころか、ケロックよりも小さい。女性特有の膨らみもなく、10歳にも満たない子供のような身体をしている。その上、包帯越しからでもわかるほどその身体は痩せ細っており、ますます小さく見えてしまう。

 薄い寝巻きから覗く身体には、余すところなく包帯が巻かれ、ところどころに血でにじんだ跡が見える。大半は乾いて変色しているが、未だ生々しい赤に染まる部分も少なくない。

 唯一、両の目にあたる部分にすき間が空いていて、薄く開いた目の濃く深い藍色の瞳が2人を突き刺すように見つめていた。



 フニランは緊張の面持ちで、震えながらケロックの前に立とうとした。


 いつだってそうだ。兄の後ろに隠れてた妹はもういない。兄を守るために強くなると決めてから、フニランは後退のネジを外していた。

 女の子らしく育って欲しかった父はがっかりしていたが、実をいうとその本質はそこまで変わっていない。


 何もかもが怖くてしょうがない。ずっと兄に引っ付いていたい。

 しかし、ただそばにいるだけの存在に成り下がるのは嫌だった。

 頼りないけど、自分を守ろうとしてくれる兄に報いなければ。その大義名分を持って棒を振るい、やがて馬のバケモノ(スタボロス)との対面した時と同じように、何かあるたびに率先して前に出るようになっていた。



「フニラン」



 そんな妹の肩に手を置き、声をかけるケロック。



「そんなこわい顔しない。まずはご挨拶」


「えっ? あ……」



 兄に(さと)され振り返るまで、フニランは失念していた。自分は今、貴族のお嬢様と謁見しているのだ。

 自分はただ、自分が怖いと思ったものに対して、兄を守ることを言い訳に敵意を向けただけの子どもだった。


 慌ててもう一度正面を見れば、傷だらけの令嬢の目から一筋の涙が溢れている。目の前の子も、自分と同じ怖がりな女の子だと気付かされる。



「ごっ、ごめんなさい! ルイジアナ、さま? 私フニランっていうの! だからどうか泣かないで!」



 恥ずかしいやら申し訳ないやらで、自分の顔から火が出そうなほどの熱を感じ、慌てて駆け寄っていく。

 そんなフニランを見つめながら、スキル【天の声】はケロックに問いかけた。



『珍しく兄らしいことをしますね』


(ふう、初対面の女の子に話しかけるとかハードル高いしめんどいし、妹も友達出来るしで一石二鳥)


『前言撤回します。クズ極まってますね』



 ケロックは相変わらず無表情だが、【天の声】にはわかる、これがドヤ顔であると。

 腹立つ顔だと思いながら、ジト目で主人の顔を睨む。スキルだから立つ腹もジトる目も無いのだが。


 それにしてもと、【天の声】は改めて2人の少女に無い目を向ける。


 わたわたと駆け回り声をかけるフニランに対して、未だに無反応のルイジアナ。それらしい動きがあったのは先程の涙と、今も二人を交互に追っている藍色の瞳。その頭や首を動かすことも無ければ、声を発する事もない。

 ベッドの下から魔力反応があるので、【麻痺】か【弱体化】、もしくは両方の効果がある魔方陣でも敷かれているのだろう。

 つまり、会話や筆談・ジェスチャーなどの意思疎通の手段が一切通用しないのだ。

 

 わざわざそのような措置を取らねばならない理由も、何の説明もなく子供だけで会わせる意図もわからない。藁にもすがる思いなのは理解できるが、いったい自分たちに何を期待しているのだろうか。



『・・・・・一度部屋の外のメイドに話を聞いた方が良いかと思いますが』


(言わんとしてることはわかるけど、一介の使用人じゃ教えてくれないと思うよ。だからさ、アレを使おう)


『アレって、アレですか?』


(使う機会なんて無いと思ってたけど、フニランの成長と関係の構築につながるなら、数ある秘密の1つぐらい教えたって良いんじゃないかな)



【天の声】にそう言って、ケロックは2人の少女に歩み寄る。

 ちょうどフニランがルイジアナの右側に回り込んでいたので、ケロックはベッドの左側に腰掛けた。



「フニラン、落ち着いて聞いてほしい」


「ふぁ?」


「今から『お兄ちゃんの秘密』を少しだけ見せてあげる。フニランは僕のこと信じられる?」



 そう言って左手を差し出すケロックに対して、フニランは驚愕に目を見開いた。


 コソコソと森の中に消える兄の背を、いつも目で追っていたフニラン。何度か尾行しようとしたが、その度になぜか見失ってしまう。


 10回目の尾行に失敗したあたりだっただろうか? 兄はその日、いつもと違ってフニランを()こうとせずにこう伝えたのだ。

「今後『お兄ちゃんの秘密』を知ろうとしたら、兄妹の縁を切る」と。


 あまりにも淡々とした口調で話す兄に、フニランは怯えながらもこう返した。

「そのうち教えてくれるなら」と。


 兄はそれに対して何も言わなかったが、翌日からフニランは尾行をやめた。




 返事なんてなかったから、約束なんて成立していないと思っていた。あの日あきらめた兄の秘密の一端を、いまここで披露してくれると言っているのだ。



「覚えててくれたの?」


「フニランこそ、よく我慢したね」



 指示されなくてもわかる。ベッド越しに差し出された兄の左手に、フニランは身を乗り出して右手で掴む。

 相変わらず冷たいけど、暖かい手だった。



「はじめましてルイジアナ嬢、先程ご紹介に預かりましたケロックと申します。詳細は後ほどお話ししますが、不躾にも貴女の手を取る無礼をお許しください」



 と言うや否や、残った右手でルイジアナの左手を取るケロック。フニランも彼女のもう片方の手を取ることで、3人で輪を組むように繋がることが出来た。

 彼女の手に力は入らない、その表情も変わらない。ただ、瞳が困惑に揺れているのがわかる。



「スキル【天の声】」


『派生スキル発動条件のクリアを確認。

 ルームを作成します。

 場所を指定してください』


「無意識領域を表層に展開」


『展開しました。

 新規ユーザーを確認。

 管理者権限を利用しログインを認証。

 脅威限度クリア、相互意識侵食はありません。

 パスワードを入力してください』


「【超高速脳内会議】起動」


『認証しました。ルーム【超高速脳内会議】に入室します』




 フッとブレーカーが落ちるように、3人の視界が暗転した。















 どこまでも真っ白な世界。

 床もなく天井もなく壁もない。前後も左右も上下もない。


 そんな空間に小さな木製の円卓と、人数分の丸椅子だけが用意されていた。



「さて、始めますか」


「あれ? お兄ちゃん?」


「ここは一体……あっ? 声が出る?」



 各々が声をあげる中、ケロックとフニランの知らない声が部屋に響き、2人の視線が発生源に集中する。


 短いマッシュボブの、ケロックよりも小さな子供。抜けるような白い肌のその子はどこか中性的で、一見すると男女の区別がつかない。

 しかし、その双眸に宿る深い濃紺の瞳には見覚えがある。



「もしかして、ルイジアナさま?」


「そうだけど、ってえ? 包帯って言うか傷が……」


「詳しい説明は後にさせてもらうけど、改めて自己紹介を。騎士ファラン・クロムハーツの息子、ケロック・クロムハーツです」


「同じくフニラン・クロムハーツ! お兄ちゃんの妹です!」


「えっと、ボク、じゃない。私は、アイゼンヴァルト辺境伯家第一子、ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルトです。

 そして、あの、すごく、すっごーく言いにくいんですけど__ 」



 ルイジアナは、色々と状況が飲み込めないのをぐっと堪え、数ヶ月ぶりの発声に気をつけながら、とても申し訳なさそうに言葉を(つづ)っていた。

 それは、今から話すことについて、ケロックが何も知らされていない事と、





「__ケロック、様。あなたの許嫁(いいなずけ)です……」




 それらを目論んだ、悪趣味な大人達の存在を嘆く、そんな謝罪だった。




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