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老人の正体とオニワサビの慟哭

前回までのあらすじ


主人公なのに、ここまで何もしてないことに気がつきました。


「……はーやれやれ」




 結果だけ言えば、倒れたのはフニランで、立っていたのは老人だった。

 ただし、兄の奪還には成功していた。



「ケロック君、だったか。大事にされとるし、君も相当だな」


「いつも僕を守ってくれる自慢の妹ですから」


『守られる前提で動く事自体、クズ兄極まってますね』



 実際ケロックはここまで、()()()()()()()してこなかった。めんどくさかったから。

 それでも老人はこの少年に対して、言い知れぬ恐怖のようなものを感じている。









 双方の槍が交差した瞬間まで遡る。


 老人がフニランの槍を叩き落す瞬間。老人のすぐ横から濃密な殺気が放たれた。

 右肩に魔王と同等の脅威を乗せてしまった、そう思えるぐらい強烈な存在感に、歴戦の猛者である老人ですら一瞬の硬直を禁じ得なかった。

 その隙を、極限まで集中していたフニランは見逃さず、自らの得物を(おとり)にし、右肩のケロックに飛びついていたのだ。


 着地した後、フニランは感極まって「獲ったどー!!!」と叫んでいたが、先ほど老人の槍を掠めていた頭は脳震盪(のうしんとう)を起こしていたため、そのまま意識を落としたのである。




(技にも(リーチ)にも差があったし、その気になれば嬢ちゃんごと叩き落しても良かったんだが、槍じゃなく嬢ちゃんを狙っておったら、無事ではすまなかったかもしれんな)



 老人の目の前で、何事もなかったかのように妹の面倒を見るゾンビの少年。不気味に見えるが、害意の基準が一般的かつ善良な人間と大差ないのが、せめてもの救いだ。


 それに__



「僕を、殺します?」



 この場において異常とも取れる質問を、少年は少し遠慮がちに聞いてくる。

 この世界に生を受け、最初に町医者から敵意を向けられた時も、無言で問いかけた内容だった。



「質問を返すようで悪いが、なぜ抵抗しなかった? あのタイミングで殺気をぶつけてきたのは何故だ?」


「妹の成長を見たかったからです。でも、見てられませんでした」


「なるほど、な」



 これ以上の警戒は不要だと判断したらしい。口調を柔かいものに切り替えた老人は、懐から緑色の液体が入った小瓶を取り出して、ケロックに投げ渡した。薬草の汁に魔力的な処理が施された、いわゆる低級ポーションである。



「それを垂らせば血は止まるが、少し抉れてしまっているし、放っておくと跡になるだろう。1日2回一滴ずつ塗るように。怪我させたのは儂だから、遠慮なく使え」


「ありがとうございます」


「うむ、素直でよろしい。目を覚ましたら中庭に行け、ファランが待っておる。

 ガルド・ローエン・アイゼンヴァルトは君らの美しき兄妹愛に、ケロック・クロムハーツが1人の『人』であることを認め、ここに宣言する。方々(ほうぼう)に文書を(したた)めておくので、これからの身分については保証しよう。2人の行く先に災い無きよう」



 そう言って老人は踵を返し、「ほれさっさと介抱せんか、見た目だけのニセ筋ども」と筋肉双子に一喝してから去っていった。















「すごいじゃないか、先生に認められるなんて」



 すぐ後にフニランが目覚め、二人は中庭で剣を振っていた父と合流、そのままお昼ごはんになった。


 領主の館の中庭には大理石で出来た溜め池のようなものがあり、四方に向かって伸びる水路へと流れ続けている。これがアイゼンヴァルト領の名物『浄化の泉』である。今も魔晶石から魔力が送られ、微弱とはいえ呪殺の魔方陣が発動し続けているので、基本的には立ち入り禁止となっている場所だ。

 子供達が持ってきた妻の手料理であるサンドイッチを片手に、ファランは説明を続ける。



「ガルド先生は現王の武術指南もやってた元Sランクの冒険者で、すごい人なんだよ。僕もかつてあの人の師事を受けたことがある」



 ガルド・ローエン・アイゼンヴァルト。

 先々代アイゼンヴァルト辺境伯の三男であり、現当主の叔父にあたる人物である。

 クランやパーティではなく個人でSランクを取得した凄腕の冒険者だったそうで、


 曰く「複数の高難度ダンジョンを単独踏破」

 曰く「1人で1000人規模の一個大隊を制圧した」

 曰く「竜王に実力を認められ、その娘を嫁にした」


 など、噂や実績は数知れない。

 引退後も大陸中を漫遊しながら行く先々で出会った者に武術を仕込み、有名な騎士や高ランクの冒険者、果ては革命に成功した英雄など、優秀な弟子を輩出しているらしい。

 爵位も何も持たないが、王族も頭が上がらない存在であり、この男に認められたならケロックのこれからは安心だと、ファランはにこやかに話していた。



「事前に説明もしたし、迂闊なことをしない人なのは知ってるけど、基本的に『強い魔物は即殲滅』って考えの持ち主だから、心配でしょうがなかったよ」


「へーあのおじーちゃんそんなすげー人だったの」


「フニランこそ、そのすげーおじーちゃんを出し抜いてケロックを奪還したんだろう? よく頑張ったと思うよ」


「次会った時には絶対に勝つ。この傷はそれまで残しとく」


「えっ、それ治さないのかい? 痕が残るよ?」


「戦士の勲章ってヤツだね!」


「女の子がおデコに傷とか、母さんになんて言おう……」



 良い笑顔でサムズアップする娘に、眉間を押さえてため息を吐く父。

 ケロックはふと、それまで行き詰まっていた疑問を投げかける。



「父さん、ベントレールさんて知ってる?」


「ん? そっか、視察中の彼に会ったのか」


「おとーさん、ベントレールさんは私とお兄ちゃんを迎えにウチに来てたけど、私たち外に遊びに行ってたの」


「え? 待って。てことは、ルナリアと……ふたり……きりだった?」



 フニランの補足の意味を噛み砕いて、今度はだんだんと青ざめていくファラン。なんだか雲行きが怪しい。



「……まぁ、子どもにこんな事話してもしょうがないけどさ、アイツは友人であると同時に、母さんの元婚約者なんだ」


「ぅわぁお、それでそれで?」



『こういう時の妹さんの食いつきがすごいですよね』


(男らしさも女らしさも母さん似だからなぁ)



「母さんと一緒に冒険者してた頃は、お互い意識する程度にとどまってたんだけどね。戦争の功績で男爵位が貰えることになったから、叙任式の時感極まって、彼女のご両親含む王侯貴族の前でプロポーズしちゃった」



 そこで語られた両親の馴れ初めは、子どもたちにとって衝撃的なものだった。両親が冒険者であったことは聞かされていたが、そんな絵物語のようなドラマがあっただなんて、夢にも思わなかったのだ。


 式典に参列した者の中で、出自や家格の差を理由に猛抗議をした一部を除き、娯楽に飢えた王侯貴族の反応は概ね良好だったらしい。

 結局、ルナリアの両親が「男爵位から騎士爵位への降格」と「冒険者稼業の引退」を条件にを認め、その場で国の守護と永遠の愛を誓う事になった。



「ちなみに、ガルド先生がルナリアの父だよ。ふたりの祖父にあたるね」



 たたみ込むように告げられた衝撃の事実に、兄妹の開いた口が塞がらない。フニランなんかは額の傷に手を当てて「お祖父ちゃん!? ほげーっ」と天を見上げている。


 ガルド・ローエン自体に爵位は無く、その娘であるルナリアも貴族ではない。しかし、王家武術指南役だったガルドと、竜王の娘であるその妻は、下手な王族よりも発言力と影響力があった。

 だから当時は、王都の貴族であるベントレールとの婚約も実現していたし、それを破棄して冒険者あがりの準貴族との結婚も押し通せたのだ。



「その場にベントレールもいてね。口では了承してくれたけど、貴族としては不名誉極まりないだろうし、内心どう思ってるかわからないよ。お互いに何となく避けるようになって、それ以降は顔も合わせてないんだ」



 そんな事があったのなら、両親の警戒心にも納得がいく。それでもあんな顔で話が出来る男だから、なおさら胡散臭い。



「それにしても、このサンドイッチ美味しいね。ルナリアの新作だろ?」



 ルナリアから渡されたバスケットのなかには、美味しそうなサンドイッチがギッシリ詰まっていた。 

 彼女の手料理でサンドイッチは初登場だったので、最初は恐るおそる口に運んでいたのだが、新鮮な野菜とオニワサビペーストを混ぜた爽やかソースの香りで、気づけば三人とも舌鼓を打っていた。



「ルナリアも腕を上げたなぁ、オニワサビは1割以下の濃度で使わないといけない食材だけど、この味はガリッみょわガァアあああっっ!!???」




 それでも、警戒を解いてはいけなかったのだ。


 オニワサビの実はその刺激ゆえに、専門の資格が無いと加工が出来ない。なので、市販されている物はだいたい加工品である。

 ルナリアが購入したのも例に漏れず、乾燥させ粉末にしたものを特殊な果汁で薄めてペーストにした、ごくごく一般的なもの。

 しかし彼女の「サンドイッチ」という新たな挑戦が、摩訶不思議な失敗作(ミスリードクッキング)への扉を開けることになってしまった。


 具体的に言うと、パンで挟んだ空間に謎現象が発生し、一度乾燥して粉末にまでしたはずのオニワサビの実が、()()()()()()()()()()()()

 何を言ってるんだと思うかもしれない。筆者もよくわかってない。ルナリア・クロムハーツだからとしか言いようがない。


 その確率、33%ジャスト。

 新作【三度に一度のロシアンルーレット・サンドイッチ】爆誕である。




 涙と鼻水に塗れ、血の泡を吹いて気絶するファラン。地面には「わびさ」というダイイングメッセージ。

 ケロックはだいぶ序盤から当たっていたが、即座に痛覚と味覚を遮断したので、涙と鼻水以外のリアクションはない。領主たちとの対面で傷ついた胃にダメージが蓄積していく。

 4つ目をたいらげたフニランは運良く当たらなかったが、倒れ込む父と、顔中の穴から体液を垂れ流す兄を交互に見やり、両手を合わせて叫ぶ。



「ごちそーさま! お屋敷のみなさんにもごちそーしてくる!」



 数分後、領主館のあちこちで悲鳴があがることになる。


















「全く、患者を増やすんじゃないよアホ兄妹。子供のイタズラじゃ済まされないぞ?」


「文句はウチの母と妹に言ってください」



 ここトッカータには、チェルーシル・リシルという優秀な医師がいる。辺境の町医者でありながら、その腕により遠方から診察を望む者も多い。だからと言って変死体を増やしていい理由にはならないが。



「これからお世話になるお屋敷のみなさんにおすそわけをしたかっただけなの……」


「なあフニラン、ファランが倒れるのを見た後では確信犯以外の何者でもないが?」


「ほら、妹も悪気があったわけじゃないですし、僕が止めきれなかった(嘘)のも悪いし反省してる(嘘)んで、ここはひとつルシル先生の寛容な心で許してやってください」


「私はお前ら兄妹が、いつかとんでもない事をやらかすと思っている。それもそう遠くない未来に」



 一つの部屋に押し込められた、犠牲者である使用人7名。屋敷の人間全員が食べたので、割合としては少ない方かも知れない。というか、全員に行き渡るほどのサンドイッチがあのバスケットに入っていたのも謎現象である。


 ちなみに『ハズレ』を引いた者の中にも無事な者がいて、それぞれ執事長・料理長・領主の3人が、

「ふむ、中々の刺激、筋肉が震えますな」

「まさかこれは…食材の復活!? 一体どうやって!??」

雄々(ォオ)ッ!! 久しく血湧き肉躍る!!!」

 と、三者三様に感想を述べていた。ちなみに各々が例外無くマッチョである。



『筋肉をつけると辛味に耐性が付くのでしょうか』


(でもあそこで門番も伸びてるよ? アードンだかサムスンだか忘れたけど)



 ケロックの視線の先には黒光りする筋肉双子が「弟よ、達者で生きろ…ガクッ」「兄さぁぁあん!!!」などと寸劇を繰り広げていた。ただの食道炎である。



「とにかく、おまえら家族は互いに互いを甘やかしすぎだし、盲目にもほどがある。辛うじて良識があるファランも頼りにならない。無理に自覚しろとは言わないが、身内の言動に少しぐらい疑問を持て」


「子供なので、むずかしい話わかりません」


「ゾンビなので、人間の常識わかりません」


「お前ら本当に母親似だな!!?」



 全く反省の色を見せない兄弟に、冒険者時代のルナリアの顔が重なり、声を荒げたルシル。しかし、今のルナリアもそんなに変わりなかったことを思い返し、成長しても治らない血筋なのだと割り切った。息子に至っては死んでも治らないようだし。



「そういえば、先生は何でここに?」


「呼んだらすぐ来てくれたよね?」


「ん? あー、君らはまだここの令嬢には会ってないか」



 話しながらもルシルは胃薬の調合の手を止めない。



「元々ここにはご令嬢の診察に来てるんだよ」


「あぁ、僕らと同じくらいの娘さんがいるんでしたっけ」


「お兄ちゃん、領主さまの娘さんって、お姫さま?」


「伯爵令嬢だから違うような……」


「正確には辺境伯令嬢だ。侯爵とほぼ同格だし、実質的な権威はさらに上。あまり変わりないんじゃないか?」



 辺境伯という爵位は、現代日本の一般的な価値観だと『田舎の貧乏貴族』と勘違いされがちだ。実際、何も知らない王都の貴族たちからもそう揶揄(やゆ)されている。

 しかし、中央集権型の封建君主政において、王都から離れた国境付近の重要な領地を任される辺境伯は、一種の治外法権に等しい。

 家格では第二位にあたるが、直接命令を下せるのは国王や大公のみ。下手な公爵家にも逆らう事が出来てしまうのだ。羨望の的にもなるだろう。



「しかもアイゼンヴァルト辺境伯領は、領主自身が帝国との最前線に居を構えているんだ。そんな状態で地方貴族や豪族どもを纏めあげるくらいだから、そこらの小国より遥かに精強だろ」


「歴代の領主様は帝国側に開拓を進めなかったのでしょうか?」


「森の向こうは【大渓谷】を挟む広大な荒れ地が広がっているからな。より強力な魔物もいるから旨味が少ないし、帝国からの障害にもなるから放置されているんだよ」



【大渓谷】と呼ばれる、深い断崖の亀裂。その深さ故に侵入は困難で、魔力の滞留により半ば異界化されつつあるので、下手な集団で侵入する事が不可能になっている。

 帝国が侵略国家でありながら、東側に位置する王国へ攻めあぐねているのは、こうした【大渓谷】を迂回しなければならない道程と、辺境伯軍の精強さによるものが大きく影響している。



(想像してたより重要拠点だったここ・・・)


『それでいてかなり特殊ですが、絶妙なバランスで成り立ってますね』



「うー、よくわかんない・・・」


「まあだいぶ脱線したが、ここの家系は王族とほぼ同じくらい大事ってことだ。お姫様ってのもあながち間違いじゃない。何なら、 二階の廊下の突き当たりが彼女の部屋だから、挨拶がてら会ってみてくれないか? 私はこの通り手が離せないからな」


「子ども同士とはいえ、嫁入り前のご令嬢の部屋にこんな若造を向かわせて良いんですか」


「構わん! 我が許す!」



 部屋に鳴り響く大音声に、気絶した者以外全ての視線が集まる。

 そこに立つのは我らが領主、バルディアス・バルガ・フォン・アイゼンヴァルト辺境伯である。先程の赤フンスタイルではなく、立派な白い軍服衣装に身を包んでいる……と思ったけど、包みきれていない。胸のボタンがはち切れている。



「元より貴君ら2人を招待したのは我が娘の為! 虚弱な娘の友人になってもらうためだ!  奮脱破(ふんぬば)っ!!!」



 説明しながらもサイドチェスト。パァンと高そうな軍服が背中からハジけた。

 こうして日々消耗するのに、なぜオーバーサイズを作らないのか。そもそも着替える意味があったのか。

 しかし彼は、直後に前触れもなく脱力し、膝をついて項垂(うなだ)れた。その顔からは苦渋と悲哀が滲み、声にも力が入らなくなる。






「……頼む、もうあまり猶予がない」




 領民が慕い、国中の誰もがおそれった辺境伯。生前のケロックが憧れた存在。

 しかし今、ケロックたちの目の前でうずくまっていたのは、自らの無力さを嘆く一人の父親だった。



ここからシリアスになってほしいという願望

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