フニラン覚醒
前回までのあらすじ
兄が拐われた! 妹が助け出そうとしている! 兄は嬉しそうだ! 気持ち悪い!
フニランは改めて自分の手にある槍を見る。
銘は【ユグドラシル】。フニランが名付けた槍だ。
フニランのサイズに合わせた、木製の槍。村の木工職人が一本の樫の枝から削り出した、継ぎ目なし文句なしの一級品。少し大きな穂先は斬れ味などないに等しいが、中には鉄芯が仕込まれており、叩きつけても威力は出るし、何より刺突で木の板程度なら貫ける。
これを作った男も例によって母ルナリアに惚れて(もとい誑かされて)いたため、フニランの10才の誕生日に贈られた代物だ。
元々フニランが振るっていたのは、ただの木の棒だった。
兄は死の淵から復活してすぐいじめに会い、フニランが庇おうとしたところを地面に押さえつけられた。その時は兄が助けてくれたが、あの時ほど自身の無力を呪った事は無い。
その日の午後は、ルナリアの愛情こもったオヤツである【口に入れるとなぜか3倍に膨らむシフォンケーキ】をバフモフしながら、ちょうど帰ってきていた父ファランに猛抗議をしたのだ。
『ばふぁんはまふばふっふまりもはん!!!』
『飲み込んでから喋りなさい。武器を教えて欲しいの?』
ファランは「女の子だしなぁ」とか言いながらも、お父さんカッコイイの一言が欲しいがために、その辺の棒をテキトーに振っては「フッ(キラーん)」と決めポーズ。残念ながらフニランはじーっと凝視してるだけなので、やめるにやめれないファランは途中からまじめに演武をし、その後20分間「フッ(キラーん)」を繰り返した。
ちなみにケロックは味覚が無い寂しさを紛らわすため、食感を楽しむ事でカバー。終始もっきゅもっきゅしていた。
なお、ファランの「フッ(キラーん)」がルナリアには『こうかはばつぐんだ!』状態だったようで、その日の夜もギシギシ以下略。
翌朝家の前には、誰よりも早く起きて棒を振るうフニランの姿があった。
少し肌寒い中で玉のような汗を浮かべ、真剣な眼差しで棒を降り続ける。そんな彼女の様子に鬼気迫るものを感じた両親と兄は、小一時間ほど仲良く黙って見守っていた。
少女は願った。これじゃダメだ。これでは敵は倒れない。もっとブレないように、もっと深くもっと鋭くもっと強く!
ただがむしゃらに振るわれるだけの棒は、やがて鋭い風切り音を立てるようになり、ついには突き主体の見事な演武をこなせるまで成長していた。
彼女にスキル【天の声】があったなら、きっとこんな言葉が聞こえてきただろう。『称号に【天賦の才:槍術】が追加されました』と。
ケロックは思った。フニランさんマジかっけえ・・・と。
ファランは思った。ヤバいこの子、槍の才能ある。女の子なのにどうしよう・・・と。
そんな心の声を漏らしてしまった夫を見て、ルナリアは思った。来月のフニちゃんの誕生日プレゼント、予約しておこう・・・と。
この日から、フニランは槍の特訓を始めた。ファランがそれ以上教えなかったので我流になってしまったが、同世代どころか村の自警団にも引けを取らない実力にまで昇り詰めたのである。
その時からケロックは、武術や魔術などの指南書を持って、近くの森に引きこもるようになった。フニランは「兄の邪魔をしてはいけない」と着いてくることはなかったし、両親も「フニランに触発されたのだろう、男の子だし」と追及する事は無かった。決して兄としての尊厳が危ぶまれたわけではない。無いったらないのだ。
フニランは、再び相手を見る。
敵の力量を見抜く技術は、まだフニランに無い。それでも目の前の老人が、圧倒的に格上なのがわかる。少なくとも捕まってる兄のことを気にかける余裕はないだろう。
幸か不幸か、相手はフニランを舐めてかかっている。肩に担がれた兄を人質にするまでもなく、フニランへの挑発と老人自身のハンデに利用されている事がわかる。フニランは悔しくて歯を食いしばりたくなったが、ここで自分がどう動いても、兄に危害は加えられないという確信にもなった。
なら答えは簡単だ、とにかく全力を出し切るしかない。
槍を逆手に持ち替え、体勢を低くして肩より上の後ろ手に構えて、大きく息を吸う。
「ふむ、目が変わったな」
ようやく好ましい状況になったので、老人はその顔から笑みを消し、少しだけ腰を落として、来たる一撃に備える。
(素質はある、ただそれだけだ。まともな実戦経験など無いに等しい。惜しむらくは、これまで師がいなかったことだな)
この老人の持論でもあるが、達人達曰く、闘争を生業にする者にとって最初に覚えるべき事は「格上の攻撃を凌ぎ切ること」だとされている。
防御でも回避でも逃走でもいい。勝てないなら勝てるまで負けないようにすればいい。少しでも自分が倒される時間を延ばせば、対策出来る確率も上がり、隙を窺う事も出来る。窮地を乗り越え敵の予想を上回る行動に踏み込めれば、自ずと活路が見出せる。
そのために必要な事は、それに値するだけの実戦と、何度でも対峙出来る最も身近な格上、すなわち『師』の存在だ。
(どうすれば攻撃を凌げるか、どうすれば攻撃が通るか、その想定が圧倒的に足りん。村の大人か近所の悪ガキしか相手がいなかったのだろうが、これだけの素質があればすぐに無双になるだろう)
それでは成長しない。彼女の本当に望む力はそんなものではないはずだ。
逆境を乗り越えるためのしぶとさと突破力。
今のフニランには、次のステップに上がるための鍵が懸かっている。
さてお手並み拝見とばかりに、老人は明確な敵意をぶつける。それらは老人の全身から不可視の闘気として、フニランに襲いかかる。
しかし、それとは対照的に、老人から見えるフニランの気配が消えた。
いや、より意識を集中させ注視すれば、わずかに感じられる。 老人は眼前の少女の変化に目を凝らした。
あらゆる形で圧倒的な実力差を見せつけたにもかかわらず、より細く鋭く研ぎ澄ますかのように闘気を練るフニラン。本当に先ほどと同一人物かすら怪しくなってくる。
(実戦でここまで化けるか)
驚愕しつつも嬉しさが勝り、笑みがこぼれた。ときに若者の成長は、彼の老後の生活に最高のスパイスとなる。
だが悲しいかな、幼子の初のまともな実戦。最善手を選ぼうにも経験がなさすぎる。フニランがどれだけ戦闘センスに恵まれていようとも、手数が足りない今の彼女では、目の前の老人に傷ひとつつけられはしない。
それを理解している彼女は、その槍を大きく振りかぶって投げつけた。
当然悪手である。相手からすれば雀の涙ほどだが、自らの武器を捨て、取れる手を大幅に減らす行為に等しい。文字通りの投げやりだ。
だが、投擲した槍は想像以上に速度が出ていた。矛先の老人が思わず舌を巻くほどに。
実は、フニランの槍の中で最も威力が高いのがこの技である。
槍を振り始めた時は、まだ多勢の悪ガキに対処するすべがなく、石ころや木片など、とりあえず手に触れたもの全てを投げつけ逃げ回りながら戦っていた。そして槍が手に馴染んだ頃、投げる石は木の板を割り、ひらひらと舞う木の葉を撃ち落とすまでに昇華され、危険なのでその日から人に向けて石を投げるのをやめた。
この時のフニランは無自覚だが、この時彼女は【投擲の心得】という称号スキルを入手しており、【天賦の才:槍術】と組み合わせる事によって、現在の投げ槍へと発展していた。
それでもあくまで投擲術であり、互角以上の対人戦という現状では悪手、武器を捨てるという行為に他ならない。
無手の老人にとっても無視できない威力とはいえ、振り払う事もせずに難なく回避するだけだ。
なのでフニランも、投げつけた際の前傾姿勢からそのまま老人に向かって駆け出していた。
相手の目を奪い接近するための最強の捨て槍、最善手が無ければ悪手を好手に変える、そのための投擲だったのだ。
「まあ、同じ立場なら儂もそうする」
老人はそう呟いて、空いている左手で飛んできた槍を捕まえた。
手の痺れでわかる槍の威力。直感的でありながら、格上に対する動きと思いきりの良さは素直に感嘆に値する。
しかし武技とはいえ、所詮は子供の力。武芸の達人である謎の老人にかかれば、赤子の手をひねるも同然である。それでも充分に神技だが。
結果、老人の体勢を崩すどころか武器を取られ、自身は無手のまま前傾姿勢で距離を詰めてしまっている。
「せっかくだし手本でも見せるとしよう」
言葉と同時に突き出される槍の柄。
石突きと呼ばれ、非殺傷を目的とした部分だが、充分に鋭い一撃である。少なくとも子供相手にしていい攻撃ではない。このままカウンター気味に眉間にクリーンヒットすれば、最悪命に関わる一撃だ。
そんな自分を射抜かんばかりの一撃に、フニランは必死で策を見いだそうとするも、見当たらない。それでも考えるのをやめてはならない。兄を奪還する為にも。
ふと思い立ったのは、過去の情景。走馬灯のように浮かんでくるのは、兄の歩く姿。
ケロックは常にふらふら歩く。初めて立ってから2年経った今でもふらふら歩く。
何でこんな時にこんな事思い出すのかはわからないが、良く転ばないなと思った瞬間に、ハッとした。
そう、ケロックは転ばないのである。どれだけ転びそうなぐらいふらふらしてても、近所の悪ガキに蹴り飛ばされる以外で、フニランは彼が転ぶところを見た覚えが無かったのだ。
気づけば、老人は何もない空間を突いていた。
「んなっ!?」
動きは見えていたはずだ。ただ、あまりの予想外の動きに虚を突かれたのだ。
フニランがやった事は至極単純だ。
老人からすれば、フニランの速さならどこに避けようとも捉える自信があった。
なのでフニランは、老人の突きが当たる瞬間わずかに頭を引き、スピードを緩めたかのように錯覚させた。
老人が確実に当てるために、より深く突こうと前のめりになるタイミングで、そこから踏み出した右足を2足分左にずらしたのである。
足を交差させる形になり、自然とバランスが崩れ、右前へと倒れこむ事で急加速、額の左側を少し削りながらもギリギリで回避に成功したのである。
丈の長いスカートで脚の動きが見えにくかった事と、確実に当てようとする老人の意識。全てを利用した見事なフェイントであった。
なお、倒れこむ際にスカートに隠した短い手槍 (ユグドラシル2号)を取り出す事も忘れない。わざと体勢を崩す分には、すぐに立て直すことができる。兄の歩き方から学んだことだ。
兄を奪われた意趣返しとばかりに、老人の死線を越えた。今度はこちらの番だと、フニランは渾身の力で手槍を振るう。
老人の左腕は突きのため伸びきっており、踏み込みすぎたせいで体勢も悪い。避けるよりは迎え撃つ方が無難であると、腕と腰の捻りだけで無理矢理叩き落とそうとする。
2人の槍が交差した。




