突然の馬
前回までのあらすじ
この3年間、お兄ちゃんはお兄ちゃんしていなかった
「全くもーお兄ちゃんのあほー」
フニランは兄に背を向けて槍を振り回し歩いていた。その後をケロックがとぼとぼ付いていく。
結局あの後、フニランの勢いに恐れをなした悪ガキどもは散りぢりになり、泥んこケロックが妹に助け起こされるという情けない結果となって、こうして家路についている。父ファランと同じく、兄の威厳などどこにもない。
「わたしのお兄ちゃんなんだから、もう少しカッコいいとこ見して欲しいよね!」
「ごめん」
「わかればよろしい」
簡単な言葉を話すようになったケロックの謝罪に、即行で許すフニラン。チョロい。
「だいたいさ、いつも森の中でなにしてるの?」
「本読んでる」
「それ、ルシル先生から借りた魔術書でしよ? よくそんなの読めるね」
本来なら「なぜ家で読まないのか」と聞くとこだろうに、そこはもはや疑わないのもフニランクオリティだろう。
実を言うと音魔法の熟練度はだいぶ上がっているので、流暢な長文も話そうと思えば話せるし、無駄に信頼を寄せてくる妹になら隠す理由もない。
(長文話すために気を引き締めなきゃいけないの、ぶっちゃけダルくてさぁ)
『クズ兄極まってますよね』
(二度言うほど悪いことしてないはず)
『そう思うならその「ぶっちゃけ」を口に出しなさい』
(僕の懺悔を聞いてくれるのは君だけだよ)
『クズ兄極まってますね』
スキル【天の声】はさすがに甘くない。
この3年間、優しい妹と厳しいスキルに挟まれ、のんびりとした生活を送って来たようだ。
「お兄ちゃん、あれ何?」
ふと、何かに気づいたフニランが、帰り道の先を指で差し示す。
村のはずれであり、民家もまばらとなっている区画。いつもならその先には、他より少し大きいだけの掘っ建て小屋のような自宅があるはずだった。
(家よりデッケエ馬車と馬が立っている・・・改築?)
『家の前に立ってるだけですよ』
それにしたってデカイ。馬車なんか4人乗りの形状のくせに、大の男が10人は詰め込めるであろう大きさ。馬なんかほぼ怪獣のようで、その気になればケロック達など丸呑みにできそうだ。
あと肩幅がおかしい。馬のくせにバッキバキの大胸筋があってまともに走れるのか心配になる。
『おそらく高位魔獣か魔族です』
(なんでそんな化け物が馬車に繋がれている)
『彼らがあのような形で人間に従うのは、隷属にしろ服従にしろ何らかの契約があると考えるのが妥当でしょう』
(あの馬車のサイズで持ち主が人間である保証は無いよね?)
最初は本気で自宅が馬車になったと勘違いしていたケロック。【天の声】は『称号に【冷静なポンコツ】が追加されました』と告げた。もちろんウソである。宿主にいっさい忖度しないのが常習化しているだけだ。
「テメエかぁああああ家を丸呑みしやがったのはァアあああ!!!!!!!」
『そしてここに【熱いポンコツ】が1人』
(本当にたくましくなったなぁ)
奇声をあげながら馬らしきものに向かって槍を振り回すフニランを見て、ケロックは感慨深そうにうなずき、【天の声】はため息をついた。
流石にそんなことをすれば対象に気付かれるワケで。
「おや、ファラン殿のご子息であるか」
(めっちゃ良いバリトンボイスで喋った)
『かなり高度な知性はあるようですね』
「お初にお目に掛かる。ワガハイはかつて変態魔王オパンティに魔将として仕え、今は辺境伯領主の執事兼御者として」
「うるせえ死ねぇえええええ!!!!!!」
紳士的な自己紹介を遮り、問答無用とばかりに馬の尻に向かって槍を突き出すユニランだが、鋭いとはいえ木製の槍。腕が良いとはいえ子供の力。あらゆるステータスの高い高位魔族にまともに通じるはずもない。
プスッ
「んギモッチぃいいいイ!!!!!!」
「んなっ、刺さらないだと!?」
「なるほど、ヒトの子にしては悪くない突きだが、その程度では私を満たすことなど(チクチクプスッ)この物足りない感じサイコぉおおおッ!!!!!!」
(そろそろついてけなくなってきた)
『なぜ御者席があるのかと疑問に思ってましたが、なるほど鞭打ち台でしたか』
「先程は失礼いたした。吾輩、アイゼンヴァルド辺境伯家の御者兼馬兼従者、タウルス族のスタボロスと申す」
そう言って彼? は頭を下げた。先程の醜態が信じられないぐらい紳士的な態度である。
「幼い娘に全力で突かれるというシチュエーションにいささか興奮し過ぎてしまったようだ。見苦しいものをお見せした」
(紳士で正直なのは評価できるけど、そんな本音出さなくても良いのでは)
『こんなんでよく侍従が務まりますね』
『魔族』とは「魔物に近い外見でありながら、他種族との対等な交流を図る程の知性を持ち、その上である種の文化を築いている生物の総称」と定義づけられているが、その線引きは曖昧なものである。
地域や組織によって「胸に魔石核がある」だとか「基本的に人型である」とかの条件がついたり、人間が自分達から見た他種族に対して使う蔑称だったりするので注意が必要だ。
ちなみにゾンビは魔物だが、意思疎通が図れる分ケロックは魔族と大差ないのかもしれない。
「アイゼンヴァルドって事は、領主様のお馬さんですか?」
「フニラン嬢、吾輩の事は気兼ねなくブタ馬クソ野郎と罵ってくれても構いませんぞ」
「やーよ、ブタさんに失礼だもん」
「有り難き幸せっ!!!」
『早くこのブタ馬クソ野郎を止めてください』
(スキルの君が不快に思うくらいだから何とかしてやりたいけど、無理)
「時にケロック殿、お尻を掘らせていただいてもよろしいだろうか」
「お断りします」
「むむ、掘る側であったか?」
「話進まないんで」
流れるように真顔で強烈なセクハラ発言をかましてくる馬。喋るのさえ面倒だったケロックもこの即答である。てかバイセクシャルかよこの馬は。
「こらっ! お兄ちゃんを掘るのは私なの!」
「フニラン、意味わかって言ってる?」
「ふむ、ならばこうしよう。お二人の共同掘削作業を吾輩が監督するので、このロープで吾輩を……」
「スタボロスさん? 領主様へのお土産を包んでいる間に何をしてらっしゃるのかしら?」
ゾッとするほどの重く冷たい声に、戦慄する一同。
まず兄妹が声のする方へおそるおそる目を向ける。なお、当の馬は硬直して動けないでいる。
あれから3年が経った今も、彼らの母、ルナリア・クロムハーツは変わらぬ美貌を保ちつつ、母親レベルを推定7まで上げていた(本人談)。
その微笑みは近所の粉屋と鍛治屋をメロメロにし、明らかに半額以下の値で食材を買い占めるまでに至る。
しかし、今のルナリアはどうだろうか。その笑みはいつも自分達に向けられる慈愛の表情で、漂うオーラは全くの真逆。ドス黒いそれは主に彼女の手にする食器を中心に渦巻いていて_____
「ねえ、ちょっと焦がしちゃったんだけど、スタボロスさん味見してくれる?」
「わっ吾輩、痛みと侮蔑以外の刺激にはてんで弱もガァ」
慌てふためく変態巨馬の口に、問答無用と流し込まれる黒い物体。
「あっあれは! お母さんの32の失敗作のひとつ【消化器までスクランブルするスクランブルエッグ】!」
『ただ焦がしただけなのに毒物になったあれですね』
この3年で料理の腕が格段に上達した……わけではなく、失敗と成功の境界がはっきりするようになったルナリア。一度失敗した料理のレシピを完全に記憶し、再現することが可能になったのである。
その代わり、砂糖と塩を間違えるなどといった可愛らしいミスがなくなり、毒見役筆頭であるファランの命がたびたび脅かされるようになった。
魔族の中でも『魔将』と呼ばれ、他とは一線を画す猛者であった馬のバケモノも、気絶しながらまろび出る吐瀉物の海に撃沈するのであった。
『アレを平気で食べれるのは、あなただけでしたね』
(最近手に入れたスキル【味覚】も、オンオフ機能があって正解だったね)
母の愛を全て受け止められるのは、今のところ主人公だけである。
「あら、ケロちゃんもフニちゃんも泥だらけじゃない。どうかしたの?」
泡を吹いて痙攣する巨馬の横で、まるで今気がついたと言わんばかりに声をかける母に、兄妹はその場で整列・敬礼した。
「お兄ちゃんがまたいじめられてたので助けて来ました!」
「グレースさんとこのヤンくんね。今度ベリーパイでもおすそ分けしようかしら」
「【果汁は黄色かったのになぜか赤い汁を吹いてしまうベリーパイ】!? 春の新作をここで使う気かいマザー!」
(妹のテンションがおかしな事になっている)
『あれって吐血してる時点で毒物確定ですよね』
母親レベル推定7は伊達ではない。彼女のカーストは家庭内どころか集落を巻き込んだ内の頂点に達していた。
ちなみに父は出稼ぎから帰って来るたびに村中からパシられている。理不尽極まりない。
「すまないが彼を起こしてくれませんか、私はこう見えて忙しいんです」
ルナリアの背後から、男性の声が呼びかけてくる。
「あらごめんなさい。時間はないでしょうけど、子供達にあなたの事を紹介させて?」
「いや私はすぐにでも」
「ケロちゃんフニちゃん、彼は母さんの昔の友人なの」
紹介され、自宅の玄関から出てきた男をケロックが見た時、最初の印象はまず「うさんくさい」だった。
呼ばれた男は政府の文官のような質素且つゆったりした服を着て、短い錫杖のようなものを持っていた。艶やかな髪は肩まで伸び、整った顔立ちの上に分厚い丸眼鏡をかけている。
まるで女性のような様相だが、眼鏡の下から覗く瞳は知性と野心に溢れていて、それを必死に覆い隠しているのだとケロックは思った。恐らく服装が質素なのも擬態のようなもので、男の本質ではないのだろう。
そしてルナリアの態度。おもてむきは仲の良い友人として接しているのだが、この男に対する警戒は一切解いてないのがケロックにはなんとなくわかった。
「フルネームは確かベントレールだったわね。国の中間管理職ってとこかしら」
「何ですかその大雑把な紹介は。初めまして、私はベントレール・クラバルカ。子爵位であり、この国で宰相の副官をしています」
「ほら、すごいのか全然わかんない」
「まあ知名度で言えば、冒険者としての功績で騎士爵を叙任されたファラン殿の方が上ですから」
この国で騎士爵とは名誉称号であり、世襲権を持たない準貴族である。大抵は貴族家の三男以下の男子が騎士団の所属する形で授与されるが、一般兵士か冒険者が武功などの功績により爵位のみ手に入れるという例外も存在する。
ファランは後者であり、冒険者時代に好戦的な帝国の侵略を実質一人で食い止めた英雄として、吟遊詩人の演目になるぐらいには有名だった。
その帝国に対する防衛線であるアイゼンヴァルト辺境伯領は、斥候として働く彼の最も多い勤務地なので、気付けば愛する妻と共に現地に居を構えることになっていた。
それでも国が認める優秀な斥候。東西南北国境を巡り、ついでにとばかり村の買い出しもする、国の剣にして全国民のパシリ。爵位持ちなのにカースト最下位。それがファラン・クロムハーツである。だれか揚げパン買ってあげて。
「……はっ! 吾輩は一体何を?」
「ルナリアの素晴らしい料理に気絶してたんですよ。体調に問題が無ければ早く準備してください」
「ううむ、馬使いの荒い美男子とは中々そそる」
「そそりません、早くしてください」
ようやく目を覚ました巨馬の尻を蹴飛ばすベントレール。
その様子を見て、ルナリアも子供達に声をかける。
「さっ、あなた達も支度しなさい」
「えっ、どーして?」
「領主様のお屋敷にごあいさつに行ってもらうの。お母さんは留守番してるから、とりあえずその泥だらけの服だけでも着替えてきなさい」
「わかった!」
フニランが返事とともに元気よく我が家へ飛び込むのを見届け、続いてケロックも後を追う。
「あっケロちゃん、今ならファランも領主様のところにいると思うの。サンドイッチを持って行ってあげなさい」
「……えっと、これ大丈夫?」
ルナリアに再び声をかけられるが、その内容に首を傾げてしまう。これまで食卓にサンドイッチが並んだ覚えがないので、明らかに新作である。
「大丈夫よ、まだ味見してないから失敗とは限らないわ」
「・・・・・」
それを大丈夫と言えるのか甚だ疑問だが、ケロックは何も言わない。
基本的にルナリアの失敗作は劇物扱いではあるが、致死や重症には至っていない。味覚を消せるケロックが食べてお腹を壊す(そう、死人なのにお腹を壊す)程度なら、命に関わることにはならないだろうし、その為に虎の尾を踏むようなことはしない。面倒だから。
「ケロちゃん」
「?」
「フニちゃんをよろしくね、お兄ちゃんなんだから」
「……うん」
その言葉に、何故だか胸がちくりと痛んだケロックだった。
ご存知の方も多いとは思いますが、貴族制度の基本的な爵位は、上から『公爵』『侯爵』『伯爵』『子爵』『男爵』の五段階です。
ここでは、本作での役割を記載しておきます。
『公爵』
最上位の爵位で、国王や皇帝に次ぐ地位。
王都周辺の広大な領地を管理し、各々が軍事や行政などの大臣として重要な役割を果たす。
『侯爵』
第二位の爵位で、主に国境地帯や重要地域を管理する。
将軍などの軍事指揮権を有し、国内外の防衛や政治的安定に寄与する。
『伯爵』
第三位の爵位で、主に地方行政や軍事・徴税などを管理する。
特に、王都から離れた国境地帯の伯爵家は『辺境伯』と呼ばれ、公爵家に匹敵する権限を持つ場合もある。
主人公達がいる【アイゼンヴァルド領】の領主がこの辺境伯にあたる。
『子爵』
第四位の爵位で、主に伯爵家の補佐として小さな領地を統括する。
小都市や城砦など重要な場を任されることもあり、社会的地位が高い。
『男爵』
最下位の爵位で、王侯貴族の臣下や地域の統括など、さまざまな役職に就く。
数が多く、領地を持たない者も多い。
他にも『準貴族』と呼ばれるいくつかの爵位が存在するが、これらは貴族ではなく平民として扱われる。
『準男爵』
男爵の下に位置付けられる準貴族。
平民でありながら一代貴族としても扱われ、世襲権を持たないながらも、貴族並みの高い地位を持つ。
『騎士爵』
主君と国土を守り、軍事力を提供する義務を負う準貴族、または称号。
基本的に領地や世襲権はないが、大国では領土を統治する権限を与えられることもあり、この場合は男爵家と同等に扱われる。
騎士から功績が認められ、正当な貴族として爵位を与えられた後も、称号として名乗ることができる。
主人公が生まれたクロムハーツ家は、領地を持たない冒険者上がりの一代騎士爵である。




