前編
『しかし、儂は後500年は此処で眠るつもりだ』
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ザブロ王国ヒイロ領の領主ジョルジュ・ヒイロの目下の悩みは国王から命令された隣国との街道整備であった。
長年、敵対関係にあった敵国との融和政策の一環であり、この街道が整備されれば商人の行き来が増え、ヒイロ領にとっても有益であった。
しかし、大きな問題が一つあった。
「お館様・・・やはり問題は」
「そうだな。物理的にも大きな問題だな」
「そんなご冗談を・・・」
ジョルジュは冗談を言ったつもりはなかった。本当に大きな問題なのだ。
「我が領と隣国間の街道には、いつの時代からかもわからぬが、ドラゴンが眠っているからな・・・」
それは、隣国と敵対関係にあった間は両者にとって天然の城壁とも言えるものであったが、今となっては無用の長物どころか難題となっていた。
「昔から『眠っている赤子とドラゴンは起こすべからず』と言われているからな」
「左様でございます。ドラゴンの目覚めなど恐ろしい・・・」
「しかし、このままにもしておけまい。街道を整備しろとはドラゴンをどうにかせよという命でもある・・・」
「一度、ドラゴンを見に行ってみよう」
「お館様!?危険でございます」
「何。遠目から見てみるだけだ。早速、明日にでもいってみよう」
翌日、ジョルジュは数人の護衛と共に国境の森へ入って行った。
ジョルジュにとって森は子供のころから遊んでいた場所である。両親に禁止されていたが、ドラゴンを見に行ったことがある・・・と言っても遠目ではあったが。
(今日は、どこまで近づいてみようか・・・)
馬を進めながら考えていると、突然、馬たちが動かなくなった。
「ユラどうした?」
愛馬であるユラを宥めるが、何かを怖がっているようで引き返そうとばかりしている。
「この奥に何かあるのか」
「お館様、一度戻りますか?」
「いや、ここに馬たちを繋いで徒歩で奥に向かおう」
馬たちを置いて、さらに奥へと進んで行く。
「そういえば、動物の気配を感じないな」
「そうでございますね」
「森全体が静かに感じますな」
フーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
突如大きなため息のような音が森を駆け巡った。音の発信源は件の・・・。
「ドラゴンの出した音だろうか?」
「お館様、やはりお戻りになられた方が」
「いや、ドラゴンが目覚めているなら都合が良い。ドラゴンは知能も高く、いきなり襲ったりはしまい」
ジョルジュは森の奥へ、ドラゴンの元へと進んで行った。
遠目にドラゴンが見える位置までたどり着く。
「動いては・・・いないようだな」
「本当にドラゴンは目覚めているのでしょうか」
ジョルジュも、家来たちも思わず声が小さくなる。
「もう少し近寄ってみよう」
「はい」
歩き方も心なしか足音を消すように、抜き足差し足となっていた。
「ここまで来ると、ドラゴンの吐息が聞こえるな」
「お館様、これ以上は・・・」
『人の子よ。何故、儂に近づく』
突然、地を這うような大きな声がジョルジュの周りに響き渡った。ジョルジュも周りの家来たちも思わず固まった。体がビリビリと音に反射する。
『どうした。聞こえないのか』
更に、大きな声が反響した。まさしくドラゴンの声であった。
「き、聞こえております。ドラゴン殿」
固まった身体、その内の喉をなんとか震わし、ジョルジュは返答をした。
「初めて御目文字つかまります。私はジョルジュ・ヒイロと申します」
『ほう。礼儀がなっている。儂に名は無い。好きに呼ぶがよい』
「では、ドラゴン殿。突然のお目覚めに、我ら一同、驚愕しております」
『うむ。今日は儂が眠りについてから300年目。ちょうど目が覚めたところであった』
「左様でございましたか」
『人が我に近づくなど、滅多な事ではあるまい。要件を申してみよ』
「ありがとう存じます。実は、我々はドラゴン殿が眠られていたこの街道の使用を考えております」
『そうか、ここは街道であったか』
「はい。空を行くドラゴン殿には関係ないことと存じております。しかし、我々人間は街道を使用しなければ、隣国に行くことも、ままならぬのです」
『然り』
「どうか、この街道を使用させては頂けないでしょうか」
『なるほど』
フーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
再び、ドラゴンは長い溜息のような音を発した。
『しかし、儂は後500年は此処で眠るつもりだ』