表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

06

「ふたりとも静かにしなさい!!」


 救世主(ナース)は現われた。


「まったく、ここがどこだと思っているの? 特にあなたよ。いつもいつも子ども相手に本気で嫌味を言い続けみっともない」

「すみません……」

「へへっ、ばーかばーか」


 看護師さんの言葉に気をよくしたのか、桜空は舌を出してオネエ執事に日頃のうっぷんをぶつける。

 ほら、でもさ、と言葉が出そうになるのはわたしが大人だからだろうか。

 看護師さんのつり上がった目が今度は桜空に向けられた。


「だからといって君の行為も許されるわけじゃないわよ。土足でベッドに乗って、病人の首を絞めるだなんて……」


 ため息交じりの言葉に、桜空はパッと手を離す。

 解放されたわたしは深々と息を吐き出し、吸う。


「ご、ごめん。彩羽」

「ううん、大丈夫だけど……次はもうしないでね」


 うん、と頷きながら桜空はベッドから下りて、手近な椅子に腰掛ける。後ろでギャーギャーと騒ぐ恐ろしい執事がいるけれど、彼は看護師に襟首を掴まれ退出した。そして入れ替わるようにして、桜空のお母さんが部屋に入ってきたのだ。


「あの人も学ばないわね。これで何度目かしら」


 わたしはお母さんの問いに首を横にすることでしか、返事ができない。眠いっている時も、ふたりは喧嘩して看護師さんから説教を受けているらしいからだ。

 

 桜空のお母さんは「まあいいわ」と気持ちを切り替え、わたしと視線を合わせる。またか、と思うけれどそろそろ決めなくてはいけない。退院の時は迫っているのだ。


「それで彩羽ちゃん、あの話考えてもらえたかしら?」


 あんな事件があった後だというのに、彼女たち花房家の人たちは、養子縁組を提案してくれた。

 親戚が預からないのであれば、本来わたしは孤児院に行かなければならない。とはいえ、財力があるので人を雇って世話をさせるという形になるだろう。

 でもそれは冷泉院の戸籍に入ったままだ。

 だから、この話は本当にありがたい。

 ありがたいけれど、甘えていいのか不安が過ぎる。両親を殺した人は捕まった。背後関係も祖父が洗い出し報復をするだろう。 


 でも――冷泉院、当主の座を狙う親戚にわたしは命を狙われる。この万華鏡のような瞳を持ってしまったために。

 彩羽の心が歪んだのには、昔から命を狙われたという理由もあると公式ファンブックに書かれていた。

 いくら戸籍から抜けたとはいえ、親戚は見逃してくれるのだろうか。

 それなら戸籍に入ったまま必要な警護を……。


 出口のない迷路を何度も巡っていると、わたしの頭に温かな手の平が置かれた。あの日のお母さんの温もりに似ていて、つんと鼻の奥が痛くなる。


「悩むのは分かる。あなたは生まれた時から冷泉院の者としての教育を受けてきたんだもの。でもね、普通の子供に戻っていいのよ」


 わたしの表情がなくなった理由を周囲の大人たちは勘違いしていた。厳しい教育の末なのだと。

 ……戸惑いが大きかっただけなのだけど。


「あなたのご両親の代わりに、守らせてちょうだい。桜空もきっと喜ぶわ」

「うん!」


 残りはわたしの決断というわけだ。

 ゲームとは違うんだ。

 もう、ここは一歩進みでるしかない。

 わたしはぐっとお腹に力を入れ、皆に気持ちを伝える。


「……ご迷惑をおかけすることになるかと思います。けれど、どうか宜しくお願いします」

「やったー! 彩羽、彩羽!!」


 桜空がうれしそうに破顔し、わたしの手を飛びつくように握りしめる。


「桜空、大げさだよ」

「だって俺、嬉しいんだもん。彩羽とずっと一緒にいられるんだろ?」


 そっか、とわたしも嬉しくなっていると、見慣れた黒スーツの男が現われた。


「もちろん私もお邪魔していいのよね?」


 どうやらオネエ執事は看護師さんからの説教を終えたようだ。


「……正直、冷泉院から離れるという意味であなたとの関わりを絶って欲しいというのが本音。でも、無理なのでしょうね」

「ええ、私の雇用主は冷泉院ではないもの」


 彼のことも決めなくては。

 もうなんでもこいだ。


「……分かりました。でも、これから言う条件をのめないのであれば、来ないでください」


 わたしは彼の怜悧な瞳を見つめ、できるだけ淡々と告げる。


「まず一つ目、雇用主の変更をお願いします。婚約については冷泉院を抜けるにあたり破棄されると思いますので、これは必須です」


 オネエ執事は唇を月のように歪め笑う。

 なにか企んでいるような気がするけど、あえて地雷を踏む気はない。


「……分かったわ」

「そして、あなたが共に暮らすお金は両親の遺産からまかないます」


 冷泉院から将来的に受けとる財産は放棄するけれど、両親の遺産はきちんと受けとるつもりでいた。そこから補填すれば大丈夫だろう。


「それから三つ目。……今城世良さんという方を調べてもらえませんか? できれば、弟さんの傍にいてあげて欲しいと伝えてほしいんです」

「…………なぜ?」

「言えません。あなたのあずかり知らぬことですから。できませんか?」

「いいえ、側に居る条件なのだから守るわ。伝えるぐらいなら簡単だと思うしね」


 今城世良。

 攻略対象でもある今城家の次男の兄だ。

 次男は彩羽の婚約者でもあるが、まさか四歳で結ばれているとは……。

 でも、彼の心の傷は彩羽はまったく関係ない。家庭の問題であり、お兄さんが側にいることで彼の傷が和らぐ。


 きっと桜空は健全に成長する。古傷を舐め合う関係にはなれないから、少しでも普通に育ってほしい。


 心のどこかで自分がいないほうが彼らは幸せになれるのでは、と思う。でも……きっと桜空だけだ。救えるのは。

 オネエ執事はいわゆる隠しキャラ。こいつは別格だから横に置いておく。

 正規の攻略キャラはこの時点で心に傷を負っている。

 彼らから幸せになれるきっかけをわたしは奪ってしまうことだけはしたくないから、主人公補正が働くのを期待しつつ、動けることだけは動いておこうと思う。

 だって――それが両親の命が失われた理由なのだから。


「……なんか、彩羽変わったな」


 ぽつりと零れた言葉。

 それは残念なことにわたしの耳には届くことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ