05
婚約? まったく身に覚えがございませんが?
誰と誰の話をしているんだろう。なんて現実逃避をしてみるけれど、オネエ執事の視線は猛禽類を彷彿とさせる危険極まりない輝きをまとっている。
「ふふ、その様子だと覚えていなかったのかしらん? それとも知らなかったのかしらねぇ」
「え、えーと……聞いたことがありませんでした」
背中に流れる冷たい汗を感じる。
不快感を覚える前に身の危険を察してしまう。
返答には気をつけなくては……。
「ただ、婚約を結んだ歳が四歳ということなので、両親も聞かせていなかった可能性が……――」
「婚約なんてぜったーい、許さないからな! 彩羽はオレのとこにくるんだから!!」
「ちっ」
舌打ちをしましたがこのオネエ執事……。
わたしの言葉を遮るようにして病室に入ってきた相手に対してだと分かっていても大人げない。
まあ、当の本人は全く気にした様子はなく、オネエ執事を一睨みした後、小さい手足を動かしベッドによじ登り、オネエ執事とわたしの間に割って入り、「むぎゅっ」と抱きしめてきた。
それは他でもないわたしの幼馴染であり、この世界の主人公花房桜空だった。
「貴方の許可を貰う必要はないのよ。分かっているのかしら、坊や」
「でも本人の許可は必要だろ? 子ども相手に、それもせーりゃく結婚じゃないと相手が決まらないような男に、どうして彩羽が嫁にならないといけないんだよ!」
「あら~、ガキのクセして言葉が過ぎるんじゃなくて? 相手はとてもステキな方よ? あんたなんて吹けば消えるような鼻垂れ小僧と比べるのもおこがましいわ!!」
「ふんっ、相手はすっげー年上だって聞いたぞ! そんなオジサン可哀想だろ。そもそも、大人と子どもを比べるんじゃねーよ!」
このふたり、ビックリするぐらい仲が悪い。
遊ぶとなればどこにでも付いて来たオネエ執事だったが、顔を合わせる度にこんな風にやり取りをしている。
見慣れた光景に少し胸が熱くなる。
ゲームの世界だと思っているけれど、あの遊戯の中では見ることができなかった光景であると同時に、わたしにとっての日常だった。
とはいえ、感傷に浸っている場合じゃない。わたしは一つ確認しなければならないことがある。
「桜空はわたしが婚約していたこと、知っていたの?」
「………………まあな」
「……どうして? わたし、聞いていなかったことなのに」
心底嫌そうな顔をしながら頷く桜空の顔を押しのけながら聞く。
近すぎるんだよ!
「お嬢様、言葉遣いが崩れているわよん? だから、この坊やを近づけたくないのよね」
わたしの問いに桜空が答えるより先に、桜空は不機嫌そうな顔を一層歪ませてオネエ執事に言葉を投げつける。
「はあ? なんで、あんんたにそんなこと言われないといけねーんだよ! そもそも口調でいうなら、自分のほうが問題だろ!」
抱きしめていた桜空の腕が緩む。それはオネエ執事の顔に人差し指を突きつけたからだ。当然、そんなことをしたら彼に掴まれ、あらぬ方向へと曲げられるわけだけど……。
「いってーーーーーー! ゆ、指、指が折れる!!」
「安心なさい。ここは病院。すぐに手当てしてもらえるから」
「あの……」
痛そうだから止めたほうが、と止めに入りたいけれどこれもいつものことか、とわたしは口を挟むのを止めた。
むしろ、記憶が戻ったわたしは会話を冷静に分析べきかもしれない。
実は楽しんでいるのだろうか、と。
この二人のルートは本当に何一つとして謎が解明されない、ひたすらエッチをするだけの愛欲に満ちたルートだった。
桜空は家に半ば監禁状態。
オネエ執事が地下に監禁した彩羽と子作りをする光景を見せられ、嫉妬する桜空はオネエ執事の目を盗んで彩羽に復讐をして……。一連のやりとりを隠し撮りしていたオネエ執事は、その光景に満足げに笑い、オシオキと称して桜空を愛あるイジメをし、桜空はもっとイジメられたくて繰り返す。
復讐が目的だったはずなのに、桜空は気付けばオネエ執事からのオシオキ目当てになっているという、色んな意味で「謎の解明」なんて棚に上げて、体と精神をドロドロに支配される特別なルートだったのだ。
だからこのやり取りも、上記の流れへ進むための一端なのかもしれない。
はっきり言って「繰り返す」あたりしか当てはまらないけれど、将来的に癖にならないとは限らないはず。
「私――もとい婚約者様がガキは嫌いなのよ。だから、あなたさっさとお嬢様から離れてくれる? お嬢様の将来にも善くないと思うのよね。わかったら、今すぐ目の前から消えてくれるかしら」
「意味わかんねぇーし! こいつの執事をだったらやめちまえよ!!」
「あら、嫌よ。これが私の仕事なんだし、私の生きがいでもあるの」
……うん、完璧に仲がこじれている。
二人が仲良く幸せになるのは難しいかもしれない。
まあ、わたしの腕の見せどころだと奮起すべきところなのだろう。
ただ、ね……。
桜空が一度は緩んだ腕に力を込め、オネエ執事に言葉で勝てないと思ったからか首が絞まる絞まる。
なんとか逃げようと体を捻ると、なぜかオネエ執事がウサギのぬいぐるみを手に持つ。そしてわたしの瞳とあわせる。
怖いよ。どうしてここでウサギ!?
このオネエ執事の思考回路がわたしには全く理解できない!!
というか、布を押し当てられ、顔を逸らそうにも桜空の腕が首を絞めているので、わたしには逃走経路ない。このままだと酸欠で良くて気絶、最悪昇天のシナリオが待ち受けている気がする。
正直、この人は今十分幸せだと思うんだ。
わたしと遠い場所でその幸せを謳歌してください。
というわけで――誰か助けてー!!