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03


「あら~、んもう! どうして私のキッスを拭うの? 許さないんだから!!」


 あっ、すみません。全部無意識の成せる技です、と言い訳する前に、拭っていない片方の頬にチュッとわざとらしい音を立てる。まるで破滅への序曲のようで、やっぱりわたしは拭う。今度は意図して。それと「キ」と「ス」の間に促音をいれるの止めてください。


「……お嬢さま?」


 ひぃっ、と声を上げそうになる。いや実際あげながら体が距離を置こうと後ろに下がる。けど、オネエ執事の鍛えられた腕に阻まれてしまう。まるでベッドに押さえ付けられているようで、これ犯罪ですから!!


「ふふっ、ごめんなさい。怯えさせるつもりはなかったのよ? でも、お嬢さまが私を見て嫌がる表情するのが嬉しくって」


 「ああ~快感だわ~」とか変態の代表選手のようなことを言いながら、やっと離れてくれた。

 わたしはこの人が本当に苦手だ。鋭すぎる目がとにかく怖い。整いすぎている相貌が怖い。一糸乱れぬ姿が怖い。前屈みになっていたのに、黒髪が乱れていない姿が怖い。

 とにかく、怖いんだ!!


 初めての出会いは多分、四歳の時だった。

 自分の足場の不安定さに戸惑い、彼に対しても無表情を貫いていた。そのせいか彼も余分なことは口にせず、馴れ馴れしい態度もとることはなかった。……オネエ言葉ではあったけれど。

 それがどういうわけか、突如としてその態度が変わった。

 まず今のように距離を縮めて無駄に触れてくる。嫌そうな顔をしたのが悪かったのか、オネエ執事は顔一面に笑みを浮かべ感情が露わになったことを喜んだ。手放しで、「まあああああ!! 可愛いわあああ~!」と感歎の声を上げた。いや、わたし本当に嫌がってますからね?

 これ以降、食べるもの着る物など全てを管理したがった。言葉遣いも読む本もだ。今思えば前世の記憶を思い出しかけていた影響なのか、面倒臭がりだったのでその辺りは怖いな……と感じつつも受け入れてきた。反論するのが怖いとかじゃない。違う。

 しかし、これより恐ろしいことが起きることになる。

 カメラだ。

 動画はもちろんだけれど、カメラのほうがオネエ執事は好みのようで、気付くとパシャッと軽い音が聞こえてくる。

 見せてもらうと、日本で写ったとされている一般庶民の方と同じような無表情の幼女が……怖い。それが何枚も何枚も何枚も……撮った写真をどうしているのか聞くのも怖い。

 普段の生活を写すだけでは飽き足らず、オネエ執事が用意したおっきなウサギのぬいぐるみを嬉しそうに持たせ、抱きしめてさせられ写真を何枚も何枚も何枚も……。幼女といえど無表情。この辺りからわたしは拭いきれない恐怖心を抱くようになった。

 件のぬいぐるみだが、今もわたしのベッドに寝ている。大きすぎて正直邪魔である。

 入院してから、寝相が悪いふりをして蹴り飛ばすこと数回。朝起きると隣にわたしを見るようにして置かれている。

 ホラーです。彼はわたしを精神的に追い詰めたい模様。


 彼が隠しキャラであることもわたしの恐怖の一因に繋がっている。

 オネエ執事というキャラは、攻略を達せいした後も本名素性が明らかにならない。主人公桜空が追求しようとすると、体のアレコレを触って誤魔化すのだ。十歳以上歳が離れたイケメンのテクニックに散らされたばかりの桜空が敵うはずもない。

 すべてがうやむやにされ、ファンの間でも色々と憶測を呼んだキャラだった。

 ゲームの中でのオネエ執事はとても強かで、彩羽を子供を儲ける道具として、地下に監禁している。彼はどっちもいける口だった。この辺りから、彼は彩羽を殺そうとした黒幕なのではないかとまことしやかに囁かれている。

 桜空に最初興味はなかったが知り合いひたむきさに心を打たれ、桜空を庇いふたりで罪を犯す――彩羽を監禁という罪――というストーリーだったが、実のところ桜空をかばえば彩羽の愚行はエスカレートしていく。それに気付かないオネエ執事ではない。

 彩羽が桜空を殺したとなれば、警察に突き出すことができる。まあ、充分刑罰を受けるだけの罪を犯しているが、重みが違う。

 彼はそれを狙い優しくし、しかしミイラ取りがミイラになったのではないか、と考えられていた。


 オネエ執事の目的は彩羽が持つ冷泉院家の権利。殺すつもりはなく、あれは一種のパフォーマンス。お前の命を狙っているぞ、という。そして、傍にいる執事が守り寄り添えば……傾倒するのではないかぐらいは考える。実際、その描写はいくつかあったのだ。

 しかし、桜空を愛してしまったオネエ執事は、考えを変える。彩羽を生かし有効活用するつもりなのだと……彼女を監禁し子供を儲け冷泉院から得るものを奪おうと。そうファンの間では考えられていた。

 なぜ彩羽にそこまで価値があるのかと思うけれど、彩羽は直系の証を持つ娘だから。死を迎えなければ、彼女は当主の座につく。経営は優秀なスタッフが行なうだろうが、それだけは揺るがないのだ。


 それにしても……本当にこの執事に関して、何一つとして情報がない。

 怪しすぎる。

 この辺りのヒミツはファンディスクで明かされる予定だったが、わたしはプレイをする前にゲーム(天)の中に召されてしまったから分からない。


 改めて思う。

 なんでこの人、わたしが子供のうちから傍にいるんだ。出来れば、可能な限り、いや絶対出会いたくなかった。

 だってこの人わたしが悪人だから排除するとかじゃなくて、財産目当てじゃないかー!!

 現時点で危ないのです……。


「ぼんやりして、一体どうかしたのぉ?」

「い、いえ! そんなことより……どうして、ここに?」

「んもう、お嬢さまの心拍数が突然上がったから心配で見に来たのよ!」

「どうして、あなたがわかるんですか?」

「それは全部のデータを私の病室で、管理できるようにしているからよ」


 ……怖い。

 この人今さらっといった。管理って。わたし、この人に管理されているんだ。ため息が出るのを我慢しながら、そうですかとだけ伝える。反論すればオネエ執事を喜ばせるだけだ。

 ちなみに今のわたしも彼の名前は知らない。

 執事に名乗る名はないそうだ。

 そんなルール初耳だ。

 でも、今から離れるため解雇という手がある。あるけど、その選択は今は取れない。

 なぜなら――


「ここは病院ですから、わたしの世話は先生にお任せしてください。あなたは自分の怪我を治すことに専念していただきたいですし」

「……大丈夫よぉ。私の怪我はほんの少しだったからね」

「嘘です。わたし、見ていましたから」


 彼もまた、両親が襲われた日の被害者。

 わたしの父が庇い、彼の命を――救ったのだ。

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