01
この世界がBLゲームと同じだと気付いたのは、両親のお葬式だった。
――もっと早く気付いていれば。
――わたしが会いたい、なんて言わなければ。
無意味な言葉がズキズキと痛み続ける頭の中を巡る。
私はずっと違和感を抱いていた。
見たことのある人の名前。
自分の立場の不安定さ。
数々の既視感や幼すぎる体。
これらの想いがずっと身の内にあり、私は世界に上手く溶け込むことができなかった。
その結果が、人形のような娘、感情が抜け落ちた娘、生きた屍などの評価だ。
他者から見ればさぞかし不気味な子供だっただろう。しかし、両親は優しく頭を撫で、時には叱り、たくさんの愛情を与えてくれた。ゆっくりと世界に溶け込めている気がしていた矢先、両親は殺された。
犯人は捕まったが恐らく雇われただけで、背後には権力を欲した馬鹿がいることだろう。
その馬鹿が本当に狙ったのは――私。
不気味な子供を消すことが目的だと叫んでいたから間違いない。何より今日、私はひとりで過ごす予定だったのだ。でも両親にどうしても会いたくて、サンタにお願いをした。して――しまった。
作られた世界だから気にする必要はない、なんて思えなかった。
前世で楽しんで遊んだゲームの全ての始まり・原因は、私が孤独になるからこそスタートすると分かっていても。それが必要な因果だと言われても悲しくて辛かった。
今なら思う。なんて残酷なゲームなのだろう、と。主人公たちが笑っていた過去、少なくとも罪のない両親が死んでいたのだ。
だからといって恨むのもお門違いだろう。わたしが思い出していれば良かった。願わなければ良かったと自分を責めるのと同じで。
だからこそせめて――あなたたちが幸せになってくれたら、両親の死にも意味があるのかもしれない。
日本屈指の名家・冷泉院家の総帥の息子夫婦の死。
この場に攻略対象者と主人公全てが揃っている。
彼らの顔を一瞥しながら誓う。
どうか、幸せになってください、と。
「見てちょうだい。両親が自分のせいで死んだっていうのに、涙ひとつ流さないなんて……不気味な子」
容赦ない言葉にハッとする。
さっきまで前を見ていたから気付かれなかったけれど、首を動かしたことで表情を見られてしまった。
その言葉に親戚の誰かが追随する。
「まったくだ。あれじゃ庇ったほうも浮かばれんだろうな」
「あんなのが次期総帥か? やめてくれ、潰れてしまうぞ、我が社は!」
「お父様、あの子をどうするおつもりですか? 引き取ることは可能ですが……同じように殺されるかもと考えると」
まるでわたしが殺したと言わんばかりの口ぶりにため息が零れる。
ほんと、六歳の子供に何ができるというのだ。
良く見れば、半年ぐらいまえに恥をかかせた叔母が中心になっている。仕返しのつもりなのだろう。常に傍近くにいる執事が席を外しているから攻撃をするなら今だと思っているのだ。
「お願いです。あの子をどこか遠くの親戚に預けてしまいましょう? 跡取りなら成海さんのところに長男が誕生したんですから必要ないでしょう?」
冷泉院一族当主、わたしの祖父が助けないことを知っての言葉にため息が出る。
駆け落ち同然で結婚した両親を許していない。きっと私のことも見て見ぬふりだろう。だからこそのゲーム本編だったわけだけど……。
成海というのはわたしの父の弟だ。絵に描いたようなどら息子だったと聞くが、祖父がその子供を厳しく育てれば立派に成長するだろう。
もう何度目かの小さくため息を吐く。
この小さな体には悪意もこの先への不安も受け止めるには辛すぎる。
本来のゲームでは我が儘令嬢だったから、大好きな幼馴染の家に押しかけるのだけど、さすがにそれは申し訳なさすぎる。
ああ、でもわたしが動かなければ彼らは出会えない。どうすることが正解なのだろう。
だけど遺産が欲しいとは思えなかった。当面の生活費は必要だけど、必要以上のものは受けとりたくない。そんな風に考えてると、何かがわたしの体に抱きついてきた。
「……えっ」
「うっ、うるさい、うるさい、うるさい!!」
それが幼馴染だと気付いた。
耳元で大声を上げられるのには驚いたけれど、やけに温かく感じた。
「彩羽は笑うんだ! ちゃんとオレの前では笑うし、怒るし、泣く!! おまえらがいるから、彩羽は泣かないってなんでわかんないっ」
悪意ある言葉はわたしだけじゃなく、幼馴染の心も傷つけていたのだと気付く。わたしは大丈夫だよ、という意味も込め、彼の背中に腕を回す。
「あんたたちなんて、彩羽の親戚じゃない! おじさんやおばさんの親戚じゃない!! 帰れーーーーーーーー!」
静まり返ったのは一瞬。葬儀場にはキィキィ醜く叫ぶ男女の声。だけどわたしの耳には届かない。できれば幼馴染の耳にもそうであって欲しくて、彼の名前を呼ぶ。
「……桜空」
「オレが絶対の絶対、守ってやる!! だから冷泉院なんてやめちゃえ!! オレ、知ってるんだ。結婚すれば、苗字変えられるって。オレと一緒になれるって。だから……だから!!」
彼の腕がギュッと一層抱きしめてきた。
わたしは何も考えず答える。
「…………うん、やめる。やめるよ、桜空」
「約束だぞ!」
満足のいく答えだったからか、桜空は腕を緩めおでこを重ね合わせてきた。
ぐちゃぐちゃに涙に汚れた桜空の顔。悔しさと、それからわたしの両親を悼む涙を見てわたしはほっとする。
こんなにも優しい幼馴染なのだ。
やっぱり幸せになってもらいたい、彼が誰を選んだとしてもきちんと結ばれるように導こう、と。